With the I Ching

易経(I Ching)や四柱推命などの運命学の記事が多いです。

春分にボディ・マインド・スピリットのバランスをはかろう。

2014-03-18 15:34:08 | 奇門遁甲

短いですが、今さっきツイートしたことを整理して記事とします。

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@CI_ONOFF

CI@CI_ONOFF

ベッドに入る前に、少しだけ集合意識に関することを書こうと思います。先日の13~16日を折り返しとして、現在、20日頃まで奇門遁甲では冲天奔地と呼ばれる時期にあります。→No.99:(http://ciarchives.nemachinotsuki.com/kimon-tonkou-10x10.html) その後、23日頃まではNo.40の朱雀投江。

朱雀投江の時期は、人智が裏目に出ることから、策を弄することには不適です。また原発のような、かつて人類の叡智と銘打った技術の陰の側面を見ることにもなり、改めて問題点がクローズアップされそう。あと、今だとSTAP細胞問題の進展も気になるところ。あれって水星の逆行のいたずらだったのか。

現状、世界の政治情勢などは荒れ模様ですが、そうした所に明るい光が差し込んでくるのは次の週明けの24日頃からになるかと。ちょうど彼岸明けですね。詳細は省きますが、24日~翌8日頃までは、例えて言うなら「波の上昇ライン」にあります。まあそれが終わると、再び10日ほど下降しますが。

特に気をつけないといけないのは、その8日頃の波の切り替え付近だと思う。それ以前の段階で調子に乗っていると、ここでガクンと生活や社会の基盤を壊されるような衝撃が来るかも、です。これは集合意識全体の読みなので範囲を絞るのは難しいですが、今月24日頃とは逆の位相反転に注意という感じ。

まあ、集団としての意識の上下運動はともかく、個人としてはできるだけ(可能なら常に)いい状態をキープしていたいと思うものです。で、今度の21日の春分は、陰陽の平衡点(分点)として重要な日付の一つなので、ここで精神面でのバランスをしっかり図ることが必要そうです。

精神面での静穏さが現実生活に反映されるには時間差があることが多いので(その程度は個人差がある)、春分の時の祈りや瞑想の効力は、3月下旬から4月上旬の間でじわじわと出てくるのでしょう。とにかく、まずは心の平静から。また、周りの人を労わる気持ちから。そこが起点だと思います。

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やっと十干剋応の解釈が一通り終わりました。。。

2012-06-14 00:00:05 | 奇門遁甲

重荷に感じていたわけではなかったのですが・・・
旧四月に入って急に別のことに気が向いてしまって、残すは癸の段の幾つかだけというところでストップしていました。
その後もボチボチと書いていたのですが、埒が明かないので、今日残りの二つを急ぎ書きました。

ブログで書いてきた内容は、以下のページに一括整理してあります。

十干剋応(配合)の私的解釈」(予備

内容の出来不出来はともかく、ひとまず100通りの解釈が終わって一安心しています。ただ、文字数をある程度絞っていることから、事例の羅列になっているだけで、肝心の救いとなるようなアドバイスが入っていないものも多いかもしれません。その辺りのことに関しては、随時、気がついたときに修正や加筆を入れていきたいと思っています。

あるいは、「キーコードから導く、あなたへの語録集 β版~」のほうを読めば、解決策やポジティブな言葉が見つかるかもしれません。よければ併用してください。


ちなみに、これらの解釈をするに当たって、もしかしたら「これらの全ての方位を何度も経験したのか?」と問う人がいるかもしれません。それに対する答えは、「1~2割くらいはそうですが、ほとんどは占断など他の用法によって得ています」となります。
数量的には、一つの項目に対して2~10くらいでまばらですが、一つも直接的な体験や見聞がないというものはありません。すべて自分の五感や方向感覚(+第七感?)で確認してきたものです。

実のところ、方位(空間)作用は奇門遁甲の応用の一面に過ぎません。というより、元は時間と空間の相互作用にあるわけで、“時空間”という意味で考えると方位ばかりが扱われるのは片手落ちだと言えます。

僕は比較的インドア派なために方位に用いることが少ないだけで、遁甲盤を見れば方位効果を知ることはもちろんできます。
ただ、いつもそういうことを考えていたら神経質になってしまって疲れるので、あまり日常的な移動では気にしないようにしています。まあ、方位の影響を考えるとしたら、日常の行動半径を超えるような場合か、あるいは必要な(経験の少ない)データを取るためにあえて出かける時くらいです。

それと一つ、僕からの助言・・・というと、何だか偉そうなので・・・“提案”として受け止めていただきたいことがあります。

奇門遁甲には流派によって作盤法(活盤と飛盤など)が違っていたり、暦(局数)それ自体が別物だったりしますが、どれか一つが真実で他は偽物とか、どこかの流派のものしか効果がない、みたいなことは考えないほうがいいと思います。個人的に研究してきた結果から一つ言えることは、それぞれには適した使い方がある、ということです。

「恋は盲目」じゃないですが、自分が信じる方法論を絶対視したり、勢いあまって他の人達の考え方を否定したりすることがありますが、それはとても危険なことです。自分自身とその見出した手法に自信を持つことは良いことですが、それがいかなる場合も有効であるとは限りませんし、どこかの時点で行き詰って術そのものの習得を諦めてしまうこともあるかもしれません。

でも、そうなっても、他流派や別の考え方をする人から学ぶことができれば、スランプから脱出して新たな境地へと踏み出すこともできるでしょうし、ひょっとしたら独自の応用方法を思いつけるかもしれません。ともかく、自分自身の方法論を追究する一方で、他のやり方に対する窓を閉じずにいることは、多くのメリットを生む可能性があることを知っておいて欲しいと思います。

 

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奇門遁甲:十干の組み合わせ(10×10)の私的解釈 壬癸篇

2012-06-13 22:46:23 | 奇門遁甲

なかなか取り組むことができず、ちょっと間が空いてしまいました。

ひとまず壬までは書けたので、その分だけでもUPしておこうと思います。

癸に関しては、ある程度のデータ整理はしましたが、まだ書くのはこれからです。

もうしばらく待ってください。(2012-05-19 10:27:49)


※追記:同年6月13日 癸を追加

 

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奇門遁甲の十干の組み合わせ――壬癸篇です。

意味合いについては、「キーコードから導く、あなたへの語録集 β版~」を、

それぞれの大意については「奇門遁甲の十干の意味合いの考察」を併せて参考になさってください。

 

§ 壬

 

壬甲
81

信じられないような不思議さだとか空想物語のようなことを体験しやすい時。異世界・異次元存在とのチャネリングや交流、暗示的な夢など、常識が通じないか覆すような事態が起きる傾向があります。そのため地に足がつかない状況になりやすく、場合によっては正気を疑われたり、洗脳(騙されたり、おだてられて利用される)の心配も出てきます。精神的に不安定なまま(生死や時空の狭間を)彷徨うことになりがちなので、何か確固としたもの――深い絆とか目標の実現に必要な具体策などが必要です。

壬乙
82

ひょんなことから物事の水際や一線を越えてしまい、「乗りかかった舟」状態で途中で止めることができない時。異性との関係(恋人が抱える問題)、未解決問題や意図的に曖昧にされていることの真相に踏み込んでいく性分。身勝手な行動が招いた面倒な事態に周りの人間を巻き込んでしまい、強い自責の念にかられる人もいます。一方で、相手との関係の仕方や状況の捉え方によっては、結果的に反省して自分の人間性を修正したり、その立場を自覚(再認識)することにもなります。

壬丙
83

目的(夢を叶えるところ)まであと少しという段階になって、不安になったり、情にほだされたり、外的な影響によって不透明さや不条理さが生じ、機会(企画・需要・用件)そのものが消失しやすい時です。もう用済みになるものが最後のカードとして使われて裏切りの憂いを抱えるとか、意を正しく伝えていない、または不器用な振る舞いのために誤解を招いて無用な敵を作ってしまうなどです。大切なことは曖昧にせずに、希望を失わない内に適切に対処しておきましょう。

壬丁
84

個々の特性や要望に合うような人・環境・事物などを求め、概ねその目的に沿ったものが与えられる可能性の高い時。例えば贈り物をする場合、相手の性格や興味、立場、年齢などに配慮すると思いますが、それと同様に、自分や相手にとってタイムリーであったり、的を得た方法や出会いというものがあります。時にはそれによって道筋が示されることも。さらに、今あるもののを臨機応変に使うことで問題解決に近づく機転の良さも備えています。ただし、対象への偏見や思い込み、そして独断行動には注意して下さい。

壬戊
85

男性にとっては特に勢いのある時で、何かと強気に出る傾向が見られます。真に実力があれば目的を遂げられるでしょうし、さらに謙虚さがあれば周りからも絶賛や協力を得られるでしょう。しかし、お金持ちのボンボン、地位や権力(後ろ盾)があるといった理由を振りかざす人は反って恥をかきます。それがコンプレックスになっている人も。一方、女性にとっては(複数の)男性と接触する可能性があり、良くすれば理想の相手に出逢えるかもしれません。けれど、人を見る目がないと単にバカを見るはめになるでしょうから、自分自身を高めることが何より大事です。

壬己
86

公人と私人それぞれの顔の間で板挟みになって苦悩する傾向。欲求と充足の関係がアンバランスになって昼間っから酒色に溺れたり、知らないところで起きていた事(噂や罠、汚名など)の影響で手の平を返されたように契約がキャンセルされたり、身近な人の過去に関する嘘と真実が明らかになって絶句したり・・・という具合です。弱い立場の個人が辛い仕事を課されて心身を消耗する一方で、漁夫の利的に私腹を肥やす人間の影がチラつきます。「平和と安定のために軍隊を持つ」みたいな矛盾の中に生きることで正常な判断が失われ、取り返しのつかない罪や過ちを犯す恐れも秘めています。

壬庚
87

体や心が壊死または浸食されていくような状態になりやすい時です。尋問や事情聴取といった精神的負担、子供や部下の不始末とか健康問題でのストレス、中毒やウイルス感染で苦しむなど。疲労が祟って病気になったり、事故を引き起こす危険性もあります。しかし事例的には、高度な技能をもった治療者に看て貰って劇的に回復したケースがほとんどであることを考えると、有能な医者や薬剤師(特効薬)、施術者、看護者、理解者、相談者、適切な潜在意識への自己暗示などを見出せるかが重要だと思われます。

壬辛
88

一本筋が通っているかのような芯の強さがテーマとなる時です。正義感に溢れていたり、決死の覚悟や確固とした心構えで状況に臨んでいく傾向があります。まるで海の底や引力圏から脱出するような強い生存衝動が現われる時で、身体的・精神的な窮地からの超克体験とも言えるでしょう。自力と他力の協同歩調による救済。ある意味、心の封印とかリミッターが解除されて覚醒するようなもので、自分に正直になって勇気が湧いてきます。“健全な精神が健全な肉体に宿ることを祈る”の格言が相応しい時。

壬壬
89

するべきことは分かっているのに、自身に内在する問題や対外的な理由などがあって紆余曲折・試行錯誤を経やすい時です。能力への不安、思考や気持ちの整理をつける必要性、立場(領分)の違い、監督不行き届き、直接手を下せないもどかしさ、力場(環境・時空・リアリティ)の不安定さ、酒や睡魔・トリップによる意識朦朧、記憶の曖昧さ・・・など様々な原因があります。心身の調子も狂いがちですが、それでも、目的ため、背負うもののために逃げるわけにはいかないという思いもあります。事後になってカミングアウトしたり、辿って来た道程の意味を理解することも。

壬癸
90

相手に対する畏怖、物事の展開に対する心配、失礼に当たらないかといったストレスやプレッシャーから、お世辞にもユニークとは言い難いトンチンカンなことをしてしまう傾向があります。気が動転しているわけではなくても、そもそも社会人としてのマナーを備えていないとか、その分野の基本やルールを心得ないまま思いつきで事を進めがちなのです。そして周囲から酷評を受けてしまう。ちょうど、料理初心者がレシピも見ずに「おもてなし料理」を作ろうとするようなものです。少なくとも自分が関わる事柄の初歩くらいは身につけて、世間の倫理やモラルに反したり、相手を怒らせることのないようにしたいものです。

