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“俺の傍から離れるな”

2023-12-24 17:15:51 | 日記
“俺の傍から離れるな”


その言葉が三津の頭の中でこだまする。
男に言われたら嬉しくなる事間違いなしの殺し文句なのだが,


『何でやろ,ちっとも嬉しくない…。』


滅多に言われる事がない台詞だから,例え気のない相手だろうが少しは胸が高鳴ってもいいはず。


何せこの土方に言われたのだから。
とりあえず何だか大変な事になりつつあるのは分かった。


言い渡された三津本人より腑に落ちない顔の総司がいて,あまり喋らないけれど副長の山南も立ち合ってる。


『仕事がちょっと増えるだけかな…。』


面倒な事にならなきゃいいかと気楽に考えていた。


「たえには俺から話をしておく。荷物と布団は自分で運べよ。」


「へ?どういう事ですか?荷物運ぶって何処に?」


手が空いた時に土方の手伝いをするだけじゃないのか?
三津は顔をひきつらせた。


「俺の小姓になるんだ,俺の部屋に決まってんだろ。それぐらい考えたら分かるだろうが。
てめぇの頭はすっからかんか?」


三津の頭を鷲掴みにしてぐらぐらと大きく揺らした。


「え!?それって寝るのも一緒!?絶対嫌や!」


あの小さな部屋を結構気に入ってるんだ。
唯一羽を伸ばせる場所なのに。


『土方さんの部屋に移るってことは一人の時間がなくなるんやんね?』


三津の顔はみるみる青ざめた。
それは勘弁してくれと逃げ出そうとしたが,


「まぁ仲良くやろうや。」


土方の手が素早く三津に伸びて顎を持ち上げ,ぐっと顔を寄せた。


人を恐怖に陥れる笑顔があっていいものか。
三津は土方の微笑に震え上がった。


「分かったなら荷物まとめて来い。今すぐに。」



土方に逆らってはいけない。
三津の本能がそう告げた。
勢い良く頷いて一人部屋を飛び出した。


三津の足音が遠ざかって行くのを聞いて総司が溜め息をついた。


「何でまた小姓なんか…。」


芹沢から遠ざける為だとは思うけど納得は出来ない。
腹立たしくも羨ましいような複雑な気分でいた。


「あいつにゃ緊張感も危機感も足りねぇから俺が鍛え直してやるんだよ。」


『別に小姓にしなくても指導は出来るのに。』


総司は何かおかしいと土方と山南を交互に見る。


「…芹沢さんに近づかせない云々ではなく他に理由でもあるんですか?」


土方が三津を傍に置く理由が他にある。
総司はそう思った。「総司,お前は俺の話のどこを聞いてやがった。あいつの根性鍛え直してやるんだよ。」


ただそれだけだと何食わぬ顔で告げるが,総司には通用せず。


「私には言えない理由なんですか。」


動じないつもりだった土方だが,総司の勘の鋭さに思わず溜め息をついた。
芹沢の件は極秘で近藤と山南,土方しかまだ知らない。


「…日を見て話はする。それまで事情は聞いてくれるな。他言も無用だ。」


それだけを言い残して部屋を出て行った。


取り残された総司はへなりと畳に両手をついてうなだれた。


『私にも言えないなんて,まさか土方さんは三津さんの事を…。』


考えたくもなかったが土方の三津への扱いは今までの女中とは全然違う。
それはつまり土方が三津に対して“特別”な想いを持っている。


『だから傍に置きたいんだ…。
三津さんとは私の方が先に知り合っていたし,ここの誰よりも仲が良いと思ってたのに。
それも私の単なる自惚れだったのか…。』


総司の落ち込みぶりに山南は戸惑いながらも声をかけた。


「こればっかりはどうしようもないんだ…。」


「そうですね…。どう足掻いたってもう曲げられないんですね。」


土方の気持ちは曲げられない。
小姓にしてまで目の届く所に居て欲しいんだろう。


『みっともない…。私は不犯を誓ってるのだからとやかく言える立場にないじゃないか。』


「あぁ…くれぐれも内密に。」


「言える訳ありませんよ!」


土方が三津に想いを寄せて小姓にしてまで傍に置いたなんて誰かに言えるもんか。
総司は怒鳴りつけると勢いそのままに部屋の戸を激しく閉めて出て行った。

何はともあれトキの小言から

2023-12-15 19:53:53 | 日記
何はともあれトキの小言から解放されて一安心。


そんな三津にとって子供たちと遊ぶ時間は何よりも楽しみにしている事の一つだ。


子供たちと大きな声を出して走り回る,何も考えずに笑っていられる時間が大好きだ。


この日もいつ 了解肺癌眾多成因,盡力預防減風險 も集まるお寺の境内で思う存分走り回った。



そして暗くなる前には全員を家の近くまで送り届けて帰路についた。







今日も楽しかったと鼻歌混じりに歩いていると,前方に酔っ払って暴れる武士の姿を見つけた。



『うわぁ…。たち悪いな…。』


酔っ払って暴れる武士は目についた人に因縁をつけては怒鳴り散らしている。


『巻き込まれたら適わんわ…。』


道の端によけ,早く通り過ぎようと歩く速度を上げた。なるべく俯いて見てみぬふりをしていたのに


「おい,お前っ!」


大きな声と共に行く手を阻まれてしまった。


いやいや…。
結構道の端っこをかなり遠慮がちに歩いていましたけど。


どうして自分に目をつけたのか教えて欲しいぐらいだ…。


とにかく相手を刺激しないように少しずつ後退りをした。


「ちょっと来い。」


品のない笑みを浮かべながら三津の腕を掴んだ。


「嫌ですっ!」


ちょっと来いって一体何処へ?


冗談じゃない…。
行ってたまるかっ!


