小雨がぱらつく。空気は生温い。少し動けば背中にじっとり汗が滲む。列島特有の気だるさが身体に纏わり付き、ドロースパイラルから抜け出そうとする栃木SCの先行きを暗いものにさせた。この時期は精神衛生上よろしくない。巧妙にやる気を殺いでくれる。そんなことを、つくづく痛感させられた。
下位チーム相手の遠征2連戦を、まさか、まさかの連続ドロー。勝ち点4を失ったといっても過言ではない(特にロスタイムで同点にされた対ジェフ・クラブ戦)栃木SCは、久方ぶりにホームの栃木県グリーンスタジアムに戻ってきた。
エース吉田賢太郎を累積警告で欠いた栃木SCのスタメンはGK原、3バックを山崎、横山、照井が務め、中盤の底に堀田、久保田、左ワイドに種倉、右ワイドに只木を据え、石川、西川が2シャドーに入り、佐野がワントップに起用された。控えにはテストマッチで膝を痛めた北出の名があった。
有能なサイドアタッカー江後を愛媛FCに放出したSC鳥取は、「前節の対横河武蔵野FC戦で消極的だった4―4―2から、後半に押し込めた3―4―3」(木下監督)で臨んできた。
「点を取られても良いから、点を取りに行こう」と、敢えて木下監督が選択した攻撃的布陣が実を結ぶ。
トップに入れたボールをDF照井が顔面をスパイクしたとして主審がFKを与える(これは明らかな誤審)。ペナルティアークの左側、ほぼゴール正面からのFKを堀が直接ネットに突き刺した。開始早々にSC鳥取が先制する。
「交通事故のような失点」と久保田は失点を振り返ったが、順調な滑り出しに気を良くしたSC鳥取に主導権を握られる。
内山を中央に配し増本と堀が両脇を固める3トップの攻撃に手を焼く。カウンターから増本、DF3人を引き摺りながら内山、右をえぐった増本、と立て続けに好機を生み出されしまう。「リスクを冒してでも前に出る」(木下監督)ことをコンセンサスとしたSC鳥取の攻撃はトップに一旦あててからセカンドボールを拾うシンプルかつ、効率的なものだった。
同じく前線に3枚を置いた栃木SCだが、対照的に噛み合いが悪かった。人もボールも走らない。サポートは皆無に等しい。パスは雑で、簡単にコースを読み切られる。局面での競り合いでは後塵を拝する。全くもって良いところがなかった。
確かにボールポゼッションは高かったが、それは全体をコンパクトにしようと意識したSC鳥取にボールを持たされていたとも解釈できる。立ち上がりは西川、石川の個人技での勝負が多かった。
「繋ぎが良くなかった。周囲が見られなかった」と猛省していた久保田。相棒の堀田が効果的なサイドチェンジを左の種倉、右の只木へと供給するが、ラストパスの精度が乏しく、Pボックス内のSC鳥取守備陣の集中力も高くシュートまで至らなかった。
内山を前線に一枚残し、専守防衛にシフトしたSC鳥取のプレスは厳しく栃木SCは攻め手を見出せなかった。スタンドは雨の影響もあったが、水を打ったように静かだった。
そんな沈痛な空気を打ち破ったのは、前節の対FC琉球戦から先発復帰した石川だった。ボランチの久保田が左サイドでオーバーラップを仕掛け、ファーサイドへとクロスを上げた。そのボールを石川は、お辞儀をするようにダイビングヘッドで叩き込んだ。一気にスタンド大爆発。
同点とした栃木SCは活気を取り戻したスタンドの手拍子に背中を押される。ひとり、ひとりの活動量が増した。終了間際には西川がカウンターからSC鳥取ゴールに迫った。佐野のシュートはDFにブロックされるも、盛り返してハーフタイムを迎えることができた(ここでもDFと接触した佐野に不可解な警告が出された。ジャッジの基準が不明確だった。迷惑千万)。
マイクの音が入らない。突然の土砂降りに見まわれながらも、株式会社栃木SC新井賢太郎社長は動じない。スタンドからの”温かい声援”に手を挙げて余裕の対応を見せる。些細なことだが、器の大きさと親近感を抱かせてくれた。「ハラハラドキドキの試合を見せたい」と、ハーフタイムに社長が挨拶した言葉が現実となる。なかなか、鋭い慧眼をお持ちの方でもあるようだ。
