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やがて暗闇の奥から

2024-07-28 17:25:30 | 日記
やがて暗闇の奥から、松明を手にした何百という兵たちの影が、整然と列を成しながら、真っ直ぐこちらへ向かって来る光景が見えた。

濃姫は門の手前でふいに足を止めると、その中に信長の姿がちゃんとあるかどうか、目を凝らして捜し始めた。

しかし、どういう訳か夫の姿が見つからない。

馬上にある男たちの顔ぶれに目を向けても、あの茶筅髷に袖なし帷子の、大うつけ殿の姿は見つけられなかった。植髮價錢

こんな事は始めてだ。

あれほどに奇抜な身形の夫。いつもならば真っ先に目に留まるはずなのに…。

濃姫が思わず困惑していると

「──お濃っ!帰ったぞ!」

先頭の兵たちが城門を潜るのと同時に、溌剌とした信長の声が響いてきた。
濃姫はまるで小鳥のように、頭を上下左右に大きく動かして、愛しい夫の姿を必死に捜した。

しかしそれでも見つからないので、今の声は空耳だったのであろうか?と、濃姫が首を捻っていると、

行列の先頭にいた正装姿の若人が、馬上から素早く地面に降り立って、つかつかと姫の方に歩み寄って来た。

濃姫は再び目を凝らして、向かって来る相手の顔を確認しようとしたが、

後ろの兵たちが手にしている松明の灯りが逆光となり、はっきりとその面差しを窺う事が出来なかった。

それとちょうど同じ時

「姫様ー!お待ち下さいませー!」

「勝手に飛び出していかれては困りまする!」

後ろから三保野とお菜津が、片手に持った手燭の火が消えないように注意しつつ、駆け足でやって来た。

「また姫様は!お一人で行動なされますなと、いつもいつもご注意申し上げておりますのに!」

「左様にございます。以後はお気をつけ下さいませ」

三保野とお菜津の声に気を取られ、濃姫が軽く後ろを振り返っていると

「──外まで出迎えに参るとは、なかなか殊勝な心がけじゃな、お濃」

歩み寄って来ていた先程の若人が、いつの間にか濃姫の前に立ちはだかっていた。

今度は、背後の侍女たちの手燭の灯りのおかげで、はっきりと相手の面差しを拝せるようになったが、

それを目にした瞬間、濃姫は驚きのあまり、一瞬後ろに仰け反ってしまいそうになった。

「……殿…。本当に殿なのでございますか !?」

「応よ。他に誰に見えると申す?」
「だって、その御髪、その御召し物は──」

「おお!これか! どうじゃ、よう似合うているであろう」

「ええ…とても」

信長の変貌ぷっりを目の当たりにして、濃姫は思わず目を白黒させた。

いつの間にやら夫の御髪は美しく結い上げられ、衣装こそ会見の折の長袴ではなかったが、青磁色の木瓜紋入りの裃を見事に着こなしている。

信長が単なるうつけ者でないと分かっていながらも、この大胆な変わり様には、さすがの濃姫も驚きを隠せなかった。


「しかしながら殿。どうして急にそのような、その…、まともな身形を?」

言葉を選ぶようにして姫が訊くと

「そなたが言うたのではないか。蝮の親父殿は礼儀作法や身形にはとかく厳しいお方だと」

「まぁ、その為にわざわざ!?」

「阿呆ぅ、左様な訳があるまい。儂の思惑は別のところじゃ」

「別のと申されますと?」

「それはそれ、色々とな」

「色々では分かりませぬ、しかとお話し下さいま──」

濃姫が訊きかけていると、突然 信長の両腕が大きく広がり、姫の華奢な身体を包み込んだ。

「!   …と、殿、何をなされまする!?」

「どうぞ、これをお持ちになって下さいませ」

2024-07-28 17:21:18 | 日記
「どうぞ、これをお持ちになって下さいませ」

信長は縁の上の道三に、紅椿の束を差し出した。

