deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

12・ハセガワさん

2019-09-29 07:55:32 | Weblog
 翌週末。社交辞令だったのかもしれないが、山田さんの「忘年会においで」を額面通りに受け取り、パーティにお邪魔する。練馬駅前にあるレストランのワンフロアを貸し切りだ。中に入ってみると、部屋のサイドにバイキングのような「ご自由にどうぞ」の食べもの、飲みものがふんだんに並べられている。豪勢だ。フロアの中央には低いカラオケステージ、別の一角には特設のゲームコーナーまでが設えられていて、各種催しものが会を盛り立てている。若い男女が30人ほどもいるだろうか。山田さんと親交のある「第三野球部」のむつ利之さんや、「つるピカハゲ丸くん」ののむらしんぼさん、のちに「カイジ」を描くことになる福本伸行さんもいる。しかし集まったうちの大半は、彼らのアシスタントと思われる。そして、どういうわけか女子大生が何人かいる。
「やあ、きたね」
 山田さんは、来客たちにとても気を配っている。こんな新参者にも、自然にくつろげる空気をつくってくれるのだ。大先生の品格を身にまといつつ、友人のような気安さで接してくれて、本当にありがたい。周囲と会話を交わすうちに、すぐに場になじむことができた。
 女子大生らの正体は、日芸の学生だった。山田さんの仕事場に「メシスタント(食事を用意するスタッフ)」としてひとりの日芸女子がおり、彼女が気を回して、同級生たちをこの場に招集したようだ。その女子、カイさんは、イングリット・バーグマンのようにゴージャスな顔立ちの美女だ。貫禄と言いたくなるような自信に満ちた立ち居振る舞いで、会場での存在感が際立っている。オレはこの女子とは、山田さんからのご招待以来、すでに何度も件の酒場で顔を合わせていて、懇意になっている。
「杉山サン、女の子たちを紹介するよ」
 カイさんは、お見合いババアのまねごとをするのが大好きらしい。なんというラッキーだろう。そうして、何人もの女子を紹介される。
「ゆりなちゃん、ゆみちゃん・・・そして、これが恭子ちゃんαね」
 恭子ちゃんにアルファが付くのは、もうひとりベータというのがいるからだが、この清楚なひとがひときわ美しい。凛として落ち着いたたたずまいは、まるで百合の花のようだ。上京するまでの一年半を男子校の教師として過ごし、久しく若い婦女子と触れ合う機会がなかった身には、目がチカチカするようなまばゆさだ。
 恭子ちゃんαは、日芸のマジ研で腕を磨くマジック女子で、さっき、カラオケのステージ上でも魔法を披露したばかりだ。まったくハラハラさせる手際なのだが、実はそれは演出で、最後の最後にはそのもたもたぶりをまるきり無しにするどんでん返しを用意している。そのあざやかな展開には、目を見張らされた。舞台上に呼ばれて助手をつとめていた山田さんまでが目を白黒させて、最高に盛り上がったのだった。
「あ・・・すぎやまです・・・」
「恭子です、よろしく」
 まぶしい。これが東京の女子大生かっ!目を合わせることもできない。
「で、あれが・・・」
 と、カイさんが最後に指差したのは、今カラオケを歌わされているメガネ女子で、ハセガワさん、という。内気そうなその子は、フシギ女子特有のつま先を内側にグネらせるななめ立ちで、オザケンを一生懸命に歌っている。カイさんが勝手に曲を入れ、無理矢理に彼女をステージ上に押し上げたにちがいない。背が低くて、ぽわーんとしたハセガワさんは、お経のように抑揚のない歌声をしぼり出しながら、それでも結構たのしそうに肩を揺らしている。よく見ると、薄みどり色のタイツの丈があまって、ひざ部分にたわんでいる。おかしなひとだなあ、と、そのひざのくしゅくしゅばかりが印象に残る。
「フィーリングカップル、5対5~!」
 突如として、ゲームの開始だ。男子と女子とがあっちとこっちに五人ずつ分かれ、いろんな質問を浴びせ合って相性をはかり、最後にいっせいに、意中のひとのスイッチを押す、という例のやつだ。スイッチの代わりにヒモを用いた原始的なものだが、かなり盛り上がる。オレも引っ張り出されて、参加することになった。ありがたいことに、恭子ちゃんαが同じ組だ。ついでにカイさんも、そしてハセガワさんもだ。ゲームが進み、ついにあの瞬間が待ち受ける。
「では、最終チョイス~!」
 決断の時間だ。せーの、でヒモを引く。
「わああ・・・」
 歓声が上がる。メガネのハセガワさんは、オレのヒモを引っ張ってくれている。しかしオレはあいにく、恭子ちゃんαのヒモを引っ張っている。ところが、恭子ちゃんαは山田さんのヒモを引っ張っていて、その山田さんがまたカイさんのヒモを引っ張っている。カイさんは、義理からか自分の先生のヒモを引っ張っているため、山田さんとカイさんがカップル成立、と相成った。
「予定調和でつまんねー!」
 ふたりが照れて手をつなぎ合う中、ブーイングが飛び交っている。オレはぼんやりと、失恋に似た苦味を噛みしめている。ふとハセガワさんを見ると、相変わらずぽわーんとしている。オレは、将来よめはんになるこのひとの、ひざのタイツのたわみがまだ気になっている。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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