 

§ 癸

癸甲
91

暗い闇の中で一筋の光明を見出す、まさに“くもの糸”の逸話のような時です。絶体絶命と思えるような状況でも、本人(達)が諦めさえしなければ必ず道は拓かれ、救援の手が差し伸べられます。しかし、力添えや理解を得るまでには人脈だけではダメで、人柄や仕事ぶりを見定められたり、恥を忍んで頼み込んだりと、一生懸命さや必死の努力の跡が窺えなくてはならないことが多く、易々と支援を申し出てくれるとは限りません。真に必要なこと(守るべきもの)のために命を張っている、そういう密度の濃い生き方をしているかどうかが鍵です。そして、どん底から這い上がった時には今までにない強さを得ているでしょう。

癸乙
92

感情のすれ違い、事情や状況の急激な変化、時間的・空間的制約、方向性や考え方の違いのために離別の憂いが生じやすい時。夫婦間や恋人間、友達など大切な人との「さよなら」に関係する事例が多いです。個人のフラストレーションとか一対一の勝負・揉め事にのめり込み過ぎて、家族や仲間(チームなど)に不快感を与えることも。必ずしも否定的な状況とは限りませんが、感情(感傷・激情)的になりがちなので思いやりの気持ちや冷静さを忘れずに。特に話し合いの席では、正直でありつつ穏やかさを心がけて。それぞれの文化や国柄、生活や考え方の違いを認めることから、様々な視点が生まれてきます。

癸丙
93

主役の交代劇が起きやすい時。理由としては、新人にお株を奪われ面目丸つぶれ、自身の慢心や判断ミスによる失態と評価ダウン、役割をこなす力はあっても不安材料を抱えている、仕事に飽きて逃亡(影武者を立てる)、事態の悪さから辛酸を嘗める等です。それまで特定の立場にあった人は所在無さや無価値感を覚え、その横では周りに認められて喜ぶ人がいます。しかし、一人ひとりには適した位置があり、そこで各自の才能が生かされることが本来の在り方ですから、嫉妬や保身のために相手を蹴落したり、逆に自分を卑下する必要は全くありません。いがみ合うことなく互いに協力することが望ましいのです。

癸丁
94
本人の意向とそれに反する動きが焦点化しやすい時。具体的な内容が明かされないか不明瞭で誤解を招く話、人が勝手に正しいと信じている説や噂、専門家の主張を鵜呑みにする危険性、曲解されたまま進む物事、きちんと説明する前に早合点される、意図的な編集や情報の捏造に困惑する、など。また、(一度断られた話でも執念深く)誰かを引き込もうとして陰謀的な策略を企てる人もいれば、相手の無理を承知で話を持ちかける人もいます。真相不明な問題に悩むかもしれませんが、諦めずに取り組むことで次第に答えが明らかになってくるでしょう。
癸戊
95

自分の力だけで奮闘努力しても目的達成には届かないことから、必然的に周りの人達との協力と調和の必要性を感じる体験。最初は無理難題に悪戦苦闘することもありますが、それぞれの努力に加えて、お互いの特技や才能を合わせることで最大のパワーを発揮します。時には、皆の意識や力の結集の指揮を執って、物事の中心人物となる場合もあるでしょう。積極的にスキルを活かせる場に参加することで、本人の力を引き出すだけでなく、結果的に全体の進行にも好ましい影響を与えることになりやすい時です。

癸己
96

突然の病気や事故による怪我などの肉体的障害、対人面での破綻や家族との死別などの精神的ショックにより気持ちが動転しやすい時です。関係に新鮮さや発展性が見られず交際に飽きが来たり、倦怠感や嫌悪感に苛まれたり、事件が起きて連絡が取れなくなる(拒否する)など。これらのことで性格が一変して、急に反抗的になったり、正常な精神状態ではなくなってしまうケースがよく見られます。その一方で、困難さにめげず、鋼の意思を持って奮闘する人も少なからずおり、その姿に胸を打たれました。

癸庚
97

内輪の問題をわざわざ外に言いふらして家族が恥ずかしい思いをするとか、内心のイライラが表面化して怒りをぶちまける、つまらないことでの口論など精神的に食傷する状態になりやすい時。経済事情を知りながらも道楽に時間と金を浪費する亭主に愛想を尽かす主婦、役立たずだと思い込んで荒れる息子、一族の問題や兄弟間での軋轢による対立、悪意はなくともありがた迷惑な人達、親が悪事に加担していることを知らずに純粋に信じている娘、等々。タイミングよく諭したり、問題の核心にアプローチできれば次第に更正されていくようになりますが、本人にも、投げやりにならない“腐っても鯛”の精神が必要です。

癸辛
98

持ち上げられては失意に沈められ、またはその逆が起るというアップ・ダウンの激しさに翻弄されやすい時。勝気や傲慢さを諌められて「井の中の蛙、大海を知らず」を思い知る、いったん窮地に追い詰められたところでハッと大事なことを思い出す、今の自分に必要なことに気がついて持ち直す、抱いていた恨みが誤解や嘘に基づくものだと知って困惑する、急激な老化や若返り、不条理な社会の風潮と本人の自由意思との葛藤、感情の昂りで性格が豹変するなど。絶望の淵にあっても最後まで諦めないことが決定的な違いを生みます。

癸壬
99

良くも悪くも形勢逆転を意味する時です。悲しみや障壁で進むべき道を見失って立ち往生していたり、自分自身の意思さえハッキリしない暗中模索・五里霧中の状態を経験しているかもしれません。改めて自分自身の存在意義と向き合い、本音や本性が何かを確認する必要があります。嘘偽りで築かれたものは長くは続きません。真実だけがそれ自身で立てるのです。もし真実が闇に葬られていると感じたり、偽者が蔓延して安全のために本物が姿を晦ませざるを得ないのだとしても、あなた自身は常に「あなた」という真実・本物であり続けて下さい。それこそが、この状況を打破する唯一の方法なのですから。

癸癸
100

身体的・精神的に強い負担が掛かる傾向のある時。強い不安やストレス、疲労感、睡眠不足、自暴自棄、薬物中毒や副作用による禁断症状、不穏さや自滅を誘う空気、命を投げ出すことと命を粗末にすることを履き違える、悪事の発覚を恐れて邪魔者を抹消を図ったり善人を取り繕う、無力感やトラウマに苛まれての自信喪失、深手や重病を患う、注意力不足、部分的な記憶障害など。落ち込むような状況を経験しやすいですが、暗闇に見えても「真っ暗」ではありません。自分自身を保ち、よく事態を見て希望の光を探して下さい。その光は小さいかもしれませんが、必ずあります。


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奇門遁甲:十干の組み合わせ(10×10)の私的解釈 庚辛篇

2012-05-02 18:08:57 | 奇門遁甲

奇門遁甲の十干の組み合わせ――庚辛篇です。

意味合いについては、「キーコードから導く、あなたへの語録集 β版~」を、

庚と辛の大意については「奇門遁甲の十干の意味合いの考察」を併せて参考になさってください。

 

§ 庚

 

庚甲
61

急激な運動やハードワークにより心身を酷使し、時に打ちのめされてしまう傾向。飛び出し事故、飲酒運転や無謀運転、既往症の再発、病状の悪化などに注意が必要。生命が危ぶまれる恐れがあるので、心臓病などで常備薬が必要な人は絶対に切らさないように。親しい人との離別(生別死別、異動などで縁が消えること)を近々見る可能性が高い時です。他、辛い体験がトラウマになって後の人生に影響するなど。外側のみでなく内側からも用心し、まずはネガティブさを中和する考えを心がけて下さい。

庚乙
62

身内や親しい友人が悪い道へ進もうとしたり、危ない橋を渡ろうとしている時、それを嘆いて抑止しようとする働き。及び、その関係者との接点を示します。欲に目が眩んだり、身の危険や家族を顧みずに状況に深入りする傾向。偽りの正義と嘘、亡き人の意志の誤解、日常生活の軽視、利益を巡っての争いなど。悪い予感がしたら速やかに退避を。命の危険を感じたり、本当に心配してくれる人の泣きっ面を見て初めて、我を失っていた自分に気がついて猛省、安堵する事例もありました。

庚丙
63

他者の都合で自分の名義を奪われたり、権力を揮われて面目を潰される傾向。外発的に生じた問題で、理不尽にも中心的な被害を被りやすい(すり替えや誤解によって容疑者としてマークされる、生活の基盤を奪われるなど)。また、自分勝手な理由から打算的な性質が浮き彫りになるか、ストレスや貧困、感情のもつれから、強奪・窃盗・傷害・詐称(嘘)・罵倒といった行為に及ぶ場合も。そうした態度によって周囲の不評不信、反感を買うことが目立ちます。

庚丁
64

友達として心配したり、真心から相手を助けたいと願いアドバイスや直接的なサポートをしようとする傾向。ところが、相手は何かに心を奪われていて聞く耳を持っていないことが往々にしてあり、その上、「正義感ぶって面倒な奴」と受け取られる可能性も。ことに物事の進め方が強引だったり常軌を逸しやすいため、周りが付いて行きづらい面があります。目的不明な態度のせいで信頼を得るのに苦心するなど。戦略的な言動を控え、分を弁えて素直な気持ちで事に当たりましょう。

庚戊
65

何らかの問題のある状況(人の集まり)に介入する傾向。良かれと思っての行動でも、なぜか順調に行かない場合が多く、好意的に受け入れてもらえないばかりか邪険に扱われやすい。原因としては、要領かタイミングが悪い、配慮・準備不足、余計なお世話、意地を張っている、下心が感じられる、運命的に介入すべきではないなど。この他、嫉妬や不信感から憎まれたり、敵(競合相手)の急襲や妨害を受けることも。友好的な関係が作りづらいか、持続しづらい時。

庚己
66

個人としての重要な問題あるいは秘密が、社会の(時に隠された)一面と不可分に結びついており、問題を克服しようとしたり探求・調査を進めていくと大きな壁にぶつかる傾向。社会的事件や個の範疇を超えた問題に対して、一個人が責め立てられたり、村八分的なイジメだとか仲間外れに遭いやすい時。異端分子のような何かしらの許容できない人や事柄に対して、それを排斥したり抹消しようとする勢力が存在するケースが多いです。しかし、腐らずに自分を保たなくてはなりません。

庚庚
67

何かをしようとする際に、ノイズ(理不尽に不安にさせたり異を唱えるもの)が現れやすい時。騒音など、人騒がせな迷惑に悩まされたり、互いに主張を押し通そうとして衝突しがち。憎しみを憎しみで返すべからず。大人としての冷静さをもって話し合いましょう。反対意見や否定的な事案に過剰反応するのではなく、どうすればトラブルを回避できるか、注意点は何か、より優れたアイデアはないか、根本的な解決方法はないかなどに聞く耳を持つことが必要です。

庚辛
68

まだ事情がよく呑み込めていないか初歩的なことが習得できていないために、足手まといになったり周りの人の癪に障る傾向がある時。創作家が納得のいかない作品を粉々に叩き割るように、相手や自身の内にイライラさせる原因があります。しかもそれを拒絶できない場合、訓練や教育をするために骨を折ることになります。痛みをこらえて無理をするなど。ただ、最初は呆れられたり頭ごなしに貶しても、学習が進むにつれて意外な一面を見せ始めるなどで、連携とかライバル意識が目覚め出すこともあります。

庚壬
69

本篇から逸脱した番外編のような時。しばらく脇道へ逸れたり、ひとり寄り道をする中で経験した諸々――浮かれ・不注意・悔悟・葛藤などを踏まえて、改めて本来の目的(本筋)に立ち返ることができれば、さして問題はないでしょう。ちょっと勢いで調子に乗って傲慢になったり、ウケを狙って失笑を買ったり、相手の内情を知って世話奉仕に通ったりと、普段とは違うことをしやすいのですが、実状を把握して「用済み」になったと分かった時点で我に返ることになるはずです。