「住職殿には某より詫びを入れておきます故、これを美濃にお持ち帰り下さいませ。きっと、小見の方様も喜ばれまする」

思わず道三の頬が緩んだ。

「我が妻の為に、そのような気遣いを…」脫髮先兆

「某にとって小見の方様は義理の母上にあたられるお方。美濃までご挨拶に参るのはなかなか難しゅうございます故、せめてこれをご挨拶代わりに」

「ふふふ、小憎らしい事を。…じゃが、婿殿のお気持ちはしかと小見に伝えておこうぞ」

そう言って道三は、機嫌良く椿の花束を受け取ったが

『 …っ!? 』

信長の片手に、握り絞められたままになっていた刀を見るなり、わっと双眼を広げた。

金で二頭波の紋が彫られたその刀は、間違いなくかつて自分が所持していた物。

濃姫に譲り渡した、あの短刀である。
思わず「あっ」と声が出そうになる程、道三は驚いた。

しかし、決してその顔に当惑や動揺の色は浮かべなかった。

娘の気持ちが信長に傾いている事など、既に文を通じて知っている。

賢き姫のこと、大方こちらが信長の命を狙っていることを察して、あえて短刀を持たせたのだろう。

信長の命を守る為に──。

そこまで姫の心はこの若者に奪われてしまったのかと、道三は父親として、何やら物悲しい気持ちになった。

同時に、同性である信長に軽い嫉妬の念を覚えたが、今更彼を斬りたい等とは微塵も思わなかった。

もはや道三自身が、信長に惚れ込んでしまっているからだ。


「──信長様、取り敢えずこれで、御足をお拭き下さいませ」

道空が縁に駆け寄り、几帳面に折り畳まれた袱紗を手渡すと

「いや、お気遣いは無用」

信長は懐から自分の袱紗を取り出して、それでぱっぱっと足の裏の泥を落とした。

暫くして縁の上に信長が上がって来ると

「婿殿。我が娘は…帰蝶は達者で暮らしておるかのう」

道三は抑揚のない声で伺った。

「帰蝶? ──ああ、お濃のことにございますか」

「おのう?」
「某が、祝言の折にあの者に与えた名にございます。美濃から参った姫御前です故、濃姫と」

「ほぉ…あの帰蝶が、濃姫にな」

姫自身は、あくまでも尾張での自分は“濃”。

美濃側と接する時の自分は“帰蝶”。

文の上でもそのように名を使い分けていた為、道三はこの時初めて、娘の婚家での名を知ったのである。

まさか、信長がその場の思い付きで与えた名だとは思いもしない丹後は

「きっと、美濃から迎えた御高貴な姫君という尊敬の意を込めて、左様にお名付けになられたのでしょうなぁ」

と晴れやかな顔をして言ったが、内心帰蝶という名の響きを気に入っていた道三は

「ほんに、我が娘は随分と簡素な名になったものよ」

と無感動に言った。

「覚え易うてようございます。蝶のようにひらひらと、儂の手の内から翔んで行かれては困ります故」

信長は冗談めいた微笑を浮かべながら言ったが、道三にはそれが“姫は何があろうとも手放さぬ”という彼の意識表示のようにも思えた。

「…で、我が娘は如何かのう?」

「達者にしておりまする。嫁いでより一度も病床に臥せる事なく、至極健勝にございます」

これで満足か!?と言わんばかりの表

2024-07-28 17:16:13 | 日記
これで満足か!?と言わんばかりの表情で道三は信長を見やったが、信長はこちらを振り向こうともしなかった。

これはいけないと思い、道空はすかさず信長の側に駆け寄ると

「畏れながら、只今ご参上あそばされたお方が山城守(道三)様にございます」

と、座敷内に手を差し伸べながら恭しく申し伝えた。

「…で、あるか」激光生髮帽

信長はにべもなく呟くと、柱に預けていた身を立て直し、そのままするすると座敷内へと入って行った。

屏風の前に立ち尽くす道三を、信長はひたと見据えると

「此度はお招きに預り、光栄至極に存じます──。織田上総介信長にございまする」

