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ソフィスト(3) 最初のソフィスト

2015-05-18 06:00:27 | 歴史
ソフィスト(2)の続き

 『プロタゴラス―ソフィストたち』2)の方ですが、これもまた臨場感ある読み物としておもしろいです。設定年代はBC433-432と考えられ[p179]、36歳頃のソクラテスが最初のソフィストとして高名な高齢のプロタゴラスに論戦を挑むという構図です。

 これらの本を読む前の私のソクラテス像というのは、間違った判決にでも従うことが正義だとして死刑を受け入れた、高潔な求道家の老人というものでした。もちろん死の時には71歳頃の老人だったのが『プロタゴラス』では30代の壮年なのですが、ここでのソクラテスは実に熱いように見えました。

 まず出だしでいきなりソクラテスが美少年アルキビアデスを追い回していたという場面が出てきて軽くカルチャーショックを受けました。アルキビアデス(Alkibiades)は実在の人物で後に政治的に波乱に富んだ生涯を送るのですが、このときはまだ18才頃という点も設定年代の根拠の一つにされています。また『ゴルギアス』でも「ぼくが恋しているのは、クレイニアスの子アルキビアデスと哲学とであり」[1)p130]というソクラテスのセリフに登場します。プラトンも悪びれもせずに師匠の「愛人」[1)p131]について記しているということは、若き男性の愛人の存在は、奥さんがいるのと同じくらい普通のことと考えられていたようです。

 そして印象的だったのがp97のシーンです。「最初ぼくは、ちょうど拳闘の名人に一撃をくらったような気がした。-君だから本当のことを白状するが、詩人の言葉の意味を考えてみるのに時をかせぐためだったのだが-プロディコスの方をふり向き、彼の名を呼んで話しかけた。」いやー、正直でかわいい。若きソフィスト(というとプラトンは怒るだろうけど)ソクラテスの意気込みを感じますねえ。

 さて全体は40章に分けられ、次のようにまとめられます。

p11-33(1-8章) 友人のヒッポクラテスがプロタゴラスに師事したいというのに対し、魂の糧食つまり諸々の学識を売りつける者には、何を売ろうとしているのか吟味すべきだとして、二人でカリアスの屋敷へ行き、滞在していたプロタゴラスとの対話の場が設定される。
p30-61(9-16章) プロタゴラスがソフィストとは何かを語る。
(p38-39,10章) ソクラテスが徳性は人が人に教えられるものではないのではないか、と問い、その後はプロタゴラスの反論(解説?)が始まる。
p62-82(17-21章) ソクラテスが、正義・節制(分別)・敬虔は徳の部分なのか同一のものの別称なのか、と問い、プロタゴラスの答えに対し、矛盾を指摘する。
p83-93(22-25章) 今後の議論の進め方について、その場のそうそうたる論客たちの意見が披露され、ソクラテス流の問答法が採用されることになる。
p94-119(26-32章) プロタゴラスから一つの詩の解釈についての問いが出され、ソクラテスの答えに矛盾を指摘する。この中で、先のp97のシーンが出てくる。
p119 「詩のことを話題にして談論をかわすということは、凡庸で俗な人々の行う酒宴とそっくりのような気がしてならないのです。」として本題に戻り、ソクラテスからの問いが始まる。
p119-130(33-34章) 再び、部分か同一物かの議論から勇気とは何かという議論に移り、「こわがらないことと勇気とは、ただちに同じではない」というプロタゴラスの発言でひとまず終わり、ソクラテスが次の話題へ切り替える。
p131-165(35-40章) ソクラテスは「快楽それ自体は善なのではないか?[p132]」という問いから、「生活を安全に保つ途(みち)は、快楽と苦痛を正しく選ぶこと」にあり、それは「まず第一に、計量の技術[p148]」であり、「快楽に負けるとは何を意味するかというと、それは結局最大の無知にほかならぬ」との結論をくだす。その結果、「徳とは知識であり教えられる」という結論に至ってしまった、と自分で言いつつ、痛み分けの形で二人の討論を友好的雰囲気で終わらせる

 まず詩の解釈の部分ですが、双方の議論とも言葉じりだけの理解する気にもなれない屁理屈に見えます。解説でも「どうみてもこじつけとしかいえないような気ままな解釈をふんだんに織り込んでいる」「何らかの哲学的思想の表明をまじめに意図しているとは、とうてい言えないであろう。」[p195-6]と評価されており、この部分は「ソフィストたちのやり方のパロディを演じてみせた」のだとしています。そしてここには、ソフィストたちが「人間にとって教育のもっとも重要な部分をなす[p94,338E-339A]」と見ている詩について、「詩の中に<知>は不在である」と考えるソクラテスからの「痛烈に皮肉な批判」があると解釈しています[p197-8]。

 確かなことは、ソクラテスにはこのような「ソフィストたちのやり方」で十分戦えるだけの弁論の技術があったということです。もしもここで描かれた対決が歴史的事実だとしたら、それは新人ソフィストたるソクラテスの鮮烈なデビューだと人々には受け取られたことでしょう。

 では、ソクラテスにとっては真剣な話題だと解釈されている他の部分については後ほど。

ソフィスト(4)へ続く

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