With the I Ching

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【Ute Possega-Rudel】意識とは何か? インスピレーションを得た別のアプローチ

2014-11-19 03:06:42 | 翻訳

※追記しました。
 

再び、ウーテさんの記事を訳しました。今回もチャネリングメッセージではなく、彼女自身の言葉で綴られています。

前回同様、原文で強調されている語を<>で括っていますが、数が多いので幾分読みにくさを感じるかもしれません。
太文字にでもしたほうがいいのかな。 


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http://radiantlyhappy.blogspot.jp/2014/11/what-is-consciousness-inspired.html


SUNDAY, NOVEMBER 16, 2014

WHAT IS CONSCIOUSNESS? AN INSPIRED DIFFERENT APPROACH.


THE DIVINE IMAGE ART OF ADI DA SAMRAJ

https://www.youtube.com/watch?v=c1zgeF-3UPw
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意識とは何か?
インスピレーションを得た別のアプローチ

親愛なる皆さん!
最近、私は「意識とは何か?」を説明する色々な情報源を見てきました。

(でも)条件付きを超えて記述されたものは見つかりませんでした。どれも脳に基づく内容です。

皆さん、これは私にとって悲しい制約です! 究極の源(Ultimate Source)・・私達の真実・最高の自由である自らの<神性>と、それゆえの<真の意識>を顧みない制約。

私達は脳では<ない>のです。<私達の真の本質>は脳を超えていますし、それに先んじるものです。それにもかかわらず、これまで私が見てきたものは全て脳の視点から意識を説明しているものでした。高次元の存在達もその次元での脳を同じように創造しますが、それは純粋な光のフィラメント(糸)で特定の世界において機能する脳です。

しかし、元々それは<源そのもの>から出た偉大な存在達ではないし、あらゆる分離形態に先立つ<源>でもなければ彼らの<真の神性や意識>でもありません・・たとえ最高に微細な次元であっても、です。

また、私達は――全ての次元(高次であれ低次であれ)――、<神の不変性と愛・至福>である<唯一の源>の仲間入りをしないのでしょうか?

これは私達の誰もがアクセス可能な<本物の神性意識>です・・もし私達が<条件付けのない真実>に心を広くのなら。清らかになるなら。条件付きを超えるなら。その<真に偉大なるもの>に身も心も委ねるなら。

私達の<真の性質>と一体化してみてはどうでしょうか。この<聖なる意識>を私達の<真実かつ唯一の意識>と仮定してみてはいかがでしょうか、<ユニティに先立つ意識>と!

脳をベースにした意識には、私達自身で身にまとっている制約があります。それは次元的な特性や内容、視点を説明するものですし、そうね、それは創造物(創り出したもの)を調べたり操縦したりもできます。だけど、そうであっても制約には違いないのです。

<究極の神性意識>は私達の<最高の自由>であり<エクスタシー>であり、<無制限>であり、<全てを包含したもの>であり、<ただただ愛と至福>なのです。また、<幸福>であり、<無条件>なるものです。さらには、私達の最高の<純粋さ>であり、<美>であり、<あらゆる束縛からの全面的な解放>なのです。

それが<私達であるもの>であり、<私達は常に永遠であり続けます>・・私達の魂が創り出されて、ますます濃密な次元へと下って行きながら、分離した存在としての分離した脳意識にゆっくりと落ちて行く前は。

想定し、確認してみたらどうでしょう。そして、最終的には<人間の真の性質>である<源そのもの>と一体化し、実感されてみてはどうでしょうか。それにより、私達はまず直観を得て、次に<それ(源)>が<事の初め>から・・まさにここ3次元領域の中で今も存在していて、私達の<真の意識>になっていることを知ります。それはあり得ることなんです!

どうして私達は自らの<偉大なる宝>を今すぐ追い求めないのでしょう。<制約のない幸せ>を想定しないのでしょう。それこそが<ただ一つの、永遠にハートを満たす尊い真実>なのに。なぜって、<それはあなた>だから。

<あなた>は条件づけられていません。<あなたは無条件の神聖な存在&意識>です。<光だけがあり、あなたこそが光>なのです。

私はこの<叡智と真実>を人生の長きに亘ってずっと探し続けていました。そして<真の現実>と<その証明>である化身に出会いました・・アディ・ダ・サムラジ(Adi Da Samraj)という人間の形の中で。(※訳注1)

私は、彼が人類に明かしたことは正真正銘の贈り物である、ということの証人です。つまり、<人類とは実際のところ何であるかという啓示>についてです。彼はこれまでずっと私の心を最高に深く満たしてくれました・・<インスピレーション>や、言葉にできないほどの<聖なる自由>、<幸せに満ちた心>、<純粋さ>、そして想像を超えた<この上なく神聖な美>で。これがそういうものだという理由は、彼が直接、人類(や宇宙の全存在)の<真の源>に結びついて人類に教えたからです。その<真の源>とは、<触れられることのないもの>であり、<原初のまま>であり、脳や身体に先んじるものであり、全ての次元の意識・領域・創造物である存在達に先行するものです。なおかつ、<真の源>の中で<創造物>は生じていて、広げられ、<真の源>によって囲まれているのです。

確かにそれは神秘であり、今この時にも私達は誰もがこの神秘を感じることができます・・探求を開始し、ただ一つの事が何であるか知らないということを心の静寂によって知る時に。(※訳注2) というのも、万物はひとえに<永遠(万世不易)>で、記述的な方法で私達のマインドがそれ(万物)を作り出しているのではないからです。こうした全てのものが、全次元・全領域を含めて、どこまでも<永遠>です。なぜなら、それらは<意識>だからです。それは高次から低次に至るまで<存在を通して輝く、究極の神性意識>なのです。

<その最も純粋なフォーム>の中でこの<神性意識>を悟るためには、私達はボディ・マインドの観点を越えなくてはならず、従って脳も同様です。<私達>は脳ではなく、<All That Is(大いなる全て/存在する全て)>です。また、それは<幸福>であり、<自由>であり、<純粋さ>であり、<愛と至福>です。それが私達の<真の性質>なのです。

<あなたはそういうもの。あなたは究極の神性意識です。>

<これが私達の本当のホーム(家/故郷)です。>

溢れるほどの愛を、ウーテより

http://radiantlyhappy.blogspot.com/2014/11/what-is-consciousness-inspired.html

 

この情報はインターネットカフェで投稿・編集されたものです。
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Ute Posegga-Rudel, http://RadiantlyHappy.blogspot.com
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翻訳:C.I.

※原文で大文字として強調されている箇所を<>で括っています。どこかに転載される際に、文字スタイルが変更される可能性を考慮してのことです。

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訳注1:

Wikipedia:「Adi Da」:http://en.wikipedia.org/wiki/Adi_Da
公式サイト:http://www.adidam.org/

僕は今回の記事で初めて、この方のことを知りました。なお、名前の日本語訳はネットに公開されている動画内での発音を聴いて仮に付けました。Wikipediaによると、Adidamと呼ばれる新興宗教の創始者だそうですが、アート活動などもされていたそうです。2008年11月に69歳で亡くなっています。

ウーテさんがこの方に師事されていたのかどうかは分かりません。ただ、ウーテさんはこれまでの記事の中で、私達を「真の現実」(True Reality)に導くものは宗教だとか何か分離に基づくマインドで作られた事柄ではなく、私達自身の「神性(Divine Nature)」および「源それ自体(Source Itself)=大いなる全て(All-That-Is)=私達の神我(Our God-Self)」だとしています。これはたぶん、ウパニシャッドでいう真我(アートマン)と神我(ブラフマン)(の合一)のことだと言っても間違いではないと思います。


訳注2:

この部分、孔子の「知らざるを知らずと為す 是(これ)知るなり」《『論語』 為政》と意味は同じかもしれない。

ちなみに、その孔子(Confucius)の言葉ですが、ニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus)の言葉とされる格言が対訳として使われているようです。本当にコペルニクスが言ったのかどうかは知りませんが。

http://www.goodreads.com/quotes/261194-to-know-that-we-know-what-we-know-and-to

http://www.goodreads.com/quotes/23540-to-know-that-we-know-what-we-know-and-that

“To know that we know what we know, and (to know) that we do not know what we do not know, that is true knowledge.”

知るを知るとなし, 知らざるを知らざるとなす, これ知るなり.

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/112697/m0u/

 

### これ以下、同日夜の追記分 ###

Uteさんのブログの過去記事を当たってみたら、一つだけですが、アディ・ダ・サムラジ氏に関する記事がありました。

参考として、それもここで紹介します。なお、今回は強調表示(<>で括るやり方)はしていません。


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http://radiantlyhappy.blogspot.jp/2011/12/adi-da-samraj-five-reality-teachings.html

2011年12月9日(金曜日)

アディ・ダ・サムラジ:5つのリアリティの教え

親愛なる友人達と私のブログの読者の皆様、

これまで統合の過程を過ごしてきた私達には、この最も霊感に溢れた解放をもたらす教えが役に立つことでしょう・・私達は(以下に示すようなことではなく)、究極的には純粋な聖なる意識であり、愛と至福であると理解することを認めれば。

(私達は)身体ではなく、マインドではなく、世界ではなく、宇宙でもなく、さらには真の私達であるものに影響を与えるといったアセンションですらありません! それはこの3次元において今、理解され得ることなのです!

たくさんの愛を、
ウーテ

 

https://www.youtube.com/watch?v=P274FsegMAQ

 

5つのリアリティの教え

 

次のことに気をつけていなさい――

 

1. あなたは目覚めて起きている者でも、夢を見ている者でも、眠っている者でもない。


2.あなたは活動していない者、形のない者であり、ただ3つの一般的状態(目覚めて起きている状態、夢を見ている状態、眠っている状態)の立会人(*下記参照)に他ならない。また、内容があるように思えたり、3つの一般的状態(目覚めている状態、夢見の状態、眠っている状態)と結びついた“経験”と思えるもの全ての立会人に過ぎない。


3.あなたは身体ではなく、活動を行う者でもなく、またどんな身体的活動や働きであれ、その行為者ではない。


4.あなたはマインドではなく、思考者でもなく、またマインドやボディ-マインドでのどんな活動・働きであっても、その行為者ではない。


5.目覚めの状態、夢見の状態、眠っている状態の何であれ、どんなことが生じようとも、あなたは活動していない者であり、形のない者であり、さらには思考から解放された者であり、注意を払うそのこと自体の立会人、注意を引くあらゆる“対象”と思わしきものの立会人、ありとあらゆる“経験”状態の立会人、そして、何であれその全体および立ち現れる事柄すべての立会人に過ぎない。


いつも集中的に、これら5つのリアリティの教えについて“熟考しなさい”。

 

あなたの“経験”のいついかなる時も、常に集中して観察し、気づいていなさい――目覚めて起きている時も、夢を見ている時も、眠っている時も――。そのようにして、あなたの様々な“経験”状態の一瞬一瞬に“熟考し”、テストし、直にこれら5つのリアリティの教えを実証しなさい。


       アバター・アディ・ダ・サムラジ : 『The Gnosticon』 559-561ページ

 

 

*立会人(Witness:目撃者・証人)とは、マインドでの“観察者”ではありません。それは自由な状態にある愛と至福の意識のことです。

 

http://radiantlyhappy.blogspot.com/2011/12/adi-da-samraj-five-reality-teachings.html


翻訳:C.I.

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以前の翻訳記事の後書きで書こうと思ったことですが、ここで示されている内容は仏教やヨーガなどに言う「外的なサマディ」(外部で生じている物事が何であれ、それを目撃している者の内面は波立たず、ただただ実在をとらえている状態)に似ている気がします。また、最後のウーテさんの注釈も、ヨーガ・スートラで「純粋観照者」と呼ばれるものを指しているのではないかと思えます。

とはいえ、この辺りのことは、まだ今の僕には想像でしかなく、それが真実かどうかは実際に「そうなって」自ら確認する以外になさそうですが。

それと、5つのリアリティという言葉から僕がすぐに連想したのは、マイケル・グリーン氏の次元に関する著作にある「5つのバージョンの超弦理論」と、それを統合する可能性があるという「M理論」でした。単なる思いつきでしかないので、アディ・ダ・サムラジ氏の言う「5つのリアリティ」と物理学での「5つの超弦理論」とが関連するかどうかは全く分かりません。それに、ここでの5つの項目は内容が重複している気もするので、分けて考える必要があるのかも僕にはよく分かりません。ポジション的には、たぶん「M理論」というのが「立会人(目撃者)」になるんでしょうけど。

むしろ、マイケル・グリーン氏の本を読んでいる時には、単純に5という数字から東洋の五行だとか五感の元になる識別だとか、古神道の四魂と直霊の概念のようなものを思い浮かべただけでした。まあ、いずれにしても複雑な数式とか物理学的な概念がよく分かってないので、悲しいかな、これ以上はなんとも言えません。

 

 



4 コメント

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Unknown (まるまるまるた)
2014-11-19 07:48:43
わたしにとって、「知らない」は、これまでで一番の気づきでした。
とあるブログの方と、コメントのやり取りの中で、そのことにやっと気づきました。

わたしは知識を持っているだけで、「その意味は知らない」ということに。
それは「集合意識」という言葉でした。

その出来事をきっかけに、わたしは本当は何を知っているのか?と問い続けて、ほとんど何も知らない、ということに気づきました。
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Unknown (sachiko)
2014-11-19 13:32:15
そうだよ~♪

私達は、みん~な光(記憶・情報を持った)なんだよ~(笑)

宇宙空間外から本当の自分の波動が素粒子を構成させて人間界を作り上げているだけ。

本当は、何も無いの。

ただ、エネルギー(永遠)が存在している。

そして、常に無限の豊かさと無限の愛と永遠の輝きをもって穏やかで自由で本当に最高の傑作品!(笑)

でも、強固なエゴに誘導されてしまう・・(苦笑)

まぁ、エゴが在るから五感を通して現実を感じられる訳で・・・。

なので、いかにエゴを減少させて生きるか?が大事だと思います。

エゴが無になったときは、私達は存在しないわけですから・・。(笑)

本当に最高の人生ゲーム(最高のテーマパーク!)!

人生最高!(笑)
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>まるまるまるたさん (CI)
2014-11-19 17:58:45
この数ヶ月、僕は十牛図や十住心論に関する本やサイトを読んできましたが、何かを知る・学ぶ・気づくというのはまだまだ始めのほうの段階で(「見跡」や「愚童持斎心」辺り)、実際には、それらが「扱えて」初めて意味をなすものですよね。

スピリチュアルな世界観に浸っていると、ついそうした概念に慣れっこになって「分かったつもり」になってしまいがちですが、現実問題それが一番怖いことだなと自戒を込めて思います。

本文中では孔子の言葉を参考に取り上げましたが、老子も似たようなことを言ってたことを思い出しました。「知る者は言わず、言うものは知らず」(第五十六章)と。これは荘子も引用している言葉だそうですが。

集合意識(心理学用語だと集合的無意識)とか潜在意識、無意識、それらが個人的か集団的かでも意味が変わる。また、次元や領域というのもそうですね。

そうしたことを実感しない内はどこまでも仮定の話。知らないのに知ったかぶりして話すのは嘘や妄想の類いになり、時に誤解も生む・・・。

分からないことは分からないと言う。知らないことは知らないと素直に認める。それが誠実で、ありのままで、勇気のあることで、後悔を生まないあり方で、それだからこそ進歩があるだと思います。

今まで色々とスピリチュアル関連の記事を翻訳してきてますが、訳者である僕自身がその内容に追いついていない場合も多々あります。

ただの知識で「分かったつもり」になっても、結局それだけでは日常に生かすことは難しい。これは僕だけでなく、スピ系に関わる多くの人の課題じゃないかとも思います。
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>sachikoさん (CI)
2014-11-19 18:43:05
コメントありがとうございます。

思えば、光というのは情報を伝える伝導体なんですよね。インターネット回線にしても、海底に設置されている光ファイバーケーブルも、人間が生み出した様々な情報を載せて世界中へ運んでいる。

元をたどれば僕達自身も、それから、辺りにある全ても、物理的には光子や素粒子や原子・分子といったもので作られていて、いわば「エネルギーの塊」と考えることもできるのかな、と思います。まあ、同じことを色んな人が言ってますけども。

僕の場合、エゴって言葉は分かりづらいので、普段は「欲」に置き換えています。欲それ自体に良い悪いを決め付けることなく、それを何に向けるかが大事という見方です。

ただ、欲求に対して我が強いみたいなイメージを持つ場合もあれば、欠乏とか不足、恐れという観念が付きまとう場合もあるので、「欲の方向性」と「足るを知る」(感謝)という両面で切り盛りしていく感じかなーと。

人間はそれぞれ自我をもって色んな生き方をして、色んなものを生み出して、色んな経験をして、色んなことを世界に与えながら、同時にそれらを受け取って・・・って感じで、壮大な「今」を共同創造しているんでしょうね。

この世は本当に神秘というか、実に不思議なところだと思います。

長文すみません。ちょっとめんどくさい感じの人になっちゃいました(^^;)
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