力任せに引き寄せようとする酔っ払いに負けじと踏みとどまるが,大人の男相手に三津の力では適う筈もない。


しっかりと掴まれた腕により強い力が込められ苦痛に顔を歪めていると,


ばちんっ――
と派手な音が響いて三津は痛みから解放された。


「貴様っ…何をする!」


怒声と共に抜刀の構えをとる酔っ払いの前に三津を庇うように男が一人割り込んでいた。


何が起きたか状況を把握しきれず三津が忙しく黒目を動かしていると


「大丈夫?すぐ終わらせるから。」


『あ…。この声…。』


後ろ姿だけどその声で誰だか分かった。


あの日からずっと耳に残ってた。


忘れないように脳裏にも刻んだ。


「桂さん……。」


生きて目の前に現れた。夢ではなく現実で無事を確かめる事が出来た。


『無事やったんや。良かったぁ…。』


安心と喜びから目元を綻ばせたのも束の間,自分の置かれている状況を思い出した。


『喜んでる場合ちゃう!』


桂は腕を怪我しているし,こんな町中で騒ぎを起こせば壬生狼にも見つかってしまう。


これは不味い…。


逃げてっ!――


三津が叫ぼうと息を吸ったのとほぼ同時に,桂は相手の懐に飛び込んでいた。


相手が刀を抜くよりも早く先に地を蹴ると自分の刀の柄で酔っ払いの鳩尾を突いていた。


「うぐっ…。」


呻き声と共に相手が膝から崩れ落ちるのを見てから桂はくるりと振り返った。


「ひとまず……逃げようか。」


桂は何事も無かったかのように微笑むと呆然と立ち尽くす三津の手を取り走り出した。


「ああぁ…。」


急に引っ張られた三津は何とも情けない声を上げながら人混みの中をすり抜けた。桂はうねうねとした細い路地を通り抜けて行く。


『迷子や…。こんな道知らん…。』


普段では通る事のない道に入り込んだ時,三津の頭の中には“絶望”の二文字が浮かんだ。


さて自分はどっちから来たっけ…。


甘味屋はどの方角だろうか。


そしてどこまで行こうとしているのだろう。


「桂さぁん…。どこ行くん?」


覇気のない声で問いかけるとようやく足が止まった。


「ごめんね,疲れた?」


気遣ってくれる桂に向かって頭をふるふると横に振って答えた。


疲れてはいない。
子供たちと遊ぶ事で日々鍛えられた自慢の健脚だもの。


なんて少し誇らしげな表情をしたがそんな場合ではない。


問題はそこじゃない。今大事な問題は


「家に帰る道が分からへん…。」


そう,甘味屋まで帰れるか。


泣きたいのをぐっと堪えるが,それでも若干半べそをかきながら繋いだままの手をぎゅっと握った。


「そうだ道に詳しくないんだったね。大丈夫,家まで送るから。」


繋いだ手を握り返して微笑みかければ半べそをかいていた顔はみるみる明るくなった。


『君は一体いくつなんだか…。』


泣きそうな顔をしたかと思えば一瞬で笑顔もつくる。


化粧もしていないし大した洒落っ気もない。


見るからには十四,五ぐらいだろうか。

 翌日。試衛館にて入隊希

2023-12-01 19:55:36 | 日記
 翌日。試衛館にて入隊希望者の面接や軽い実技を踏まえた試験が行われた。

