浄心庵・長尾弘先生「作善止悪」

「作善止悪」
三世の諸仏、過去の仏も未来の仏も現在の仏も
悉くこの法門を説き給う
良き事を行い悪しき事を止めよ

「作善止悪」~心の扉~

2019-02-28 03:45:33 | 日記

ここに添付しましたお写真については特に説明は必要としないと
思いますが、お写真は一般的に云われている恩師「長尾弘」先生の
後光がカメラに収められたものです。

恩師の師「高橋信次」先生のご著書「心の原点」で後光について
説明されていますが、その説明によれば、ここで紹介しました
恩師の後光はその形状・大きさ・淡い黄金色・の総合判断から
お釈迦様の後光や如来様のそれとまったく同じものと判断できます。

本日現在まで恩師「長尾弘」先生に関する不思議写真を四十点ほど
投稿させていただきましたが、本日投稿させて頂きました恩師の
このお写真はこれらの不思議写真の極みとも言えることのできる
お写真かと思います。

恩師ご自身のご説明では頭の上に出ている後光は王冠を表しており、
また両肩に出ている後光はガウンを着た状態を意味するものと
お聞きしました。

法を説く者は人の手をもって作られた金銀宝石を散りばめた物質的な
王冠やガウンを身に付けるのではなく、このお写真のようにご自身の
体から出た光による無冠の帝王でなければいけないとも恩師は
おっしゃっておられました。

小生が手持ちの不思議写真の四十点ほどを今日まで皆様に
紹介させて頂きましたが、これ以外にもお写真で紹介できない
不思議な出来事は恩師に同行させて頂きました「喜びの旅」等々で
実際に自分の目で見せていただき、また、恩師のご講演会での
お話などで不思議な出来事、一般的に言うところの「奇跡」を
たくさん見聞させて頂きました。

例えば、
◎ 砂漠で金が沢山噴出したこと。
◎ お釈迦様の荼毘にされた山から金粉が沢山発生したこと。
◎ エジプトのピラミッドが光輝いたこと。
◎ イタリアの聖フランチェスコ大聖堂の内部が光輝いたこと。
◎ 臨終されたお方が生き返られたこと。
◎ 恩師が歩かれた足跡から沢山の金粉が湧き出たこと。
◎ 数えきれないほどの難病・奇病が癒されたこと。
◎ 仏壇・仏像・教会の内部・外部が光り輝いたこと。
◎ イスラエルのイスラム教のドームが光輝いたこと。
   等、等、数え上げればきりがありません。

でも、やはり何と言っても日本を始めとし、世界中の多くの方々の
難病・奇病が恩師の愛の祈りと光で癒やされ、あるいは、
あの世にお帰りになったお年寄りの顔の皺・シミが消え、白髪が
真っ黒に変わり、青年、壮年と同じ肉体となられてご逝去された
多くの方があられたこと。
これはその方が極楽へ救われた証であると、恩師は説明されて
おられました。

これらの、お写真は一枚も手元にありませんので残念ながら
今、ここで皆様にご紹介はできませんが小生自身は恩師の
ご講演会などで沢山見せて戴きました。


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:自然の法則に従う


おはようございます。
長尾弘です。
爽やかな朝のひととき
ご一緒に心の夜明けを迎えましょう。

今朝は自然の法則について
お話させて戴きます。
この自然界というものは全て私たちが
想像もつかないほどの
見事な法則で成立し、動いています。
命あるもの、水や、石や風さえも
全てこの自然界の法則の中で
成り立っているのです。



「作善止悪」

2019-02-27 01:44:06 | 日記

お写真は多くの皆様が先刻ご存知のものですが、
恩師「長尾弘」先生のお体全体から光がご覧のように出ています。
この光が病気を癒し、闇を光に変えていくのですね。


恩師のご著書「講演集」より


               講演集、 三

               念仏の功徳

北陸地方に行きますと、あちらは、
今でも他の宗教の入り込む隙のないほど、
念仏宗のさかんな所です。
「只一念、念仏申す、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と、
やっておられます。
この「南無阿弥陀仏」、「只一念、念仏申さば、
善人なおもて往生をとぐ、
況や悪人をや」という言葉が「歎異抄」にあるそうですね。
お仏壇の前だけで、またはお寺で、ただナンマイダ―、
ナンマイダーと言っただけでは駄目です。
四六時中唱えていると、ご利益があるのです。
他力では救われないという極論もありますけど、
それはそれで、救われるのです。
というのは、人間の心はどんな器用な方でも、
二つのことを同時に思うことはできません。
必ず一つ一つしか思えないはずです。

