せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

創世にして終末の日

2011-02-05 03:40:59 | 小説
 一年前、彼は心を失った。
 非常に不安定な人間だった彼は「それ」を手に入れて漸く落ち着いたが、手に入れてから一年後に「それ」は薄れ始め、もう一年後――いや、一年も経つ前に消えてしまった。正確には彼には見えなくなってしまっただけだが、それでも当時の不安定な彼にとっては消えたのと同じでしかない。

 彼は歩いていた。もう二度と手に入らないだろうと諦めて、目を瞑りながら歩いていた。

 半年前と少し前、彼は「孤独」と出会った。「それ」とは似ても似つかない、今にも消えそうな危ういものだった。
 彼は不安定だったから、同じく不安定なそれを嫌悪した。それでも「孤独」は彼を必要とし、共に消えようと囁きかける。何度も何度も何度も囁きかける。そのうち彼は「それ」を思い出して、必要とされる喜びだけを思い出した。でもやっぱり、「孤独」は嫌いだった。彼は覚悟の無いまま「孤独」を受け入れ、そしてついに好きにはなれなかった。
 彼は「孤独」を未来へ突き落とし、殺してしまった。

 彼は歩いていた。後味の悪い出会いに怒りだけを思い出し、目を瞑りながら歩いていた。

 半年の更に半分前、彼は「被害者」と出会った。「それ」とは似ても似つかず、けれど「孤独」にどこか似ていた。
 彼は怒っていたから、受け入れてくれるそれに感情を振るった。それでも「被害者」は微笑み彼を許す。何度も何度も何度も感情を振るっても微笑みかける。そのうち彼は自分の嫌なところを「被害者」に重ね、悲しみと空虚だけを思い出した。ただやっぱり、「被害者」を傷付けることを止められなかった。彼は何かを思った気がして「被害者」を守ろうとし、そしてついに何も思い出せなかった。
 彼は「被害者」を切り刻み、殺してしまった。

 彼は歩いていた。最早思い出さない事を楽しみ、目を瞑りながら駆けていた。

 今、彼は「愛情」と出会った。「それ」とも「孤独」とも「被害者」とも似ても似つかない、明るく可愛らしいものだった。
 彼は諦めていたから、拒否も許容もせず演じるままに「愛情」を受け入れた。それでも「愛情」は彼のからっぽの胸に気付く事無く無邪気に笑いかける。何度も何度も何度も無邪気に笑いかける。そのうち彼は胸の中にぽつりと沸き起こるものを感じたが、一体何を取り戻したのかとんと分からなかった。しかし今度は「愛情」が傷付く姿を見て、胸が引き裂かれるような心地を感じた。彼は言えない言葉を必死になぞりながら、そうしてやっと「愛してる」と言った。
 彼は立ち止まり、何も言わず傍に居てくれた「愛情」を抱き締めた。


 すこし前、彼が吐くように言えない言葉を探していた頃。彼は年初めと共に歳を重ね、何の実感も喜びもない中子供から子供に成長していた。
 「愛情」は何も知らなかったので、彼はそれを祝われる事など期待していなかったが少しだけ心が哀しいと訴えるのを感じた。


 それから一月経って、彼が彼女と誓いの口付けを交わした頃。
 創世にして世界の終末であったその日を、漸く彼女の口から「おめでとう」と言われた。何故だか涙が止まらなかったので、彼はやはり黙って傍に居てくれた彼女を抱き締めた。




☆おわれ☆