浄心庵・長尾弘先生「作善止悪」

「作善止悪」
三世の諸仏、過去の仏も未来の仏も現在の仏も
悉くこの法門を説き給う
良き事を行い悪しき事を止めよ

作善止悪

2020-04-30 00:44:16 | 日記

恩師のご著書「思いの中に生きる」より

           情報欄より

            〔雑記〕

〈一人一人が仏国土・ユートピア建設の努力を〉


平成元年。今年は大きな節目になる年となりました。
平和を願っての「平成」。
世紀末を飾り、二十一世紀を迎えるにふさわしい元号だと思います。
名実共に「平成」の時代にしたいものでございます。
長尾先生から正法を学ばせていただいております私たちとしましては、
仏国土・ユートピアを建設する努力をしなけばなりません。

いくら素晴らしい法のお話を聞かせていただき、
数々の奇跡を見せていただいても、
私たち一人一人が実践する努力なくして仏国土・ユートピアを建設する
ことはできませんから、どんな小さいことでもいい、無理なくできることから、
今までに増して実践させていただくよう心掛けましょう。
長尾先生、
今年もどうぞよろしくご指導いただけますようお願い申し上げます。


作善止悪

2020-04-29 00:40:59 | 日記

添付のお写真は二千有余年前イエス様がご生誕された馬小屋(洞窟)のその場所には
生誕教会が建立されています。
内部のまさにイエス様がお生まれになられた個所には銀の星状の輪がはめ込まれています。
星中央の穴の周囲にはラテン語で「ここに、救い主イエス、おとめマリアから生まれる」
と刻み込まれています。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              情報欄より

              〔雑記〕

〈国の内外に正法を伝えられる長尾先生〉


長尾先生が正法を伝えられる地域は、北は東北地方から南は沖縄まで、
今年は一層の広がりを見せました。
先生は一年中、土日曜日には全国をかけめぐられ、癒され、奇跡を見せられ、
正法を説かれ、多くの苦しむ人々を救われました。
それに伴って、岸和田の「浄心庵」を訪れる方も日増しに増え、遠方から
泊りがけで来られる方が多くなりました。

先生はお一人お一人を大切に迎えられますので、益々御多忙になられました。
来年はいよいよ海外にも行かれ、更にお忙しい身になられることが予想されます。
くれぐれも有限のお身体を大切にされて、
一人でも多くの方をお救い下さるようにお願い致したいと存じます。
長尾先生、本当にこの一年間ありがとうございました。
今年二月から「道」を編集させていただき早くも十一号となりました。
何とか続けさせていただけますのも、皆様のあたたかいご声援の賜物でございます。
心から感謝申し上げます。
今後共、工夫を重ねながら続けたいと存じますので、
ご協力よろしくお願い申し上げます。


作善止悪

2020-04-27 02:08:55 | 日記

添付のお写真はイスラエルの聖墳墓教会内に安置されている聖母マリア様に
光を送られている恩師「長尾弘」先生です。
この後、先に投稿したお写真のように石膏で作られたマリア様のお顔の表情が変化し
瞳から涙が流れました。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

            情報欄より

             奇跡

〈長尾先生がお墓や仏壇にお参りされると・・・〉


今月は二十日から二十六日まで「お彼岸」です。
この間、肉体先祖のお墓参りをさせていただく方も多いことと存じます。
お墓参りさえさせていただけばご先祖様が救われますなら幸いでございますが、
なかなかそうはいきません。
しかし、
長尾先生にお墓参りをしていただきますと確実に救われていただけます。
その証しとして、古いお墓がまるで新しいお墓のようにきれいになったり、
お墓に金が出てキラキラ光ったりする現象を見せていただけます。
もちろんお彼岸の時に限りません。
また、長尾先生がお仏壇にお参りされますと、
陰気で黒ずんだ仏壇が明るくなり光輝いてきます。
仏壇に意識をとどめておられたご先祖様が救われた証しです。
このように、
先生にはお墓やお仏壇にまつわる数々の不思議な現象をみせていただいています。
先生とご縁をいただければ即救われます。
ご縁をいただけた私たちだけでなく、
私たちのご先祖様にとっても何と有難いことでしょう。