悲しい時は悲しいだけ、嬉しい時は嬉しいだけの、
その一つ一つしか私たちの心は動いておりませんから、
南無阿弥陀仏と唱えている間に、
「あいつをド突いてやろか」と、同時には思えません。
人間の心の構造からして、他の思いが入り得ないのです。
ああ、結構だなあ、ナンマイダブ、ナンマイダブツと
唱えていますと、これは感謝の心にもつながります。
どの宗教も、「感謝をしなさい」と言いますが、
「なぜ感謝しなくてはいけないのか」という、
ほんとうの意味を教えてくれません。

しかし、「ありがとう、ありがとう」と感謝しますと、
その時間は他のことを思えないはずで、もし、
感謝の時間を一時間持続しましたら、今日の日の
一時間の間は、自分の心の苦しみとなる怒りや
憎しみや謗り、愚痴、或いは恨み、取越し苦労、不安、
恐怖、或いは嘘、盗みの心は入ってきません。
「ありがとうございます」と言いつつ腹を立てる
ことはできないはずですから、
その時間が長ければ長いほど、その方の一時間、
二時間が喜び、満足にみたされます。

安らかな喜びの時間が長くなります。
今日という一日は、私たちのかけがえのない一日です。
又、明日がある、明日やればいいと思いますけど、
今日という日は私たちの人生に再びは巡ってきません。
平均寿命七十年、日割り計算しますと、
僅か二万五千日そこそこです。
その中の今日の一日です。

二万五千日のうちの今日の一日は完全に消え去っていきます。
余所の方が亡くなったと聞くと、
「ああ、若いのになあ」と、まるで人ごとの
ように思いますが、しかし、これは自分の姿です。
やがて自分に訪れるのがあの死の姿ですね。
人ごとではありません。
この世に生まれさせていただいた以上、
誰も永遠に生きることは許されません。
必ずあの世に帰っていかなくてはいけないのが、
私たちの定めです。


              ~ 感謝・合掌 ~


「作善止悪」~心の扉~

2019-02-26 00:48:14 | 日記

恩師「長尾弘」先生が生涯の心の師とご尊敬され、
お慕いになられた高橋信次先生の「光」です。


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:調和の心を持って
      自然に生きれば
        光の世界が見えてくる


先の続き・・・

その面に関してだけは、
自分の心を苦しめていません。
だから、案外うまくいくのです。

では、人のことなんか放って置いて
自分さえよかったらいいのか、と、いいますと、
勿論そんなことはありません。
それでは、生まれさせて戴いた目的が
果たせません。

その目的とは人々が
互いに手を取り合って調和し、
愛し合いながら、
自然の姿にそって生きることです。

それに反して、仮の世渡りなど
決して長続きしません。
何も求めず心からの親切で自分の中に
悪に勝る善を積めばいいのです。
苦しみは消えて光に満たされた
世界に生きられると思います。



「作善止悪」

2019-02-25 00:28:44 | 日記

お写真は恩師「長尾弘」先生を始めとし、
多くの学びの友の方々とイスラエルの聖墳墓教会を
見学・訪問した際、教会内部であることは確かなのですが、
明確に何処でシャッタを切ったか記憶にありませんが
御覧の映像が小生のカメラに写っていました。
イエス様のお顔(?)


