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プロテスタントの教えとは何か?その結果、今の社会がどうなっているか?【全文】その3

2019年01月01日 | カトリック
2018年12月1日(土)に開催された、「カトリック復興の会」でビルコック神父様による講話が上映されました。皆様に全文をご紹介します。

プロテスタント主義とその政治的な帰結について(後編)ビルコック(Billecocq)神父による哲学の講話



プロテスタントの教えとその政治的な結果について(後編)



ビルコック(Billecocq)神父様に哲学の講話を聴きましょう

(続き)
以上は、プロテスタント主義の政治上の結果を簡潔にご紹介しました。観想生活の廃止。仕事を絶対な自己実現にすること。

あとでも触れますが、新しいミサの典礼には「労働の実りであるこのパンを捧げる」という祈りがあります。新しいミサとプロテスタント主義の関係は周知の通りです。それに加えて、資本主義とも関係があるのでは?質問だけですけれど。要するに、以上は、プロテスタント主義の理論の政治上の幾つかの結果をご紹介しました。

これから、ちょっと時間を割いて、世俗社会でもない非聖職社会でもないもう一つの社会なるカトリック教会へのプロテスタント主義の理論の影響を見ていきたいと思います。

残念なことに、現代では、間違いなく言えることで悲しい事です。聖職者がいま教えている教義は、かなりプロテスタント風になっています。例えば、教皇ヨハネ・パウロ二世でも、マックス・シェーラーやシェリングやフィヒテなどといった思想家の許に基本養成を受けた事実を思うとそうなります。それらの思想家は皆少なくともプロテスタント主義の理論への憧れを持っていました。従って、当然ながら、それぞれの影響は出てきています。特に、第二ヴァチカン公会議の際にかなり登場します。

周知の通り、第二ヴァチカン公会議に関わった諸教皇は皆、プロテスタントの諸宗派の公会議への参加を積極的に促進しました。まず、勿論、プロテスタントの代表者らは招待されて参加しました。どちらかというと、プロテスタントの代表者たちが公にした発言などは、一番面白いところでもありません。プロテスタントの代表者たちは、観客席が与えられて、公会議の議会に臨んだわけですけど、それよりも面白いことがあります。一般的にも言えることですけど、一番興味深いというのは、公の人前での発言の場面ではなくて、その後です。つまり、映像もマイクもない時、気が緩める時、手に一杯を飲むときの方が興味深いです。一言で言うと、居酒屋でのことか、お手洗いで交わす会話といった感じのときです。驚くべきではないことですけど、公会議も全く一緒でした。司教たちと枢機卿たちでさえ、人間ですから。

そこで、公会議上の正式な議会以外の会話は、とても興味深いものでした。その裏舞台では、プロテスタントの代表者たちは、大きく働いたのです。招待されたから、現地にいたわけで、どうしてもカトリックの聖職者たちと一緒にいたのです。なんか「プロテスタント代表者よ、招待したけど、勘弁してくれ。我々の神学上の問題に意見を述べるわけがないので、介入しないでくれ」といったようなことはありませんでした。むしろ逆なのです。委員会なり、勉強会なりに、プロテスタントの代表者たちに参加させて、発言させて、意見を述べさせたりしました。裏舞台でプロテスタント代表者が喝采されたりしました。秘密でもなく、ただ、正式な議会以外での舞台でした。どんどんプロテスタントの代表者の意見が聞かされて、それらの種が撒かれてしまったわけです。また周知の通りですけど、例の有名な写真もあるように、プロテスタントの代表者が、どれほどに新ミサの制作に関わったか知られているところです。「我々がこのミサに参加してもよいね」と彼らが言ったほどですよ。信じられないことですが、事実であって、悲惨です。

さて、現代のカトリック教会において、プロテスタント主義の理論の何処を特に見いだせるでしょうか。一先ずに、権威のある種の廃止が見られます。一番悲惨な現象です。ややこしい誤謬ですが、団体主義(collégialité)の誤謬から来ます。つまり、団体主義という誤謬は、真っ向からカトリック教会の君主制たる体質と矛盾して相容れません。

「君主制(モノ・アルコス)」は「一つの長」「一つの権威」という意味です。カトリック教会は君主制なのに、あえてそれをもう表に出さずに、カトリック教会が開かれた議会団体であるかのように紹介されています。結局、しいて言えば、民主主義的です。少なくとも、民主主義っぽい味がすると言えます。もう、長(おさ)が指導するのではなく、団体が指導するとされています。そこから、枢機卿会や司教会や司教総会や司教団などといった発想が生じます。勿論以前にも、司教団とか存在していたが、公会議の後に余計にそれらを重んじるようになりました。また、当然、会も多くなって、そして非聖職者でさえどんどん参加していって意見を述べたりします。団体主義ですね。ある種の民主主義です。「平等」です。そこから、大変なことに、カトリック教会の定義でさえ侵されてしまってきています。カトリック教会は単なる「神の民」となります。「旅する民」とか。数日前にフランシスコ教皇さまが「歩こう」といいましたね。「歩こう!歩こう!」

