セツの言葉にみんなは,また三津が萩へ行ってしまう姿を想像した。
入江もそれは避けたいと大きく息を吐いた。
だけど女将の言葉が鋭く突き刺さっていた。三津が周りの目を気にしていると言った事。
『やっぱり三津には荷が重い関係やったんやろうな……。』
そこだけは間違いないと思っている。だけどやっぱり三津に惚れている。あっちを苦しめたくないと思うが,傍に居たい気持ちも捨てられない。「私と木戸さんで取り決めて納得してようが,傍から見ればまともな関係やないのも自覚しちょる。
でもこれは私達の問題で周りにとやかく言われる筋合いない……っていくら私がそう思っても周りの目は冷たい。それに晒されて辛い思いするのは三津や……。
女将はそこを突いてくる。三津を苦しめるのが私を縛り付けるのに一番効果的なんも分かっちょる。」
思ったより深刻でみんなは言葉が出ない。脫髮先兆
「三津に何もせん,やけぇ毎日会いに来い。それがあっちの要求。
傍に居てくれたらいい,それ以上何も望まんって言ったけどやっぱ嘘やったな。
周りから固めて婿に入れようとするし,脱いで迫ってくるし……。」
入江は精神的に限界だと目頭を指で押さえた。
「えっお前抱いたん?」
山縣の一言に入江はカッと目を見開いて胸ぐらを掴みに行った。
「抱くわけないやろがっ!あんな女に指一本触れるかっ!私は三津を裏切らんっ!!」
入江の気迫に山縣はひたすら悪かったと謝った。ここまで殺気立って取り乱す入江を初めて見た面々は嫌な汗を掻きながら静かにその場に座っていた。空気が重苦しい。それを聞いた千賀と,千賀の側の侍女達まで色めき立った。
「そんな事言われてみたいわぁ。ねぇ?」
千賀が話を振ると千賀と同じように目をキラキラさせて付き人達が激しく頷いた。
「彼にとってそれだけの価値が松子ちゃんにあるのね。
それと木戸様との馴れ初めが聞きたいわ。聞かせて?」
奥様にそう言われては話さざるを得ない。まぁ馴れ初めくらい……と三津は昔話を語るかの如く二人の思い出を話した。
それから数刻後,千賀は元周の寝室を訪ねた。
「あなた,宜しいですか?」
「うむ,松子は寝たか?」
元周は一人,仄暗い部屋で晩酌をしていた。千賀はその側に寄って徳利を手に取った。
「話しながら寝てしまいました。寝顔も可愛らしい子で。」
あどけないけどあの子は幾つなのかしら?とくすくす笑って酒を注いだ。
「後で見に行くかな。」
「は?」
ぎろっと睨まれ慌てて冗談だと否定して酒を流し込んだ。千賀の視線が痛い痛い。
「そうそう,湯浴みの時にね?うちの者達が背中を流すと申し出たけど頑なに断られちゃったの。
本当に何も手伝わなくていいのかと少し覗いたらね?松子ちゃん,背中に刀傷があったらしいの。そこは何か聞いてらっしゃる?」
「いや……。そうか,松子も何かと苦労人のようだな。千賀,木戸が戻るまで可愛がってやってくれ。」
「元よりそのつもりです。でも木戸様がいらっしゃる前に彼が押しかけて来るんじゃないですか?」
「来て当然だな。」
その為にあえてお前は来るなと名指ししたんだと笑った。
「来ても松子には会わせん。上手く隠しといてくれよ。」
千賀はお任せくださいとにっこり笑った。
翌朝,高杉と入江は元周の所へやって来た。入江は門前払いを覚悟の上で訪れたのにあっさりと元周と対面する事が出来た。
「何用だ?」
上座に座ってにんまり笑うその顔は用件など既に分かってる。二人は白々しいと思いながらもそこはぐっと抑えた。
それでも溜息は出てしまうもので,一つ息を吐いてから高杉は口を開いた。
「松子を引き取りに来ました。」
「松子は木戸が来るまで帰さんぞ?
木戸は我のせいでなかなか戻れんでおるからな。松子に寂しい思いをさせとる責任はこっちで持つ。」
「松子の世話はこっちでも出来ます。」
「信用ならんなぁ。松子が出かける際には傍を離れるなと命ぜられておきながら離れた不届き者がおる。」
元周は黙ってじっと座っている入江に視線を移した。入江は深く頭を下げた。
「言い訳のしようもございません。」