恩師のご著書「講演集」より


             講演集、 三

        アモン、アーメン、アーミ、阿弥

闇は、闇の中にあって、その闇の正体を知ることはできません。
しかし、光が当たりますと、必ず間違いは浮かび出ます。
誤っている者は正されるはずです。
高橋信次先生のお説き下さったこの正しい教えを
前に溯(さかのぼ)りますと、これはお釈迦様のみ教えであり、
イエス様のみ教えであったのです。
だから、信次先生は最初の頃は、自分の法ではなくて
「釈迦、イエスの教えの原点に帰れ」と説かれました。

法とは、お釈迦様がおっしゃっています。
「私がこの世に現れるずっと以前から、
法は存在しているものである。
私が説くのではない。この地球が現れた時、
既にこの法は存在していたのである」と、
ただ、法は実在していますけれど、
それを説く方が少なかったのですね。
インドでお釈迦様がお説きになりました。
その又何千年も前に北アフリカの、今のエチオピアの辺りに、
アモンという光の大指導霊がお出ましになって、
そのお方は太陽の姿の中に「神」を説かれたのです。

「神を知りたければ、あの太陽を見なさい。
太陽は自らの身を燃焼させ、
自らを犠牲にして、その結果現れる熱と光―――
これこそが慈悲と愛、
神は一切のものを差別されない、すべてのものに太陽の熱、
光は注がれています。
み心とはそのようなもので、神とは大いなる愛と慈悲である。
人を殺す者さえ、自分を謗る者さえ、お赦し下さいます。
それが神のみ心である。

この心を知ったならば、私たちは自ら行いなさい。
太陽の姿の中に自らを現わしなさい」と言って、
お説きになったのが、偉大な光の大指導霊アモンで、
当時王様だった方です。
このアモンが、「私の教えを東のほうに伝えなさい」と
おっしゃって、イスラエル、ギリシャからインドへと
伝わったのが、お釈迦様の説かれた法のご先祖様になります。
バラモンとして伝わったのです。
そのアモンという方のお名前をイスラエル地方では、
アーメンと呼んだそうです。
ギリシャに入ってアーミ、それがインドに入って
南無阿弥陀仏のアミの尊称になっているそうです。
だから、もうお釈迦様のお生まれになる前に、
ちゃんと阿弥陀様がおいでになったのですね。


~ 感謝・合掌 ~


「作善止悪」~心の扉~

2019-02-24 00:32:15 | 日記

お写真は恩師「長尾弘」先生を始めとして多くの学びの友の方たちと
イエス様に関係する史跡を訪ねてイタリアを訪問した際のビデオの中に
何故撮影されていたのか不明ですがこの映像が写っていました。
(ビデオの撮影者は学びの友のお一人です。)
訪問・見学した処は聖フランチェスコ教会、バチカン帝国、
ミケランジェロ作のピエタの像、ドミネ・クオ・ヴァディス教会
(ペテロの逆さ十字架刑教会=初代のローマ法王)など。  
恩師と行動する時は世界中のどこであっても難病・奇病が即時に治癒
されることは勿論ですが、常にこのような奇跡を見せて頂きました。


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:調和の心を持って
      自然に生きれば
        光の世界が見えてくる


先の続き・・・

善い行いを褒めてもらえなかったと思うことは
折角の善い行いを悪に変えます。
礼を言われなかったと不満に思う時は
親切な悪に変わります。

人から思っただけのものを
受けなかったからと怒る時も、
その行為は悪に変わります。

すべて自分の心を苦しめたからです。
どんどん心の中に悪を積んでいることになります。
これで、幸せになれるわけがありません。

では、もうひとつ、がめつい人がうまく
世渡りをしているのか、と、いいますと、
それはそういう冷たい嫌な方は、
人の為には何もしませんから、
裏切られることも殆どないのです。




「作善止悪」

2019-02-23 01:15:35 | 日記

お写真は恩師「長尾弘」先生が学びの友のお方から贈られられた
白衣を付けられてカメラで撮影されたものですが、
ご覧のように腰の辺りに白い光線のようなものが出ています。


恩師のご著書「講演集」より>


             講演集、 三

       地球を救うのは私たちの使命

誤った信仰の為に、
或いは法を知ることなく苦しんでいられる方は、
いっぱいおられます。
それらの皆さんがどうぞ目覚めて、
その過去の約束を思い出して下さいますように
一人でも多くの方を救っていきましょう。
これは使命です。

私たちは日本国中の方がこの法の光をもって、
喜びと調和のある日々の生活を送っていただけるように
頑張りたいと思います。
過去も約束し、今生もこうしてほんとうに
日本全国から縁ある方が集うて下さいます。
そしてお帰りになりましたら、まず汝の隣人を愛し、
身近な方から愛を実践することですね。