庚癸
70

重圧や因縁による心労が主なテーマ。歴史を遡って経緯や真実を聞いて動揺したり、自分の過失を隠すためについた嘘のせいで怖い思いをしたり、取り繕うために面倒を抱え込むなど。美味しいからと食べ過ぎて吐いてしまうようなもので、消化不良に陥りやすい時。力の差が歴然で勝ち目のない状況に強いストレスを感じて調子を崩したり、極度の疲労に加えて衝撃的な情報が加わったことで過呼吸になってしまった人も。不安や混乱に潰されないよう、自律的な心の制御や休養、周りの保護が欠かせません。

 

§ 辛

 

辛甲
71

個人の力ではどうしようもないことは分かっていても何かせずにはいられない、という時はあります。効果があるかどうか定かでなくても、主張することで多くの人に問題に対する関心を促そうとするなどです。複雑な事情があったり相手の素性が分からなかったりで、思うように事が運ばないと感じがちですが、そのことで悲観したり誰かを妬んだりしても仕方ありません。辛い境遇でも今できる最大の努力をすることを心がけることが大切です。そうした過程で、やがて突破口や賛同者が現れてくるかもしれないのですから。

辛乙
72

よそから来てふと人助けに加担したがために、かえってトラブルや危険を招いてしまうような状況になりやすい時。急激な状況の冷え込みや波瀾がもたらす出来事。どういうわけか達人的(プロ並み)な技量をもっている人が多いのですが、その強さを逆恨みされてしまうとか、身元や目的を知られては困る事情があるとかで、調和したくてもできなかったり、場合によってはこの時がキッカケで精神的支柱を切り倒されたかのような大ダメージを受けることも。身近な人の命に関わるような事故やパートナーとの決別などが近く迫っているかもしれません。刃物関係の事例も二・三あり、注意が必要だと思います。

辛丙
73

世論や周囲の評価が運気を左右する時です。まことしやかな情報やガセネタを真に受けて判断を誤りやすいので、ボッタクリや詐欺などに注意し、何が真実なのか見極めなくてなりません。同様に、正しい情報伝達(指示)が必要です。また、体のいいことを言うだけで期待を裏切って失望させたり、恩を仇で返さないように力を尽くしましょう。自分の力を過信せず、味方してくれる人と協力して事に当たること、そして価値ある結果を残すよう心がけることで良い成果を得ることができるでしょう。

辛丁
74

個人や中小規模の活動で効果を上げやすい時で、辛の中でも有効に使える配合ですが、能率や利益を優先して欲をかき過ぎると後悔する羽目になるかもしれません。基本的に誠意と慎重さが要の時なので、ろくに書面を確かめもせずに事を急いだり、テキトーにしておけばいいという考えは良くありません。それが原因で食い違いなどの問題が起きてしまう恐れもあるからです。こちらの意を了承してもらうためにも、相手の価値や尊厳を認めることが肝心です。丁寧な態度を保ちましょう。

辛戊
75

注意力散漫、集中力不足といったことが問題の原因になりやすい時です。何か事を進める上での阻害要因が出てきて、それに対処するために“もがく”ことが、かえって危険度を高めてしまう傾向があります。何かの犠牲や心の動揺を誘う状況にさらされることが多いですが、心を静めて精神を集中したり、自然体でいることを心がけて下さい。また、口車に乗せられて安易に信頼してしまったばかりに失態を曝すことも。平常心を忘れず、状況を見る目、人を見る目を鈍らせないことです。

辛己
76

広い意味での家族とか仲間内(同類)に根をもつ問題に巻き込まれる形になりやすい時。過去の因縁――過失、問題行動、背信行為(裏切り)、浮気や恋敵などで追われたり、または家族など大事な人をかばおうとする想いから自ら罪を被るような行動に出る人も。どういった経緯があって現状に結びついているのか情報を集め、誤解なく的確に対処することが求められます。ただ、もし相手の信頼を損なっている原因が自分自身にあると自覚しているならば、潔く心を改める必要があるでしょう。

辛庚
77

力に力で対抗するために憎しみや恨みを買いやすい時。恥をかかされたことで復讐心に駆られるか、攻撃される状況。実力差を埋めるために鍛錬したり、状況対処のために心身が疲労困憊しがちです。ケンカ沙汰、またはダメージ量を重視するような対戦試合(ゲーム)。仮に実力に自信があっても、無駄に敵を作らないためにも人前でみだりに力を誇示ないようにしましょう。一方で、陰陽虚実の理を学んで剛と柔のバランスを計れるようになるか、物理的な勝敗を超えた深い理解を得ることで、考え方や心が変わることもあります。

辛辛
78

見解の相違や状況的なすれ違いが起きるか、周囲の事情や相手の意向などお構いなしに自分の都合を優先する傾向。他の何ものにも配慮せず、ただ己の誇りと目的のために動くので不信を招きやすく、今まで築いた人気や地位・信用が失墜しがち。しかしそれすら厭わず実行に移す場合も。そして、これに捲き込まれた人は卑怯さや不可解さを感じては、やりきれない思いに苛まれます。傍若無人な勝手さ、自分を過度に売り込もうとする意思などのために、人々の気持ちを汲み取れなくなっているようです。

辛壬
79

実力はあっても性格が悪かったり、技に対する心が伴っていなかったり、高飛車になって我がままなことを言い出すようなところがあります。当然、周囲の人への配慮にも欠けがちで無理な要求を押しつけてしまうことも。相手を引きつけ、あるいは留まらせるにはそれなりの魅力が必要ですが、口先だけで体裁を取り繕ったり、誇大妄想に終わらないように日々の努力を伴わせなくてはなりません。また一方で、力あるものは同時に謙虚でなくてはならないことも覚えておきましょう。

辛癸
80

洞察力や冷静さが問われるような状況になることが多く、公私に亘ってその陰日向を察知する危機意識が求められます。悪事を企む他者の思惑や策略に嵌って騙されたり、うまい話に乗せられて損害を被りやすいので注意が必要です。他方、拾った落し物を悪用するような人間性を疑われてしまう考えに染まらないように自分を律して下さい。大抵、心に巣食う悪は気配もなく忍び寄ります。こういう時にこそ、明察と道徳心が必要だと心得ましょう。

 

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奇門遁甲:十干の組み合わせ(10×10)の私的解釈 戊己篇

2012-04-27 13:30:36 | 奇門遁甲

奇門遁甲の十干の組み合わせ――戊己篇です。

意味合いについては、「キーコードから導く、あなたへの語録集 β版~」を、

戊と己の大意については「奇門遁甲の十干の意味合いの考察」を併せて参考になさってください。

 

§ 戊

 

戊甲
41

自己過信の気が強く、どんな状況でも独力で切り抜けられると思い込みがち。しかし、身の程知らずで孤立無援の状態になると、その脆さが露呈します。権威的な人と衝突したり、障壁(問題)や批判、責任による重圧により、心身や技量の限界を超えるほど無理をする傾向。「出る杭は打たれる」的な頭打ちの状況。隠喩的な意味で「頭上注意」。行為が空回りして思うように理解されないことに不満や焦りを感じたら、融通性と誠意を示すことです。それで徐々に信頼を得ていけるはず。

戊乙
42

友人知人や家族、気の合う仲間、恋人といった周りの人々との連帯によって今の自分があり、そして為すべきことが為せることに改めて感謝する時。苦難はあっても、助け合って生きることで人との絆や信頼の大切さに改めて気がつき、尊ぶようになる体験。ウェブのような無数の情報源とのリンクを有効活用するのもいいし、サポーターとして水面下で活動しても喜ばれるでしょう。また、悠久と刹那――フレキシブルな時間の概念と、その中での良い意味での心理的葛藤を経験することも。

戊丙
43

新たな展開の幕開けに伴って人間関係が再構築されたり、周りの人達との関係で、より深く自分自身について考察し始める時。熱意の持てることに積極的に挑戦する中で進路を見出しましょう。目的意識が高ければ、次第に周りの理解と応援を得られる可能性が高いです。一方で、如何ともしがたい運命もあるのですが、それでも進行を阻害するような諸問題に対処する中で結束力が強まったり、楽しみを共有することで改めて意欲を湧き立たせることもできるはずです。

戊丁
44

力の衰退や絶対量の不足を感じる体験、あるいは能力を発揮できない行き詰り状態になって初めて、そこで大きな転換が促されます。必要は発明の母。画期的な技術や方法論を武器に、一般認識の度肝を抜くようなことをやってのける力を持ります。最終的には総力を結集する場合でも、適切な時と場が訪れるまでは、各自の持ち味を生かしながら不用意に干渉しない関わり方が選択されることが多い感じです。ベンチャー・ビジネスのような少数精鋭的な活動に向きます。

戊戊
45

条件による制限や指示された規範に従うことを要求されるために、本質的な選択(行動)の自由が損なわれる傾向。意に沿わない仕事の強制。問題の原因を見抜くことができないまま階層的な支配に従属したり、疑問に思わずに全体の情勢に流されてしまいやすい。「私はこうする!」という意思を明確に表現することができないことに戸惑い、動きたいように動けずに逡巡するという具合です。しかし一旦決心してしまえば、そこから解決策や展望が拓かれ、自発的に問題に立ち向かえるようになるでしょう。

戊己
46

何か重要な意義(将来の希望など)を秘めている人や物を保護しようとして、かえって甘やかしてしまう傾向。子供を育てるための経済的事情で共働きや残業を余儀なくされたり、他者を助けるために自らの財産を切り崩してしまうなど。心優しくしても行為が裏目に出て依存させるようになってはいけません。重要なことは、保護されている人がやがて機会を捉えて自分の役割を果たすようになることです。惰性的な場のフィーリングに流されてしまわないよう、自覚的に生きましょう。

戊庚
47

人を含む森羅万象は、それに呼応する磁力や引力(魅力)を持っています。人は、遺伝として受け継いだこと以外に、どのような環境や人達の中に入っていくか、そしてそこで何をするか、どのように行うかという後天的な生き方の選択によっても個別化が図られます。しかし、その際の判断を誤って悪い仲間に加われば惨めな思いをするはめになります。また、それとは知らずに悪事に利用される恐れもあるので、心を強く持ち、良識に基づいて判断しなければなりません。

戊辛
48

関わる人達や組織との付き合いが深まると、それにまつわる色々な問題点――粗が見えてくるものです。そんな時、正義感のある人ならば内部告発という形で是正を試みるかもしれません。ただし、個人的な憂鬱感や憤りが表面化して相手への辛口批判となった時は、ちょっと振り返って自分自身にも原因がなかったか考えてみる余裕も必要です。わざわざ亀裂を生み出し、生活に明るい話題が出づらい状況を自ら作り出さないためにも。真実をどう伝えるか、その手段に苦心する傾向。

戊壬
49

心を悩ませていた一連の出来事が一段落することで、経験に対してより大局的な視野で捉えられるようになります。本音で人や物事と向き合ってみて初めて、恐れの正体やそれを克服することについての理解を得られます。モヤモヤが晴れてスッキリした気持ちになったり、心の整理が付くという一種の悟り体験。呪縛からの解放。問題に対するアプローチ法に迷いがなくなり、解決への道筋が明確になるなど。信頼でつながれた人脈(ネットワーク)をフル活用するとよいでしょう。

戊癸
50

秘伝のような「隠されてこそ意味がある」と考えられているものがテーマになりやすく、それを巡って意見が対立しやすい時です。個人的に胸の内に収めておくべきものを含め、表面化しては困るものに対し、手順の不備や人為的操作などの影響も相まって結果的に公にされないケースが多いです。反面、不信感や展望のない状況に不満が生じ、人間関係のクーデターが起きることも。コミュニケーションの機能不全による活動の頓挫。子供の家出や反抗、組織脱退とその報復(奪回・反発行動)などが見られました。

 

§ 己


己甲
51

余計なプライドや自己過信(慢心や高望み)が邪魔をして、物事の自然な進展を阻害してしまう傾向。精神的な未成熟さが露呈しやすい時。また、恐怖・挫折感・劣等感・卑下・異性・仲間との確執などが障壁となって脱皮できない状況も。請け負った仕事の失態をごまかそうとして取り繕い、かえって酷い事態を招いてしまったり、必要となるものを勝手な判断で軽視したり失くしてしまうなど。言い訳やつまらないプライドのような利己的な心を捨てれば、殻を打ち破れるのではないかと思います。