前半45分を良いカタチで折り返した栃木SCだったが、後半の序盤はまたしてもSC鳥取のものだった。実信のスルーパスから堀、2対2の状況から内山がゴールに襲い掛かった。栃木SCとしてはGK原の冷静なセーブと、相手のシュートミスにより救われた恰好となったが肝を冷された。
窮地を辛くも脱した栃木SC。堀田の際どいロングシュートが引き金となり攻勢に転じる。流れをぐいっと手元に引き寄せたのは西川と石川だった。
西川が先ず空中戦で相手DFと互角に渡り合い、セカンドボールを適度な距離を取った石川が拾うことで、前線にボールが収まるようになりサイドアタックが繰り出せた。只木の右クロスから種倉のダイビングヘッド、西川のクロスに佐野が飛び込むなど徐々にゴールの匂いが漂い始める。
形勢が逆転したところで高橋監督は「途中投入で一気に勝負」と茅島を予定通りピッチに送り出した。自分達の時間帯でかたをつけたかった栃木SCだったが、SC鳥取も手をこまねいていたわけではなかった。
DF下松を投入して3―4―3から本来の4―4―2へとシステムチェンジを図る。「4―4―2にしてからサイドを崩すことができた」と一定の手応えを感じていた木下監督。ワイドに、シンプルに試合を運び、手綱を引き戻した。停滞した攻撃のてこ入れに成功し、増本、実信、下屋敷がGK原を脅かした。
左サイドに張り出した茅島を、リズムを狂わされたことで使い切れなかった栃木SC。流れは完全にSC鳥取にあったが、一発のカウンターから逆転する。
「只木さんがよく見ていてくれた」と途中投入の金子がスルーパスに反応して右サイドに流れる。敵陣深く侵入したところに佐野が応援に掛け付ける。グラウンダーのクロスは中央に走り込んだ西川には合わなかったが、転々と転がりファーサイドの茅島の元へと届いた。「DFがあたふたしていたのでシュートを決めてやろうと」。フリーの状態で左足一閃。逆サイドネットにボールは心地好く収まった。
選手交代ズバリ的中。逆転した。
「2―1で勝ちたかった。最後の失点は頂けない」と山崎が悔いたように、栃木SCは試合を振り出しに戻されてしまう。CKのクリアーボールから安東が放ったボレーシュートはインゴール寸前でカバーリング。難を逃れ、「攻めるんだぞ」と堀田が追加点を狙うように発破を掛けるが、逆に2―2に戻されてしまう。
FKを交代出場の金に落とされ、ゴール前での混戦から下屋敷にプッシュされてしまう。逃げ切れない。またしても、ドローか。不穏な空気がスタジアムを包む。
しかし、スリッピーな芝を好むのか、ロスタイム4分も残り僅かのところで久保田が魅せた。「ミートを意識して。打ったら入っちゃった」。おちゃめな言葉とは裏腹にパワープレイのセカンドボールを拾い、ドリブルを入れてから左足を振り抜いたシュートは、地を這うようにGK三好の伸ばした指先を掠めゴールへと吸い込まれた。対佐川急便東京SC戦での豪快なミドルシュートに続き、値千金のファインゴールを決めて見せた。これには高橋監督も絶賛だった。
土壇場での大逆転劇。まるで新井社長がシナリオを書いたような展開で、栃木SCがSC鳥取を退けた。
「ハラハラしましたよ。劇的な試合が多いっすね。勝てて良かった。カヤ(茅島)もゴールを決めたし」。永井はチームがドローから抜け出せたことを喜んでいたが、サイドアタッカーがゴールを決めたことには若干ながら嫉妬していた。
JFL後期第2節 栃木SC3―2SC鳥取 栃木県グリーンスタジアム 観衆1375人
〈栃木SC〉GK原、DF山崎(→高野)、横山、照井、MF堀田、久保田、只木、種倉(→茅島)、西川、石川(→金子)、FW佐野
〈SC鳥取〉GK三好、DF安東、山村、下屋敷、MF西村、中垣(→青柳)、実信、田村、FW増本、内山(→金)、堀(→下松)
『勝ち切れないチームの勝利』
右膝を負傷し戦線を離脱している高秀と試合後に立ち話をしていた時だった。高橋監督と視線が交差した。刹那、満面の笑みを浮かべた監督の方から右手を差し出してくれた。こちらも即座に右手を出して応じる。がっちりと握手を交わした。
監督の第一声は「引き分けなくて、ほんとうによかった」だった。言葉から安堵の色が滲んだ。