これは日本だけのこととは違います。
いろんな予言者によりますと、現在、
地球は大変危険な時期にきております。
この地球を救うのは私たちです。
あのノストラダムスの大予言の中に、一九九九年は、
地球のとって非常に危険な時であると書かれています。
しかし、ほんとうに心から調和されて、平和と安らぎと、
そして神への感謝、そういうものに包まれましたら、
この地球は救われます。

それは、神の光に満たされるからです。
何とか、共に頑張って一人でも多くの方が
喜びと平安に心が満たされるよう、
そこへ導かれる為に頑張っていきたいと思います。
この教え―――私の話がだんだんと日本の各地に広まりますと、
誤った方たちは、その誤りが表面に現れていくと思います。


         ~ 感謝・合掌 ~




「作善止悪」~心の扉~

2019-02-22 03:28:45 | 日記

先日投稿したお写真と同じ旅の途中でビデオに撮影された
不思議写真の一枚です。(飛天か?)


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:調和の心を持って
      自然に生きれば
        光の世界が見えてくる


先の続き・・・

人の顔がみな違うように、
人の心もみな違いますから、
裏切る人は平気で裏切っていきます。
その裏切りを受けた時に
心を苦しめてしまいます。

あれだけしてあげたのに、
何という恩知らずかと、怒ります。
私はこれだけ人のために尽くしたのに、
どうしてこんな仕打ちを受けるのかと、
夜も眠れないほど苦しみます。

人から裏切られるたびに、
その人はこうして苦しみます。
親切をされる回数が多ければ多いだけ、
裏切られる回数も多くなっていきます。

私たちは自分の心を苦しめますと、
必ず自分の環境にも、肉体にも表れてきます。
そんな訳で人の善い親切な方が
不幸な生活をされていることが多いのです。
善い行いをしても自分を苦しめるようなら
これは失格です。
あの世では地獄へ行くということになります。



「作善止悪」

2019-02-21 02:49:58 | 日記

お写真は恩師「長尾弘」先生を始めとして多くの学びの友の方たちと
イエス様に関係する史跡を訪ねてイタリアを訪問した際のビデオの中に
何故撮影されていたのか不明ですがこの映像が写っていました。
(ビデオの撮影者は学びの友のお一人です。)
訪問・見学した処は聖フランチェスコ教会、バチカン帝国、
ミケランジェロ作のピエタの像、ドミネ・クオ・ヴァディス教会
(ペテロの逆さ十字架刑教会=初代のローマ法王)など。  
恩師と行動する時は世界中のどこであっても難病・奇病が即時に治癒
されることは勿論ですが、常にこのような奇跡を見せて頂きました。 


恩師のご著書「講演集」より


                講演集、 三

           求める師に巡り合うご縁

同じく先月のお話会の時、東京から夜十二時頃に着いて、
朝まで家の表で待って下さった方がありました。
私のような者の為に、中にも入らず朝まで外で
待っていただいたその方に対して、
ほんとうに申し訳ない、勿体ないことだと、
思っておりましたら、
その方から次のような手紙を頂きました。

「―――長尾先生、ありがとうございます。
私は十一月二十二日の講演を聞かせていただいたあの晩、
外で待っていた者です。
初めて会うのだから、病気のことなど訴えては厚かましい、
目的は法を聞きにきたのであるから、
病気のことは口にすまいと決めていました。
ところが思いもよらず、先生のほうから身体を治していただき、
ほんとうに嬉しかったです。

いつも奇跡は他人のことといったふうにどこか
侘しく思っていましたので、
わが身に起こったことは大変な驚きです。
話は前後しますが、前の晩、門前で待っていた時も、
寒さはあっても、苦しいとは思いませんでした。
というのも、寝そべって山門と星空を見上げていたら、
ずっと昔も、師を訪ねたこんな自分があったような、
何か懐かしい思いで胸がいっぱいだったのです。

本当に来たるべくして来たような神秘的な思いでした。
又お会いできる日を楽しみにしています。―――」
このように書いていただいております。 
この方は師を求めて、その昔、中国で師に合うために
山門で朝まで待たれた過去の記憶があったのです。