◆おしらせ
明日の28日にインターネットのメンテナンスをプロバイダーが計画しております。
ですから明日の投稿が出来ないかと思いますので先行してお知らせします。

作善止悪

2020-04-26 00:20:11 | 日記

恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              情報欄より

               奇跡

〈高橋信次先生の御母堂様をお見舞いになられた長尾先生〉


長尾先生は、五月二十八日(土)、
長野県佐久市にいらっしゃる高橋信次先生の御母堂様を見舞われました。
九十歳というご高齢の御母堂様は、
足が悪く寝たっきりの状態になられておられ、
「せめて、トイレに行ければ楽なのに」と思っておられたそうですが、
治療されるとすぐその場で歩けるようになっていただいたそうです。

長尾先生の愛の治療によって、今ではご自分で台所に出て来られほどまでに
回復されたそうです。
信次先生のお姉様であられる梅沢はま子様から心からのお喜びのお手紙を
いただいておられます。
高橋信次先生という偉大な方を産み育てられた御母堂様には、
早く亡くなられた先生の分まで末永くお元気でお過ごしいただきたいと存じます。
御母堂様のご健勝を心からお祈り申し上げます。
そして、長尾先生の素晴らしい愛の実践に心から感謝させていただきます。
ありがとうございます。


作善止悪

2020-04-25 00:35:06 | 日記

添付のお写真はその昔、イエス様がゴルゴダの磔刑場にご自分が上がられる十字架を
背負われ歩かれた悲しみの路(ビアドロローサ)を観光客の方たちが歩かれています。
一体彼らの胸に去来するのは何であろうか。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              情報欄より

               奇跡

〈病院に身放された症状が三分間で治った!〉


去年、中学三年の女子が、体育祭の練習中、運動場で突然過呼吸になった。
その後遺症として手に激しい痙攣が残った。
寝ている時は止まっているのに、起きると左手の肘から先が左右に大きく
振幅運動をした。
二週間程して、口もきけなくなった。
高校受験の年で、本人もご家族もどれほど辛い思いをされたことでしょう。
病院をいくつも廻っても直らず、一か月程して藁をもつかむ思いで長尾先生を
訪ねた。

長尾先生が両肩に手を置いて祈られ、次いで身体を横にさせて心を落ち着かせますと、
話せるようになり手の振幅運動も止まりました。
その間三分ほどのことでした。
母子共に喜びのあまり泣き伏していました。
どこの病院でも直らなかったものが、たった三分程で治ってしまいました。
長尾先生にご縁をいただき、数々の奇跡を目の当たりに見せていただける
私たちは何と幸せなことでしょう。




作善止悪

2020-04-24 00:49:00 | 日記

添付のお写真はその昔、イエス様がガリラヤ湖の岸辺を歩いておられるとシモン(別名ペテロ)
とアンデレの二人の兄弟が舟に乗り、網で漁をしているのに出会いました。
彼らは漁師でした。イエス様が「私について来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう」と、
声をお掛けになると、二人はすぐに網を捨て、イエス様についていきました。と聖書に書かれています。
そのガリラヤ湖を背景に周辺の景色をカメラで撮影されている恩師「長尾弘」先生です。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             情報欄より

               奇跡


〈神様の御業を見せさせていただける有難さ〉

長尾先生から、治療についての最終的な目標は「身体に触れずに直すこと」
と以前からお聞きしておりましたが、先生の最近の治療を拝見しておりますと、
目標をほぼ達成されたようです。
皆様も既にご存じの通り、胃下垂などは瞬時に直してしまわれますし、
また股関節も「正しい位置に帰りなさい」とか、「足はピタッと倒れなさい」
と言われるだけで直ってしまいます。

