春と秋に行われる昇段試験です。
夢組からは、それぞれ二人ずつ、弐段と参段の受験でした。
そして、もう一人参段をテープ受験。
松風は、臨時練習でダメ押し練習をしていましたから、様子がわかっていて安心していました。
青葉は、練成会の練習で今月の練習を行いましたから、昇段試験としては、特別な練習をしていませんので、少し心配していました。
一人は、聞いて聞いてタイプ、一人は、コンダクターで、音を確かめながら、復習をするタイプ。
たぶん大丈夫でしょうとおもいつつ、出かけました。
神戸留学中の彼は、すでにテープが届いていて、あらかじめ聞いていました。
元気いっぱいの吟です。
神戸の先生のご指導のもと、順調に期待以上に伸びています。
みなさんもお聞きいただいて、驚くと思いました。
すごーい、四人とも、練習の時以上の出来で、審査していて、驚きました。
それぞれ、チェックの入っていたところを、ほぼクリアして、大きく乱れることなく、受験の吟詠を終えました。
なんだか、誇らしく、うれしく、冥利につきるなぁ!!!
こんな喜びをもらうなんて、おこがましくも「先生」という立場にいるからなの。
夢組さんに、支えてもらって、さながら、騎馬戦の大将だわ。
重くなったら、落としていいよ。
そして、午後からはいつもの練習。
苦手の和歌。
青葉の二人に挟まれて、声を出して練習をし、三人で合吟しました。
初めての練習は、練達の先輩が他でも、すんなりと吟じることができるのではないことを、目にして、何か感じることがあっただろうか。
それぞれの、練達具合で、それぞれがそれぞれに、上を目指して試行錯誤されたものであるということ。
練成会などで、私たちが目にし、耳にするのは、練習を重ねて、無敵になったものなのだということ。
今年は、4月から律詩に挑戦し、きょうは、野田 芦孝先生直々に和歌の手ほどきを受け、目まぐるしい一年でした。
先生、是非和歌を教えてください。と請われて、私は少し青くなる。
教えられるほど、和歌に習熟していない。
コンダクターを頼りに音程を正しく吟じて、それ以上のことは、ご自身に任せるという方法になるなぁ。
幸い、青葉さんは参段合格。これからは、独り歩きをしていく練習が始まる。
試験後の講評でも、情緒を出してとの言葉があった。
受験生のみなが優秀であったこともあって、ワンランク上の宿題を頂いたと受け止めよう。
また、今年は、特にテキストを見ないで吟詠された方への絶賛がありました。
去年とは違う講評にも、今年の受験者の水準が高かったことがわかりました。
私自身について言えば、やっと、正確に吟じることを第一とするの吟詠から、少し脱皮しつつあるのかなぁと、感じたのは、自作の漢詩の練習を始めたことからです。
その詩の背景、思いなどがわかって吟じる吟詠の心地よさは、比べるものがないくらい。
ここで、自己陶酔や自己満足に陥らないで、精進できるなら、吟詠することの幸せを分かち合うことができるなぁ。
こんな気持ちを、夢組さんにも一日も早く感じてほしいなぁ。
私が、47年目にして、やっとだといっても、会員さんたちや同朋がそれだけの時間はかからないのである。
今、それを感じている私が、そばに居るから、その思いは、最短でつながるはずだから。
それも、頑張って、基本を貫いてきたからだと、自信を持ってほしい。
みなさんは、詩吟以外は、すべて、私以上のものを持っていらっしゃる方たちばかりだから、そして、私が心から願っているから、実現は早い。
そしてその傍ら、まっすぐな力強い吟詠を、忘れてはならないと思う。
これが、私の、「望郷」だから。
そう、今日は、練成会でカットされた指導者吟詠を、思いがけなく吟じることとなった。
私の初めての作詩した「初夏即事」
3月に神戸の関西吟詩文化協会80周年大会に出席し、一番バッターとして吟詠の先導をしました。私としては、最高の出来だと、恩師に見ていただいても、恥ずかしくないものができたと。そして、思いがけなく旧師、旧友、後輩に会って、うれしくて舞い上がってしまいました。
帰宅したら、思っていもいなかった望郷の念に駆られて、今は亡き佐藤鷺照先生のことを思いだして懐かしくてたまらなくなってしまった。
そして、関東には無い山並みを想像しながら、出来上がったのが、私の「初夏即事」。
いつも背中に、山並みをしょって、朝に夕に、目の端にいた山並みなのに、関東に来たら、山並みがない。
だって、関東平野だもの。風は吹き抜け、洗濯物は飛んでいく、スカートは舞い上がって歩けなくなる。
そんなところにいると、支えを失った気がしたものだった。
結婚して40年、山並みを失って40年。
突然、緑の山が恋しく懐かしく、やさしく吹く風に焦がれて、出来上がった。
といえばかっこいいけれど、漢詩の作り方の夏のページから、イメージがわく熟語をかき集めて、ざらざらと囲いの中に移し替えるというパズル形式の、作詞だった。
それで、添削でまっかっかになった漢詩だけれど、それはやはりまぎれもなく、私の思いが詰まった詩なのです。
整って美しくなって余所行きの着物を着せていただいた感ありという風情で。
吟じていると、うふふ。。と思う。
誰に強制されたわけでなく、自然に作詩をしたいという気持ちになって作ったものだからなのね。
宝物だねぇ。
受験したのは、夢組会員さんだけど、私も、一緒に、初夏即事を吟詠して、昇段させていただいた、思いでした。
夢組からは、それぞれ二人ずつ、弐段と参段の受験でした。
そして、もう一人参段をテープ受験。
松風は、臨時練習でダメ押し練習をしていましたから、様子がわかっていて安心していました。
青葉は、練成会の練習で今月の練習を行いましたから、昇段試験としては、特別な練習をしていませんので、少し心配していました。
一人は、聞いて聞いてタイプ、一人は、コンダクターで、音を確かめながら、復習をするタイプ。
たぶん大丈夫でしょうとおもいつつ、出かけました。
神戸留学中の彼は、すでにテープが届いていて、あらかじめ聞いていました。
元気いっぱいの吟です。
神戸の先生のご指導のもと、順調に期待以上に伸びています。
みなさんもお聞きいただいて、驚くと思いました。
すごーい、四人とも、練習の時以上の出来で、審査していて、驚きました。
それぞれ、チェックの入っていたところを、ほぼクリアして、大きく乱れることなく、受験の吟詠を終えました。
なんだか、誇らしく、うれしく、冥利につきるなぁ!!!
