です。しかも、理心流の宗家って……」
伊庭は、かなり頭にきているようだ。鼻で笑ってからつづけた。
「勇さんが草葉の蔭で泣いていますよ。なんなら、総司君とやらせてください。經血過多 話はそれからです」
伊庭の副長へのきっぱりはっきりした非難に、ふいてしまった。俊冬と俊春、それから向こうのテーブルの島田と蟻通、子どもらも大笑いしている。
一度目の勝負は、伊庭がまだ子どものからはなにもわからない。なにもよむことができない。
「主計、江戸で剣術の勝負をつけようと約定したのを覚えているかい?」
かれは、唐突に尋ねてきた。
ぜったいに、忘れるものか。
江戸のかれの道場で、かれと勝負をした。
本来なら、かれにかなうわけがない。しかし、やさしいかれはおれに花をもたせてくれた。つまり、引き分けにおわった。
ゆえに、またいつか勝負をして決着をつけようと約束をしたわけである。
だが、なにゆえこのタイミングでその話をするのか?
まさか、話をそらそうとでもいうのだろうか。
「覚えているとも。つぎこそは、つけてやる。心形刀流宗家と天然理心流宗家の勝負の決着をな」
「って、なにゆえ副長がこたえるのです?そこ、おれが応じるところですよね?しかも、おれは天然理心流じゃないですし」
カッコよく応じようと口を開きかけたタイミングで、副長が寝とぼけたボケをかましてきた。
そこはやはり、上司といえどしっかりツッコまねばならない。
それが、おれの役割だから。
山があったら登るのと同様の心理である。
「歳さん。悪いですが、あなたとはもう二度と、もう二度と勝負はしません。あなたには、二度してやられています。それがちゃんとした勝負で、力の差をみせつけられたのでしたらまだいいです。しかし、どちらも剣術とはかけ離れた汚いがまたこちらを向いていた。
伊庭にもおれの心の声は届いている。
ってか、だだもれしているのをきいている。
の話らしい。
伊庭が練習中に鼻を折ってしまった。副長は、その鼻が完治しきっていないのをいいことに、その鼻だけを狙いまくって攻撃したらしい。
二度目の勝負は、さきほどの江戸のかれの道場である。
副長は、こともあろうに伊庭の道場の床に油をまき散らかしたのである。
あのとき、掃除が大変であった。
これで、伊庭の非難もうなずけるであろう。
「いついつまでも昔のことを振り返るんじゃない」
つぎは、副長が鼻を鳴らした。
いや、なんかちがわないか?
副長、『昔のことを振り返るんじゃない』って、どの口がそんなこというんですか?
って、めっちゃにらまれた。「わたしは、執念深いのです。それ以前に、歳さんはこれからさきもおなじようなをつかってくるでしょう?せっかく『死ぬぞ』って忠告をもらっても、そのまえに歳さんに殺されてしまいます」
「おいおい、八郎。誠にひどいことを申すな。いくらなんでも、おまえを殺ることはない。まぁ、そうだな。半殺しってやつか?」
めっちゃひく。おれだけじゃない。この場にいる全員がひいている。
相棒までひいている。
「歳さん、歳さん。勇さんもだけど、先生も泣いていますよ」
周斎先生というのは、天然理心流三代目宗家にして近藤局長の養父である。
ちなみに副長の目録は、その周斎先生が副長にちょっとでもヤル気をださせようとお情けで与えたらしい。
その真実を副長自身がしったのは、つい最近のことである。
副長は真実をしるまで、実力であたえられたと勘違いしていたというわけだ。
まぁ副長の場合、型にしばられないかぎりはめっちゃ強い。
流派という型にがんじがらめに縛られているから、鍛錬もヤル気がでないのかもしれない。
いずれにしろ、副長は「胡椒爆弾」とか「油をまく」とか、きったないでも許されるような喧嘩のほうが、性に合うということだ。
「ぜひ、やりましょう。どうせ、もうすこしさきでないと敵味方ともに動けないのです。なまった体にカツをいれるためにもやりましょう」
おれが提案すると、伊庭はにっこり笑って了承してくれた。
「ぽちたまといい八郎といい、勝負を避けやがって」
「勝負?だから、歳さんのは剣術の勝負ではなく喧嘩なんです」
「寝とぼけたことを。喧嘩も勝負だ」
たしかにそうかもしれないが、副長がいうとチートっぽくしかきこえない。
そこで一瞬、しんと静まり返った。
その静けさのまま、数分が経過した。
「戦のあとは?この世のなかはどうなるんだい?」
そしてやっと、沈黙を破ったのは伊庭である。
そのかれの問いに、どう答えるか躊躇してしまった。
賊軍、つまりおれたちのおおくが裁かれ、謹慎や投獄、島流しにあう。そして、しばらくするとそのほとんどが赦され、それぞれの人生をあゆむことになる。
そこまではいい。
しかし、そこからである。
徳川の世は完全におわる。いや、極端な話、それもいい。すでにそうなっているからである。
それ以上に、
が、おれにはかれのその