見ていますと面白いほど簡単で、それだけに余計不思議な思いがしますが、
現実です。
先生を通して神様の御業を見せていただける有難さ。
その神様の大いなる慈愛の中に生かしていただいているのですから、
これほど幸せなことはございません。


作善止悪

2020-04-23 00:24:18 | 日記

添付のお写真は聖墳墓教会内の壁に描かれていたイエス様のお顔(?)の
ような絵(写真)です。
この絵についての特に説明文のようなものはありませんでしたが、
取り敢えずカメラに収めたものです。


師のご著書「思いの中に生きる」より

               情報欄より

                奇跡


〈御講演テープの不思議〉

最近各地で科学では解明できない現象が起こっています。
長尾先生のご講演のテープを何回も聞いているうちに、そのテープの言葉が
突然外国の言葉に変わったり、音楽の部分が別のきれいな音楽に変わったり、
不思議なことが次々に起きています。

全く神の御業としか言いようのない現象です。
神の存在を証明して下さると同時に「正法を拠りどころとして生きなさい」
「己の心に目覚めなさい」そして「幸せになりなさい」とお諭し下さって
いるように思います。



作善止悪

2020-04-22 02:19:01 | 日記

添付のお写真は恩師「長尾弘」先生がイエス様についてのご講演中恩師の
お顔がお写真のように変貌されました。
このご講演を聴かれていた学びの友の方がカメラに収めたものです。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

            情報欄より

             神意


       あの光の方は神意を頂かれ
       神の意識を具現されし方
       全ての幸せを願われる愛の力
       お会いするだけで魂が歓喜する

       イエスは言われた
       「私を見た者は父なる神を見た者である」と
       光の方の行いは神の意を現わせし姿
       この地上で二人とお目にかかれはしない
       今生生きられしその姿を
       大切に見せて頂かねば

       今 光のうねりは輝きを増す
       光の方の姿を通して
       地上のあやまちに気付き
       神のご意志を心に受け止めなければ

       この世の大自然も
       神のご意志の現れた姿
       人も皆自然に生かされる神の子
       あの光の方は
       人として神を具現された方
       人として神の願われし姿
       “光の方を見た者は父なる神を見るであろう”

                  1995・2・18 嬰


作善止悪

2020-04-21 00:38:13 | 日記

添付のお写真は先日投稿しました聖墳墓教会内に安置されている聖母マリア様に
恩師「長尾弘」先生が心の中で対話され、光を送られました。
すると、ご覧のように石膏で作られた聖母マリア様が涙を流されました。
この情景はビデオにも収録されています。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              喜びの体験記

        次々と寄せられる喜びの体験談  T.N.


合掌 ご慈愛に感謝致します。
先便で歌集をお送り致しましたが、その後で文字サイズを
大きくしましたところ、
この方がきれいで読み易いようですから、いずれ印刷される先生にとって
役に立つかどうか判りません、一応お送り致します。
Y氏からは何度も電話がありまして、とても喜んでおりました。
二月に浄心庵へ行くことを楽しみにしているようです。
帰ってから種々のことがあったようです。
I氏は何度も泣いておりました。
電話でも泣いておりました。
人がいなかったら、大声で泣いたと思います。

その時までの彼は地獄の苦しみであったようですから、
喜びも大きかったことと思われます。
高知から行った者も電話で話し合っておりますが、
この感激がさめないうちに
もう一度ということで、明日三十一日に食事をしながら、
この間の浄心庵でのことをおさらいすることにしております。
私たちの喜びは到底、言葉で表すことは出来ません。
ただこれからは先生のお教えを日々の生活の中でどう生かして行くか、
ご慈愛に応えることの出来る自分作りあるのみと存じております。
一層のお導きをお願い致します。
ありがとうございました。
一層のご自愛をお祈り致します。
                合掌

