「主計……」
そうつぶやくように呼びかけてきた蟻通もまた、声が震えている。
「この大馬鹿野郎っ!なにゆえ、新八っつあんと左之さんを連れ戻さなかったんだ?」
おおきな声ではない。顯赫植髮 むしろ、他の者たちにきこえぬようにささやかれた。
が、そのささやきは、感動の波を一瞬にして霧消させた。
はい?もしかして、おれってば怒られている?
二人は、副長か島田におおまかな事情を耳打ちされたのであろう。
ホワイ?なにゆえ、おれが怒られなければならないんだ?
「ったく、つかえぬやつなだ、おぬし」
中島もまた、ささやいてきた。
しかも、力いっぱい役立たず認定されてしまった。
「兼定」
二人は呆然とするおれの横をすり抜け、相棒のまえに両膝を折った。それから、相棒を抱きしめたりなでたりする。
「ぽち」
そして、同時に立ち上がると俊春と向き合う。
「おかえり」
「よくやってくれた」
それから、交代で俊春の頭をごしごしなでる。
ちょっ…‥‥。
このあまりの格差は、いったいなんだっていうんだ?
「ははは。主計、おまえはよほど愛されているようだな」
ショック大どころのさわぎではないおれの横に立ち、そういってきたのは島田である。
「はい?愛されって、おれにはいじめられてるようにしか感じられませんが」
かれの謎解釈にはついていけない。
「だからこそ、だ。愛されているからこそ、ああ申しているのだ。誠にうらやましいかぎり」
「どうやったら、そんなにポジティブな解釈ができるんですかね?」
嫌味をいうつもりはないが、つい皮肉ってしまう。
「局長のことを責められなくてよかった」
島田はおれの皮肉をスルーし、そうつぶやいた。は、俊春の頭をいまだになでつづけている蟻通と中島へと向けられている。
そのつぶやきに、そのときになってようやく、そうだったと思いいたった。
局長が斬首されたことを、みな、しっていたんだろうか。
たしかに、現代のようにあらゆるネットワークですぐさましれわたるわけではない。それこそ、夕方のニュースで報道されるはずもない。じっさいに見物しただれかが、TwitterなどのSNSで写真を投稿したりつぶやいたりするわけでもない。ゆえに、どうしても情報が拡散するのは遅れてしまう。
それでも、会津藩にはいちはやく伝わったのかもしれない。
そうであったら、新撰組にも急報として伝えられていてもおかしくはない。
局長のことをしっていてそれを責められなかったのは、島田のいうとおりである。
せめてもの救いかもしれない。
そうか……。
やり場のない怒りや口惜しさをせめてもの形であらわしたのが、さきほどのおれへのいわれなき非難だったのかもしれない。
そう推測すると、かえって申し訳なくなってしまう。
これではまるで、同窓会会場であるホテルのまえで担任をまじえて懐かしむおっさん集団みたいである。
ひとしきり再会をよろこんだ後、とりあえずは宿に入った。
「清水屋」も、さぞかし迷惑なことであろう。
もっとも、客はだけのようである。
いまにも戦火にみまわれそうなときに、わざわざ訪れる者はいないだろう。行商人やなんらかの事情で旅をしている旅人も、あえて避けるにちがいない。
泊まるとすれば、おれたちのような旧幕府軍や会津関係の者なのかもしれない。
「お噂はかねがねうかがっております」
は如才ない。営業用スマイルとともに、仲居さんや小者に旅塵を落とすよう命じる。
玄関先で軍靴を脱ぐまえに、俊春にもつきあってもらって相棒の居場所はあるかと尋ねてみた。
「狭いですが、裏に庭がございます。そちらをお使いください」
イヤな顔をされなかったのが救いである。しかも、すっかりおそくなっているにもかかわらず、晩飯を同様に相棒の分も準備してくれるという。
おれが連れてゆこうとすると、俊春が連れてゆくという。
ふと、先日の永倉の言葉を思いだしてしまった。
俊春は、一つ屋根の下におれたちと一緒にいるのが怖いのではないかという推測である。
いまの心のなかのかんがえもダダもれしているのであろうが、できるだけ平静を装い相棒を託した。
相棒は、と連れだってゆくのに異存があるわけもない。
「ぽち、みなに話すことがある。兼定の様子をみて、部屋にきてくれ」
玄関先から裏へまわろうとする俊春と相棒の背に、副長がいった。それは、命じているといってもいいだろう。
「承知いたしました」
俊春は、体ごと副長に向き直ると一礼して了承した。それから、路地へと姿を消した。
「清水屋」は、けっこうなおおきさの宿屋である。とはいえ、おれたちの人数もすくなくはない。収容人数ぎりぎりの状態である。
すでにみな、夕飯はおわっている。
おれたちの分は、すぐに準備してくれた。
ありがたい話である。
きけば、温泉ではないものの、けっこうな広さの風呂があるらしい。
ここで何日すごすことになるのかはしれないが、湯船にゆっくりつかれるだろう。そう思うと、テンションが上がってしまう。
日本人だなぁ、なんて実感してしまう一瞬である。
でむかえてくれた「清水屋」の
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