こんな喜びをもらうなんて、おこがましくも「先生」という立場にいるからなの。
夢組さんに、支えてもらって、さながら、騎馬戦の大将だわ。
重くなったら、落としていいよ。
そして、午後からはいつもの練習。
苦手の和歌。
青葉の二人に挟まれて、声を出して練習をし、三人で合吟しました。
初めての練習は、練達の先輩が他でも、すんなりと吟じることができるのではないことを、目にして、何か感じることがあっただろうか。
それぞれの、練達具合で、それぞれがそれぞれに、上を目指して試行錯誤されたものであるということ。
練成会などで、私たちが目にし、耳にするのは、練習を重ねて、無敵になったものなのだということ。
今年は、4月から律詩に挑戦し、きょうは、野田 芦孝先生直々に和歌の手ほどきを受け、目まぐるしい一年でした。
先生、是非和歌を教えてください。と請われて、私は少し青くなる。
教えられるほど、和歌に習熟していない。
コンダクターを頼りに音程を正しく吟じて、それ以上のことは、ご自身に任せるという方法になるなぁ。
幸い、青葉さんは参段合格。これからは、独り歩きをしていく練習が始まる。
試験後の講評でも、情緒を出してとの言葉があった。
受験生のみなが優秀であったこともあって、ワンランク上の宿題を頂いたと受け止めよう。
また、今年は、特にテキストを見ないで吟詠された方への絶賛がありました。
去年とは違う講評にも、今年の受験者の水準が高かったことがわかりました。
私自身について言えば、やっと、正確に吟じることを第一とするの吟詠から、少し脱皮しつつあるのかなぁと、感じたのは、自作の漢詩の練習を始めたことからです。
その詩の背景、思いなどがわかって吟じる吟詠の心地よさは、比べるものがないくらい。
ここで、自己陶酔や自己満足に陥らないで、精進できるなら、吟詠することの幸せを分かち合うことができるなぁ。
こんな気持ちを、夢組さんにも一日も早く感じてほしいなぁ。
私が、47年目にして、やっとだといっても、会員さんたちや同朋がそれだけの時間はかからないのである。
今、それを感じている私が、そばに居るから、その思いは、最短でつながるはずだから。
それも、頑張って、基本を貫いてきたからだと、自信を持ってほしい。
みなさんは、詩吟以外は、すべて、私以上のものを持っていらっしゃる方たちばかりだから、そして、私が心から願っているから、実現は早い。
そしてその傍ら、まっすぐな力強い吟詠を、忘れてはならないと思う。
これが、私の、「望郷」だから。
そう、今日は、練成会でカットされた指導者吟詠を、思いがけなく吟じることとなった。
私の初めての作詩した「初夏即事」
3月に神戸の関西吟詩文化協会80周年大会に出席し、一番バッターとして吟詠の先導をしました。私としては、最高の出来だと、恩師に見ていただいても、恥ずかしくないものができたと。そして、思いがけなく旧師、旧友、後輩に会って、うれしくて舞い上がってしまいました。
帰宅したら、思っていもいなかった望郷の念に駆られて、今は亡き佐藤鷺照先生のことを思いだして懐かしくてたまらなくなってしまった。
そして、関東には無い山並みを想像しながら、出来上がったのが、私の「初夏即事」。
いつも背中に、山並みをしょって、朝に夕に、目の端にいた山並みなのに、関東に来たら、山並みがない。
だって、関東平野だもの。風は吹き抜け、洗濯物は飛んでいく、スカートは舞い上がって歩けなくなる。
そんなところにいると、支えを失った気がしたものだった。
結婚して40年、山並みを失って40年。
突然、緑の山が恋しく懐かしく、やさしく吹く風に焦がれて、出来上がった。
といえばかっこいいけれど、漢詩の作り方の夏のページから、イメージがわく熟語をかき集めて、ざらざらと囲いの中に移し替えるというパズル形式の、作詞だった。
それで、添削でまっかっかになった漢詩だけれど、それはやはりまぎれもなく、私の思いが詰まった詩なのです。
整って美しくなって余所行きの着物を着せていただいた感ありという風情で。
吟じていると、うふふ。。と思う。
誰に強制されたわけでなく、自然に作詩をしたいという気持ちになって作ったものだからなのね。
宝物だねぇ。
受験したのは、夢組会員さんだけど、私も、一緒に、初夏即事を吟詠して、昇段させていただいた、思いでした。