自ら求める師に巡り合う為には、
夜通し外で待っていただいて、
こうして縁を頂く方も多々あるのですね。
私自身、過去は知りません。
しかし皆さんから、私の過去を証明していただきます。
或る時はイスラエルで、或る時はインド、
又ギリシャで、中国で、
ご縁のあった心の友が今こうして集うておられます。
すべて過去に深い縁のあった方ばかりです。
いとしい友よ、この見えない糸によって、
この場所にこうして集うているのです。
お互いに、一人でも多くの方を救っていきましょう、
喜びを与えていきましょうと言って、誓い合った仲間です。


              ~ 感謝・合掌 ~


「作善止悪」~心の扉~

2019-02-20 00:21:29 | 日記

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:調和の心を持って
       自然に生きれば
         光の世界が見えてくる


先の続き・・・

善い人が不幸になるのは、
やはり原因があって、
その結果として
現れていることなのです。

人が善くて他人に
親切なところだけを見ると、
決して悪いことはされていません。
ところが、そういう親切な方は、
自分が親切だから、
人も親切だと思っていることがあります。

これだけしてあげたら、
私を滅多に裏切らないと
思っていることもあります。
お礼や自分が困った時に、
助けてくれることを
期待することがあります。
自分ではなかなか認めたくなくても、
よく考えてみるとそういうところが
あるはずです。


「作善止悪」

2019-02-19 00:38:32 | 日記

お写真はインドのクシナガラに建立されているお釈迦様の涅槃像を
安置している涅槃堂で恩師「長尾弘」先生のお祈りで空中から
舞い降りた金箔です。
恩師ご自身が拾らわれて家に持ち帰り、額縁に入れて岸和田の
恩師の治療室に飾ってあったものです。
恩師の行かれる先々には常に金粉・金箔が発生しましたが、
これらの金粉・金箔は他の物質に変わってしまたり、消滅して
しまうこともありません。
しかも、検査によると、金は100%の純度だったそうです。


恩師のご著書「講演集」より


               講演集、 三

          お話会での不思議な体験

先きの続き・・・

この白髪の私が、忽ちに黒い髪になり、
揉み上げまで綺麗に生えましてね。
鼻の下までこの写真のイエス様と
同じになったそうです。
その方は、イエス様とは知らずに、
「長尾先生のお写真がここにあります」
と言っていられました。

こういう不思議なことがあります。
お釈迦様の話をさせていただきますと、
いつの間にか顔が丸くなり、耳が長くなって、
びっくりされる方があります。
これは、高橋信次先生もご講演の中で
よくこのような話をされ、
ご著書の中にも書いていられます。

それは、私たちが法を行じ、
人類の偉大なお師匠様の正しい教えを伝えた時に、
その意識が来て下さって、
そして変貌してしまうのです。
私自身が変わるのではなくて、
尊い偉大なお師匠様に来ていただけるのです。

この間、静岡の会場で「心行」を
読ませていただいたのと、
今日読ませていただいたのとでは、
全くその波動が違うのです。

静岡では、高橋信次先生の意識が来ていられました。
だから東京の方は、
「高橋信次先生が来ていられたのが分かりました」と、
おっしゃっていられました。
尊い方を慕い褒めたたえ、
その方のみ教えに従った時、必ず来て頂けるのです。
どこにでも来ていただけるその一つの証しです。


             ~ 感謝・合掌 ~



「作善止悪」~心の扉~

2019-02-18 00:25:40 | 日記

恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:調和の心を持って
       自然に生きれば
           光の世界が見えてくる


おはようございます。
長尾弘です。
爽やかな朝のひとときご一緒に
心の夜明けを迎えましょう。

今朝は親切な人の不幸について
お話をさせて戴きます。
世間には人の良い親切な方が
いらっしゃいます。

そして我が事を放って置いても
人のために尽くすまるで、
神様か仏様のような人が
いらっしゃいます。

それなのに、そういう方々が
案外不幸に生きておられる場合が
よくあります。
どうしてなんでしょうか。

これとは反対に、他人はどうでもいい、
自分さえよければ、と、
考えている人が案外うまく
世渡をしている例もあります。
これもどうしてでしょう。



「作善止悪」

2019-02-17 01:48:04 | 日記

お写真は先日投稿しました聖母マリア様の白い靄(もや)のようなものが
かかったお写真でしたが、今回のお写真は恩師「長尾弘」先生が
学びの友の方から贈呈された白衣を着られカメラに収まったものです。
ご覧のように白く靄(もや)のようなものに覆われたように写っています。
写真を写した時の条件は双方に違いはありますが、ほぼ同じような
不思議なお写真ですので投稿させて戴きました。


