スポーツライター・オオツカヒデキ@laugh&rough

オオツカヒデキは栃木SCを応援しています。
『VS.』寄稿。
『栃木SCマッチデイプログラム』担当。

予習:栃木トヨタカップファイナル

2007-09-01 00:43:34 | 栃木SC
昨シーズン天皇杯に「JFL枠」(前期首位ターンのご褒美)で出場した栃木SCであるが、今シーズンはリーグ戦の前期終盤に失速したために栃木県代表決定戦(栃木トヨタカップ)をスーパーシードというカタチで戦うこととなった。GK原とリーグ戦で一発退場を受けたDF遠藤の代役として星、照井がそれぞれスタメンに名を連ねた以外は、先週の対アルテ高崎戦とメンバーは一緒だった。DFラインに山崎と横山、ボランチに堀田、種倉、右ワイドに只木、左ワイドに石川、2シャドーに佐野と西川が入り、ワントップは吉田賢太郎という陣容だった。

ファイナルに勝ち上がって来たのは真岡高校、作新学院大学と学生を撃破した昨シーズンの栃木トヨタカップ覇者である日立栃木ウーヴァスポーツクラブだった。関東2部に所属する日立栃木は企業チームから総合スポーツクラブを目指し、地域密着を掲げ今シーズンから新たなスタートを切った。その一環として所在地である大平町の名産ぶどうを意味するウーヴァ(ポルトガル語)をチーム名に加えた。システムは中盤をダイヤモンド型にした4―4―2を選択してきた。先発の平均年齢は24歳と若いチームだ。

時折、雲がかかり日陰になるものの、真夏日を思わせる酷暑の中で開始のホイッスルはかき鳴らされた。

「前半は走れていなかった。熱かったからなのか。それとも、ひとり一人の気持ちが弱いからなのか」と不満を露にした山崎。その言葉どおりに栃木SCの動きは鈍かった。

先に好機を作ったのは、というよりは緩慢なミスから相手に付け入る隙を栃木SCは与えてしまう。自陣で照井から堀田に繋ぐボールを掻っ攫われてしまう。幸いにも三輪のクロスからシュートは打たれなかったが、試合への入り方としては最悪だった。

「きびきびしろ」と堀田。「しっかりマークにつけよ」と横山。鈍重なチームメイトと自らを鼓舞するように声を掛ける。山崎も「あまり見ていて活気がないと思った」から意識的に声を出した。 

只木と西川で右サイドを攻略してクロスを上げるまでには至るも、日立栃木の4バック攻略に戸惑い、「出し手と受け手の呼吸があわなかった」(佐野)ことで、栃木SCはちぐはぐな攻撃を続ける。 

「リーグ戦ではないからわからない」といいながらも「JFLでもやれるのでは」と高橋監督が評価した三輪を中心にパートナーの磯と舘沢、五十嵐のいずれか一人が加わった2トップ+1枚でシンプルに攻めてきた日立栃木。栃木SCの3バックと駆け引きを繰り広げオフサイドにはなったが、舘沢のクロスに磯が飛び出すなど危険な匂いを漂わせる。素早い攻守の切り替えから繰り出したカウンターは鋭利で、サイドから背後を伺うボールも脅威だった。

ポゼッションで日立栃木を凌駕し、サイドチェンジから右サイドの只木を軸に攻撃を組み立てた栃木SCであるが、せっかくサイドにボールを持ち出しても周囲のフォローが不足し、コンビネーションで崩すことができなかった。

石川のパスを受けて放った西川のシュートはGK工藤尚人の正面を突き、カウンターから佐野が持ち上がり右へ走り込んだ只木がシュートするが、ここもGK工藤尚人に弾かれ、「ターンとか自分としては納得しているが、(ボールが)浮いていてDFが触ったので難しかった」とリバウンドをボレーで叩くも枠を外した佐野は「決めたかった」と先制機を逃したことを悔いた。 

照井のサイド、つまり栃木SCの右サイドを執拗に狙ってきた日立栃木に流れが傾きそうになった時だった。エースが決める。左サイド、石川からのスローインを西川がPボックス内で粘り、戻したボールを石川が中央へと上げる。ここにフリーで待ち構えていたのは吉田賢太郎だった。左足のボレーシュートを突き刺した。前半42分、ようやくゴールが栃木SCに記録された。

その後、終了間際にクイックスタートから西川はゴールに迫るが、ドリブルを選択したがためにシュートは打てなかった。

リードはするも煮え切らないまま栃木SCは中継地点を折り返した。

「切り込んでパス。切り込んでパス。シュートを打てれば・・・。ハーフタイムでミドルを打とうよ」と指示を与えた高橋監督。早速、吉田賢太郎がミドルを打つが大外に。が、これが奏効したかは判断しかねるが、敵陣中央から西川が先ほどの汚名返上とばかりにドリブルで3人を抜き去りフィニッシュまで持ち込んだ。惜しくもGK工藤尚人の好守に阻まれるも、2本のシュートで勢いがついた栃木SCはボールが回り始める。