己乙
52

内側と外側、自と他という異なる視点が焦点化されやすい時です。一方の側では自分のプライバシーやテリトリーを守ろうとし、他方では同じようにしている相手の懐へ潜ろうと試みる。この時、双方の同意の下に協力体制が築けると、互いに利点を享受し合える有意義な関係になります。才能と興味の一致でつながる異性関係。外面を補強・改造することで内面の安心感を得ようとする心理もあり、整形手術やリフォーム、インテリアの配置換え(模様替え)などに凝る人もいます。

己丙
53

慶事と忌事とが混在するような状況(ネガ・ポジのせめぎ合い)。ポジティブな方向に進んでいた所へ、憂慮すべき問題が顔をもたげるといった具合で、例えば結婚・妊娠と乳ガンが同時に来たようなもの。今はまだ面倒な事態には発展していなくても、その兆しのある時なので注意して下さい。誤解や誰かの策略によって思わぬ傷害を負わせられたり、揚げ足取りをされて社会的評価の低下を被る恐れがあります。その一方で、そもそも誤解を招いたり醜態を曝すような言動をしてないか自問することも必要そうです。

己丁
54

油断大敵。思わぬところに問題の因子が潜んでいます。幸せのために用意周到に積み上げてきたことでも、一瞬の気の緩みで台無しになってしまいかねません。目的を成就するその時まで集中を途切れさせないようにしましょう。時々、法の目を潜って私腹を肥やそうと誰かに罪を被せたり、ずる賢い手段で相手をやり込めようとする人がいますが、いずれ悪事の証拠が挙がって破綻することでしょう。現状認識の甘さと、常識的な思慮を失ったことによる判断ミスが危険を招く時です。

己戊
55

交際能力を発揮して仲間を作ったり、経験の幅を広めようとする心理。様々な方面からの協力者、多くの支援者の存在が鍵となる時。状況に対処するために結束するしかないという状況か、人徳のなせる業とでも言うべき展開で危機を回避したり、事態の改善(問題の解決)に至る場合が多いです。特に、技術者などその道のプロや必要な情報・権限を持つ人間とのコネクションがあると助けになります。そうした人脈を有意義に生かしつつ、恩恵への感謝も忘れないようにしましょう。

己己
56

大切な人や物を失ったり、責務を果たせなかった精神的ショックなどで気力が著しく低下し、軟弱化したり病気になる傾向。また磁力的作用として、不意の怪我やトラブルで他の人に仕事の代行を頼まざるを得なくなったり、本人が生気を失っているのを見て周囲の人間がなんとかしようと奔走することも。悲嘆に暮れてばかり、あるいは諦めきって意気消沈していては救いはありません。自堕落に陥ったり現実逃避するよりは、少しでも希望を見出せることをしたほうが気分が良くなります。エゴの衝突に注意。

己庚
57

身近な環境とは全く異質な地域から来た人や、刺激的な魅力を持った相手(何か)に惹かれる傾向。そのこと自体は構わないのですが、他の面で蔑ろにされるものがないかに配慮する必要があります。仮に当事者は良くても、その親や家族、知り合いに心配を掛けることもあります。確かな理由があるのならともかく、歪んだ欲求から行動した場合、それが苛立ちや憎しみを生み出すことも。目先の楽しみや周りを顧みない態度が、結局は自分だけでなく皆にも迷惑をかけてしまうことに早く気がつかなくてはなりません。

己辛
58

なぜこうなったのか一向に理解できないような、複雑で混乱した状況に置かれる可能性のある時。納得できないことや問題の原因を責任転嫁する(される)かもしれません。でも、自分の至らない所を直視せず、一方的に相手に罪を擦り付けるのは恥ずかしいこと。反省すべき点があれば潔く改めましょう。ただ、それにも関わらず不可解な現象や忌わしい出来事に煩わされるとしたら、そこで何かを学び取れとのサインです。その場合、いったん受け止めた上で対処していくことになるでしょう。

己壬
59

基本的に自分の視点からしか物事を見ないために、世間的に常識とされるやり方に馴染めず、自己流――利己的とも言える流儀を通す傾向のある時。人との付き合いにもその態度は貫かれ、融通性に欠け気味。現実的な価値よりも精神論にこだわりやすく、意に沿わないことには感情的な反応をしがちです。頭では愚かなことだと分かっていながら判断を誤るようなバランスの悪さがあります。年齢的・身体的・境遇的に弱い立場の者を虐待せず、優しく接してあげることが大切です。

己癸
60

進取性が伝統などの保守性と衝突して雲散霧消するか、徹底した抵抗に遭う経験をしやすい時。完膚無きまでに打ちのめされて自信を失ったり、意欲が減退する傾向。こだわって取り組んできたことが一つのミスをきっかけに台無しになったり、予定をキャンセルされて無駄骨に終わったり、機械を故障させてしまうなど。特に、自分で「これをしたら“水の泡”だ」と思うことを敢行して唖然としてしまう一面もあるので、全てがご破算になって後悔する前に手を止めて考え直しましょう。もしダメになってしまったら、気持ちを切り替えて出直しです。

 

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奇門遁甲:十干の組み合わせ(10×10)の私的解釈 丙丁篇

2012-04-25 16:36:01 | 奇門遁甲

甲乙篇に引き続き、丙丁篇もUPしておきます。

続きはまた後日。

意味合いについては、「キーコードから導く、あなたへの語録集 β版~」を、

丙と丁の大意については「奇門遁甲の十干の意味合いの考察」を併せて参考になさってください。

 

§ 丙

 

丙甲
21

何か絶好のチャンスを得やすい時ですが、条件か制限付きです。邪魔が入ったり関心が他へ移る前に素早く手を打ちましょう。仕留めれば大利、仕損じれば「ああ、もったいないことをした」と後悔するかもしれません。すべては適切なタイミングで起こりますが、機会を得た時に面倒くさがったり恐れたりして、みすみす逃してしまうことが往々にしてあります。今は有用な情報を一気に得られる可能性の高い時です。自分の気持ちに素直になることが大事です。

丙乙
22

全体としての大義や表面的な動機からではなく、それぞれに置き換えの利かない個人的な理由に従って行動の意義を決める傾向のある時。社会的価値だけでなく、内面的にも充足感が得られるものであることが大切です。公共に関することであれプライベートに関することであれ、そうした動向に気を配りましょう。そして、今ある豊かさに感謝しつつ周りの人々との協調関係を楽しむことです。それが更なる高揚感や幸福感をもたらしてくれるでしょう。

丙丙
23

熱意はあっても、「急いては事を仕損じる」の状態です。逸る気持ちは闘牛のようです。慢心したり、成果主義に走って強引に目標達成に向かう傾向。虚栄や押しつけがましさを戒め、着実さを学ぶ必要があります。ストレス・怒り・鬱憤・焦り・思い込みが溜まっていると、たった一言受けた批判や利己的な理由が引き金となり、激情に駆られて短気を起こしてしまいかねません。感情が爆発しそうになったら、何度か深呼吸して冷静になることです。驕りや過ちを自覚したら頭を冷やして改めましょう。

丙丁
24

各々が価値を信じるものに対して効率的な手段で近付くことができる暗示です。自己表現が巧みになり、実力も抜きん出ている場合が多いですが、そのために周りの助けを受け付けず何でも一人でやろうとしてしまう傾向もあります。やがて必要になる助けも拒んでしまわないよう、常に感謝の気持ちを忘れないようにしましょう。また、急激なレベルアップに疑いの目を持つ人もいるため、きちんと説明したり、明確に実力を証明する必要が出てくることもあります。

丙戊
25

自分自身の能力――知恵や立ち回りの巧さなどを生かすことで、実力をフルに発揮して勝利を引きつける(金銭や契約などの利益を獲得したり、目的を達成していく)傾向。対人関係でのやりとり、取引(交渉事)に気運があります。しかし、別の面からみるとゼロサム・ゲームとして相手から搾取する形になったり、都合の悪い人々を追い出すことにもなるため、利害で揉めたり、強引な手腕によって印象の悪さを相手に与えないように注意したいところです。双方が勝利と満足を得る「Win-Win」を目指して行動しましょう。

丙己
26

真の目的を隠すために見せかけの行動を取るか、その言動の違和感から自然と本人の秘密(素性)が明らかにされる傾向。秘密が分かった時点で化けの皮が剥がれ、そこから本当の意味での素の人間関係が始まります。最初は精神的に落ち込むかもしれませんが、否定的に捉えず、素の自分を知った上で親しく付き合ってくれる人達との関係を大事にして下さい。素晴らしい仲間になるでしょう。しかし、もし言動の不一致――仲間にさえ嘘をついて騙す、信念の押しつけ、無責任さの露呈、金銭の貸し借りの裏切り、連絡や契約事の不履行といったことをすれば、せっかくの信用を失ってしまいます。

丙庚
27

老齢の人や分からず屋の相手をやり込める(説得・納得させる)ために力を注ぐ状況。理解してもらえるように具体的な説明書を作ったり、口頭で念押しするなど。それでも意が通じないこともあってイライラしがちですが、急かさないようにしましょう。手段を選ばない目的追求、パワハラや悪徳商法などの卑劣な手口に注意。セキュリティーを強化して安全確保を。何より自ら悪に染まらないように。強い相手に対抗するために、それまでいがみ合っていた者達が手を結ぶことで困難を打破していく、という例も。

丙辛
28

目前の課題に忍耐強く取り組むことで物事の達成率が高まります。地道に辛抱強く続けてきたことに光が当たる時。セルフコントロールの重要性。そして、精神的に密接に結びついた相手との縁。もし仮初の親子関係でも「生みの親より育ての親」で固い絆を築けるのと同じように、どうしても踏み込めない一線(領域)があっても、何らかのコネクションや有効なアプローチ法があるはず。見方を変え、方法を変え、心を入れ替えて相手や状況に向き合ってみることです。

丙壬
29

非現実的な内容でなく、焦点を絞った事柄に対して価値を追求するようにしましょう。先入観や形式にとらわれず真摯に取り組めば、一時的な評価であれ断片的な情報であれ、求めるものを得られるでしょう。思わぬ掘り出し物が見つかることがありますが、目先の利益にとらわれ過ぎないように。社会や世界の隠れた側面を見て「井の中の蛙、大海を知らず」と思ったり、関わる相手の意外な一面を知って驚くかもしれませんが、表面的なことだけでなく、その本質に対してよりよく洞察する必要があります。

丙癸
30

大きな範囲では人の歴史、小さな範囲では個人の軌跡(記憶や記録)にまつわる因縁の出来事を暗示。時に、ある種の人災的状況。願望実現に暗雲が垂れ込めて前途多難となったり、苦心して助けた命が運命に玩ばれるように失われて虚無感を覚えたり・・・。自分の気持ちの萎縮、内部の人間による告発や悪事、復讐(仕返し)などによって体裁を失い、今までの苦労も水の泡となりがち。他、バックナンバーを読んだり、誰かの思想の源を探るなどに関係します。

 

§ 丁

 

丁甲
31

とある事情から生き方や考え方を転換することになるような運命的な出来事が起こりやすいとき(日常的な範囲では使用しているものの機種変更、買い替え、人事異動、転向、移転など)。“見る(撮影する)”ことから思いがけない事実を発見したり、技を習い覚える。独創的なアイデア(解決法)や企画・技術・新商品を思いつくか、それらを斬新な方法で発表するのに良い時です。実力アップに直結するような画期的と思える方法論があれば、決心して実行しましょう。

丁乙
32

縦と横の人的つながりを交差させる形。本人の実力と人柄に応じたポジション、あるいは役割を与えられる時です。少しくらい変わったやり方であっても、好機を適切につかめさえすれば立場は保証されるでしょう。ただし、何度も同じ手が通用するわけではないので、よく人心を慮ることが大切です。これまで自分の果たしてきた仕事の成果や、今後の取り組みへの意欲を、押しつけがましくないような(親しみを感じてもらえるような)表現で伝えてみましょう。

丁丙
33

有限の資源に依存した社会のように、やがて終焉を迎える要因を抱えている状態。最高潮から急降下する運命。オーバーヒート。調子に乗って分限を超えてまで手を伸ばそうとすれば手痛いしっぺ返しを食らいます。良かれと思ってした行動が裏目に出たり、予想外の事態の悪化に動揺するなど。足るを知ることと同時に、代替案を早めに用意する必要があります。また、自分を認めてもらうことで頭を一杯にするより、どんなことで貢献できるのか、何をすれば喜んでもらえるのかを考えると良いでしょう。