(追記)
これは蛇足でありますが、この間の夕方、
私はワープロを一生懸命にやっておりましたところ、
家内がご飯が出来たよと言いました。
月に一回ぐらいのビフテキが焼けたところでありました。
「腹へった―」と言って食卓につきました。
ところがその時、電話のベルが鳴りました。
待っていたY氏からの電話です。
彼の喜びが伝わります。
私も喜ぶ、十分、二十分、彼は夢中です。
私も夢中でした。
そして電話が終わった時、ビフテキは冷えてしまっておりました。
家内はまた温めてくれました。
この頃は少し嬉しいことも起こり出したという、
満足感にひたりながら再び食卓につきました。
そしてナイフとフォークを持ちました。
その時二度目のベルが鳴りました。
今度は、I氏です。
彼は泣かんばかりの声でありました。
とても興奮しております。

長い間、夜寝るのが怖かったほどに、
彼の苦しみは大きかったと思います。
それだけに嬉しさを堪えていることが苦しい位に
喜んでいることがよく判ります。
彼は嬉しい、そして私も嬉しい。
こちらも泣きたいほどに嬉しい。
感激の極まりのように思いました。
よかったー、よかったーと心の中で繰り返しました。
彼の話はそれだけに時間がかかりました。
嬉しさと興奮いっぱいで、電話は終わりました。
さてそれからもう一度食卓につきました。

もう嬉しさいっぱいでビフテキなんかどうでもよい気分でありました。
もう一度温めようかと家内が言いましたが、
もうそんなことはどうでもよい、
とにかく嬉しい、嬉しさでいっぱい。
それにこの小さいビフテキをいもう一度温めると、一体どうなるか、
小さいビフテキがまた小さくなる。
そのうえ硬くなることは火を見るよりも明らかである。
そんなことは小さいこと、小さいこと。
その晩の夕食のおいしかったこと。
これはちょっぴり先生に似てきたかなとご機嫌でありました。
つまらないことを申し上げましたが、これがこの頃の
ある日の出来事であります。
幸せなある日の出来事を、ついでに申し上げたくなりまして
失礼いたしました。
何卒お許し下さいませ。
何でも申し上げたくなる、また言ってもよいように親しく
感じられる先生だと思っているからでございます。
お許し下さいませ。



作善止悪

2020-04-20 00:31:09 | 日記

添付のお写真は先日投稿しました聖母マリア様のお顔の部分を拡大したものです。
恩師「長尾弘」先生がこの聖母マリア様に心の中でお話をされた時、マリア様が涙を
流されました。(この時のお写真は明日投稿する予定です。)


 恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             喜びの体験記

        土葬の苦しみから解放された霊


先の続き・・・

母も先生に御縁をいただき、二回位お会い致しておりますが、
その母が今年四月八日に突然亡くなりました。
「親孝行したい時には親はなし」とよく言われますが、
全くその通りでございます。
恥ずかしい話しですが、何一つ私は親孝行をした覚えがございませんので、
亡くなったと連絡があった時は「しまった」と思いましたが、
もう遅かったのです。
里へ帰った時はすでに母親は硬直しておりました。
手足はもちろんですが、顔の色も冴えません。
私はおろおろするばかりでした。

家の中では、遺体の前後左右、親戚縁者が右往左往するのみで、
私はなかなか落ち着くことができませんでしたが、
母親の耳もとへ救霊のテープを聞かせてあげましたろころ、
生き返ったように顔色が良くなってまいりますし、
手に数珠が掛けられないほど硬直していたのに、不思議に手が柔らかくなり、
数珠が掛けられるようになりましたし、足の方も動くように思いました。
先生の魔法の名刺で母親の体全体を撫でてあげたのですが、体が暖かくなった
ようにも感じましたし、顔もやさしくほほえんで喜んでいるようにも思いました。
その後、法事で帰るたびに仏壇が光輝いて明るく感じるのです。

