「神君伊賀越え」京都篇のTV放送があり、眠い目をこすりながら観た。案内役が直木賞作家の今村翔吾だから、少しだけ期待をしながらであった。時代小説家なりの世界が垣間見れ、まあまあであったが、郷土史家のある高齢者がまたまた、登場、根拠に乏しい言い伝えの話をしていて、せっかくの番組に嫌気がさした。大河ドラマで注目とあらば、無理にそれに結びつけようとすることは、逆に地域活性化や観光促進に対して、マイナスになるのではないかな。
距離を測定する(測地線長)単位にkmがあり、日々慣れ親しんでいる。地球上の2地点は、表面が球であるから直線ではない。地球からの太陽や月の距離は、約15000万Km、38万Km。星においては、光が1年間で到達する距離:1光年を単位とする。また、なじみは少ないが、地球と太陽の距離を1天文単位。1光年は、6万3420天文単位だそうだ。星を測定する方法(年間視差)のことを思い出して、知ったのが、パーセクという単位。1パーセクは、3.266光年という。暑い寝苦しい夜は、窓から見える星を眺めて、パーセクの世界に突入していくとなんだかおかしくなってきた。
深夜に起きて、NHKラジオ深夜便を聴くと、瞑想の話とその実践について、放送されていた。瞑想の音楽を聴きながら、心を落ちつかせ、体中の力を抜き、何も考えないようにしてみる。約十分間、色々なことが頭から解き放されていい気分になった。その間、蒸し暑さを感じず、身体にかかるストレスが解消されるようになった。たまには、こういうこともやってみようと思った。
本の出版の話がまた持ち上がってきている。今まで、何回か異なるテーマでそのようなことがあったように思う。会社員の現役時代に、通信技術の分野と数値解析における商品開発に関してであるが、現役時代は時間の余裕がなく、上司のお声がけに素直に耳も傾けずにいたが、定年まじかにまたその話があり、しかし、少しゆっくりとしたかったために、お流れになった。定年後、地域活性化における実践活動をまとめようと試みたが、青二才ぶりを感じてやめた。親族が力を注いでくれたファミリーストーリーは、出版社がかなり力を入れてくれ、原稿はできたが、個人情報の塊が親族後世に悪影響を及ぼすのではと思い、取りやめた。この件は、生まれ故郷の松阪や著名人にかなりのインパクトを与えたのではないかと今から思うと無念だ。時代は変わり、今最も頭にあることがあり、整理に取り掛かっている。
暑い夏がやってきました。祇園祭も本日が宵山。正午に空を見上げると、太陽の周りには、真っ白いうろこのような雲が出ていました。今年の夏は、さらに暑さが増して、戸外に出ると太陽の日差しが痛く感じられます。14:22 一瞬ビシッと家屋が動きました。なんだろう。マグニチュード4,震度1の地震です。
4月に買ったホテイアオイが枯れてきたので、近くのショッピングセンターで、新緑のホテイアオイを買って、親メダカさんの鉢に入れてやりました。二日たつと、沢山の産卵がありました。そのままにして、自然孵化するのを待つことにします。鉢の掃除や水の継ぎ足しなど、少し我慢してみようと思います。
本日のNHK大河ドラマ「どうする家康」12:15~13:00を観ました。脚本家 古沢良太氏の「家康が信長を討つ」と宣言し、行動を図るストーリーが信長家康の範疇内での心のやり取りが主体で、幼少期からの狼と白兎の戦いの発想では、物足りなさを感じる。本能寺の変に至るには、多くの考えられる要因をうまく整理分析したうえで、新しい論述を展開して欲しいものだ。
「地政学で読む近代史」(内藤博文 著)は、外国の歴史や政治経済に疎く、知見に乏しい当方にとって、非常に理解しやすい本である。自然の地理地形と国家間の関係を改めて考えてみる良い機会になっている。
今朝は、早朝、太陽の日差しが強くないタイミングで、庭の雑草の一部を摘み取った。特にどくだみの強烈なにおいが目に染みるようであったが、不思議なほど、途中挫折することなく、半時間、頑張った。汗びっしょりとなり、腰の負担が気になり始めたので、今日は、これぐらいでストップ。このようなことが、毎日できたらと思うが、続かないものだ。