丁丁
34

自分の特質や個性を活かしたいと望み、決心したら迷わず己を信じて進む性質。最も生き生きとできることに傾注する時、そこに共時的な出会いが生まれます。空間事象との明確な縁がある時(距離・数量・天候・大地・生活環境・遠方との接点・ネットでの結びつき・公共の電力や電波(無線)・シンクロニシティなど)。抜け道を通って目的地へ向かったり、共通項や目印を見つける。しがらみから離れるため、夢を追うために引っ越す。土地改良。現状打破の思いが強く、試行錯誤にめげない強さをもっています。

丁戊
35

気の合う仲間や友人と共に、互いの個性や才能を認め合って活動するのに適しています。同じ山の別の稜線を登る人達のように、各自こだわりのあるスタイルを通す傾向がありますが、それぞれに理解があれば無事にまとまります。ただし、相手のやり方に付き合いすぎると振り回されて疲れるので、ここは方向性が同じならばよしとして、互いの短所は辛抱し、長所を上手に合わせていくことを考えましょう。音楽のハーモニーのように。縁や環境が変わることで事態が好転することもあります。

丁己
36

私情に駆られて、あるいは利己的な理由から相手(異性や仕事上の仲間)との間で意見や方針の食い違いが生じる傾向。互いの短所にこだわり、長所を見れなくなって破綻しやすい時です。軽率な言動・甘い判断が自業自得となって困った状況を招きがち。個人的な因縁に縛られた上に、それに他人を巻き込んでしまったことを苦悩するなどです。その人にしか通じない「何か」が状況の核心部にあり、それがここでの現象の原因になっています。

丁庚
37

人生上での行き詰まりやバランスの悪さ(不運など)に我慢ができなくなり、なりふり構わない(見方次第では勇気のある)行動によって対処しようとする傾向。対人関係では互いのプライバシーに関わって秘密を知ってしまうことになりやすく、その場合、それらを了解した上で協力していけるかが問われます。内面の荒くれた衝動が有効な表現形態として昇華されることが重要です。尊敬する人達や懸命に頑張る人の姿に触発されて、自らの生きる意志を強くする体験。

丁辛
38

相手との大きな力の差を感じたり、どうにも歯が立たない絶望的な状況にぶつかって苦労する暗示。手に余ることだと頭では分かっていても強迫的に立ち向かっていく場合があり、他にネガティブな要因が加わると深手を負うことも。意図しない所で発生した他動的な災い(横槍)にも注意。自己管理を徹底し、自覚している脆弱な箇所を修正・改善しておきましょう。

丁壬
39

“期待の新星”のような一目置かれた人材として、周囲(先達など)から夢や希望を託される傾向。時に通過儀礼としての新旧対決で勝利するか、善戦して実力を示すことを要求されます。事の良し悪しを問わず衆目を浴びやすい時ですが、先取りし過ぎて他人に理解されない面もあり、肝心な部分は独力でやり遂げることが多いでしょう。しばしば先行するイメージに悩みます。天賦の才能とバイタリティ、そこに仲間の支援と絶妙なタイミングが合わさることで前途が拓かれていきます

丁癸
40

陰と陽、光と闇のように互いに相反する性質が交錯する瞬間。互いに後に引けない思いの中での衝突。時にライバルで、時に親友で、時に傷つけ合った「宿命の二人」という典型的な構図を作りやすい。一方で、そうした関係の外側で都合よく利用された人は、自分の愚かさや情けなさに意気消沈してしまいやすい。モチベーションが下がると戦略や知謀は役に立たなくなり、状況に対処しようとする個人的な行動が逆効果になることも。無理せず身を引くか、プロの助言をもらうか考えどころ。

 

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奇門遁甲:十干の組み合わせ(10×10)の私的解釈 甲乙篇

2012-04-25 16:03:03 | 奇門遁甲

☆奇門遁甲:十干の組み合わせ(10×10)の私的解釈

 

これから五行ごとに、5回に分けてUPしていこうと思います。

ただ、まだ後半の辛以降はデータ整理できていないので、書け次第ということで。

なるべく一つ一つの分量は同じくらいにしようと努めてますが、かといって何文字と決めているわけでもなく適当です。

意味合いについては、「キーコードから導く、あなたへの語録集 β版~」を、

甲と乙の大意については「奇門遁甲の十干の意味合いの考察」を併せて参考になさってください。

 

§ 甲

 

甲甲
01

自分自身の一生懸命さと、関わる人との間に生まれる相互理解によって運命(道)を拓きます。立ち塞がる様々な障害や差(体格差・年齢差など)をものともせずに、奮闘努力によって立ち向う気概の持ち主です。自分の目指すものを具体的にイメージして、それに向けて前進しましょう。また、実力伯仲のライバル、または親友同士が互いに切磋琢磨しながら、お互いに刺激し合って成長を遂げてゆく関係になりやすい時です。善し悪しに関わらず、どんな関係であれ、相手(対象)のことをしっかり考える人です。

甲乙
02

剛が柔を引っ張り、柔が剛をサポートする関係。真の愛のテスト。バックアップしたりされたり、またその努力が認められやすいですが、同時に、上下または並列(仲間・身内)関係の中での迎合や葛藤も起りやすい。仕事(義務)を優先するか、仲間と共通の目的に臨むか、そこに自分も加わるか。それぞれの立場での摩擦にどう対処するかは考えどころ。今、何をするべきかというテーマが自然と与えられるような印象。安易に楽観していると後で焦ることも。

甲丙
03

幾らか人騒がせな出方をすることもありますが、時流に逆らわずに上手く才能・主張をアピールすることで、次第に目に見える評価が得られてきます。不可解だった問題や謎も、状況が進展するごとに徐々に解明されていく傾向があります。自助努力+支援者=大成の構図。相手の事情や心情に配慮し、恩寵や許しを与えることで最善の解決へと動き出す。同時に自分自身に対しても“許可”を出すことが、事を円滑化させるために必要であることを示しています。

甲丁
04

面接や交渉、仕事の依頼などにおいて「飛び級」的に効率よく物事を進められる傾向。イレギュラーなやり方で意向(要求や願い)を通すこともあります。余計な条件や手順を経ずに、最短距離のプロセスを経ることでスピーディに物事を達成したり、やろうと考えたことをテキパキと実行に移せる時です。ただし、急進することで周囲(関係する相手)に無礼とか怪しいなどと映らないようにマナーも大事にしましょう。

甲戊
05

立場や見解の相違などで一人だけ場違いな感情を覚えて孤立化する傾向があります。一線を越えてもいい相手かどうかを見極めながら、人と付き合うようなところがあります。自分自身の魅力や社交性を再構築する必要性。世間知らずを恥じ、偉ぶった態度や過度な秘密主義、頑固さを改めることで周囲と次第に打ち解けられるでしょう。もし周りと反りが合わず頼れる人が側にいない時は、「甘えや依存を断って自力で道を切り開け」とのメッセージかもしれません。

甲己
06

相手を自分の鏡として、他者の内に自らを見、自らの内に他者を見る実践。関わる人達に同質のものを感じる傾向があり、そこから気づきや学びが得られます。自分自身に正直になり、同時に相手を信頼することで自然と魅力(磁力)が生まれ、良きパートナーシップが結ばれていきます。仲間もしくは一緒に活動する者としての精神的な基盤がテーマになるので、人としてつながり合う際に最も大事なものとは何かを考えると良いでしょう。

甲庚
07

生命力や人生の土台を切り崩そうとする力の出現を意味します。自分または家族・友達の危機に遭遇する率が高く、それらの問題に対処するために心を砕く傾向。指揮系統が崩壊して組織的に動けないことで弱体化したり、親類間での軋轢が生じるなど。苦境に立たされた時でも「どうせダメだ」と投げやりにならず、今できる最善を尽くしましょう。仮にリーダーがいなくても、個々の能力や特徴(長所や短所)を理解し補い合うことでピンチを乗り切れることもあります。

甲辛
08

周囲の動向が気になってしまい、本来の自分自身の役割や集中すべきことから意識が逸れやすい時です。現状認識が甘いとか自覚が足りないとの理由で叱られたり、単純に立場の弱さから他者の都合に利用されて被害者意識が出るかもしれません。この状況での軽率もしくは安直な行動は、視野を狭めて身を崩す原因になるので注意しましょう。きちんとした情報を得て、何に基づいて判断すればいいのか、真実を見定める必要があるでしょう。

甲壬
09

度重なる不幸や失敗で目的や望みを断たれてしまったり、世間知らずだったり、うまく説明できない現象に遭遇するといったことで、行動原理に不可解な面が生じやすくなる時です。制御不能の内に暗礁に乗り上げたり、悲しみの内に流浪に明け暮れる傾向があります。信頼できる人に言動をチェックしてもらって修正するといいでしょう(要メンテナンス)。それと、もし通常の対処法で逆効果になるようなら発想を変えてみましょう。強硬路線でなく融和路線にするなど。

甲癸
10

自分の奥深くにある内面の動機を理解できると、どういう生き方が自分にしっくり来るのか明らかになり、それと共に生活も展開されてゆきます。精神的・心理的な解放が鍵となる時。物事の本源的な部分(核となる信念)から定義付けを見直すことで物心両面に対する見方が変わり、その反映として現実も新たな定義に沿ったものに変容し、必要な支援も得られるようになります。この他、保管・記録されていた価値あるものを再び日の目に出すことにも関係します。

 

§ 乙

 

乙甲
11

愛情や敬慕などの欲求・感情が相手との関係の中で適切に昇華されることが鍵となる時。意中の人や出来事の要となる人に対して決心を伝える(告白や責任を追うことの宣言)。慶祝な瞬間が訪れることがありますが、その前に往々にして気持ちを整理したり、確認するための紆余曲折が見られます。相手から証明を求められることも。師弟関係の軋轢や三角関係による恋事情が解決に向かう。周りの支えあっての自分であることを忘れず、謙虚でいましょう。

乙乙
12

状況に呑み込まれやすく、主張や技術を伝えようするも上手く行きづらい。自分のしている行為(献身や親切など)が無価値に思えて精神的に沈んでしまいがち。その上、された側がプレッシャーを感じることも。仔細にこだわったり無理強いするのは避けましょう。相手に負荷をかけ過ぎず、こちらも適度に心身の回復を図ることです。緩やかに行いつつ時を待てば、目的や意志を遂げられるような機会も出てきますから、臆病になったり自信を失う必要はありません。

乙丙
13

本人にとって重要な仕事や特別な使命感にかき立てられ、ある程度、周囲の意を置き去りにしてでも責務を全うしようとする意志が出てくる時です。高い目的意識に支えられてハイレベルな結果を残すこともできますが、その一方で邁進が仇となって、身近な人や恋人などに心配をかけたり、行動の理由を理解されずに不満をこぼされることもあります。しかし、それにもかかわらず自らが必要だと判断した事柄には熱意をもって取り組むでしょう。

乙丁
14

独創的な企画やアイデアを世間に発表する機会を得やすい時です。停滞化した状況に目の覚めるような斬新な考えを送り込めますが、少数派ゆえの苦労も経験するでしょう。社会や物事の真相を知ったり、それぞれの事象の共通項に気がついたり、夢や潜在意識からの情報(インスピレーション)を得るなどして、進路に対する展望が開けてくると思いますが、それらをどう活用するかは本人次第です。誰のための行動であれ、何か将来につながることを目指しましょう。

乙戊
15

友達や仲間との良好な関係を築きたい意志の表れを示します。留学や旅行、冒険や探索、子供を交えたレジャーでも和気藹々とした雰囲気を楽しめるでしょう。ただし「郷に入らば郷に従え」、皆の役立ちたいという願うならば、まず信頼を生みだすために実力や誠意を示すことが大切です。それから、もし眠れる可能性(潜在能力)があると気がついたら、皆に協力を仰いで引き出すことを手伝ってもらいましょう。周りの気持ちに全力で応えることで開花するはず。