「ほんとうに」と「よかった」の間に、しばしのタメがあった。ほんの数秒間だったが、そこからは千葉、沖縄とアウェイ2連戦(共にドロー)で落としてきた勝ち点4の重みが感じられた。
高橋監督は「勝っても順位は変わらないが、我慢してピッタリと付いて行くこと、離されないことが大切」と会見では険しい表情で、対SC鳥取戦での勝利の意味を述べた。
敗戦数が5つと最も少なかったものの、その代わりにドロー(9つ)も多く勝ち点を逃し続けた昨シーズン。今シーズンは“負けないチーム”になったが、裏を返せば“勝ち切れないチーム”であるともいえる。既に現時点でドロー5つをマークし、昨シーズンの数字に迫り、追い越しそうな勢いである。
課題が繰り越しになった、と言われないためにもドローが負けに限りなく等しいチームに成長した栃木SCにとっては、3連続ドローは最早、許されないものとなった。後期初のホーム試合、加えて3戦続けて勝ち点2を逃す事態は、罵声の対象となる。一昨年までの状況を知るものからすれば、信じ難いほど贅沢になった、と思わざるを得ない。それだけ、周囲の要求は格段に高くなった。
だからこそ、ピッチで戦う選手はもちろんのこと、高橋監督の肩に掛かっていた重圧は計り知れないものだったに違いない。
ようやく、背負っていた荷物を下ろすことができた高橋監督が、某クイズ番組の司会者ばりにタメを作り、些かもったいぶって次の言葉を発しても、全く苦痛を受けなかった。むしろ、僅かな時間から、ここ数週間の指揮官の苦悩が伺え、「ほんとうに、お疲れ様でした」と声を掛けたくなったほどだった。実際は「おめでとうございます」としか言えなかったが。まだ、リーグ戦が終わったわけではないから。戦いはこれから。
法人化、J準加盟申請などピッチ外での出来事が騒がしく、試合に集中できない状況が暫く続くことになるが、テクニカルエリアからはみ出しそうになるくらいのほとばしる情熱で、悲願のJFL初制覇へ栃木SCを導いてもらいたい。
これから、何度も勝利の握手を交わし、いまだに失われていない少年のような無邪気な笑みが見られたら幸いである。そのためにも、皆が手を取り合いひとつ、ひとつ勝利を積み重ねていこう。その先には、きっと・・・。
下位チーム相手の遠征2連戦を、まさか、まさかの連続ドロー。勝ち点4を失ったといっても過言ではない(特にロスタイムで同点にされた対ジェフ・クラブ戦)栃木SCは、久方ぶりにホームの栃木県グリーンスタジアムに戻ってきた。
エース吉田賢太郎を累積警告で欠いた栃木SCのスタメンはGK原、3バックを山崎、横山、照井が務め、中盤の底に堀田、久保田、左ワイドに種倉、右ワイドに只木を据え、石川、西川が2シャドーに入り、佐野がワントップに起用された。控えにはテストマッチで膝を痛めた北出の名があった。
有能なサイドアタッカー江後を愛媛FCに放出したSC鳥取は、「前節の対横河武蔵野FC戦で消極的だった4―4―2から、後半に押し込めた3―4―3」(木下監督)で臨んできた。
「点を取られても良いから、点を取りに行こう」と、敢えて木下監督が選択した攻撃的布陣が実を結ぶ。
トップに入れたボールをDF照井が顔面をスパイクしたとして主審がFKを与える(これは明らかな誤審)。ペナルティアークの左側、ほぼゴール正面からのFKを堀が直接ネットに突き刺した。開始早々にSC鳥取が先制する。
「交通事故のような失点」と久保田は失点を振り返ったが、順調な滑り出しに気を良くしたSC鳥取に主導権を握られる。
内山を中央に配し増本と堀が両脇を固める3トップの攻撃に手を焼く。カウンターから増本、DF3人を引き摺りながら内山、右をえぐった増本、と立て続けに好機を生み出されしまう。「リスクを冒してでも前に出る」(木下監督)ことをコンセンサスとしたSC鳥取の攻撃はトップに一旦あててからセカンドボールを拾うシンプルかつ、効率的なものだった。
同じく前線に3枚を置いた栃木SCだが、対照的に噛み合いが悪かった。人もボールも走らない。サポートは皆無に等しい。パスは雑で、簡単にコースを読み切られる。局面での競り合いでは後塵を拝する。全くもって良いところがなかった。
