さかいほういちのオオサンショウウオ生活

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1970年フォークジャンボリー青春画報 「だからそこに行く!その3」

2006年02月03日 15時11分55秒 | 小説

伝説の野外コンサート
1970年フォークジャンボリー青春画報
「だからそこに行く!その3」


小1時間も歩くと、遠くからリハーサルの音楽が小さく聞こえてきた。
なんだか知らないが、湖の水の匂いすら漂ってくるようだ。
フォークの聖地へと向かう若者の巡礼の行列は、椛の湖畔の土手沿の上の細い道へと導かれていった。
そこは、フォークジャンボリーの会場入り口に続く道である。
何本もの幟が夏の風に吹かれてはためいているのが、遠目にもよく判った。
小さく聞こえていた音楽も、だいぶ大きな音で聞こえてきた。
・・・・とうとう来てしまった、憧れのフォークジャンボリーへ!
・・・・夢にまで見たフォークジャンボリーが、今この目の前で行われているのだ。
そんな高揚した気分で胸が一杯になってゆく自分の気持ちが嬉しい。
細い土手沿いをしばらく歩いて行くと、簡単なテントを張った入場口があった。
俺と平井君が800円を払うと、チケットの代わりに素焼きで焼いた5・6Cmの円形のペンダントをくれた。
中津川の”中”の文字をデザイン化したらしい文様の入った素焼きのペンダントは、フォークジャンボリーにやってきてしまった現実を、リアルな形で実感させてくれるようだ。
俺は、なんだか誇らしげにそのペンダントを首にかけて、コンサート会場のステージのある方向へと歩いていった。
その間の道の両脇には、オフィシャルグッズのTシャツを売る店や、飲食の屋台や何やら妖しげな物まで売っている店がが点々と並んでいる。
俺と平井君は、そのオフィシャルグッズのTシャツを並べてあるテントで足を止め、並んでいるグッズを眺めていた。
新譜ジャーナルやフォークリポートや、普段手に入らないURCのレコードまで並んで販売されていた。
「このレコード欲しいなぁ・・」と思ってみても、電車賃やフィルム代で殆んどアルバイト代を使ってしまったので、余分な予算が有るわけでもない。

そんなことなど考えている横で、二十歳くらいの女が若い男に向かって話しているのが耳に入って来た。
「何か欲しい物があったら買ってあげるわよ」
女は弟に何か買ってでもように、その隣の若い男に話しかけていた。
そして、ふとその男の顔が目に入ったのだが・・・・・なんとそいつは、あの村上だったのだった。
俺と目が合ってしまった村上は、目が点になってしまったかのように硬直した表情で、俺の顔を見つめている。
俺は、何といっていいのか分からないまま「よおっ」と手を振ってみせた。
村上は、何食わぬ顔で「今着いたのか・・」と小さな声で俺に言った。
俺は隣の女にも軽く会釈をした。
女は俺に向かって「村上君の知り合い?」と訪ねてきた。
俺は「ああ、そのようです・・」などと曖昧な返事で誤魔化してみた。
村上は焦りながら俺にこう言った。
「姉です・・」そう言いながらも、村上の目が踊っているのがはっきり分かる。
「お姉さん・・?まぁ、そうね・・姉です・・」と言ながら会釈する女の言葉が、なんだか茫漠として怪しさを増大させている。
「こんにちわ」と俺は普通の挨拶をしたが、なんだか腑に落ちない感じがしてすっきりしないのだった。
俺の頭の中は疑念で渦を巻いている。
・・村上にお姉さんなんかいたっけ?・・あんまり似てないしなぁ・・・
しかし、それ以上追求するのはなんだかいけない事のような雰囲気が漂っていたので、もはやそれ以上の詮索はしなかった。
俺はなんだか、そこに居るのが気まずいような感じがしたので、すぐにテントから出て会場の方角へスタスタと歩いていった。

「本当にお姉さんやろか?」平井君が言うので、俺はきっぱりと言ってみた。
「彼女やろっ!」
俺はなんだか裏切られたような心持になってしまい、村上を椛の湖に沈めてやろうかなどと殺意さえ一瞬浮かんだ。
しかし会場の楽しげな雰囲気に包まれていると、そんな妄想もあっという間に吹き飛んでいってしまったのだ。
会場中心のステージでは、岡林信康とはっぴいえんどがリハーサルをしている最中だった。
岡林信康の”今日を越えて”が、はぴいえんどの演奏と共に会場に鳴り響いていた。
リハーサルといっても本番と変わりなく、なんだか得をしたような気分になった
会場の周りには、幟が何十本もはためき「智惠子と歌え」とか「我夢土下座」とか色々な言葉が書き込まれている。
リハーサルを聞き入る観客は1000人を超え、人々が地面に新聞紙を敷いて座り込んでいる。

どこかに陣取らなければならないのだが、ステージ前面の中心部はもう占領されていて良い場所はもう無い。
仕方なくステージ左側のスピーカの前辺りに荷物を置いて、平井君と2人で新聞紙を敷いて座った。
ステージに近いのでそんなに悪い場所ではなかった。
それどころか、楽屋になっているテントの直ぐ前なので、待機中のミュージシャンが真直に見られる、俺にとってはVIP席のような場所だった。
ステージがまだ始まっていない時間には、岡林信康がファンにサインをしていたり、はしだのりひこが高田渡と歓談をしていたり、ミュージシャンの素顔が見られる幸せなポジションである。
俺は興奮して、バッグから8ミリ映写機を取り出し無我夢中でミュージシャン達を撮影していた。
長い間撮影していたように感じたが、実際は数十秒の短い時間しか撮影していなかった。
当時の8ミリフィルムは高価な物で、撮影時間も1巻で5分そこそこの短い時間しか撮影できない代物である。
なるべく貴重な場面を撮影しようと考えてはいるのだが、真直にフォークのスター達を見てしまうと、そんな心構えもどこかに吹き飛んでしった。
写真や8ミリを撮影して、しばらくしたら気分も落ち着いてきた。
「ちょっと、その辺を見てくるは」
と平井君が言うので、俺もステージ始まるまでそこら辺をぶらぶら散策することにした。
会場周辺は深い緑の山々に囲まれ、それほど巨大な湖ではない椛の湖は人造湖のようで、水も綺麗とは言いがたいように見える。
屋台や出店のような簡素な売店があちこちに立ち並び、お祭り気分を盛り上げていた。
焼きそば屋、うどん屋、ハンドメイドのアクセサリー屋、自作の陶芸品を売っている店、喫茶店まがいの店、挙句の果てにはトイレットペーパーだけを売っている店まで並んでいる。
会場全体に漂うこの自由な雰囲気は、今までに感じた事がない開放された雰囲気だった。
イギリスではワイト島でコンサートが開かれ、アメリカではウッドストックがセンセーショナルに行わていた時期である。
俺は、きっと米英のコンサートもこんな感じではないかと、本気で思ったものだ。