乙己
16

単なる義務感や執着心に翻弄されずに、状況に応じて柔軟に対処できる精神力が求められます。自分自身の癖や特性、本質的な意志(目的)を理解した上で臨機応変に動ける身軽さが必要です。埒が明かないとか堂々巡りをしていると感じたら、まずは事態を冷静に見定めましょう。そこから思わぬ支援者や行動の補正項が出てきて、いい流れが作られることがあります。いわゆる地力とか底力と呼ばれるものを押し上げることができるかどうかが鍵だと思います。

乙庚
17

相手の意向を蔑ろにして何かと反感を与えがちな時です。協調とか共生がテーマの時なのに、互いに主張を譲らないことが原因で言い争いなどを引き起こしがちです。気分的に嫌かもしれませんが、自分に非がある場合は素直に謝りましょう。また、相手が悪いと思っていても、そのことで強く責めたりせずに、問題(見解の相違など)をどうすれば解決できるかを考え、和解できるような案を出してみると良いと思います。受容性を発揮し、反応の仕方を変えれば状況も変わります。

乙辛
18

突発的な出来事の「とばっちり」を受けるような形で問題に巻き込まれたり、家族の不始末(借金など)の後処理、負傷者や病人、育児放棄された孤児や動植物(ペット)の保護活動に奔走する傾向。対立する両陣の間で板挟みになったり、自らに訪れた過酷な運命と向き合う。恨みのある相手と激しく衝突したり、話や意見をネガティブに解釈されて周りから厳しく当たられるなど。築いてきた立場や面目が崩れがちですが、四の五の言っていられない状況になることが多いです。気を引き締めて。

乙壬
19

理想の自分を夢見ているような、あるいは何かを探しているような過渡期的な状態。ふとした憧れや使命感のために現在の立場や財産、時間を投げ出して行動に出る傾向がありますが、中途半端な実力では手に余ってしまいます。できれば実際的な資格や好条件を得ることが望ましいでしょう。自己過信や高望みは禁物です。見聞を広めて世界を知る中で、理想と現実の溝を埋めるべく目標に向かって一歩ずつ自分を鍛えていきましょう。優れた(恵まれた)人物には思いがけない招待が与えられることも。

乙癸
20

遺伝的な繫がりのある関係――特に親子や双生児の間での葛藤・憤り・不審・連携・委託などが現れる傾向。アイデンティティの在り処(故郷)を探すため、記憶とその発現の仕組みを上手く利用する時。また、世の無常性を実感することで厭世的になり、宗教や精神世界、隠遁的な生活に心が向かうことも。自省には良いですが、前向きに生きる気力が乏しかったり病気で寝込んでいる時は、無駄に考え込まず、ただ元気になることだけに専心しましょう。まずはニュートラル(ゼロ)状態に戻すべく、心身の調整を。

 

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奇門遁甲の十干の意味合いの考察

2012-04-21 20:31:00 | 奇門遁甲

まずは、大枠的な理解を育むところからと思い、十干剋応の一つ一つの解釈を書く前に、まずは十干の基本的な意味合いを考えてみました。

 

奇門遁甲における十干剋応の構造というのは、干そのものの意味合いだけでなく、状態変化としての段階的な傾向を併せ持っています。

これはエントロピーの増大のように、甲が状態変化すると乙に、乙が状態変化すると丙に・・・という風に徐々に変わっていくもので、理論的には甲から癸に下るにつれて状態が悪化していきます。それはあたかも、精神が消耗、疲弊していく様にも似ています。つまり甲が最も健全かつ理想的な状態で、壬や癸になる頃には現実の状況や心が崩壊寸前の状態になっていくことを示しています。それゆえに、十干剋応では後半の干の吉位が少なくなっている、と考えることができるのです。

とはいえ、この段階的な状態変化だけが意味の基調にあるわけではなく、そこには十干全体として相互補完する円環構造も備えています。それは、ちょうど0~9の各数字が等しい価値を持つのと同じように、干のランク(優劣)を云々するようなことはありません。個々の特性が尊重され、互いの関係性によって成り立つという全円的作用です。

そして、この両方の構造が立体的に組み合わさった「螺旋」的な働きこそが、十干剋応の関係性だと僕は考えています。つまり、それぞれの干の意味が相補性を保ちながら、同時に段階的な状態を示している、というもの。具体的には、天盤(上盤)が段階的な性質を示し、地盤(下盤)が相補性を示しているように思えます。

あらゆる現象は、各個人の内面、すなわち意識・感情・思考などと呼ばれるものに端を発し、その色合いの違いによって現象のユニークさや独自性がもたらされていると考えられますが、そこでのポジティブさとネガティブさの程度が天盤に反映され、同時に個々の積み上げてきた経験に基づく関係性が合わさって固有の状況を作り出していくのだと考えています。

また、螺旋構造ということを考えると、DNA螺旋のように本人を構成する諸要因として別の深い意味合いもあるのかもしれません。そうしたことを踏まえて考えてみるのも面白そうですね。


※「キーコードから導く、あなたへの語録集」では数字で表記していますが、それぞれは十干の配合に対応しています。
奇門遁甲盤では天盤とか上盤と呼ばれる部分で、盤面上は外から内(外部的な影響)を示しますが、その実は、個々人の内面の反映です。しかし、難しい理屈はともかく、単純にはその時々の大まかなテーマとして考えても構わないと思います。


☆ 1(甲甲)~10(甲癸)まで ☆


本人の核心的な要素、いわば原点となるような最も理想的な状態を目指し、潜在する意志・意思を解放して外部社会に顕現させたいと望む段階。自尊心と向上意欲が高く、自己啓発に心が向かう傾向があります。自助努力によって自分自身を救済する道、または自分に自信を持って創造性を発揮する道です。

心の奥底から湧き上がる直観や可能性に目覚めることで、限界と固定観念で閉じられた殻を打ち破っていければ、心が解き放たれて自己実現につながります。それはつまり自分に自信が持てるようになるのと同義です。しかし、本質的に自分は何を求めているのかを理解する必要があります。簡潔に言えば、いつも素直な自分をクリエイトするために、それを阻む心の壁(甲羅)に光を当てて取り払おうね、ということです。

一般に、本人が尊敬する人・気品のある人・人徳に溢れた人・地位の高い人を象徴するとされますが、単に上司や先生的な人・目上の大人との縁と考えてもいい気がします。そして、そうした人からの刺激――時に引き立てや恩恵にあやかったりもしますが、生意気な奴と思われないように自意識過剰には気をつけましょう。また、先述したように自分自身の人間性の向上に励む時と解してもどちらでもいいと思います。甲には光を当てることで対象となるもの(自分も含めて)を輝かせたり、暗部を照らし出して気が付くべきことを悟らせる働きがあると僕は見ています。

甲については別のところ(「奇門遁甲と意識と次元」)にも色々と書いたので、それらも参考にしていただけると幸いです。


☆ 11(乙甲)~20(乙癸)まで ☆


内面的な恐れに対して自我が防衛機能を発揮し始め、心理的に安心できる状況を作ろうとする欲求が生まれる段階です。甲としての「自分自身から湧き上がる自信と創造性」が適当な場面で生かされなくなると、修正やサポートしてくれるような信頼できる関係や環境を求めるようになります。自分自身の安寧または家族や仲間内での聖域、及びテリトリーの確保。リラックスできる環境を維持するために調和的な雰囲気を求めますが、そのために排他性が芽生え、受け入れられないことに対しては拒絶する一面もあります。

手を携えるような横のつながりと言えばいいのか、市井の人間としての結束意識が強いので、人々との共感や心の交流などの相手を絡めた経験で自己認識を深める道とも表現できそうです。相手を必要とし、また必要とされる共依存の関係。守るものがあると俄然、強くなれます。精神的な受容力が発達する時なので、奉仕や献身のような他者を思いやって理解する能力を活かすと良いでしょう。

その一方で、自分(達)の感覚に依拠する性質もあり、ちょっと捻くれた面を持っていますから、あまり他人と比較して卑屈になるようなことは避けましょう。自分は自分、相手は相手として個性を尊重し、各自に与えられた役目を果たしていけばいいと考えれば、少しは気が楽になると思います。自分にも他者にも無理強いは禁物です。また、個人的な精神安定のために何かできることを見つけてもいいと思います。

ところで、認められずに精神的に沈んでいる時は、傍に寄り添って相談に乗ってくれたり痛みを和らげてくれる人がいると心強く感じるものですが、その役割を自分自身が担うことも時折やってきます。でも、心を通じ合わせるとか理解を示すというのは、自分にも相手と同じか類似した経験がないとなかなか分からないもの。だから、日々の営みの中で得られる体験の大小に関わらず、ただ記憶に頼るよりも、印象的なことは記録としても残して見たことや感じたことを整理しておくと、より滋味を増すようになるし、感情的にも思考的にもスッキリして、後で記憶の引き出しから取り出す時もスムーズになります。


☆ 21(丙甲)~30(丙癸) ☆


表面性または社会的な体裁(ペルソナ)というのが基本スタンスで、一般的に高く評価されているものを求めたり顕示することで自分を認知してもらえるようにする段階です。乙における「内面の精神的安定(受容性)」を心の豊かさそのものに求めるのではなく、何か外的なものによって満たそうとします。例えば、外見・性格・職業や地位・言動・生活スタイル・衣食住・貧富(収入)・魅力的なものを持っているか等で判断し、また自分自身も判断されるという傾向が出てきます。華やかな面が強調される反面、個々の内面性が軽視されがちになることには注意が必要です。また、見栄を張っても空しいだけですから、そういうことはやめましょう。

もちろん、その人の置かれている状況によって内容の程度は異なりますが、利害関係だとか“持つ者と持たざる者”の差異に敏感になり、それに対して誇りだとか羞恥という感情が現れやすくなると言えると思います。社会に関わっている自分の姿を強く意識することで周りの人々や環境に対してウケの良いことをする一方、その見返りとしての称賛や理解、または直接的な報酬(金銭、権益、名声など)を得たいという秘めた意図を持つこともあるかもしれません。

しかしそれを否定的に捉える必要はありません。というのは、これは自らの技量に加えて時代の流れや相手の需要に応えるという優れた能力の発揮を意味するので、善良さと素直さに従って適切に活用すべく努めていさえすればよいからです。そして、そうした自己表現をすることで周囲に貢献できるだけでなく、余計な画策などせずとも自然と高い評判がもたらされてくることになります。

ところで、ある種の系列だった通俗的な価値観というものは、それがあまりに社会に浸透すると反動として異分子が芽吹いてくるものです。皆が熱中しているものに同意できず、「自分はこっちのほうがいい(こう考える)」と思う人が出てくる。つまり、平面から立体になるような新しい視点の導入とか価値の転換が起きて、別の基礎概念が作られていくわけです。この性質が次の丁の段階となります。


☆ 31(丁甲)~40(丁癸) ☆


先の丙では「一般的に価値があるものを求める」というメジャー性を示していましたが、陰陽反転した丁ではマイナー性(マイノリティ、インディーズ)を示していると考えられます。普遍化によって飽和してしまい、もはや特別な価値を見出せなくなった対象を求めるのではなく、もっと個人的な興味関心に合った価値基準を構築していく段階です。対外的に真っ当で普通(常識)とされる事柄に傾注することで自分自身も満たされる気持ちになれた丙とは異なり、丁では変則的とも言えるような独自路線を貫くことで、新たな価値の創出や発見を求め始めるのです。

ありきたりなアプローチではないため世間的には異端になりやすいのですが、それゆえにバイパスを通るように即効性を発揮したり、型にはまらない面白さが刺激となってマンネリ化した状況に変化をもたらすことができます。それは丙のような現実的なパワーによる働きかけというよりも、精神的・知的な表現形態を取りやすいのが特徴です。常識的に誰もができるようなことではつまらない、もっと個性的で、自分にしかできない特技や才能を活かすことで認めてもらいたいと望むわけです。

ただし、いわゆる普通……社会的正常値から逸脱する傾向があるので、昔から知情意とか心技体と呼ばれるものの整合性が崩れがちになります。これらのアンバランスさを適切に調整することができれば、ちょうど複雑な回路が整理されてプロセス(論理・物事の道筋)が明確になるように、目標や方針がハッキリしたり、状況に対して臨機応変になれたり、問題解決の糸口を思いつくことができたりします。