母親が亡くなって八カ月後、父親が十一月五日に後を追うように亡くなりました。
年齢もいっておりましたので、以前から余り体の方は良くなく、二か月ほどの
入院生活だったのですが、私が看病に行くと嬉しそうに懐かしがっておりました。
必ずと言ってよいほどテープを持参致しまして父親に聞いてもらいました。
魔法の名刺も先生に頂戴致しまして枕の下に敷き、父親は先生の「救霊」の
テープを目を細めてよく聞いてくれました。

亡くなるほんの少し前、余りにも苦しそうでございましたので、先生の魔法の
名刺を胸に置いて「先生、早く楽にして下さい、してやって下さい」と、
先生にお願い致しましたところ、五分もたたない間に容体が変わりまして、
二十分位で息をひきとったのでございます。
院長先生も看護婦さんもびっくりするぐらい安らかに早く楽に亡くなったのです。
先生ありがとう。

母親のような硬直もあまりなく、顔色もよく、良い死に顔でございました。
「救霊」テープを納棺の時まで父親に聞かせておいたのです。
湯かんをしていただいた方々から、骨も折らないで済んだし、
楽に納棺できたことを喜んでもらえましたが、
私が親にしてやれた最後の親孝行ではなかったかと思います。
お葬式ですが、村のシキタリ通り、先頭は先火と称して後を振り向いては
いけないのです。

先火を先頭に白着物に袴、腰紐がわりに荒縄で腰を縛り、足は素足でワラジ、
というこの姿で墓地まで行列を組んで行くのです。
帰りはワラジを墓地に捨てて帰ってくるのです。
それで葬式は終わるのですが、
母親が埋められている横に父親が埋められたというのは偶然かも知れませんが、
「こんなことは初めてや」と村の人々はみんなびっくりしておりました。

私も両親の二回にわたる体験を目の前に見て、今更感動している次第です。
本当に貴重な体験でございました。
ご先祖様、父母もあの世で喜んでいると思います。
御礼申し上げます。
手を合わせて合掌するのみでございます。
先生ありがとうございました。
御礼が一年越しになり申し訳ございませんでした。
               合掌


作善止悪

2020-04-19 00:17:07 | 日記

添付のお写真は先に投稿しました聖墳墓教会内にイエス様が磔刑に掛かられた十字架の
レプリカに向かって右側に安置されている聖母マリア様の銅像です。
恩師「長尾弘」先生がこの聖母マリア様に光を送られ心の中で対話をされた時、
この聖母マリア様がまるで生きている人間のように涙を流されました。


  恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             喜びの体験記

        土葬の苦しみから解放された霊


昨年の十一月一日には、お忙しいところをお願い致しまして、
先生に私の生まれ故郷の村へ来ていただきました。
まずはじめに、先生に仏壇にお参りをしていただきましたところ、
陰気で黒ずんだ仏壇が明るく見えてまいりました。

しばらく雑談の後、村の墓地を見に行ってもらうことになりました。
村では、田舎の名ごりと申しましょうか、未だに土葬で、
お墓全体が共同墓地でございます。
ですから、先祖代々、村のシキタリによって順次埋葬されるのです。
かれこれ二百年の歴史があるそうですが、恥ずかしい限りです。
当然ながら霊気がすごく、
何かしら不気味で、余り特別なことがない限り行きません。

もちろん土葬でありますから、柩は座棺ということになる訳で、
亡くなりますと大変でございます。
遺体は硬直致しますので、お棺に収めるのが大変なことで、
親戚縁者がお通夜の読経の中で別室に於いて、
その間に納棺するのでございます。
棺桶の蓋をする時は、釘を打つちつけるのですが、
石ころで金槌の替わりをするのです。
そうして荒縄で縛るのです。
これらが村のシキタリなのです。

