知識は永遠の輝き

学問全般について語ります

暫定規制値の正体(4) 荷重係数、いや加重係数

2011-05-21 06:25:58 | 物理化学
 前回記事の続きです。以下、参考文献は04/29記事[暫定規制値の正体(2) 減衰項の謎]のものを参照して下さい。

 ヨウ素は甲状腺に集まりやすく放射性ヨウ素の効果は甲状腺癌が大きいため、甲状腺等価線量を使うと言われています。

 まず物理的実体として測定にかかるものは吸収線量というGly(グレイ)という単位で表される量です。これは単位質量の物質が放射線から吸収したエネルギーであり、1Gly=1J/kg です。吸収線量は放射線の強度に比例しますが、比例係数は放射線および物質の種類によります。生物体での比例係数ははほぼ水と同じと見なせます。
 放射線が生体に与える効果は同じ吸収線量でも放射線の種類や生物の種類により違いますし、同じ生物でも組織によって効果が違います。そこでまず放射線の種類による違いだけを補正した量等価線量で、吸収線量に放射線加重係数(荷重係数)[radiation weighting factor]*1をかけて算出します。放射線加重係数の値はγ線とβ線では1、α線では20など、ICRP勧告値の表が発表されていて公開されています。ただしICRPの2007年勧告でいくつか表に変更がありましたが、公開されているものにはそれ以前の表もあります。
 次に臓器や組織による感受性の違いを補正するための組織加重係数(荷重係数)[tissue weighting factor]*1という係数があり、1人の人間が受けた線量(実効線量と呼ばれる)は各組織の受けた生物学的効果に比例する量を合計したものとして定義されます。

 E = Σ(wTHT)

   E; 実効線量(Effective dose)
   wT; 組織Tの組織加重係数
   HT; 組織Tが被曝した等価線量

 例えば他の部分は鉛で覆って喉にだけ照射した、というケースでは甲状腺のHTだけを考慮するといった計算ができるのです。例えばT="甲状腺"の場合のHTを甲状腺等価線量と呼びます。

 ここまではRef-1等の標準的教科書にも載っている基礎的な話です。では組織加重係数は実験的にはどのように求められるでしょうか。γ線や中性子線などの透過力の強い放射線を*2全身に均等に受けた個体集団を追跡すると、体のどこかに癌が発生したり、子孫に遺伝的影響がでたりする割合を計測できます。この時、組織Tでの発癌効果の全身の効果に対する比率が組織加重係数になります。なお組織Tが生殖線のときは、被曝個体の生殖線での発癌と子孫への遺伝的影響をひっくるめて、組織の発癌効果に含めます。理屈から言えば、組織Tだけに選択的に照射したときの発癌効果を調べれば組織T固有の[生物学的効果/線量]が測定できますが、全身被曝に比べると遙かに実験や疫学調査が困難になります。特にヒトそのものの疫学研究ではヒロシマ・ナガサキでの全身被曝による効果の研究くらいしか例がありません。このように組織加重係数は全身での和が1となるように定義されています。問題の甲状腺ではICRP-2007で0.04とされ、それ以前は0.05とされていました。

 さて内部被曝の場合ですが、以下は私なりの論理的推定によるものですので勘違い等あれば御指摘下さい。

 摂取した放射性物質が体全体に均等に分布する場合は、全身均等の外部被曝と同じことですから、組織Tの発癌率と全身の発癌率との比は外部被曝の場合と同じになるでしょう。しかし組織Tに放射性物質が選択的に取り込まれるとすれば、組織Tの被曝量はそれよりも多くなり、その分だけ他の組織の被曝量は少なくなります。極端な話、放射性ヨウ素が全て甲状腺に集まるとすれば、その重さは15~20g程度ですから体重60Kgとして、均等分布の場合の約300倍の被曝になるでしょう。