恩師のご著書「講演集」より


               講演集、 三

           お話会での不思議な体験

先きの続き・・・

白いはずの頭は自然といいますか、
二度三度と意識して見ていますと、
額の上から自然に黒い髪になり、
そして頬が髭になり黒くなって、
全く別人に変わってしまいます。

どこの国のお方か、日本人でないのは分かるけれども、
不思議で不思議でたまりません。
先生の過去世の方でしょうか、と話してみました。
もしかして、他の方にもそんなふうに
見えなかったかしらと思ったりして、
聞いてみたい気がして、数日後、
長尾先生をお訪ねしたところ、先生の所に私が
見た方の写真が飾ってありました。
私は思わず息をのんで見入ってしまいました。

私はいつか、ここで、この写真を見ていたのだろうか、
それが講演中に重なってきたのだろか、
そんな記憶はないけれども、
思わず先生に、
『いつからここにこの写真はあるのですか』と尋ねると、
『或るお方が昨日持って来てくれました』とのこと。
やはり、私は見ていなかった、
私はこの写真の方を二十二日のお話会で見たのです。―――」

そのお写真というのはここにあります。
イエス様のお写真です。
その方の見られた時には、この写真は無かったのです。
後日こられた時に、たまたまそこに
置かせてもらっていたのです。
その方がこられるなり、
「先生のお写真がここにあります」と言われるので、
「いや、これはイエス様ですよ」と言いますとね、
又びっくりされました。
「―――講演中、先生のお顔が、
その写真のお顔に変わっていたのです。
私は思わず何回も先生に問い詰めていました。
他にいられる来客のことも構わずに。

これは一体なぜかしら、確かにこのお顔でした。
いくら目をこすって見ても、このお顔になるのです。
これはイエス様の心霊写真とのことで、又驚きました。
そう言われて、落ち着いてよく見せていただきますと、
よく見かけるイエス様と少し違うようですけど、
ちょうどその時、東京から五人の方が来ておられて、
その中のIさんという方が、
私もどこかで見たことがあると言われました。
不思議なことがあるものです。

長尾先生とのご縁もまだ僅かな私です。
テープはよく聞かせていただきますが、
お話会で皆様と一緒に講演を聞くのは
初めてでしたのに、ただただ、自分でも驚いています。
何かに引き込まれるように、現在、模索中の私です。―――」
このような感想を書いていただきました。


              ~ 感謝・合掌 ~




「作善止悪」~心の扉~

2019-02-16 00:45:50 | 日記

お写真は恩師「長尾弘」先生を始めとし、多くの学びの友の方々と
イスラエルを訪問した時、聖墳墓教会内に安置されている
聖母マリア様を小生のカメラに収めたものですが、御覧のように
白い靄(もや)がかかったようになっております。
何故、このように写ったのか分かりませんが不思議写真の一枚として
投稿させて戴きました。
恩師のお姿もこのような白い靄のかかったこれと全く同じような
お写真もありますので、関連写真として次の機会に投稿させて戴きます。


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:心で見る


先の続き・・・

これでは人と人との喜びを伴った行為にはなりません。
お金を払ったから、そして受け取ったから、
それで良いと言うのでは、
何も世の中に働いたことにはならないでしょう。

働かせて戴くとは、そういうことでは無い筈です。
少しゆとりを持ち曇りの無い目で周囲を見る時、
始めて商売の本当の姿が見えてきます。
この時こそ自他ともに身も心も豊かになるのです。

正しい法と書く正法は商いの法、
商法にも通じます。
また、対人関係や社会にも通じます。
いっときの栄(さかえ)ではなく、
皆が心から幸せになれる正しい道を
学んでください。
それには囚われることのない,
澄んだ心で見ることです。


