湧水めぐり・まち歩き 藤川格司

水を調べている日々を書き込む予定です。最近は熱海のまち歩きを楽しんでいます。

富士山の地下水(5)水収支法による地下水量の推定

2019年07月24日 | 富士山の地下水
富士山の地下水(5)水収支法による地下水量の推定

富士山にはどれだけの水があるのでしょうか。今回はそれを推定してみました。
方法としては、水収支法と言って、家計簿と同じで収入と支出を調べて家計の状況を把握する方法です。しかし、ここでは地下水量はわからないので、測定できる項目を差し引いて、残差として求めています。



水収支法の対象は柿田川湧水と富士宮の湧水です。


柿田川湧水は国道1号線のすぐ下で湧いています。これは第2展望台からみた湧水です。丸い管は以前の工場の水源として使っていたものです。富士山から30Kmも離れたここまで三島溶岩が流れています。地下25mから70mぐらいまで10枚ほど重なっている溶岩が確認されています。


第2展望台から下流で図書館の近くです。三島溶岩に筒を挿すとこのように自噴します。柿田川の流量は1秒間に約20m3ぐらいで、日量130~170万トンぐらいです。


水収支法を説明します。対象流域を図のように北は富士山、東は箱根、西は愛鷹山までとし、伊豆島田と柿田川を終点とします。収入は流域に降った雨(降水量)で、支出は流域からの蒸発量と地表を流れて流出する黄瀬川と大場川の流出量で、残差として地下水量が計算できます。この地下水量と柿田川の湧水の量が一致すれば湧水は流域に降った雨だと証明できます。


降水量の観測所と蒸発量です。


河川による流出量です。


伊豆島田を例に説明すると、流域全体で降水量(P)は3346㎜でそこから河川流出量(D)の610㎜と蒸発量(E)の600㎜を引くと2136㎜が地下水量として残ります。年間の量ですから365で割って、1日あたり5.9㎜が計算できます。流域面積が270.5Km2ですから乗じて1595950m3、約160万m3/日が出てきます。これは柿田川の実測流量の130~170万m3/日とほぼ一致します。
柿田川の湧水をみて、びっくりするくらい流出していますが、これは富士山まで含めた流域に降った雨が流出していることを示しています。


水収支から見た柿田川の湧水は流域に降った雨で、特別ではない。



次に、富士山全体の地下水量を推定します。柿田川の流域と同じとして、面積比率で地下水量を推定します。柿田川の流域面積を270Km2、富士山全体を870Km2 で求めると516万m3/日となります。



富士山の地下水量をまとめました。柿田川の計算と西側の富士宮での計算の結果を示しました。ほぼ同じような値が出ているので、これくらいでしょうか。1日に516万トンから533万トンぐらい流出しているということです。
しかし、降水量に富士山の流域面積を乗じたものも同じ値になっています。これは、蒸発量600㎜を引いていません。降水量の観測所が少なく、平地に近い所での値を使用していることによると考えます。つまり、富士山全体での降水量(2273㎜)はもう少し多いのでしょう。
降水量について少し考えてみました。



富士山全体の降水量の研究は少なく、木澤 他(1969)によると、図のようになります。
富士山の南東側の降水量が多いことと富士山の北側の山梨県側は降水量が少ないことがわかります。多い所で2750㎜以上と推定しています。



観測地点の数を増やして、最近の10年くらいの平均値で推定しました。GISを使って等値線を作成しました。



降水量の分布は木澤 他(1969)とほぼ同じ傾向を示します。全体的に降水量は2500㎜以上と多いことを示し、4000㎜以上の値を示すところもありました。
富士山の降水量は多く、地下水量の推定値の516~533万m3/日は妥当かなと思います。平均で525万m3/日とすると1年間で191625万m3つまり19億m3/年です。地下水の滞留時間を20年と仮定すると富士山には380億m3の水があるということになります。

別の視点から富士山の地下水の量を考えてみました。
富士山の体積は標高0m以上だと1397Km3、標高1000m以上だと223Km3と見積もられています。地下水は岩石等の隙間にありますので、間隙率を大きく0.1として計算すると、0m以上だと1397億m3、1000m以上だと223億m3の水があることになります。難しくなってきました。たくさんあるということです。しかし、有限で、限りもあるということがわかりました。



地下水量がわかると何が推定できるか。



富士山の南側の富士市に注目しました。流域面積は162Km2で地下水量を求めると96万トン/日と計算できます。1972年ごろの富士市や富士宮市(岳南地域)は製紙業が盛んで地下水を大量に汲み上げていました。地下水の汲み上げ量は岳南地域全体で234万トン/日、富士市で140~157万トン/日と見積もられています。
家計簿としてはおかしいでしょう。収入より支出の方が圧倒的に多く赤字です。会社なら倒産しています。どうなったのでしょうか?



富士山からの地下水が96万トン/日で地下水のくみ上げ量が140~157万トン/日だとする。モデル図を見ると簡単にわかることです。
まず、富士山の地下水の貯蓄部分を使います。湧いていた湧水が徐々に減ってきて、枯れてしまいます。それでも、揚水を続けていると、汲み上げていた地下水が塩辛くなってきました。海水を呼び込んできました。これが地下水の塩水化です。製紙工場はより深くボーリングをして地下水を汲み上げようとして塩水化を拡大しました。



このように塩水化が起こりました。一度、塩水化するとなかなか解消できません。
現在でも面積的には小さくなっていますが、塩水化は継続しています。






池田(1995)によると図のように海水が侵入して、塩水化したようです。



塩水化が進むと、地下水を求めてより深くボーリングしたみたいです。図のように年代が進むと、どんどん地下深くまで塩水化しています。



現状です。塩水化は解消されていません。地下水が汚染されると、流動速度が遅い分、なかなか改善されません。



塩水化のシミュレーションの研究があります。塩水化が起きたときの揚水量により地下水位の低下をシミュレーションして示しています。岳南地域は赤で示したように、地下水位が10m以上も低下して、海水を呼び込んだことが示されています。

水収支で地下水の収入と支出のバランスを考えれば防げたことだと思います。
自然に湧いている湧水からもわかることです。大切にしましょう。

参考文献
金子、落合(1966)富士山ろく地域の水資源に関する研究、農業土木試験場技報、A 、第1号、1-22.
土 隆一(2017)富士山の地質と地下水流動、地学雑誌、126、1、33-42.
木澤 他(1969)富士山 自然の謎を解く、NHKブックス、253p.
池田喜代治(1982)静岡県富士市における地下水の水質における研究、地下水学会誌、24,2、77-93.
ふじ・あしたか山麓の地域環境(1990)富士愛鷹山麓地域環境調査委員会、372p.


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする