かりんが市の木にもなっている長野県諏訪市のHPに「かりん並木」の項目がある。ちょっと長いけど転載してみました。
読めば分かりますが、諏訪市は、「マルメロ」のことを「かりん」と呼ぶ地域のようです。念のために市の広報課の方に尋ねたら、江戸時代から「マルメロ」のことを「かりん」と呼んでいたそうです。
広報課の方の話では、この「マルメロ並木」の中に何本かは、名実ともに本物(?)の「花梨」の木が交じっているとのこと。「見る人が見れば、マルメロではなく花梨と分かります」との返事でした。「確かに、見る人が見れば分かりますよね」と応じました。話している時は気づきませんでしたが、活字にすると変な会話です。
諏訪市の「かりん並木」
▼都市計画事業として湖畔道路が完成した際、沿道植樹として飯田市のりんご並木が全国的に有名であったため、これに刺激され全国で例のない特殊な木にしようと「かりん(マルメロ)」が選ばれました。
かりんは、諏訪地方では戦前から細々と栽培されていました。その果実は独特な芳香を放って美味しそうですが加工しなければ食用できなかったため農家でも持て余していました。
農家より無償提供されたかりんを昭和41年春に植樹し、同年10月に「かりん並木」が誕生しました。その後、昭和43年より毎年10月下旬に「かりん祭」が開催されています。
<かりん(マルメロ)が選ばれた理由>
(1)黄色の実は独特な芳香を放ち美味しそうですが、生食はできない珍しい実で す。
(2)江戸時代から諏訪地方で栽培されており、県下唯一の特産地であったこと。
また、全国的に見ても長野県の生産は、他県に見られない樹数と生産高があ り、日本唯一の特産地でした。
○道路延長 1200メートル
○植栽本数 180本
昭和41年当時 120本(内80本は成木で市民より寄贈された)
○かりんの花 5月上旬~中旬に淡いピンクの花が咲きます。
○かりん祭 10月下旬(昭和43年より開催)
・かりんの実の無料配布及び販売
・かりん加工品即売(かりん飴、砂糖漬け等)
○かりんの年間管理
収穫以外は、小和田果樹組合に委託しています。
・剪 定 3月中旬
・消 毒 4月~8月 月2~3
・袋かけ 7月中旬
・収 穫 10月中(公園緑地課、観光課等が行う)
○昨年度のかりん収穫量 約2,700㎏
追記
広報課の方によると、「かりん並木」の一部が道路拡張のため来年にも伐採されるそうです。
読めば分かりますが、諏訪市は、「マルメロ」のことを「かりん」と呼ぶ地域のようです。念のために市の広報課の方に尋ねたら、江戸時代から「マルメロ」のことを「かりん」と呼んでいたそうです。
広報課の方の話では、この「マルメロ並木」の中に何本かは、名実ともに本物(?)の「花梨」の木が交じっているとのこと。「見る人が見れば、マルメロではなく花梨と分かります」との返事でした。「確かに、見る人が見れば分かりますよね」と応じました。話している時は気づきませんでしたが、活字にすると変な会話です。
諏訪市の「かりん並木」
▼都市計画事業として湖畔道路が完成した際、沿道植樹として飯田市のりんご並木が全国的に有名であったため、これに刺激され全国で例のない特殊な木にしようと「かりん(マルメロ)」が選ばれました。
かりんは、諏訪地方では戦前から細々と栽培されていました。その果実は独特な芳香を放って美味しそうですが加工しなければ食用できなかったため農家でも持て余していました。
農家より無償提供されたかりんを昭和41年春に植樹し、同年10月に「かりん並木」が誕生しました。その後、昭和43年より毎年10月下旬に「かりん祭」が開催されています。
<かりん(マルメロ)が選ばれた理由>
(1)黄色の実は独特な芳香を放ち美味しそうですが、生食はできない珍しい実で す。
(2)江戸時代から諏訪地方で栽培されており、県下唯一の特産地であったこと。
また、全国的に見ても長野県の生産は、他県に見られない樹数と生産高があ り、日本唯一の特産地でした。
○道路延長 1200メートル
○植栽本数 180本
昭和41年当時 120本(内80本は成木で市民より寄贈された)
○かりんの花 5月上旬~中旬に淡いピンクの花が咲きます。
○かりん祭 10月下旬(昭和43年より開催)
・かりんの実の無料配布及び販売
・かりん加工品即売(かりん飴、砂糖漬け等)
○かりんの年間管理
収穫以外は、小和田果樹組合に委託しています。
・剪 定 3月中旬
・消 毒 4月~8月 月2~3
・袋かけ 7月中旬
・収 穫 10月中(公園緑地課、観光課等が行う)
○昨年度のかりん収穫量 約2,700㎏
追記
広報課の方によると、「かりん並木」の一部が道路拡張のため来年にも伐採されるそうです。