「作善止悪」

2019-02-15 01:21:13 | 日記

お写真は「モーセの御足を慕って」の旅でエジプトの三大ピラミッドを
見学した時のものです。
ここでも、恩師「長尾弘」先生は大きな奇跡を見せてくださいました。
黒くなっていたクフ王のピラミッドが恩師の愛の光と祈りで、忽ち
光輝きました。
このお写真ではその経時変化を示すことはできませんが、
ビデオではその情景がはっきりと写っています。


恩師のご著書「講演集」より


          講演集、 三

      お話会での不思議な体験

先きの続き・・・

それは、どんな時に、そういう感じを
受けられたのかと言いますと、
「いといと小さき神のみ使い」としての自分を
自覚させて頂いた時で、
「光の大指導霊は言われました。
自らの過去を紐といた時、
絶対に人に明かしてはならないという重荷を
自ら背負いました。
過去の私が今の私に何の関係がありますか、
過去がいかに偉大であったとしても、
今の自分が間違っておれば、
自分の過去に疵をつけます。

又、私は過去にこんな偉大な人間だったと言いますと、
知らない方はそれによって迷い、
又、ああ偉大な人だなあと思ってしまいます。
そのように、人の心に迷いを生じさせるだけで、
皆様にどれほどの利益や喜びを与えられるでしょうか。
迷いだけを与えます」と、
私がそういう話をさせていただいていた時に、
この方が次のように書いておられます。

「―――静かな、どこかで聞き覚えのある懐かしさを
覚えて、陶酔するような心地になりました。
講演なさっている方は、いつの間にか黒い髪と黒い髭、
私は今どこにいるのだろうかと、思わず我に返りました。
講演なさっている方は、頭の白い長尾先生です。
今までお話をされていた方は誰方かしらと思って、
目を何度も何度も瞬いてみました。

不思議でした。長尾先生の講演を皆様と一緒に
聞かせていただくのは、今日が初めての私です。
そして又、話を聞いていると、
髪が黒くなって、別人の顔になるのです。―――」
モーセの十戒の中に、神はモーセに十戒を授け、
「私は天地自然の中にあって、
ただ一人である。私以外の何者をも神として
祀ってはならない」と、
おおせられたことが書いてあります。

先月、自らモーセと称して神殿を作っている方が
あるという話をしました。
そして、自ら十戒を破るような方は贋者(にせもの)ですと
話していました時に、
又この方は、次のように書いていられます。
「―――先生は再び黒い髪と黒い髭、本人ではない。
私は何度もハンカチで目をこすってみました。
  
しかし、一瞬、長尾先生に戻っても、その髪は黒に変わり、
高見山関のように揉み上げまでも黒く、
鼻の下まで黒い髭です。
なぜだろう。
私は人々にも話せず、あの方は誰方ですかと、
頭の中はそれで精一杯、
家族に言っても信じてもらえそうにないので、
深く心に思い、
後日、Y様を訪れてご夫妻に話してみました。


           ~ 感謝・合掌 ~


「作善止悪」~心の扉~

2019-02-14 00:48:55 | 日記

お写真は先に投稿しました恩師「長尾弘」先生のご講演会での
幽体離脱をカメラに収めたものと同じ幽体離脱の状態を別の
ご講演会で撮られたものですが、今回のものは恩師を含めて
三人の方が被写体となっておりますが、向かって左端の方は
別の動きを示しております。
同じ被写体ですから、これもまた、カメラのブレではないと
云うことが言えるかと思います。


恩師のご講演ラジオ放送より

心の扉―2

主題:心で見る


先の続き・・・

商売にも同じことが言えます。
自分が儲けることばかりに心を
囚われてはいけません。
そうすると、正しいものが
見えなくなるのは当然です。

面白いもので、例えば、
これを一個売れば十万円儲かると考えて、
その儲かるという思いに囚われてしまった途端、
それは売れなくなります。
いくら値打ちがあっても売れないのです。

しかし、相手の方に心から喜んで貰うために
品物を勧めた時に
案外すっと売れるものです。
こちらが、儲けようという心に囚われていると、
相手の方の喜びは見えなくなります。
相手の方もこちらに警戒心を持ちます。