遺体は硬直致しておりますので、
なかなか棺の中へ収めるのが難しゅうございます。
骨をポキンポキンと折って収めるのですが、可哀そうでなりません。
墓地で先生にお参りいただきましたところ、
膝を抱えて窮屈そうな人の霊がいっぱい出てきたそうです。
二百年の歴史ある墓地でありますから、
霊の頭を踏みつけているわけですもの、当然だろうと思います。
その時にお墓でお参りいただいたテープが「救霊」のテープなのです。
確実に救われていただけたのは、一重に先生のお陰で、
少なくとも村が明るい良い村になって栄えますように。


作善止悪

2020-04-18 00:55:01 | 日記

添付のお写真は磔刑場ゴルゴダの丘に建立された聖墳墓教会の一部を
カメラに収めたものです。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

               喜びの体験記

          まだ見ぬ先生が夢にあらわれた  N.K.


長尾先生お元気ですか。
過日は大変お世話になりました。
本当にありがとうございました。
早速ですが、今日はうれしいことがあったので、
又つたないペンを取りました。
と申しますのは、娘のことなのですが、先生がお見えになった時、
自分も先生の御縁に触れお話が聞きたいと申していたのですが、
お産のため日があかず、お話も聞けずに稼ぎ先に帰って行ったのです。

それから、しばらくして電話がかかり、
腰の痛みがひどくて夜寝るのも苦痛を感じ困っているとの話しだったので、
長尾先生のテープをかけてしっかり聞きなさいと言っておいたのです。
そしたら、二、三日して又電話がかかり、
「お母さん、夕べ長尾先生とお食事していた夢を見たの。
そして先生がお帰りになるのでお見送りさせて頂こうと思って立ったら、
黄金の光につつまれて長尾先生がしっかりと私を
抱いて下さっているところで夢がさめたの・・・
そして、朝食の仕度をしようと思って起きてみると、
楽に起きれるし、今までの腰の痛みがないの、
不思議ね・・・まだ長尾先生にお逢いしたことこともなく、
ただお写真を見ただけなのに・・・こんなことってあるの・・・」
不思議、不思議の連発なのです。

そこで、私もまだ出来てないのですけど、
「そんなことってあるのよ。神様が見せて光の中につつみ、
長尾先生はすばらしい光の天使であることをあなたに
お教え下さったのだから、先生のテープをしっかり聞いて、
先生の御教えを守り、行うことに精進して、
親子共に幸せにやすらいだ心で日々が送れるよう
がんばろうね」と話したのです。
そしたら又、この間、「お母さん、先生にお会いしたいから
毎日少しずつ貯金をはじめたの。いつか連れて行ってね。
腰が痛くないのよ、有難いね」
と申しますものですから、私も自分のことのようにうれしくて・・・。

「お友達の中に日々悩んでおられる方があるから
テープを聞かせてあげたい」と言っていました。
かすかなれども、こうして心に法灯が灯ったことが
うれしゅうございます。
長尾先生のお陰と心より感謝いたします。
次の御講演会には又行かせて下さい。
今から楽しみにしています。
乱文乱筆で申し訳ありません。
お許しの程をお願いします。
      合掌

(追伸)
姉も先生に治療していただいてとても元気になり、腰の痛みもすっかりとれて、
今では何をするにも苦痛を感じることなく仕事が出来てうれしいと申しております。
毎日先生のテープを聞いて、やすらいだ日々を過ごさせていただいております。
こうしてみんなが少しずつではありますが、法にめざめて来たことがうれしくてなりません。
ありがとうございます。


作善止悪

2020-04-17 00:19:59 | 日記

添付のお写真は先に投稿しました鞭打ちの教会(第一留)で鞭打ちの刑を終えられ、
その隣にある裁判所からイエス様が十字架を背負われてゴルゴダの磔刑場に向かって
歩かれる少し前の情景をレプリカで形作られた物です。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             喜びの体験記

        正法の生命は「実践」の中に  Y.M.