鬢付け油の光る頭を、ゆるやかに下げた。

その姿は、一幅の絵のように優雅で、涼しげな美しさに満ちている。

道三も思わず息を呑んだが

「茵に……それへお控えなされよ」

平静を装いながら、着座を促した。

「ご免つかまつります」

信長は長袴の裾に気を配りながら、静かに茵の上に腰を下ろしてゆく。

それを見るなり、心得違いの美濃方の家臣たちが数名、刀を抜こうと構え始めた。
が、途端に

「無用じゃ!下がっておれ!」

道三の太い嗄れ声が座に響き渡り、家臣たちは慌てて身を引いた。

「──何か、お気になる事でもございましたか?」

信長が畳の縁に視線を落としながら、淡々とした面持ちで訊ねる。

道三は自席に着きつつ

「いや何、儂を年寄り扱いしてか、膝掛けなどを運んで来ようとする小姓がおった故、叱りつけてやったじゃ。 …おお、あの者、慌てて奥に引っ込みおったわ」

如何にも芝居くさい口調で語りながら、誰もいない奥の間の方へ目をやった。

「それはそれは──。されどそれとて、山城守様のお身体を気にかけての事。どうぞ、その者をお咎めになられませぬよう」

「お気遣い痛み入る。婿殿の寛大なお心のおかげで、あの小姓も無用な叱りを受けずに済みまするぞ」

そう言って道三は豪快な笑い声を立てた。

肥えて丸くなった彼の背中に、冷たい汗がスッと流れる。


『 こやつ、何もかもを見通しておる。 …鷹の如く鋭き眼を持つ男じゃ 』


信長の反応から、こちらの動きを何もかも読まれていると察した道三は、思わず肝を冷やした。
この場には美濃方の家臣たちが多く控え、信長の供といったら介添えの者が二名、座敷の前の縁に控えるばかりである。

喰うか喰われるか。

いつ何が起きてもおかしくない状況の中で、背筋を真っ直ぐ伸ばし、ひたと相手をだけを見据え続ける、信長の面差しの何と涼しげなことか。

蝮と恐れられる自分との対顔で、ここまで顔色一つ変えぬ人間は初めてだと、道三は驚きを通り越して感心してしまった。


『 信長殿は大将の器…。どうやら最初に抱いた儂の直感に、狂いはなかったと見ゆる 』


そう思った瞬間、道三の中に溢れていた強烈な殺気が、見えない光の粒となって身体中から迸(ほとばし)り、

陽炎のように揺らめいて、そのままふっと虚空に消えていってしまった。

道三は苦々しい敗北感を味わいながらも、俄に心の中が軽くなったように感じていた。


「のう──婿殿よ、一つだけそちに訊ねたい」

「何でございましょう?」

「これは仮の話じゃが、もしもこの儂がどこぞの軍勢に攻められ、命の危機を感じる程の状態に陥った場合、そなたは如何する?」

「無論、我が兵を率いて美濃へ赴き、山城守様に加勢致しまする」

信長は何の迷いもなく答えた。

そう答えるなり、濃姫は再び三

2024-07-28 17:11:30 | 日記
そう答えるなり、濃姫は再び三保野に背を向けて薙刀を振り始めた。

「父上様が助けを寄越して来たとしても、私は参らぬ。武器を手にし、籠城する覚悟じゃ」

三保野はあっと声を上げ、本気か!?と言いたげな面持ちで、姫の背中を見据えた。

「私が今すべき事は、残った者たちと共にこの城を守る事じゃ。おめおめと逃げ出す事ではない」

「しかし姫様…っ」FUE植髮

「殿は私に“信じよ”と仰せになった。ならば私は、殿のそのお言葉を信じます」

決然として言い切る姫の華奢な背中が、三保野の目には何とも大きく映った。

一人の女としては、是非とも、夫を想う濃姫の気持ちに沿いたい…。

しかし、姫に仕える侍女頭としては、彼女の好き勝手をこのまま見過ごす訳にはいかなかった。
「姫様が、殿をお大切に思う気持ちはよう理解しておりまする。最後まで殿を信じたいと思われるそのお心も」