私たちの主は「私は道である」と仰せになりました。そして、「命に至る道は狭い」とおっしゃいます。それに対して、「歩こう」とね。まあ。そこで皆と一緒に歩きますが、もう真理を認めさせることは無くなります。聖職者たちは、真理をもう認めさせようともしなくなりました。開いた教会ということで、話し合い大歓迎ということになってしまいました。直接にプロテスタント主義の理論の結果ではないものの、先の例でみたように、真理に、もう優位を与えないことになっています。真理というと、客観的な対象です。つまり、ある種の主観主義がカトリック教会に入ってしまいました。皆それぞれ、自分自身の好きな信仰を決めるということです。ちなみに、教皇聖ピオ十世による「Pascendi」回勅で破門されている「近代主義」という誤謬は、この主観主義に他なりませんでした。言い換えると、内面的な感情としての信仰、経験としての信仰という間違った見方を破門します。この誤謬によると、信仰は個人的な考え方に過ぎなくなります。ある種の「自由」になります。皆それぞれ、自分自身勝手に信じても良いという自由を持っているということです。言い換えると、天主はもう天主でなくなって、天主がなんであるか自分で決めるということです。もう天主が個人の発想になってしまいます。つまり、啓示を通じて人間に御自分をお示しになった天主、それで、ご自分を有りのままに人間に認めさせる天主でなくなって、皆それぞれもっている、個人が神を何であるかと考える意見が、神そのものになってしまいます。それで、皆が自分の「神」を創ってしまいます。まあ、皆といったら、私たちはそうではありませんけれど。

しかしながら、残念なことに、めちゃくちゃになっています。政治上では「政治の自由」ですが、宗教上では「宗教の自由」になります。皆、自分の告白する宗教を自由に自分で決めるという発想です。つまり、真理の優位性は無くされたので、カトリックの国家もなくなりました。

その先にあるのは、かなり頻繁に言われているものですが、「良心の尊厳」です。「人格の尊厳」に相当します。プロテスタント主義に基づく個人主義は、現代では、宗教上の「良心の道徳」という形で普及しました。「良心の道徳」というのは、客観的に従うべき道徳でなく、主観的に個人の良心で決まる道徳になってしまいます。罪というのは自覚する罪に過ぎなくなります。私が「罪だ」と思ったら罪になり、「罪ではない」と思ったら罪でないことになります。道徳の客観性がなくなります。それぞれが自分の道徳を作ってしまいます。その理屈でいくと、一番大事なのは善意があればそれで済む、です。その通りではないですか。でも、凄い混乱になりますね。皆それぞれが自分の道徳を持っているのなら、権威の役割はどこにあることになるでしょうか。完全にどこにもなくなります。まあ、懸け橋を建設して、壁を壊す役割ぐらいかな。

残念ながら、悲しいことに、カトリック聖職者の教えの中にプロテスタント主義の理論がどうやって少しずつ染みてしまったかは明白です。



それで、時間となりましたので、結論を出したいと思います。
どのような社会、どのような政治的生活においても、その客観的な共通善が秩序(和)であるというのに、プロテスタント主義はその共通善を破壊するものとなっているということになります。不和と混乱の種を持っているプロテスタント主義ですから。

秩序を無くしたところでは、乱れということを定義することもできなくなります。秩序というのは、何かに向けて方向付ける、方針づける、秩序立てる、順序立てるという意味です。秩序を回復するのは、他の何かに順序たてて整理するという意味です。物事をその適所に戻すというのは、第一の物を第一のところにおいて、第二の物を第二のところにおいて、第三の物を第三のところにおいてという意味です。これが秩序なのです。「物事は収まっている」とスイス人が言うんですけど、それぞれがそれぞれの分を弁えて、すべてのものが相応しいところにあるという意味です。つまり、この世ではすべてが相対な関係にあって、相対的な関係においてその相応しい関係にあるというのが 秩序なのです。そこに、混乱、不和と無秩序をもたらすことによって、こういった「適切な収まり」が破壊されてしまいます。また、人間における相応しい従属を破壊することになります。

まず、国家においての世俗的な善での相応しい従属を壊したうえに、霊的次元でも天主への相応しい従属をも壊しています。ルターがまさにその混乱をもたらしました。まず自然上の「共通善」がなくなります。つまり「(平)和」、「(道)徳」などといった自然なる幸せがもうありません。それに対して、「個人の善」なる財産の蓄積が幸せとされています。

そして、外的な従属もなくなります。つまり、天主への従属・順序がなくなります。皆それぞれに、自分勝手に自分の宗教を創ってしまいます。まさに、秩序を弊害する乱れそのものです。なぜでしょうか。権威も共通善も無くされているからです。個人こそが絶対になってしまうので、社会自体が破裂してしまうからです。人間中心主義の宗教に他なりません。まさに、プロテスタント主義がこの「人間中心主義の宗教」という種を含んでいるのです。

例えば、教皇パウロ六世がこういった要素を含んでいる発言を国連でやりました。それから、ルソーによる有名な言葉も典型的ですね。「良心よ、良心よ、神聖なる直観よ」とあります。まさにこの感じです。「良心よ、良心よ、神聖なる直観よ」。その続きは今、思い出せませんが。でも、御覧の通りに、人間の良心こそは、人間においての「神」となってしまいます。「私の良心が神です」と。つまり、結局、「神は私です」となります。