確かにボールポゼッションは高かったが、それは全体をコンパクトにしようと意識したSC鳥取にボールを持たされていたとも解釈できる。立ち上がりは西川、石川の個人技での勝負が多かった。
「繋ぎが良くなかった。周囲が見られなかった」と猛省していた久保田。相棒の堀田が効果的なサイドチェンジを左の種倉、右の只木へと供給するが、ラストパスの精度が乏しく、Pボックス内のSC鳥取守備陣の集中力も高くシュートまで至らなかった。
内山を前線に一枚残し、専守防衛にシフトしたSC鳥取のプレスは厳しく栃木SCは攻め手を見出せなかった。スタンドは雨の影響もあったが、水を打ったように静かだった。
そんな沈痛な空気を打ち破ったのは、前節の対FC琉球戦から先発復帰した石川だった。ボランチの久保田が左サイドでオーバーラップを仕掛け、ファーサイドへとクロスを上げた。そのボールを石川は、お辞儀をするようにダイビングヘッドで叩き込んだ。一気にスタンド大爆発。
同点とした栃木SCは活気を取り戻したスタンドの手拍子に背中を押される。ひとり、ひとりの活動量が増した。終了間際には西川がカウンターからSC鳥取ゴールに迫った。佐野のシュートはDFにブロックされるも、盛り返してハーフタイムを迎えることができた(ここでもDFと接触した佐野に不可解な警告が出された。ジャッジの基準が不明確だった。迷惑千万)。
マイクの音が入らない。突然の土砂降りに見まわれながらも、株式会社栃木SC新井賢太郎社長は動じない。スタンドからの”温かい声援”に手を挙げて余裕の対応を見せる。些細なことだが、器の大きさと親近感を抱かせてくれた。「ハラハラドキドキの試合を見せたい」と、ハーフタイムに社長が挨拶した言葉が現実となる。なかなか、鋭い慧眼をお持ちの方でもあるようだ。
前半45分を良いカタチで折り返した栃木SCだったが、後半の序盤はまたしてもSC鳥取のものだった。実信のスルーパスから堀、2対2の状況から内山がゴールに襲い掛かった。栃木SCとしてはGK原の冷静なセーブと、相手のシュートミスにより救われた恰好となったが肝を冷された。
窮地を辛くも脱した栃木SC。堀田の際どいロングシュートが引き金となり攻勢に転じる。流れをぐいっと手元に引き寄せたのは西川と石川だった。
西川が先ず空中戦で相手DFと互角に渡り合い、セカンドボールを適度な距離を取った石川が拾うことで、前線にボールが収まるようになりサイドアタックが繰り出せた。只木の右クロスから種倉のダイビングヘッド、西川のクロスに佐野が飛び込むなど徐々にゴールの匂いが漂い始める。
形勢が逆転したところで高橋監督は「途中投入で一気に勝負」と茅島を予定通りピッチに送り出した。自分達の時間帯でかたをつけたかった栃木SCだったが、SC鳥取も手をこまねいていたわけではなかった。
DF下松を投入して3―4―3から本来の4―4―2へとシステムチェンジを図る。「4―4―2にしてからサイドを崩すことができた」と一定の手応えを感じていた木下監督。ワイドに、シンプルに試合を運び、手綱を引き戻した。停滞した攻撃のてこ入れに成功し、増本、実信、下屋敷がGK原を脅かした。
左サイドに張り出した茅島を、リズムを狂わされたことで使い切れなかった栃木SC。流れは完全にSC鳥取にあったが、一発のカウンターから逆転する。
「只木さんがよく見ていてくれた」と途中投入の金子がスルーパスに反応して右サイドに流れる。敵陣深く侵入したところに佐野が応援に掛け付ける。グラウンダーのクロスは中央に走り込んだ西川には合わなかったが、転々と転がりファーサイドの茅島の元へと届いた。「DFがあたふたしていたのでシュートを決めてやろうと」。フリーの状態で左足一閃。逆サイドネットにボールは心地好く収まった。
選手交代ズバリ的中。逆転した。
「2―1で勝ちたかった。最後の失点は頂けない」と山崎が悔いたように、栃木SCは試合を振り出しに戻されてしまう。CKのクリアーボールから安東が放ったボレーシュートはインゴール寸前でカバーリング。難を逃れ、「攻めるんだぞ」と堀田が追加点を狙うように発破を掛けるが、逆に2―2に戻されてしまう。
