deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

102・安全第一

2019-03-30 19:28:35 | Weblog
 石彫部屋には、彫刻科の中でも特別にイカツイ先輩たちが雁首をそろえている。酒が強く、腕っぷしが強く、性欲が強く、血の気が濃く、鼻毛も濃い、という人々だ。チャラ男などは、部屋の殺気渦巻く雰囲気に気圧され、周辺に近づくことすらできない。同学年ではマッタニが飛び込んだが、日々、相当にしごかれている様子だ(酒の席などで)。そのせいか、やつの肩は日に日に盛り上がり、胸が厚くなって、ついには八重歯までが伸びていくようにも見える。そんな野人たちの巣窟・石彫部屋が運営する居酒屋とは、いったいいかなるものなのか?
 排気音を轟かせ、石彫場からフォークリフトが現れた。アームには、タタミ二畳分ほどもある巨大な石版を掲げている。そいつが、屋台ブースの特等の場所に据えられる。石彫部屋が運営する居酒屋「安全第一」は例年、破格の扱いで、最高の場所での設置が許されているのだ(おそらく、恐い顔にものを言わせている)。エントランスホールへのアプローチの最前列に特設テントが張られ、そこに石版が、でん、と置かれる。テーブル代わりというわけだ。そいつを、ログハウス式の立派な、しかし年季の入った板壁が、ぐるりと囲っていく。最後に取りつけられる入り口のドアは、重厚極まる鉄製。われらの安普請とはケタ違いの規模だ。周囲から完全に隔絶されたその内側の空間は、1年坊、2年坊からすると、恐怖の魔窟だ。中でどんな阿鼻叫喚が催されているかと思うと、おしっこがにじみそうになる。
 ところが、こんな安全第一も、石彫部屋の本性をカモフラージュするための見せかけの姿でしかない。それよりもコアな店が、テント村の奥の奥の奥・・・最奥部に設置されるのだ。それは校舎裏の竹藪の崖のきわ、石彫場が目の前という、最果てのロケーションだ。名前もないその店は、石彫部屋の牢名主・・・いや、院生たちを中心とする同志連によって運営される。誰も目にしたことがなく、誰も全貌を知らず、ただ、伝説のような噂が漂うばかりの、幽霊のような店だ。そこは、ぺーぺーの2年坊にはちょっとウロウロできない、修羅道をすっかりと経た者だけがたどり着ける、彼岸のようなマボロシ酒場らしいのだった。
 さておき、美大祭なのだ。とっぷりと日が落ちる午後6時、7時というあたりで、ようやくあちこちのテントに明かりが灯りはじめる。夜更かしに備えた学生たちが、ではそろそろ、と集まってくる。金沢の11月は、風花も散らつこうかという気候だ。客は厚着のコートの背を丸め、足首にすきま風を受けながら、湯気と猪口にありつく。そして次から次へとテントをハシゴしつつ、おねえちゃんとチューのできるスキを探したり、好かぬ相手とのケンカのタイミングを見計らったりするのだった。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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