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ふくらく通信

東北人が記す、東北の良さや震災の事、日々のなんだりかんだり。
他所で見る東北の足跡や繋がり、町の今昔や輝きを発信。

震災とこの8年を思って

2019-03-11 21:07:27 | ゆるゆる歩き:自然

あの日を悼み、良き未来を祈る。

↑2011年4月14日撮影:名取市小塚原。閖上がすぐそこ。

沢山の漂流物が散乱した中に、捜索する人の姿があった。

 

↑2011年4月2日撮影:仙台市若林区深沼方面。

一番奥、震災前は海沿いをびっしりと縁取っていた防潮林がまばらに。

調整区の田んぼの向こう、左奥の防潮林手前には家々が並んでいたが無くなっている。  

 

 

↑2011年10月26日撮影:南三陸町。

志津川病院と高野会館やサンポートが、建造物の破片の山と共に残っていた。

 

↑2011年10月26日撮影:南三陸町の旧防災庁舎。

    

 

↑2012年2月14日撮影:気仙沼市鹿折地区。

大型の船さえも津波は押し流し、しばらく船は陸に乗りあがったままだった。

 

↑2012年2月14日撮影: 気仙沼市鹿折地区。津波後、大規模火災発生。

炎に包まれながら、歩道橋が残っていた。

 

 

 

 

 

↑2014年3月11日撮影:仙台市勾当台公園市民広場。献花のために並ぶ人々。

 

↑2017年7月13日撮影:名取市閖上。日和山の向かいに慰霊碑がある。

 慰霊碑は、2014年8月建立。「種の慰霊碑 芽生えの塔」と名付けられた。

 

↑2017年7月13日撮影:名取市閖上。手前が名取川堤防。

左が港付近で工場、右には数棟の災害公営住宅が見える。災害公営住宅は、共同住宅のそばに戸建てもある。

 


あの日のまちかど第15景 仙台クリスロード

2019-03-07 17:28:36 | ゆるゆる歩き:町や通り

震災翌年、7年前の今日のまちかど。

仙台市中心部のアーケード街。

3.11が近づき、ここに生きる子らの、思いを示す幕が掲げられていた。


撮影:2012年3月7日 仙台市クリスロード商店街

 

私ら大人も、同じ思いだ。

この子らが、将来の希望を抱いて進めるようにしたい。

 

東日本大震災から8年目も目前の今。

まだまだ復興には至らない東北。


だけど、しぶとくいくべ。


ゆるぐねぇども、やめるわげにいがね。

んだって、東北はいい所なんだもの。

 


あの日のまちかど第14景 山元町

2019-03-01 16:31:35 | ゆるゆる歩き:町や通り

2年前の今日、ここにいた。

撮影:2017年3月1日 


山元町の、新しい坂元駅だ。

 

震災後、常磐線が山元町で運行再開したのが2016年12月10日。

それから、およそ3か月後の2017年3月1日のことだった。

 

以前の駅から内陸側に移転している。

町も同じく移動し、駅前に新しく整備が進められた。


 撮影:2017年3月1日 坂元駅駐輪場から奥に新しい住宅地がある。


ちなみに、かつての坂元駅は、こじんまりとした温かみのある駅舎だった。


撮影:2007年11月22日 旧坂元駅駅舎

 

新駅から東方面を見ると、空き地と工事の風景。


撮影:2017年3月1日 新駅から東方面

奥に、海に沿って堤防と周辺の工事の様子が見える。

その手前はどこもかしこも空き地。

その一角に、昔の坂元駅や家々があった。