FKを交代出場の金に落とされ、ゴール前での混戦から下屋敷にプッシュされてしまう。逃げ切れない。またしても、ドローか。不穏な空気がスタジアムを包む。
しかし、スリッピーな芝を好むのか、ロスタイム4分も残り僅かのところで久保田が魅せた。「ミートを意識して。打ったら入っちゃった」。おちゃめな言葉とは裏腹にパワープレイのセカンドボールを拾い、ドリブルを入れてから左足を振り抜いたシュートは、地を這うようにGK三好の伸ばした指先を掠めゴールへと吸い込まれた。対佐川急便東京SC戦での豪快なミドルシュートに続き、値千金のファインゴールを決めて見せた。これには高橋監督も絶賛だった。
土壇場での大逆転劇。まるで新井社長がシナリオを書いたような展開で、栃木SCがSC鳥取を退けた。
「ハラハラしましたよ。劇的な試合が多いっすね。勝てて良かった。カヤ(茅島)もゴールを決めたし」。永井はチームがドローから抜け出せたことを喜んでいたが、サイドアタッカーがゴールを決めたことには若干ながら嫉妬していた。
JFL後期第2節 栃木SC3―2SC鳥取 栃木県グリーンスタジアム 観衆1375人
〈栃木SC〉GK原、DF山崎(→高野)、横山、照井、MF堀田、久保田、只木、種倉(→茅島)、西川、石川(→金子)、FW佐野
〈SC鳥取〉GK三好、DF安東、山村、下屋敷、MF西村、中垣(→青柳)、実信、田村、FW増本、内山(→金)、堀(→下松)
『勝ち切れないチームの勝利』
右膝を負傷し戦線を離脱している高秀と試合後に立ち話をしていた時だった。高橋監督と視線が交差した。刹那、満面の笑みを浮かべた監督の方から右手を差し出してくれた。こちらも即座に右手を出して応じる。がっちりと握手を交わした。
監督の第一声は「引き分けなくて、ほんとうによかった」だった。言葉から安堵の色が滲んだ。
「ほんとうに」と「よかった」の間に、しばしのタメがあった。ほんの数秒間だったが、そこからは千葉、沖縄とアウェイ2連戦(共にドロー)で落としてきた勝ち点4の重みが感じられた。
高橋監督は「勝っても順位は変わらないが、我慢してピッタリと付いて行くこと、離されないことが大切」と会見では険しい表情で、対SC鳥取戦での勝利の意味を述べた。
敗戦数が5つと最も少なかったものの、その代わりにドロー(9つ)も多く勝ち点を逃し続けた昨シーズン。今シーズンは“負けないチーム”になったが、裏を返せば“勝ち切れないチーム”であるともいえる。既に現時点でドロー5つをマークし、昨シーズンの数字に迫り、追い越しそうな勢いである。
課題が繰り越しになった、と言われないためにもドローが負けに限りなく等しいチームに成長した栃木SCにとっては、3連続ドローは最早、許されないものとなった。後期初のホーム試合、加えて3戦続けて勝ち点2を逃す事態は、罵声の対象となる。一昨年までの状況を知るものからすれば、信じ難いほど贅沢になった、と思わざるを得ない。それだけ、周囲の要求は格段に高くなった。
だからこそ、ピッチで戦う選手はもちろんのこと、高橋監督の肩に掛かっていた重圧は計り知れないものだったに違いない。
ようやく、背負っていた荷物を下ろすことができた高橋監督が、某クイズ番組の司会者ばりにタメを作り、些かもったいぶって次の言葉を発しても、全く苦痛を受けなかった。むしろ、僅かな時間から、ここ数週間の指揮官の苦悩が伺え、「ほんとうに、お疲れ様でした」と声を掛けたくなったほどだった。実際は「おめでとうございます」としか言えなかったが。まだ、リーグ戦が終わったわけではないから。戦いはこれから。
法人化、J準加盟申請などピッチ外での出来事が騒がしく、試合に集中できない状況が暫く続くことになるが、テクニカルエリアからはみ出しそうになるくらいのほとばしる情熱で、悲願のJFL初制覇へ栃木SCを導いてもらいたい。
これから、何度も勝利の握手を交わし、いまだに失われていない少年のような無邪気な笑みが見られたら幸いである。そのためにも、皆が手を取り合いひとつ、ひとつ勝利を積み重ねていこう。その先には、きっと・・・。