せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

Far Old Dejavu

2008-03-19 00:34:46 | その他
夏の風物詩と言えば、カキ氷(神楽談)お通ちゃんのライブツアー(新八談)バーゲンダッシュ(お妙談)だそうだが、どれも違う。俺の夏に対するイメージは、打ち上げ花火と林檎飴と金魚。あとは、季節はずれの撫子と柳。(ジューンブライドって知ってる?これは簪だけど、わたし幸せになれると思うの)(だから銀に買ってもらえてとっても嬉しい!)(夏祭りに、季節外れって笑われても構わない)(だってあなたのくれたものだから)
もっと過去に遡れば、それこそ、思い出したくないような多くが浮かび上がってくるかもしれない。それにも目を瞑れてしまうほど、あの思い出は俺にとって大事なものだった。その思い出は今、この手にはない。

「銀ちゃん、早く行くネ!」
「打ち上げ花火、いい場所とられちゃいますよ!」
「おわ、引っ張るなよ。んなに急がなくたってはじまりやしないって」

手を引くのは、昔拾った、大事なあいつじゃない。ガキはガキでも、最近拾ったばかりの新しい仲間、守りたいと思えるものだ。(ほら早く!)(何も、そんなに急がなくたって平気だっつのに)(駄目、いくら余裕があっても、女の子はこうやって男の子の手を引くものなの!)(…そうかよ)
あいつに抱いていた感情は結露してしてもう見えないから、憧れではなかったと言い切ることはできない。だけど忘れたくない、失いたくなかったと十数年経った今でも思ってしまうこの感情は、それだけではないはずだ。もしそうだったら、今こうして手を引かれることなんかないで、失う怖さに怯えて、一人で十二回目の夏祭りを見物していただろう。
不意に、知っている匂いを感じて振り向いた。そこでぱっと、化粧栄えした顔の女と目が合う。手を引く力に逆らってつんのめりながらも、止まる。薄く開かれた口には、赤い林檎飴が触れていて。(わたし、ずっと紅がほしいなって思ってたの!)(ありがとう、本当にありがとう。夏祭り、一緒に行こうね)唇の紅が、あの色に似ていると思った。(ずっと使うよ!)(無くなっちまうだろ、すぐに。だから、俺が買ってやるよ)(ふふ、何だかプロポーズみたい)

「……銀、時?」
「…………、」

同じように薄く開いた口から、声だったつもりの息が小さくもれる。そんな、まさか、ありえない。幽霊でも見るような目で、お互い見詰め合った。ようやく、といったように向こうが発した言葉に返す気力がない。「銀ちゃん?」神楽の声が、遠く聞こえる。
悪ぃ、先行っててな。そう言って二人ともの手を離す。怪訝そうな顔と不満そうな顔に、財布から出した千円札を取り出して投げつける。羽振りが良くなったとはしゃいで遠のいていく背中を追いかけながら、新八がやはり一瞬だけ目を向けてきた。肩を竦めて見せれば、察してくれたようで神楽の名前を呼びながら同じく遠のいていく。
背中が人混みに紛れるのを確認してから、また向き合う。金魚の着物、手にした林檎飴。そして初めて買ってやった時とそっくりな色をした、紅。髪の上げ方まで同じで、けれど違うのは、(銀が買ってくれたんでしょ?肝心の貴方が季節はずれだって言ってどうするの)髪に挿した簪の朝顔と、(ふふ、どうしよっかなあ。予約しておいてあげても、いいよ?)左手薬指のゴールドリング。(何も変わってくれるなよ、お前は)(イエッサー、大将)(ばあか、誰が大将だ)

「…生きてたの、ね?」
「ああ、お前も」

先に口を開いたのはやっぱり向こうで、俺は結局名前を呼ぶ機会を失った。すっかり死んだものと思っていたのだ(何しろ最後に見たのは戦場の真っ只中だったのだから)、幽霊を見たような視線にも、なるわけだ。
ぽつぽつとにわか雨のように暗い雰囲気を漂わせながら、喧騒に紛れてしまいそうな小さな声で言葉をかわしながら、自然と俺たちの足はあの場所に向かっていた。(なぁ、俺、この前綺麗に花火が見える所、見つけたんだよ)(本当?じゃあ、そっちに行こう!)(誰にも秘密だって約束するんならな)(わあい、やった!)見上げた空には星がいくつも散っている。