先の続き・・・

それが、先生のご努力と、御両親から受け継がれた素質の優秀さと、
また先生のご使命とのよるものであることはもちろんでございますが、
高橋信次先生のお説きくださった正法のもつ権威によるものであることを、
長尾弘先生によって、まざまざと再認識させていただいた次第でございます。
長尾先生の生き様を通じまして、法を理解し、実践せよ、さすれば誰でも、
この私のようになるではないか、神がそのようにつくってある、
勇気をもって、お前たちもしっかりやれ、もっと人々に慈悲と愛を注げ、
それが高橋信次先生の法に触れさせていただいた者の使命ではないか、
と教えられました。

長尾先生が、いかに素晴らしい方であられようとも、先生を尊敬申し上げて
いるだけではならないのだ、と教えていただいたように思います。
どうぞ、これから、びしびしと御指導賜りますよう、お願い申し上げます。
どなたかのように、地球が小さく見えるだけでよいなら、宇宙飛行士に
なりさえすればよい。

正に、「正法は、実践の中にこそ、生命が宿ることを知れ」でありました。
炬燵を囲みまして、いただきましたラーメン、まことに美味しうございました。
お母様の飴の紙を剥いて差し上げた先生。見せていただきました。忘れません。
あまりお話できませんでしたが、奥様も、先生に相応しい、お心の細やかな、
立派な方でございました。

壁画、ご門、玄関のつやつやした御影石など、どれも皆嬉しうございました。
中でも、玄関の石は、先生が時々磨かれると聞き及びました。
そこに、私どもの靴が・・・。
お母様、奥様のご指名を受け、八木節のハアーから後が出来なくなり、
弱りました。
それで童謡となりました。
また寄せていただきます時まで、もう少しましになりますよう、
同封のテープで練習を積んでおきます。
どうぞ、ご猶予を。

握手をしてくださいましたね。
嬉しうございました。
温かいお気持ちが伝わってまいりました。
ほんとうにありがとうございました。
長尾先生は、ご自身のことを、私のような未熟者が、
とよくおっしゃいますが、そうすると、私は、
発芽前の者ということになります。
未だ土中にあります。

宗教のことは全くわかっておりません。
まさに、「われ何を知る」(モンテーニュ)でございます。
これから、せめて、長尾先生の足手まといになりませんよう
努力をいたします。
どうぞ、ご遠慮なくご鞭撻を賜りますようにお願い申し上げます。

世の中には、おえらい彦左衛門殿が何人かおられるようですが、どうぞ、
先生は、お気軽に、おっしゃりたいように、
なさりたいようになさってくださいますように。
私どもは、そのような先生が最もありがたいと感じております。
生意気を申し上げまして、失礼いたしました。
このたびの大阪行きの夫婦修学旅行は楽しうございました。
また寄せていただけますように念じております。
先生、奥様、お母様、ますますお元気で。

      風光る 浪速の里に 法あリて


作善止悪

2020-04-16 01:02:37 | 日記

添付のお写真は先に投稿しました鞭打ちの教会から出てイエス様がご自分が上がられる
十字架を背負わされ磔刑場に向かって歩かれた悲しみの路(ビアドロローサ)を示す標識です。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

               喜びの体験記

           正法の生命は「実践」の中に  Y.M.