しかし逆に、この不均衡さに翻弄されてしまうと、イレギュラーさへの批判を受ける、理解を得られない、不信を被るといった影響で、自らも周囲への不信を抱くようになります。こうして対人関係に歪みや軋みが生じてくることになり、次の戊の段階が始まるのです。


◎インターバル: 甲尊・三奇から六儀へ


心理面もしくは状況の段階的な序列では、まず甲を本分に至るための扉を開ける鍵とみなします。そしてその鍵を使って本人にとって最高に価値あることを思うままに次々としていくことが理想です。しかし、そうは言っても常に理想的な形で自分を表現できるわけでもなく、次第に基礎が揺らいできます。

こうして次の乙という自分の分身――他者が意識されるようになり、互いの引き合いの中である意味妥協的に心の安寧を求めるようになります。同様にして、乙から丙、丙から丁・・・という風に下るにつれ、何かと考慮されるべき事柄が増えていき、いらぬ心配や面倒事に悩まされる経験をしなくてはならなくなります。

個々の特性が多くの領域で使われるようになると、社会は実に多様な価値観を持った人達の集まりとなります。そして六儀の初めである戊の段階から、世界は幾つにも枝分かれするように異なる言語や文化を形成していきます。こうして六儀すべてが別々の特徴ある世界観を備えることになり、同時にそれぞれの抱く観念に固着して他干のそれとは相容れなくなっていくのです。

つまり、この段階的過程は順次、大元である源泉(自分自身・大いなる一)から離れてゆくことなので、三奇辺りの内はまだしも、戊に入っていく頃には次第に心の闇や恐れといったネガティブさが比較的多くの割合を占めるようになってきます。これが後半の干の十干剋応に凶象が多い理由であり、それゆえに吉象の多い甲尊や三奇が貴ばれてきたのだと思います。(流派によっては甲を六儀で代用するので、主に三奇が重んじられた。)

とはいえ、六儀の干の剋応にも吉象は点在します。それには単に階層的な仕組みだけでなく、先にも書いたような相互関係も構造として備えているからです。単にランク付けされているだけならば、特に庚以下などは凶意の巣窟でしかなくなってしまいますが、実際にはそうなっていません。これは苦難を一つ抜ける時のような救いであり希望であると言えるかもしれません。


☆ 41(戊甲)~50(戊癸) ☆


インターバルで書いたように、この戊の段階からそれまで大枠的に一つのまとまりを保っていた状態から分化して、個別の価値観とか考え方をもった人達の集まりがあちこちで形成されてきます。日常生活の範囲では幾つかの小さなグループができ始める、というようなことです。例えば趣味の会とか、各年代層のグループ、ある意見に賛成の人々と反対の人々といった具合です。つまり、差異あるいは多様性というものが基調となり、各個人は自分の馴染みやすい場を見つけて参入していく――それと同時に、各干が象徴する事柄に力が与えられて強さを増します。

もちろん、先の乙の段階からでも、自分と他者または我が家と別の家庭というような区分けや、横のつながりとして手を携えるような集団性はありますが、明確な差異として分化していくことまでは意味していません。戊以降の段階になって特に「類は友を呼ぶ」ということわざに示されるような似通った縁、似通った波長によって結びつき合う傾向が高まるのです。そして、互いの(グループ)間で交流をしようとすれば、そこには何らかの伝達手段が必要になります。つまり対人関係における意思疎通の方法です。例えばメールや電話のような通信、説得や交渉や議論、物品や金銭の交換、移送…といったことです。

また、丁の行き過ぎた段階で周囲の人との不信が生まれたことで、この戊では何をするにも「人との信頼・信用」が底流に流れます。「この人は信用できるのか」と考える。そして、もしこの信用がない状態で相手の持っている物を欲しがれば、それはきっと奪い取るような格好になるか、より優位な条件で買い取るようなことをするでしょう。しかしそれによって互いに防衛意識が強くなり、より個人の所有(端的に言ってエゴ)ということに固執しがちになっていきます。これが次の己の基本的性質になります。


☆ 51(己甲)~60(己癸) ☆


漢字で己(おのれ)と書くように、個々人の限定された意識にこだわる段階です。元々は甲や乙における共感的な安心感を得て充足した状態であったわけですが、相手との利害のやり取りとか信用問題に翻弄されることで、次第次第に心が窮屈になってきます。ここでの自分と思っている意識は全円的なものではなく、何か不足感のある欲求不満な状態を示す片割れ的なものです。差異が明確化されることで嫉妬や羨望、憎しみ、嫌悪感というものも段々と芽生え出してきます。そしてその飢餓感や劣等感――満たされない思いを埋め合わせようとして、貪欲になったり悲嘆に暮れたりという状態を経験するようになります。

例えば、やけ食いすることでストレスを発散しようとしたり、実際に着もしない服を買いまくったり、家族を養うことよりも趣味に没頭したり…というような一人で行うこともあれば、自分の過不足を補完してくれそうな相手(異性)を見つけようと取っかえ引返えするようなこともあります。でも、そうした補完欲求はだいたい手前勝手なものになりがちで、相手の時間やエネルギーを奪う結果になったり、無駄に資源を消費するばかりで、結局は空しい気持ちを感じて溜息をつくことがほとんどです。というのは、そうした“何かの力を取り入れる”というやり方では自分自身に対する信用を損なうばかりで、原点である甲の“創造的な力”を忘れていくことに他ならないからです。

もちろん、エゴを満たすためではなく、本来の自分を取り戻すために有用な情報を得たり、周りの人達の手助けを受けることで改めて前向きな意欲を湧かせることができれば、それは立派な成功と言えます。要するに問題となるのは、他の人達も自分と同じように過不足に悩んでおり、同様に自分に対する自信や信頼を高めたり、創造力を発揮することを希求しているということを理解することです。ところが、それを無視して自分さえ良ければ相手を消耗させてもいいとか、人を使って自分を甘やかすことをしていると、それが原因で対立したり正面衝突するような事態を招くことになります。この延長上に、次の庚の世界観が築かれています。


☆ 61(庚甲)~70(庚癸) ☆


先の己で「無い物ねだり」をして外側の物で内側の不足感を満たそうという思いが強くなると、今度は他人を侵害してでも求めるものを得ようと考え始めます。または、そんな自分自身が嫌になって自らを罰するようになる。これが庚の世界観を構成している基本性質です。結局のところ、これは本人自身や周りの人に対する愛が失われてしまった状態だと言えます。干合相手である乙には人々との共感という性質がありましたが、既にここに至るまでに自分と相手に対する信頼が損なわれているため、なかなか調和的な雰囲気というものは作れません。強く自分の権利だとか主張を打ち出していくため、それに対する反発も強まるし、無鉄砲さから痛手を負ったり精神的にショックを受けるようなことにもなりがちです。

最大の問題は、己でのエゴが肥大化したことで自分の苦しみを誰かのせいにしてしまうことです。特に生命の尊厳や人権を軽んじたり、短絡的な生存競争に走るようになると、互いに傷つけ合うばかりの関係になって「目には目を、歯には歯を」の主義が固まっていってしまいます。そしてそれが最大規模に拡大されると、侵略とか戦争というような大変ネガティブな結果を招きます。多くの場合、それは相手の持つ信念との衝突もしくは利権争いがトリガーになっていますが、なんにせよ人間としての理想的な状態からはかけ離れています。

では、なぜ自分や相手を傷つけるような行為をするようになるのでしょうか。一つに適切な感情統制ができておらず不安や恐怖に苛まれていることがあげられると思います。それから己での不足感――貧困などの苦しみからくる渇望や相手と反りの合わない不快感といったことが原因となって、やがて憎悪による争いや裏切りが起きてしまう。だから、こうしたことにならないようにするには、実生活の中で不満を感じないようにすることです。もっとポジティブに言えば、まず今あるもので満足して他に求める必要性をなくすこと、そして自らの創造性を信頼すれば自然と必要なものが得られると気が付くことです。

これは自分を愛し幸福にすることと同義だと言えます。一人静かに落ちついた雰囲気を楽しんでみましょう。攻撃的なイメージや言動にとらわれず、思いやりのような温かい気持ちを表現する時間を増やしましょう。そうした中で徐々に感情を沈めて、周りとの共生に意識を向けてみることで、自然と「ありがとう」と「ごめんなさい」のキーセンテンスが口をついてくるようになるでしょう。


☆ 71(辛甲)~80(辛癸) ☆


オフェンス(攻撃)があればディフェンス(防御)があるように、庚における外部への尖った感情表現が陰陽反転して、辛の段階では内部に向かいます。不安を強引に抑え込んだり、受け入れられないことを否定したり、被害妄想的な思考で他者に責任を擦り付けたり、というようなことです。そうこうしている内に、自分を過度に護ろうとする気持ちが頑なな心の壁、時には城を構築してしまいます。簡単に攻め入られないように堀(バリア)を築き、油断ならないと考える他者が自分の心に土足で踏み込んで来ないように罠を張ったりもするかもしれません。

こういう状態になると、なかなか物事を前向きに捉えることが難しくなり、ストレス処理が追いつかなくなったり、鬱積した感情に苦しむ傾向が現れてきます。それと共に行動や考え方にも顕著な歪みが見られるようになり、特定の主義・思想に傾倒して何を判断するにもそれを基準にしてしまう頑迷さが出てくることも往々にしてあります。筋を通すという意味では成就していますが、その態度が鼻について周りを不快にしていることに本人が全く気が付いていない(気にかけていない)場合がよく見られます。

自分の不満を誰か(何か)にぶつけることで解消するという粗っぽいやり方が通じなくなると、俄然、心理的な葛藤は強まります。物に当たるなどで収まっていた感情も、次第に自分の肉体を傷めつけたり、社会に根本的な原因があるとして敵意を向けたりしないと気が済まなくなるようなケースさえあるかもしれません。しかし、ごく平凡な生活を送っている人がそのような状態になることは少ないので、あまり深刻に考える必要はないでしょう。ただ、覚えておくべきことは、鬱憤を適切に晴らす方法は心得ておかなければならない、ということです。さもないと、次の壬や癸の段階では相手を打ち負かさないと満足できないような、ある種の病的な状態になってしまいかねません。

一方、例えば合気道や太極拳のような武道・武術だとか精神修養の簡単な瞑想法や考え方などを学ぶことで、イライラや心の不協和音を鎮静化させたり、より建設的な方向に変容させることが可能です。特に、誰かに支配されているみたいな強迫観念に苛まれているのならば、なおさら憎しみや恐れの感情で心を一杯にするよりも、こうした心の訓練法を身につけて気持ちの転換が出来るようになったほうが、ずっと良い結果をもたらします。最大限に相手の尊厳を認めることと等しいレベルで、自分自身の尊さにも気が付くことが大切です。


☆ 81(壬甲)~90(壬癸) ☆


何かを心配したり恐れるあまり自分の城を築いて鉄壁の守りを実現しようとしても、ちょっとした心の弱さや外的な揺さぶりによって、いとも容易く崩れてしまうものです。攻めと守りはイタチごっこのようなものでキリがありません。誰かが「憎しみは憎しみでは終わらない」との言葉を残していますが、その通りです。矛盾のことわざを考えてもいいですが、どちらが強いかを競う時、その結果は4つあり、勝ち、負け、相打ち(引き分け)、そして相抜けです。相抜けとは実力が拮抗しており互いに攻めることも守ることもできずにそのまま素通りしてしまうことだそうですが、その場合はどちらも傷つかずに済みます。

先の辛の段階で被害妄想的な感情を溜め込むと、次第に現実との接点を失いがちになります。そして現実逃避に走ってしまう人もいれば、生きる活力を失くして呆然自失的な状態になってしまう人もいます。また、無思慮のまま暴走して正常さを疑われるとか、状態が酷ければ自他の見境なく傷害行為に出るようなケースも、ごく稀ですがないことはないです。辛の時には、頑固に主張して相反する意見をシャットアウトしてきましたが、それが行き過ぎると、壬では勢い相手を否定してケンカ腰にもなってしまうのです。