そして、吉田賢太郎のスルーパスに反応した佐野がGKと1対1のシーンを迎える。「足に手が当たった」と本人が証言したように、「キープして味方にパスを出そうとした」佐野の足にGKは手をかけていたが主審は佐野のシミュレーションを取った。スタンドから大ブーング。明らかなる誤審だった。

判定により命拾いした日立栃木は、「DFの集中力が切れていた」(高橋監督)ところにつけいる。柴田のクロスから三輪、舘沢のクロスから五十嵐がダイビングヘッド。三輪のシュートはゴールをかすめ、五十嵐のヘディングはゴールネットを揺らしていても不思議ではなかったが至近距離をGK星が防いだ。「駄目かと思った」。老夫婦が漏らした通り。誰もが諦めたが、GK星だけは捨てなかった。それが、ビックセーブを導き出した。

「楽しちゃ勝てねえぞ」と堀田が激を飛ばすも、後半の頭から入った茅島はブレーキとなった。プレイに迷いが見られ、ボールをこね過ぎた。状況判断が遅いためにクロスやパスのタイミングをはかりそこねる。交代が「5枠」認められていたことから業を煮やした高橋監督は、茅島を引っ込める。プレイ時間はたった40分。屈辱的な交代だった。 

冴えなかった茅島とは対照的に復帰戦となった高秀は切れていた。「彼(高秀)の特徴が活かされていた」と高橋監督も納得していたように左、右とドリブルでえぐり好機を作りだし、クロスからボレーシュートを狙いもした。若さに任せて前半から飛ばし、疲労の色が濃くなっていた日立栃木には高秀は厄介極まりないものだっただろう。

高秀効果で活力を取り戻した栃木SCは、日立栃木の後手後手の選手交代による懸命のパワープレイにも動じずに1―0で逃げ切りに成功した。

「トーナメントなので内容よりも結果。1―0で勝てばいいといったら、その通りになった。(選手達は)欲がない。とにかく負けたら栃木をリードしているチームといえないので、まずは勝つこと」が大切だったと高橋監督。キャプテン横山も同様のコメントを残した。

栃木SCは昨シーズンの不参加を除き、これで栃木トヨタカップの連覇を8に伸ばした。

横山は「絶対に勝たなくてはいけないプレッシャーを楽しんで勝てた」と言っていたが内容は渋かった。本音では「点差で実力を見せたかった」(佐野)ところだろう。高橋監督もJチームとの対戦を視野に入れ「栃木SCの存在感をアピールしたい」と意気込みを語ったが、一方で「決定機を作られたのが反省材料」と詰めていかなければならない点があることも自覚していた。

勝つには勝ったが、佐野が漏らしたように点差で実力を見せ付けて欲しかった。

栃木トヨタカップ決勝 栃木SC1―0日立栃木 栃木県グリーンスタジアム 観衆1015人

〈栃木SC〉GK星、DF山崎(→高野)、横山、照井、MF堀田、種倉、只木、石川(→茅島)(→久保田)、西川(→高秀)、佐野(→金子)、FW吉田賢太郎

〈日立栃木〉GK工藤尚人、DF柴田、高木、工藤裕晃、石塚、MF川瀬、阿部(→森)(→金久保)、舘沢、五十嵐、FW三輪、磯(→横浜)

*後日、茅島史彦は脱水症状を起こしていたことが明らかとなった*


『戻って来られた』

後半31分、Pボックスのすぐ外側。左サイドから佐野が右足アウトサイドでクロスを入れる。ボールはシュート回転をしながら背番号16の元へと向かう。

フリーだった。だから、胸でトラップした。そこからシュートを打つまでのイメージは完璧だった。だが、左足でのボレーシュートはボールをミートすることができなかった。弱々しくボールは転がっていった。

「フリーでしたよね?慌てました。あれが決まっていれば、ストライカーと言われるんですよね。最後の部分。シュートが・・・・いつもそうなんですけどね」

決定機を潰してしまった高秀は、悔しさを滲ませながら、そう語った。それでも、「負けなくてよかった」とチームの勝利に加えて、約2ヶ月ぶりに膝の怪我から戦線に復帰し、無事に終了の笛を聞けたことに安堵していた。

痛めた右膝のリハビリ中も笑顔を絶やさず練習に取り組んでいたが、その時の笑顔とは全く異なるサッカー選手が試合後に見せる、独特の充実した笑みが高秀の顔からはこぼれていた。

頬を伝う汗に人懐っこい笑顔が、栃木SCに戻ってきた。おかえりなさい。

「少々のことでは痛い、とは言わない選手なんだよな。高秀は」

長年、栃木SCを取材なさっているS記者は怪我をした箇所が膝だけに、大事に至らなければいいが、と心配そうに話してくれた。

アクシデントは突然、起こった。前期第16節、対YKK戦でのことだ。前半戦、最大の山場に高秀は1―0とリードした後半の頭から登場した。ポジションは不慣れな左ワイドだった。

