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暫定規制値の正体(2) 減衰項の謎

2011-04-29 20:11:57 | 物理化学
 前回紹介したとおり、3月17日に通知された暫定基準値の計算は1998/03/06(平成10年)作成のRef-3のp8-11(10-13/42)によるものです。同じ計算方法は平成14年3月に全国の自治体に送付されたRef-4のp28(29/40)にも記載されています。これらの基準値(基準濃度)は、その濃度の放射性同位元素を含む食品を摂取しても*11年間の内部被曝量が基準値を越えないように定められていて、その基準値とはヨウ素の同位体では甲状腺等価線量で50mSv/年、他の元素では実効線量で5mSv/年です。で、計算過程は相当安全サイドに(基準濃度が小さくなる方向に)なるようになっている。とまあ専門家の計算を信頼しておくなら以上でいいのですが、「自分で検証しないと納得できない。検証してみたい。」という科学精神旺盛な腕に覚えの人達(不肖、私もその1人)が挑戦して成果をウェブで発表しているわけです。

 基本的考え方は、放射性同位元素濃度xの食品の摂取による1年間の内部被曝量yを求めて、yが年間基準値以下となるようなxを濃度基準値と定めることになります。そこでxからyを求める関係を図で示してみました。


図-1. 被曝関連の量


図-2. 飲食物摂取による内部被曝計算

 すぐには詳細な説明はしませんが、各量を指す用語のほとんどはRef-1,2で参照できます。単位次元も示すようにしたのですが、等価線量などは生物学的効果(発癌と遺伝的障害)に比例するように決めた量であっても、生物学的効果そのものではないので[生物学的効果相当]などという造語で対応するはめになりました。また、3ないし5の食品群に基準値を振り分けるという部分は図にはまだ入れてありません。
 最終的に求めたい1年間の内部被曝量はRef-5,6では預託実効線量と呼ばれていますが、預託実効線量預託等価線量というのは正式には図にも示したように、ある量の放射性同位元素(線源)を1回摂取した場合に50年間で受ける内部被曝量ですRef-1,2。と言ってもセシウムでも生体内での有効半減期は100日程度なので1年間で全放射能(無限時間で受けるはずの放射能)の7/8以上は被曝しますし、I-131のように7日程度であれば3ヶ月も経てばほぼ全放射能を被曝することになります。

 図2に計算式を示しましたが、諸係数減衰項がわかりにくい部分です。諸係数はRef-3~6で少しずつ違うものが示されていますが、安全サイドでだいたい1とすることが多いようです。さて減衰項はどういう意味を持つのでしょうか?


図-3. 飲食物摂取での減衰項図解

 出荷しようとする製品のロットから放射性物質が検出されたとすると、そのロット(厳密には検査された標本が代表する母集団)中の放射性物質は物理的半減期に従い減少しますから、市場に流通して人の口に入る時には、それまでの時間の指数関数に従い少なくなっています。そこでこの同じロットを同じ人間が毎日同量ずつ1年間食べ続けた場合の被曝量として計算されているのです。むろんこの効果が大きく効くのはI-131などの短い半減期の放射性物質であり、Cs-137などの年単位の半減期の放射性物質では減衰項は単に1としても誤差は大きくありません。しかも1とすれば結果は安全サイドへ動きます。しかしI-131で減衰項を1としたら、さすがに過大評価になってしまうでしょう。

 ただ減衰項を入れると結果が危険サイドへ動くので気になるところではあります。巧妙なごまかしじゃないかとか(~_~)。これは1回の放射能漏れによる汚染を想定した式であり、漏れ続けている場合には適用できないのではないか?という考えも浮かびます。しかし、図3の時期のずれたロットで示したように、漏れ続けている場合でも次のロットの放射性物質濃度は測定しなければわかりません。既に測定したロットと同じ濃度が1年間続くという保証はありません。減るかも知れないし、増えるかも知れません。とすれば、次のロットについてはその測定値に基づいて規制するか否かを別途考えるのが筋ではないでしょうか? だからこそモニタリングを続ける必要があるわけです。

 また1つのロットを1年間も摂取し続けるというのも現実から離れているようには思えます。賞味期限もありますし、通常はもっと短期間に消費されてしまうでしょう。単純には、同一ロット1年間摂取の仮定は結果を安全サイドへ動かしますが、次のロットの濃度は不明ということを考慮すれば、安全サイド過ぎるということもないのかも知れません。

 また、一定量ないし一定量以下の放射性物質が漏れ続けていると確実に想定できる場合は単純に減衰項を1とできるでしょう。例えばRef-5,6では減衰項を1としていますが、両者の出典はRef-7のp41(42/47)であり、p17(20/47)記載の通り、原子力施設から平時に漏れるわずかな放射性物質の監視を想定した式だからなのでしょう。とはいえ食品安全委員会の中で、この問題において減衰項なしの式をスライドに示すのは誤解を招きかねなかったのではないかと危惧はします。