要するに、プロテスタント主義というものが根本的に「乱れ」そのものなのです。カトリック教会において、トレント公会議のお陰で、その乱れは早く止められました。トレント公会議は、教義において秩序を回復して、素晴らしく整理することができました。トレント公会議による諸文書を読むことをお勧めします。感嘆すべき文書ばかりです。簡潔で、明確簡明で、そして、神学上の偉大さと意味深さで、感嘆すべき文書ばかりです。そういえば、周知のように、トレント公会議から生まれたのは、公教要理です。勿論、トレント公会議の公教要理はそれほどに素晴らしいんですけど、それ以降のすべての公教要理もすべて、トレント公会議と直接に繋がっています。特に、真理の優位性の再確認。で、真理なる天主の優位性の再確認が重要です。

そこで、当時、トレント公会議のお陰で、カトリック教会において止められたプロテスタント主義はカトリック教会内部には普及できなかったのですが、世俗社会へは少しずつ浸み込んできてしまいました。まず、啓蒙思想家に続いて、フランス革命に至ったのです。割愛せざるを得ませんが、啓蒙思想家は特に権威を完全にぶっ壊したのです。

それはともかく、19世紀に自由主義や民主主義などが相次いで生じてしまいます。が、教皇ピオ九世による「シラブスSyllabus」によって、厳しくカトリック教会において止められました。また同教皇の「クァンタ・クーラQuanta Cura」と第一ヴァチカン公会議によっても止められました。そういえば、第一ヴァチカン公会議の成果は何でしょうか。その上もなくカトリック教会の至上の権威を再確認します。つまり、絶対なる自由に対して、人間の独立に対して、権威と秩序を再断言します。これは二つ目の城壁ですね。

ここで、注目していただきたいのは、カトリック教会こそがどれほどすべての誤謬から盾になって、城壁になっているかということです。そこで結局、カトリック教会はカトリックの保護者であるばかりではなく、平和に生きたいと思っているすべての人々の保護者でもあるのです。

残念なことに、誤ったそれらの理論が少しずつ普及してきて、カトリック教会の中まで染みてしまいます。例えば自由主義派や民主主義派といった聖職者の派閥によって、カトリック教会に入ろうとしました。人間中心主義を入り込ませてしまっています。それから、すべてを絶対化するために、すべてを相対化してしまいます。そういった人々の逆説なのですけど、「我々にとってすべては相対だ」といっているけど、結局、すべてが相対になってしまったら、「絶対な物」が無くなってしまったとしたら、すべてが絶対になります。単なる論理上の帰結ですね。

そういった中で、第二ヴァチカン公会議は真理を再確認するために設けられた公会議でした。そういえば、公会議のために準備資料と公会議草案の資料によると、そこにはその真理の再確認という旨が明白だったのです。ところが、公会議が始まってから早い段階に、その膨大な準備の資料や方針などは、ゴミ箱に捨てられてしまいました。要するに、第一ヴァチカン公会議の結論を再確認し、発展するべきだったはずの第二ヴァチカン公会議が、なんというべきか、プロテスタント主義が教会内に突入する道を正式に開く羽目になりました。

要するに、プロテスタント主義がまず社会で発展してしまい、そして、カトリック教会にも入ってしまいました

細かく調べてみると、結論が出せます。近代の哲学者たち、つまり近代の思想は、根本的にプロテスタント主義なのです。今日は、ホッブスとかロックとかルソーとか紹介しましたが、他にドイツの大人物の思想家も皆そうです。カントをはじめ、ヴォルフかな、そしてシェリング、フィヒテ、へーゲルなどはプロテスタント信徒です。近代的な哲学者の元祖とされているデカルトに至ってまで、彼はカトリックでしょうけど、一体なぜプロテスタント主義だらけのオランダに行ったでしょうか。何を求めに行ったでしょうか。単に自分の「自由」を求めたわけです。だから、カトリックだったかもしれないが、実践上はプロテスタントでした。

また、知識上にも、近代的な神学者でさえ、近代的な哲学の発想をする憧れに落ちてしまいました。つまり、プロテスタント主義の種を含んでいる近代的な哲学への憧れです。それから、近代的の政治体系のすべても、ルターが撒いた種に憧れているわけです。つまり、近代の哲学者であれ、近代の神学者であれ、近代の政治学者であれ、プロテスタント主義と無関係ではありません。それより、プロテスタント主義の内に、個人主義・権威否定主義、そして、既に見たようにそこから専制主義などの種を撒いてしまいました。

以上、プロテスタント主義が、当初単なる神学上の誤謬のはずのものが、というか、ルターによる単なる異端だったはずのものが、社会の全般にいたってまで、思想全般に至って、どうやって大革命を起こしたか見ました。従って、御覧の通り、今年の宗教改革500周年を祝う理由は一つもないということが明白だと思います。ご清聴ありがとうございました。
(完) 

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