高秀が投入されて間もなく、栃木SCは2―0とYKKを突き放した。これで、勢いに乗った栃木SCはその後もYKKゴールに襲い掛かった。ムードは上げ潮だった。高秀も左サイドを切り裂いてやろう、と考えていたに違いない。

そんな時だった。外側から内側に切れ込もうとした高秀は、相手選手と接触した。うつ伏せに倒れ込んだ。立ち上がれない。緊張が走る。スタジアムも一瞬、水を打ったように静まり返った。

しばらくして、高秀は試合に復帰した。が、様子は明らかにおかしい。「足首が内側にグニャって曲がっていた感じ」。既に高秀の右膝は悲鳴を上げていたのだ。交代要因が用意される。僅か18分で高秀はピッチを去ることとなった。

試合後のロッカールーム。投げ出された右膝には分厚いテーピングが巻かれていた。その光景が事の重大さを物語っていた。本人は平静を装いこちらに笑顔を投げかけてくる気遣いをしてくれたが、その様は見ていて正直なところ痛々しかった。

数日後、練習グラウンドを訪れた。高秀が歩いていた。面食らった。大丈夫なのだろうか。「全治2ヶ月。2週間の安静です。(復帰は)8月の下旬ですかね」。落ち込むでもなく、淡々と怪我の具合を教えてくれた。負傷してからまだ、日は経っていない。当然、2週間など経過しているはずもない。

「(試合から)4日しか経っていないのに、ボールを蹴りたくてしょうがないんですよ」

その気持ちは分かる。でも、果たして歩いて良いのか。安静を言い渡されたはずでは。冷や冷やしているとマネージャーが「歩いていいんですか」と少し刺のある口調で高秀に言った。見つかってしまったか、といった表情をした高秀は「上半身を鍛えます。筋トレします」と歩くことを止めたが、マネージャーの目を盗んではボール拾いをするなどして動いていた。懲りない。

お願いだから安静に。今シーズンを棒に振るようなことにならないように。慎重にリハビリを。そんな祈りを込めた視線を送ることしか、「うずうずして仕方がない」とボールと戯れたい一心の“サッカー小僧”にできることはなかった。

8月上旬のこと。「(リハビリは)順調です。でも、ボールを蹴るのは・・・まだ恐い」。俯き加減で高秀は、怪我の回復具合を告げてくれた。膝を痛めてから1ヶ月、まだボールは満足に蹴れない。そのせいか、幾分だが笑顔に陰りが伺えた。復帰予定日は延びるかもしれないな。そんなことが頭の片隅を過ぎった。

しかし、高秀は約束を守った。ほぼ2ヶ月で帰ってきたのだ。

皆が待ち望んだ高秀は、タッチライン沿いでソワソワ。早くオレをピッチに解き放ってくれ。背番号16はそんな主張をしているようだった。

天皇杯栃木県代表を決める栃木トヨタカップ決勝、対日立ウーヴァスポーツクラブ戦の後半21分、高秀、舞い戻る。

「あぁ、走ったぁ」。後方で乙女のキイロイ声が聞こえる。レッサーパンダが立ったわけじゃないんだから、と心の中で突っ込みを入れつつも、我々の目の前を疾走する高秀の姿に心が躍った。高揚感が抑えきれない。それは、当人も同じだったようだ。

「嬉しかった。堪らなかった。ノリさん(西川)とタッチしてピッチに立った時。トコトコと小走りでピッチに立った時、『戻って来られた』と感慨深いものがあった」

嬉しさを噛み締める時間は、ほんの数秒だった。高秀は緑に映える芝の上を気持ち良さそうに走り回っていた。それにサポーターも高秀コールで応える。温かい空気が流れた。 

「決定的な仕事がしたかった」

ゴール、アシストを記録できなかったことに高秀は臍を噛んでいたが、持ち味である果敢なドリブル突破から好機を何度も演出していた。

ただ、本人が外したボレーシュートも含め、クロスやパスを味方がゴールへ繋げられなかっただけのこと。復帰早々に結果を出すに越したことはないが、けっして悲観するようなプレイ内容ではなかった。

異口同音。報道関係者も、サポーターも高秀のプレイを評価し、「今日の唯一の収穫は高秀の復帰かな」と口を揃えた。トーナメントの一発勝負だけに勝利のみが求められる試合だったとはいえ、お粗末な試合をしてしまった栃木SC。そんな中でスーパーサブとしての重責を担う高秀がスタジアムを沸かせ、リーグ戦残り10試合で存在感を際立たせてくれるであろう期待感を抱かせてくれたことは小さくなかった。

「足利での佐川東京戦は、もっといい状態で臨めるようにします」

高秀は力強く誓ってくれた。頼もしいではないか。


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