先生、奥様、お母様、大阪の皆様方のにこやかなお顔を思い浮かべております。
長尾先生、このたびは、目のまわるようなお忙しい中にもかかわらず、
私どもをお寄せくださいまして、まことにありがとうざいました。
深く心に留まる神理のご講話を、大阪の皆様とともに拝聴させていただきました上、
泊めてまでいただき、更に、お忙しい中を差し繰ってくださいまして、
貴重なお話の数々を聴かせていただきました。
何とも恐縮でございます。
本当にありがとうございました。

先生の飾られないお人柄に、ついつい甘えさせていただき、肘触れ合うまでにして、
お写真の説明をしてくださいましたこと、忘れられない思い出となりました。
先生のような悟られたお方の近くに、一時にもせよ、
座ることを許していただきましたことは、まことに光栄でございます。
ありがとうございました。
ご講話のテープも、不思議なことに、
私どもの月例会でのそれと相通じるところがございました。
大変びっくりいたしました。

内容において、その深さにおいて、
もちろん、先生のお話とは較べるべくもございませんでしたが。
人様に対して善なる行いを為すときは、のし紙に自分の名前を入れてはならない。
相手に対する愛と称して、相手の自由を束縛してはならない。
たとい、相手がこちらの意に反して動いても、それに腹を立ててはならない。
それでも、なお、その人の幸せを祈れるようでありたいというようなことを
話し合っておりました。
これは、私が若い頃から容易に卒業できなかったテーマの一つでございました。
そのために、繰り返し、繰り返し、手を変え、品を変えて、学習を迫られて
まいりました。

にもかかわらず、現在もちょっと怪しい時が間々あります。
先生のお若い頃からのお話をお聴かせいただき、いかに先生が、
お心の広い方であられるかがよくわかりました。
新幹線の中で思いました。
高橋信次先生のご昇天後、私どもが無為に十年を過ごしておりました間に、
長尾先生は、着々と正法の実践の歩を進めて来られました。
そして、それが今、こうして大輪の見事な花となられました。
まことにありがたいことでございます。




作善止悪

2020-04-15 00:33:33 | 日記

添付のお写真は「イエス様の御足を慕って」の旅で見学に訪れた
イスラエルに建立されている「鞭打ちの教会」です。
二千有余年の前、イエス様が無実の罪で当時のローマ兵に捕らえられ、
裁判の後、鞭打ちを受けられた建物が「鞭打ちの教会」となっております。
恩師「長尾弘」先生がこの教会の正面前でカメラに周辺の遺跡や建物を
撮られているところです。


恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             喜びの体験記

      子供の病と私の心を治していただいて  M.S.


長尾先生ありがとうございました。
悟が良くなりました。
病気がなおり、元気な人間と変わらないようになりまして、
私は嬉しくて嬉しくて、ただ涙で一杯です。
何とお礼の申し様もございません。

先生に御縁ありましてより、ちょうど一年になります。
その間、先生や皆々様が良くして下さいまして、
えらいお世話になりました。
お陰様で元気な人間となることが出来ました。
これも皆、神様や長尾先生のお力のお陰と感謝致しております。
本当に心からありがとうございましたと、お礼申し上げます。
本人も二十三年間苦しみましたので、
こんなになろうとは思ってなかったと申しております。

今、毎日一生懸命に仕事をしています。
私共にまでこまかい所など気遣って良くしてくれます。
Mさんが以前「悟さんの病気をなおしてくれる人は、
この広い世の中に長尾先生しかいらっしゃらないよ」と、
言われた通りでした。
先生、本当に有難うございました。
何回も何回も御礼申し上げます。
手を合わせて合掌するのみです。

私もお陰様で先生のテープや皆々様方のお話をお聞き致し、
子供の悟がまだ
お腹の中に入っている頃からずっと反省をしましたところ、
色々とございまして、ただ涙が先に出てまいり、謝る一方でした。
姑や主人に対してのことなども反省致しましたら、
自分の心の持ち方の間違いに気付かせて戴きました。
今は皆感謝に変わり、自分の心を変えることに努めています。

毎日が安らかです。
これも皆先生のお陰でございます。
色々お世話様になりましたので何かと思いましたが考え付きませず、
ここに夏布団と敷布を使って頂けたらと思いましてお送りました。
宿り客も多いし、その方たちのためにどうか使用して下さいませ。
私の気持ちからです。
                         合掌