 面接を担当したのは土方と斎藤、実技を担当したのは桜司郎と藤堂である。前者の組み合わせの威圧感に耐え抜いた者が後者と竹刀を交わす手筈になっていた。
 背後に般若を背負ったような土方、氷のような冷たさを纏う斎藤を通り、安心したところで藤堂と桜司郎の柔らかい雰囲気と女のような見目を舐めてかかった者は片っ端から床に伏すことになる。


「おい、顯赫植髮 平助。あんまり虐めてやるなよ。鈴木を見習え」

 藤堂は興が乗ると容赦ない性質だが、桜司郎は土方の指示通りに程よく手を抜いていた。肝心なのは腕前よりも、相手の力量を見極めることと気組──気合いを込められているかどうかだと土方から言われていたのである。

また、打ち負かしたとしても桜司郎は持ち前の気遣いと優しさで、ニコリと笑いながら床に転がる相手へ"大丈夫ですか"と手を差し伸べていた。男たちは次々と頬を赤らめながらその手を取る。


「副長……あれは」

 その様子を見ていた斎藤は土方へ不安そうに訴えた。土方は腕を組んで苦笑いを浮かべる。

「ま、良いだろ。鬼のような集団という印象だけなのも良くねえ。……にしても、男ってェのは悲しいくらいに単純だよなァ」


 数日に渡って試験は開催されたが、何やかんやで五十二名という隊士を獲得することに成功した。どれもこれも腕の立つ者だったり、頭が切れる者だったりと、近藤が喜びそうだと土方は口角を上げる。

 目的を終えた土方は、さっさと江戸を発つと言い始めた。当初はくらいと予想されていたが、結局は二十日ちょっとの滞在で終わりを告げる。


 土方に言われ、桜司郎と藤堂は揃って伊東を深川の道場へ迎えに行くことになった。開いたばかりだと思っていた桜もその花を風に吹かれては散らしている。

 片道に弱も要したが、気さくな藤堂と二人きりの道中は存外あっという間だった。


「あ、此処だァ。鈴木、着いたよッ」

 藤堂は懐かしげに目を細め、"伊東道場"と書かれた立派な看板を見遣る。

 御免、と大きな門を潜れば、門人らしき人物がやってきた。伊東を尋ねれば、所用で外出しているため、少しお待ち願いたいと返される。その間、藤堂の希望で道場の見学をすることとなった。


「わ……、懐かしいな。俺も此処で稽古を重ねたんだよねッ。伊東先生は本当に優しくて面倒見の良い先生で……」

 道場に踏み入れると、爽やかな風が桜司郎を包む。試衛館が猛々しい熱気が渦巻く道場だとしたら、伊東道場は清々しく明るい道場だ。その大きさをもっても、試衛館の倍の広さはある。風通しも良く明るさも丁度良い。隅々まで掃除の行き届いた、気持ちの良い空間だった。

 成程、と桜司郎は妙に納得する。何が成程なのかというと、道場には道場主の色が濃く現れるという。伊東は藤堂が言うように良い道場主だったのだろう。だが、綺麗すぎるのだ。試衛館と伊東道場とでは環境も毛色も違いすぎる。馬が合わないのではなく、もっと根本的なところで違っていた。
 
「良い、道場ですね」

「でしょ〜?試衛館も良いけど、ここも良いんだよねェ」


 ニコニコと嬉しそうに笑う藤堂を見て、その純真さは此処で培われたのかと桜司郎はまたもや納得する。