 減衰項の存在は前回も紹介したチームNakagawaブログ2011/03/29の記事で示されており、食品安全委員会トップページに掲載の東北地方太平洋沖地震の原子力発電所への影響と食品の安全性についてという随時更新されている報告でも17報から示され始めていたらしい*2です。とはいえ食品の放射能濃度が半減期に従って減っていくことを前提にだけでは具体的な計算式も意味もわからないのではないでしょうか。産業技術総合研究所・安全科学研究部門という安全科学の研究者である岸本充生でさえ、04/06のブログ記事「時間とともに放射能が次第に減少することを考慮した式を用い」という部分がはっきり書かれていなかったため、計算を再現できなかったのだけど、ケミストの日常ブログでの明快な説明に出会って謎が解けた。と同時に、ぼく自身はもちろん、専門家の説明のほとんどが間違っていることも分かった。と述べているほどです。リンクがブログトップなので岸本氏がどの記事を指したつもりだったのか不明ですが、ヨウ素131の問題の重さ(04/01)を指していたと私は推定しています。また私が以前から参考にさせていただいているぷろどおむ えあらいんでも「完全に私の理解が間違っておりました」(04/21)*3ということになったほどです。

 Ref-4は厚生労働省の報道発表(03/17)Ref-4-bの「マニュアル(PDF:398KB)」として初めて示され、蛭子ミコト:ブログ版(03/18)前処理仕事人(03/21)その1同その2でいち早く取り上げられていますが、このお二人のブログ記事は分析操作の話が主で、減衰項には触れていませんでした。

 少しごたごた書きましたが、私が読んだ限りでは福井県立大学・岡敏弘教授の記事「放射性ヨウ素の暫定基準値の決め方について(2011.4.8)」での計算がRef-3,4での計算を最も良く再現していたようです。それは測定した放射性物質に伴っていると想定される他の種類の放射性物質もきちんと考慮したからなのです。この項は諸係数のひとつとして取り入れられるのですが、その話は次回
とします。

 なお放射性物質量は時間と共に物理的半減期に従い変化するので、正確にはどの時点での数値なのかを指定する必要があります。特に半減期の短いものでは試料採取してから測定するまでの間にも減衰するので、それを「試料採取または購入時への放射能減衰補正項」として、試料採取時点の濃度として報告するということがRef-4のp11(12/40)に書いてあります。これは蛭子ミコト:ブログ版(04/04)で指摘されていました。


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*1) いくつもの意味に取れる表現であることに注意(^_^)
*2) バックナンバーが公開されていないようなので確認できないが、福井県立大学・岡敏弘教授の記事「放射性ヨウ素の暫定基準値の決め方について(2011.4.8)」によれば「第16報(3月30日)までは示されていなかったが、第18報(4月3日)では、Q&Aの問2への答えとして明記された。」とのこと。私自身は第17報(4月1日)をダウンロードしていて問4への答えに明記されているのを確認している。こういう公文書はバックナンバーにもリンクできるように公開してほしいものだ。
*3 このように大きな声(活字)で自分の間違いを認める人は信頼できる。プロの報道機関も見習ってほしいものだ。

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Ref-1) 柴田徳思編『放射線概論 第7版』通商産業研究社(2011/01)
  ISBN:978-4-86045-057-1
Ref-2) http://www.remnet.jp/lecture/words2003/index.html
 緊急被ばく医療のための用語集 緊急被ばく医療「地域フォーラム」テキスト(平成20年度版)より
Ref-3) 『飲食物摂取制限に関する指標について』原子力発電所等周辺防災対策専門部会環境ワーキンググループ(1998/03/06)
a) 第373回 食品安全委員会 開催日:2011(平成23)年3月25日
----以下をクリック---
 資料6:飲食物摂取制限に関する指標について
 [kai20110325sfc_160.pdf (2,385KB)] (1998/03/06)
b) 緊急時における食品の放射能測定(+乳児等の線量評価のための係数)
   (c) 厚生労働科学研究班
----以下をクリック---
 飲食物摂取制限に関する指標について(平成10年3月6日)(pdf file, 1.4MB)
Ref-4) http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf
 緊急時における食品の放射能測定マニュアル
 厚生労働省によって作成され、平成14年3月に全国の自治体に送付されたもの
a) Weblio辞書(2011年03月21日更新)参照
b) 厚生労働省の報道発表(03/17)から「マニュアル(PDF:398KB)」参照
c) 東日本大震災関連情報(水道・食品関係)から「2 試験法について」参照。この記事は将来消える可能性大。

Ref-5) 滝澤行雄(秋田大学名誉教授)「食品を通じた放射線の健康影響」
a) http://www.nfri.affrc.go.jp/topics/pdf/sympo2.pdf
  食品総合研究所による東日本大震災に伴い発生した原子力発電所被害による食品への影響についてのサイトからリンク。緊急シンポジウムの資料。
b) 第372回食品安全委員会 開催日:2011(平成23)年3月23日
----以下をクリック---
 資料13:放射性物質と食品の安全について [kai20110323sfc_230.pdf]
Ref-6) 預託実効線量の計算方法および預託実効線量とは?
  財団法人日本分析センター サイトマップからリンク
Ref-7) 「環境放射線モニタリングに関する指針」原子力安全委員会(H00/03作成,H12/08一部改訂,H13/03一部改訂)
http://www.nsc.go.jp/housya/housya198903.pdf
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