 というところまで考察してRef-4記載の経口摂取による換算係数(線量係数)の値(表1)を見てみます。ここにはヨウ素の甲状腺等価線量と実効線量が共に載っていますが、その比はI-131で20、I-133で19となり年齢層による違いはありません。組織加重係数の逆数となっているのは偶然とは思えません。とすると、「均等分布(均等被曝)の場合の他の組織の生物学的効果が全て甲状腺に集まる結果、甲状腺等価線量は実効線量に組織加重係数の逆数を掛けた数値になる」という論理なのでしょうか? うーむ、何かが、たぶん私の理解のどこかが間違っている気がします。ここは原典を読むまで留保としましょう。

表1. 経口摂取による換算係数(線量係数)(mSv/Bq)
年齢層乳児幼児少年青年成年
甲状腺等価線量     
I-1312.8E-031.5E-037.6E-045.0E-043.2E-04
I-1337.3E-043.3E-041.4E-049.3E-055.9E-05
実効線量     
I-1311.4E-047.5E-053.8E-052.5E-051.6E-05
I-1333.8E-051.7E-057.2E-064.9E-063.1E-06
Cs-1342.6E-051.3E-051.4E-051.9E-051.9E-05
Cs-1372.1E-059.7E-061.0E-051.3E-051.3E-05


 ということで、甲状腺等価線量は実効線量に組織加重係数の逆数を掛けた数値、つまり20倍になる、ということを一応認めるとします。ICRP勧告の介入レベル基準値は全身の実効線量で5mSv/年、臓器ごとの等価線量で50mSv/年であり後者は前者の10倍です。すると、甲状腺等価線量を使って内部被曝量を推定し、それを臓器ごとの等価線量基準値で規制した場合は、どちらも実効線量を使った場合に比べて2倍厳しい規制になる、という結論になります。逆に言えばヨウ素に関して実効線量で考えてしまうと、2倍緩い規制値にしてしまうので気を付けないといけない、ということになります。

 そもそも内部被曝の場合には、単位量(1Bq)摂取した場合の預託実効線量、すなわち線量係数を求める必要がありますが、Ref-3,4,7では数値があるだけです。出典はいずれもICRP-56,67,69,72ですがちょっと私にはアクセスしにくい文書です。以下の記事によれば、体内動態シミュレーションなど使っていたみたいです。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/002/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2011/02/07/1300743_4_2.pdf
『資料第37-4号:ICRP 2007年基本勧告に基づく線量評価用換算係数について』
(2000/12/07)日本原子力開発機構
(4/24) 動態モデルから残留率・排出率

http://nsed.jaea.go.jp/ers/radiation/rpro/ICRP.htm
ICRP最新モデルに基づく内部被ばく線量評価

http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/2_2_5.html
緊急被ばく医療医療研修のホームページから
TOP > 資料・ビデオ > 緊急被ばく医療ポケットブック > 第2章 被ばく医療の基本的手技 > ≪内部汚染で問題となる核種とその特徴≫

 うーん、生物学的半減期を求めるには複雑なシミュレーションも有効でしょうが、ひとたび生物学的半減期が確定すれば、均等分布の場合は有効半減期と[摂取量/体重]で単純に計算していいように思うのですが、この考えには盲点があるのでしょうか? 生物学的半減期自体は実測できるはずですし。もちろん動物実験でしか詳しくはできないでしょうけど。ヒトだと安定同位体をプローブにするしかありませんし。

------------
*1 ICRP2007年勧告(Publ.103)の翻訳から加重係数となりましたが、まだ従来の荷重係数という表記が大多数です。なのでgoogle先生も「加重はもしかして荷重の間違いでねえの?」と尋ねてきます(^_^)。加重係数となった理由は、それが"weighting factor"の素直な訳だからです。
 ・『放射線概論 第7版』(Ref-1) p450
  同勧告の訳文では、従前“荷重係数”としていた表記を、本来の意味に照らして“加重係数”とあらためている。 (太字も原文通り)
 ・放射線診療への不安にお答えします[(c) 厚生労働科学研究班]用語集のさ行から
  前は荷重と表記されていたがloadではなくweightingなのでICRP 103の翻訳版から加重になった。

*2) α線やβ線のような透過力の低い放射線は皮膚から内部にはほとんど入らないので内臓への外部被曝は無視できます

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 世論という名の幽霊(3) 回答... | トップ | フランスの原子力発電所立地... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

物理化学」カテゴリの最新記事