三保野の言葉に、濃姫は我が意を得たりと頷く。

「されど、時と場合をお考え下さいませ。あなた様のように、同盟の為に敵国に嫁いだ姫君は、その生家が送り込んだ間者も同じ。

舅と婿の間で戦が起これば、婚家の内情を密かに知らせ、生家の勝利の為に尽力するのが習いにございます」

「その習いの為に、殿を裏切れと申すのか?」

「それが、乱戦の世に生まれた姫御前の宿命にございますれば」

改まった語調で三保野が告げると

「誰が決めたのか知れぬ宿命に、翻弄され続ける姫御前方は哀れなものよ。

…いっそ私のように、常も道理も何もかも捨てて、愛しいお方の為だけに尽くせる身の上であったら、どんなに幸せか」

「姫様─!?」

「悪いが三保野、私は私の思うように致す。殿に唯一無二の味方になると言った以上、その誓いを破る訳には参らぬ」

濃姫はどこか清々しげな面持ちで、また薙刀をひと振りした。

「しかし、それでは美濃の殿様が!」
「案ずるでない。父上様から短刀を渡された時 『この刀は父上様を刺す刀となるやも知れぬ』 と既に布告致しておる。

私が如何に殿をお慕いしているのかも、文にて十分にお伝え申した。──父上様もきっとご理解下さるはずじゃ」

「……」

「三保野、そなたまで私に付き合う事はない。もしも美濃の軍勢が押し寄せて来たら、そなただけでも逃げるが良い」

三保野は瞬時に目を瞬かせると、大きく首を左右に振った。

「それは出来ませぬっ。 姫様がこの城に残るのなら、私も最後まで姫様と共におりまする」

その発言に濃姫は「はて?」と小首を傾げると、形の良い口元に、柔かな微笑を広げた。

「可笑しな事じゃ。今の今まで美濃、美濃と申しておったのに」

「私はただ、姫様に仕える侍女衆の長として、申すべき事を申したまでにございます。

主人の安全を第一に考え、時には親・兄弟に成り代わってお諌め申すのも、仕り人としての大事なる責務にございます故」

「物は言い様じゃな」

「姫様がこの城に居残るのであれば、私も最後まで姫様のお側に控え、共に斬られる覚悟にございます!」

「これ、勝手に私を殺すでない」

「…ぁ、これは失礼つかまつりました」

慌てて三保野は額づいた。

「その話か」

2024-07-23 20:28:47 | 日記
「その話か」

「分かっておられるくせに、また左様にお惚(とぼ)けになられて…。

皆々不思議に思っているのですよ。今まで一度も奥へはお泊まりになられなかった殿が、

昨夜は珍しくお泊まりになった挙げ句、喜ばしきことに姫様とご同衾あそばされたのですから」
「よさぬか。閨の話などをこのようなところで致すのは」植髮邊間好

濃姫は思わず頬を染め、辺りをきょろきょろと見回した。

「良いではありませぬか。皆 知っていることなのでございますから。
…それで、いったいどのような手管をお使いになられたのです!?」

「三保野」

「はい」

「しつこい」

「──…」


濃姫は呆れたように嘆息を漏らすと、真っ白な陽光が降り注ぐ廊下の縁へと進んだ。

そこから天を仰ぐと、雲一つない澄み渡った青空が、実に穏やかな表情をして自分を見下ろしていた。

昨夜の嵐が嘘のような、本当に美しい青空だった。

この空の下に、信長が勝ち得たき天下が広がっている。

そう考えるだけで、姫の心は期待と興奮で弾んだ。

今はまだ夢物語なれど、信長を信じていれば、あの空に手が届く日も来るだろう。

いずれ、きっと──。


空を見上げる濃姫の顔に、降り注ぐ陽光のような、暖かく柔らかな微笑が浮かんでいた。

濃姫が織田家へ輿入れた、同年の十一月上旬。


シュ…、シュシュッ…

那古屋城・奥御殿の庭先では、銀色に輝く冷たい光が、前から後ろへ、

時には右から左へと、何ともぎこちなく飛び交っていた。

その光を、三保野ら濃姫付きの侍女たちが、廊下の縁から大層不安げな面持ちで眺めている。

正しく言えば、眺めていたのは光ではなく、それを操る主の方であったが。


「姫様!どうぞお止め下さいませ、危のうございます!」

「左様でございます。なさるなら、せめて、ちゃんとした御指南役をお付け下さいませんと…!」

縁から三保野とお菜津が口々に告げると

「平気じゃ! この乱戦の世に生まれたおなごたる者、薙刀(なぎなた)の一つも振えぬようでは、いざという時に敵に立ち向かえぬ!」

濃姫は叫びながら、日を浴びてギラリと光る薙刀の切っ先を、前方、斜め左右へと瞬時に突き出した。
「それに、我が殿は武芸に優れたお方。その正室である私が、いつまでも武芸が不得手では格好が付かぬ故な!」

シュッと、また一つ空を斬った。

濃姫は着物をたすき掛けにし、薙刀もしっかりと両手で握り締めて、気合いだけは十分に見せているのだが、

何分 薙刀を突き出す腕の力が弱々しく、途中でよろけそうになる事もしばしばで…

お世辞にも安心して見られる稽古風景とは、言い難かった。

それでも庭中の樹木を斬り倒すかの如き勢いで、薙刀を振り回し続けるものだから

「あぁ!!」

「姫様!お気をつけを!!」

侍女たちは両手を前に伸ばして、幾度となく姫を制するような姿勢をとっていた。


「──何じゃ、棒振り遊びか?」

不意に聞き慣れた男の声が、横の廊下から響いた。

濃姫が思わず動きをとめて、踵を返すと、黒い獣の毛皮を羽織った信長が、柿を頬張りながらこちらの様子を眺めていた。

「まぁ殿、鷹狩りからお戻りでございましたか」

「つい今しがたな」

「こんなところを見られてしまい…、お恥ずかしい限りです」

姫は軽くにこつき、夫の方へ歩み寄った。
「謙遜致すな。初めての棒振り遊びにしては、上手い方であったぞ」

「からかわないで下さいませ。これでも、真剣に稽古しているのですから」