せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

いつかの誕生日

2008-03-24 21:34:00 | 小説
「  、ロウソクに火をつけて」

言われた通りに、ママの手を借りて私は誕生日ケーキのロウソクに火をつける。ぴったり十本立ち上がった塔に火がつけられて、私の名前が刻まれたチョコのプレートが仄かに照らされる(ママ、早くしないと溶けちゃうよ!)

「駄目よ、待って。ちゃんとしないと」

首を傾げる私に緩い笑みを向けながら、ママはロウソクを真っ黒い目に映して、内緒話みたいにこそこそと小さな声で私に話しかける。

「願いごとをしながら吹き消せば、きっと叶うから」

私を顔を輝かせて、大きな声でお願いごとを言う。それを見て楽しそうに笑うママの顔が見たくて、何年も何年も、ずっと同じお願いごとをしていたのを覚えている。でもそれはママの嘘。そんなことで叶うわけもなくて、

「パパとママが、ずっと仲良しで居ますように!」




「子供だから信じてたんだろうなあ」

あの時のお願いごとは叶わなかったけれど、その時の私の傍には大事な人が居た。愛されることに慣れすぎたせいで、愛されないことが怖かった私を愛してくれて、手放さないと笑ってくれたあの人が。ママ以外のたった一人、私を優しいと言ってくれた人。ママ以外でたった一人、ずっと傍に居たいと思える人だった。
誕生日の夜、思い出し笑いを浮べながら私は泣いた。なんとなく泣きたい夜だったから、彼に甘えて泣いた。幸せすぎるから、と嘘をついて泣いた。
優しい人。私の為に歌を歌ってくれて。

「泣かないで、  。笑っていて。ずっと待っているから」

そう笑ってくれた。私はつられるように笑って、すこしだけ泣いて、肩に頭を預けた。撫でてくれる暖かな手がたまらなく愛しかったのに、私は心の底から笑うことができなかった。
遠い昔、あなたは私に嘘をついた。
私は、彼の気持ちに応えてはいけなかったんだろう。あの時の私より、彼は泣きそうな顔をしていた。泣いていた、私より。


「ごめんなさい、」



(  、ロウソクに火をつけて)

「はーぴーばー、わたしー」

いつからだろうか、自分の誕生日を、家族で祝うことが無くなったのは。ママが"ジョウハツ"してからすぐに、パパが兄さんのお義母さんと結婚したときからだったんじゃないかとは、思っているけれども。幼心ながらにわかっていたから。パパが、違う女の人と出掛けたりしていること。ママが、そんなパパに気付いていて我慢していたことも。
今のお義母さんは、あんまり優しくない。ぼんやりしていて優しくて、兄妹仲は面白おかしくて両親と仲がいいなんて、そうだったらいいな、なんて言葉が周知として出てしまっただけ、…それだけ。
ママが結構嘘吐きだったっていうこと、本当は気付いていたから。あんまり期待はしてないけれど、誕生日にはいつもあの人の言葉を守っている。写真もしばらく見ていないから、顔も思い出せないし、声も、もうきっと思い出せやしない。

(願いごとをしながら火を吹き消せば、きっと叶うから)

ママが帰ってこないと知ってからの私は、だんだんと自分の幸せを祈るようになった。なんてエゴだろう。だからこうして今、ママが居なくなってしまったように、私の幸せも失くしてしまったんだろうか。
(愛してる、  )(俺も愛してるよ)(ずっと、側に居る)(なら俺は、)(  を、一人にしない)
私は本当に貴方が好きだったのか、ママに会いたかったのか、わからなかった。そんな中途半端な愛を抱えたまま生きていけるほど、私は器用なんかじゃなかった。
今、ろうそくに火をともして、また目を閉じる。目の裏に浮かぶのは幸せに満ちていたあの頃。できることはそれだけ、もう誰のせいでもなくて



あなたには、聞こえない。


だってもう、あなたはここに居ない。(私が彼の手を、離したから)

「…彼が、幸せになれますように」

遠い昔、ママは私に嘘をついた。


―――
(Cocco/'T was on my Birthday night)
"願いごとをして、  。願いごとを―…"

誰がモチーフかはわかるひとはわかると思う。
最初の「兄さんのお義母さんと結婚」って所がね。