「あのね、私」

あいつが何かを言い切らないうちに、夜空に大輪の花が咲いた。小高い丘になっている此処からは、声の上がる観衆が居る場所は遠くに、花火はとても近くに見える。はっとして振り向いたあいつの横顔は、そこはかとなく哀しげで、消えてしまいそうだった。「これじゃあ、裏切りよね」あいつは目を伏せる。

「…俺は、」

俺は、何だというのだろう。俺が一体、こいつに何を言える?お前の傍に居ると言った約束を守れなかったのだから、当然だと、慰めでもするつもりか?あれから何もできずにここまで来た俺に、そんなことを言う権利があるとでも?
目を伏せて開けようとしないあいつを目に写していると、不意に、唇に何かが触れる。驚いて意識を戻せば、正面にあいつの顔。泣いて、いた。

「…ずるいわ。彼方だけずっと昔のまま」

あのね、と、蘭の手が伸びてくる。するり、するり。昔から白いままの手が伸びてくる。けれど、昔のような小さな手でもない。昔のように、ほとんど肘を曲げずに頭を撫でられるわけでもない。心なしか漂う雰囲気すら、変わってしまったように思える、けれど。
そんなことを言うのなら、俺だって同じだ。手も背も声も、あの時からは比べ物にならない。なのにあいつは、俺は昔のままだと言う。

「私、結婚するの」

大輪の花を背負って、朝顔の簪を挿したあいつは今にも泣き出しそうな表情で言った。こういう時は、いつも俺が慰めてやる役だった。頭を撫でて、それから笑いかけて。「泣くなよ、」と言っていた。
けれど、今の俺では役不足なのか、あいつは余計に泣く。大粒の涙に花火の光を映しながら、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙を流す。

「優しい、人よ。忘れられない人が居るって、今までも、そしてこれからも、ずっと忘れないだろうって、待ち続けるって言った私を、それでもいいと愛してくれた。そんなに優しい人を、私は裏切れないわ」

忘れられない人。それがもしかして俺だと、そう思ってもいいのだろうか。もしそうならば、俺は言わなければならないこと、…いや、言いたい言葉があるはずだ。乾いた喉が、ひゅう、と音を立てる。

「…私ね、ずっと彼方のことが好きだったのよ。ずっと、ずっとずっとずっと、この五年間、彼方だけを待ち続けていたわ。この先ずっと、彼方を忘れることなんてできない」

またしても台詞を取られて、俺はさっきから口を一文字に結んだっきりになっている。
変わって、しまった。俺も、こいつも、全て変わってしまった。俺にはもう手放せないものがあるし、こいつにも、愛してくれる人ができた。今更俺に何を言う権利があるというんだろうか。"俺も、お前のことが好きだった"と、告げる権利など、厚かましくもあると、そう思っているんだろうか。

「どうして、もっと早く出会わなかったのかしら。どうして、今日はあの人と一緒じゃなかったのかしら。どうして、どうして…」

言葉尻が消えて、俯いたままあいつは肩を震わせて泣き出した。手を伸ばすのに抵抗が無かったわけじゃない。手を伸ばす時に、震えなかったわけじゃない。けれどその手は、あいつの肩に触れて、もう片方の手で、あいつを抱き寄せる。

「…俺ァな、」

ぽつり、と、呟く。

「俺ァな、大事なモン、見つけたよ。昔のお前みてェに、大事にしたいと思えるモン。だからお前も、自分の思った道、貫き通せ。愛したい奴くれェ、自分で決めろ。お前がそれでいいと思う道なら、それが最善なんだろ」

終始頭をなでながら、たっぷり時間と間をもって言葉を口にする。泣き止むことはなかったけれども、上げられた顔が、言葉を届けられた何よりの証拠だ。そこに、笑って見せる。(ああ、俺は)(本当に、変わってない)

「俺もな、お前のこと、好きだったよ」

触れた唇は、濡れていた。

―――
(Far Old Dejavu)
帰り道のないこの生 思い出すデジャヴ

似非銀さん警報。むかーし昔にちょこっと書いたメモ、
LongAgoMemoryの改稿版(?)に当たるものです。
ずっと前に書いたっきりのAnalogy Love続編的なもの。