店主は笑顔でうんうんと相槌を打っている。
三津は何とか笑顔を保っているが不自然に作った表情だから顔が痛い。
「河島様が選んだなら間違いないでしょう。」
『この人小太郎さんの事めっちゃ気に入ってはるんやな。』
それとも商売人の性なのか。やたら持ち上げるし褒めちぎる。
「河島様のような方なら是非うちの婿にと!」
『やっぱり娘さん居てる!?修羅場!?』
三津はビクッと肩を跳ね上げ周りを見渡して警戒した。
「……言いたい所ですがうちには倅しかおりませんのでね。残念,残念。でも跡継ぎとして養子の手も残っておりますね。」
「倅っ!」
娘じゃないんかいっ!と言う心の声は押し留めたが,紛らわしい言い方に突っ込む事は抑えきれずに声に出してしまった。
「急にどうした松子。」
「いえ……すみません……。」
顔を真っ赤にして何でもないですと口ごもった。
『それにしても養子にしたいぐらいいい仕事してるの?この人……。』
本当に職人を目指してるのではと横目で疑いの眼差しを送ってしまった。
「いやいや,私はここに潜んで幕府の動向を探ってるだけなんで香に関して何の知識も技術も持ってないじゃないですか。」
『何だ……職人やってるんじゃなかったのか……。』
じゃあ入江の何がこの店主の心を掴んで離さないのだろうかと謎が謎を呼ぶ。
「知識と技術はうちの倅に任せとけばええんです。河島様が店に出て微笑むだけで飛ぶように売れますんでね。」
『お客さんへの色仕掛け要員!!』
こりゃ想いを寄せて足を運ぶお客が多そうだ。結局女の相手してるのかと思うと三津はまたモヤモヤしだした。
そこへ噂の倅が顔を覗かせた。
「父さんちょっといい?あっ河島様戻られてたんですか!それに来客中で……。失礼致しました。」
綺麗な所作で頭を下げる彼に三津はお邪魔してますと深く頭を下げた。
「ちょうどいい,紹介致します。こちら息子の竜太郎です。竜,こちら河島様の奥様の松子さんや。」
「妻の松子でございます。」
改めて自己紹介をして頭を上げると竜太郎は瞬きもせずに三津をじっと見つめている。
「あ……あの?」
何か失礼でもしたのかと思って戸惑っていると竜太郎はさらにずいっと三津に顔を寄せた。
「松子さん?貴女……宝月堂のお三津さんではありませんか?」
「えっ!何で……。」
三津だけでなく入江も栄太も驚きが隠せない。
「ですよね?不躾にすみません。友人に連れられて何度も貴女様を見に行った事があって……。そうか……河島様の奥様かぁ……。」「見……見に来てただけですか……?」
お客ならある程度覚えている。だが彼の顔に覚えはない。店に入って来てないのなら分からなくて当然だ。
「えぇ,私は見に行ってただけです。私は。」
やけに気になる言い方をするじゃないか。
「えっと……私は……と言う事はそのご友人さんは何度かご来店いただいてる……?」
すると竜太郎はちょっと気まずそうに入江に目をやってから頷いた。ならばその友人とやらは面識があるに違いない。三津は単刀直入に聞いてやった。
「では私はそのご友人が誰か分かると……。」
竜太郎はまた入江に視線を向けてからゆっくりと頷いて一度深呼吸をして口を開いた。
「知らないはずがない。だってあいつは貴女様に……その……。」
竜太郎はそこまで言って口を閉ざした。
「すみません,そこまで言われると気になって仕方ないです……。」
三津がそう言うと入江と栄太も力強く頷いた。だが竜太郎はこの話を入江に聞かせていいものかと悩んでいた。
竜太郎が言い倦ねている隙に入江が口を開いた。顯赫植髮
「それにしても世間は狭いものですね。うちの妻は看板娘で引く手数多だったのは存じております。まさか竜太郎さんのご友人もとは。
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