ここで大切なことは、家族や友達・同僚といった自分の生活圏内にいる人達との相補性(恩恵を与え合っていること)に気がつくことです。特に、自分よりも弱い立場にある人(子供や年配者のような年齢的・身体的に開きがある人)、言い換えれば、自分が優位に立てるような人々に対してそのことを誇示するのではなく、ただ思いやりをもって接することができるかということが問われています。同様に、動物や自然環境に対しても親愛と感謝をもって関われるかどうか、つまり、相手を征服することではなく、どう理解し合うかということがテーマなのです。

パッと見では互いに恩恵や学びをもたらしているとは思えなくても、後でそれと分かることも多いので、短絡的に判断するよりは少し保留にしておこうと考えて、自然と理解できる日が来るのを寛大に待つのもありです。また、誰もが自分の夢を大事に思うように、他の人の夢も素直に応援してあげられるだけのハートフルさを表現すれば、ポジティブに壬の意義を使ったことになります。同様に、いい意味でのライバル関係が築ければ、互いに切磋琢磨して成長するという使い方もできるだろうと思います。その場合は、冒頭の矛盾の話のところで書いたことに、もう一つの解を付け加えることになるでしょう。


☆ 91(癸甲)~100(癸癸) ☆


ウロボロスの蛇のように、十干の初めである甲と癸にはつながりがあります。それはどちらも人生の核に関係するということです。甲の場合は創造力の湧出口としての原点を示し、この特性によって自分がイメージした自分を生きることになります。一方の癸では、自分の根源的な部分へと沈みこんでいく、その深淵を示しています。そして癸の陰水というネガティブさが浄化(濾過)されたら、再び甲という原点に流れ込んでいくのです。つまり、自分を取り戻すという意味での原点回帰。

先の壬では、陽水としての奔流に呑まれて粗っぽい出方をしますが、癸の段階では陰鬱的な出方というか思い詰めた様子を示す傾向があります。そのために究極の選択だとか人生のどん底から這い上がるみたいな極端な状況で癸が登場する率が高いようです。この時、過度にネガティブな感情が強いと、自暴自棄になったり、心身を病んだり、破壊衝動から自虐や報復のような行動が予測されますが、そこまで深刻なケースは現にそうした要因が既に内在しているのでない限り、ほとんど心配しなくても大丈夫です。

心理学的に人間における段階的な気質を考える時、壬と癸の段階はかなりの荒廃を意味するので、病理的な概念で一緒くたに語られることが多いのですが、東洋ではきちんと十に区分されているところは古人の明察のなせる業だと思います。それはともかく、先にも書いたように病理的または神経症的な問題を引き起こすようなことは一般的な生活をしている人にはまず起きないので、たとえ奇門遁甲でこれらの象意が出てきたとしても恐れ慄く必要はなく、少し気を引き締めるくらいの心づもりでいれば良いのです。

肝心なことは、実態のない恐れに恐れる理由はないという認識です。ネガティブな経験そのものは、そのことで疲れ果てて心を萎れさせてしまうのでなければ、いずれは良い学びだったという記憶に変ります。粋濁が混ざった社会の中で人生を送ることで経験の幅と深みが出ると考えれば、そこに無意味さはありません。絶対的な善悪だとか背理に心を奪われるのではなく、自分自身とその反映である全ての人々、そして世界の有様の中に神聖さを見つけてみましょう。それによって寛容さと許しの感情、そして親愛の気持ちが育くまれていくだろうと思います。

 

※この記事の内容は、「CIの保管庫」の方にも保管しています。ここです。

 

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奇門遁甲と意識と次元

2012-04-19 15:13:58 | 奇門遁甲

一つ前の記事、「キーコードから導く、あなたへの語録集」に関する補足を書こうと思います。

あの内容は、世の中にもたらされた古今東西の人々の名言・格言・語録を集めて、それを100の性質に分類したものですが、これは奇門遁甲の十干の組み合わせ(十干剋応)に準えています。

奇門遁甲については諸説あり、現在も何が正しいのか、どんな方法が優れているのかなどの議論が多いのですが、ここでは専門的な話には深入りせずに、その「求めるところ」について考察してみたいと思います。(逆に言うと、奇門遁甲をよく知らない人がこの記事を読んでも「???」となるでしょうけど)


<遁甲(「甲を遁がす」ということ)の本当の意味とは何だろう?>

現代社会に生きる私達に限らず、過去からのどんな未成熟の社会にあっても、人は個人的主観と、それを投影する活動の場としての外部環境(生態系や自然、社会文化)の中に生きています。そうした内と外という交差する場の狭間で、様々な心理的な葛藤を経験し、また、自我(エゴ)と集団的な動向との調整が試みられてきました。

そこでは、自ら意識するしないに関わらず、周りの人達と共同で織りなす状況の中で、ある種のキャラクターとしての「役」を演じることもあるでしょうし、社会的な教育と称して、メディアや学校などで教えられ、時に刷り込まれてきた判断の型もあるでしょう。それから、家系的に受け継いできた遺伝的な要素に基づく、根本的な行動様式も持ち合わせているはずです。

いずれにせよ、数多くの場面を経験する中で繰り返され、培われてきた心理的パターンだとか自己防衛手段、さらには、固定観念やトラウマといったことも内在しているのが一般的かもしれません。

そして、それらの経験の堆積物が現在の「私」を構成していると考えることができると思いますが、そうした構成要素の一つ一つが、自分の心や精神、あるいは魂と言われるものの具体的な現れであり、古来から10前後のカテゴリに大分類される象徴体系に対応づけられて解釈されてきました。

例えば、あらゆる体系の原型とも言える数理の仕組み。つまり、0~9の数字の意味合い。そしてそれらの組み合わせの理論がそうです。近代以降、それは数秘術として発達してきました。
同様に、エニアグラムであったり、東洋占術に使われる十干や九宮であったり、占星術の十惑星であったり、もう少し数を増やせば、十二支や十二星座(ハウス)、逆に少し数を減らせば、八卦や北斗七星だったりします。

「キーコードから導く、あなたへの語録集」で使っているのは、十干の組み合わせに基づいた奇門遁甲における解釈です。数字が0~9の10個であるように、十干も10のカテゴリに分けられた「意識」または「次元」を現わしていると、今の僕は考えています。特に次元に対する考えは、この半年位の間に急速に僕の中に染み込んできました。

例えば三奇とも言われる乙・丙・丁の3つは、実は私達が今いる三次元空間(線・面・立体、左右・前後・上下)、及びそれを認識している私達の意識の表層面を示しているのではないか、と思うようになりました。
そして、そこに甲尊と称される甲が点次元(存在そのものとしての力点、重力)または時間次元として加わって、いわゆるミンコフスキー時空を形成する、と。(あるいは時間は私達の意識の産物として別に考えた方がいいかも。ただの思考遊戯ではありますが。)

そしてその四次元の世界観に加えて、甲の特性としての時間のフレキシブルさ、あるいは重力が残りの六儀(戊・己・庚・辛・壬・癸の六つの干の総称)としての6つの次元/時空/世界に作用し、全体として10次元もしくは時間を含めた11次元を形成する・・・。
すなわち、普段認識できる三次元世界からは隠された潜在的・暗在的な次元/意識へと繋がっていく。

こうして甲が六儀にアクセスすることで、四次元時空に生きる僕達がさらに奥深い世界の秘密を知ることができるようになる――手短に言えば、甲には目に見えない世界を認識できるように顕在化する働きがあるのではないか、とそのように思えるのです。

だから、昔の戦乱の世に言われていたような、「君主としての甲を、庚(刺客)の脅威から安全な場所へ避難させる」、あるいは、「囮を使って難を逃れる」というような意義からは逸脱してしまうかもしれませんが、今はもう敵味方の戦いなどに呆けている時代ではないのですし、本来の人間としての創造性を発揮することこそが甲である、という認識の下で奇門遁甲を活用することが大切なんじゃないかと考えます。

要するに、甲は私達の本源的な意識を再発見するためルート(ドアを開くためのアクセス・キー)となるもので、これを有意義に使うことで、今まで忘れていたり、気が付いていなかった認識を得て世界観を拡大させることができる、そういうふうにこの頃は捉えています。それはあたかも物理学でいう光の速度から物事を見たようなものだと思います。

また、六儀と甲の関係については、作盤上の理屈に沿って六儀で代用し甲は秘すという考え方がありますが、僕は甲をそのまま使います。
というのは、ここに書いた考え方をする場合、甲を含めた十干全てを用いることが大切だと思うからです。
ただし、六儀に当たる干の意味合いが全く無くなってしまうと考えているわけでもなくて、戊~癸における各干の特性は、状況を構成する背景的要因として潜在化で働くようになると見ています。つまり、甲としての現実への顕現化のバックボーン、いわば影の部分という意味で今は捉えています。

この辺りの考え方は、遁甲という意義そのものに対する根源的な問いになるので、僕の視点の正誤はともかく、もっと究明されるべきことだと思います。


ちなみに、2006年頃だったと思いますが、次のような文章を書きました。
参考までに掲載します。


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<甲の意義>

自分の演じているコントロール・ドラマ(幼少の頃に両親との間で織り成され、
事あるごとに繰り返されてきた自己防衛手段という「甲殻」)に気づき、
その克服に努めるに従って心理の根源にある恐れから解放されてゆきます。
そして、この過程の中で自分のバース・ビジョン(出生の目的)を見出し、
精神的な「とらわれ」や「しこり」を取り除くことで、本来の自由で創造的な生き方を獲得するようになります。

また、これは自我意識が渦巻かない(エゴが働かない)状態での
真性の欲求を満たす方向を示していますので、
本質的な「自己実現」に近づく生き方が期待できます。
もっとも、その内容は各人がどんな精神的学びを必要としているか、
あるいは何を目的として生きているかによって異なりますが
(それが数秘術のライフパスやエニアグラムの各タイプなどとして分類されているわけですが)、
それが何であれ、活力と健全さに満ち溢れ、
かつバランスの取れた方法で自分らしい道を歩んでいけることに、ここで気がつきます。

ただ最初は、自我を超えて「心の解放」へと続いている梯子を見つけただけに過ぎませんので、
ここから自己の本質へと到達するには、それ相応の努力(階梯を登っていく決意と気力)が必要です。
というのは、たとえ自分の資質や長所に合った生き方を見つけても、
それまでに培ってきた諸々の観念(思いこみ)や社会的立場などが邪魔をして、
自分の道に進もうとする決心を揺るがせることがあるからです。

そのようにして大半の人が進むべきか退くべきかで迷い、立ち往生する時期を経験するものですし、
また、自分のつまらないプライドや不安にも悩みますが、実際のところ「案ずるより生むが易し」です。
グッと気合を入れて、自分に自信をもって行動に移せば、一気に運が開け、
確実にバース・ビジョン(出生の動機=自己実現したい内容)を果たしてゆけるようになります。
そして、いつか上昇気流に乗れるようになる頃には、自分の選んだ道に対して確信を持つことができるでしょう。

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その頃は『聖なる予言』(ジェームズ・レッドフィールド著 ※左のサイドバーにリンクを貼っています)という本にある心理学的な側面からのアプローチや他の象徴体系との絡みで考察しており、今の僕の頭にあるような次元との関係については思ってもいませんでした。しかし、当時の自分としては比較的納得して書いていたはずなので、今も僕の底流にあるものだと思います。いずれにせよ、改めて奇門遁甲の仕組みや、その本質的な意味合いについて知見を深める必要があるとみています。

そのための一助として、これからこのブログで記していく幾つかの内容が役立てばいいなと願っています。まずは、「キーコードから導く、あなたへの語録集」の基になった十干剋応の個人的な解釈を載せていく予定です。その後は、他の要素(八門・九天星・九宮・八神)についての解釈もできればしたいと思っています。

ただ冒頭にも書いたように、込み入った話とか僕が使用している方法論についてとやかく書くことは避けます。というのは、どのような見方(暦の繰り方、作盤の仕方)をしたとしても、それが充分に作用するという認識が働く限り、おそらく現象に対する解釈としては共通するものが出てくるだろうと思うからです。(このことを示す言葉として西洋占星術には「その人から特別よく見える窓がある」という表現があります。)

なので、僕が書くことは単に一つの参考資料として使っていただく、というのが一番いいんじゃないかと思います。
そういうわけで、今、資料として準備しているものが整理でき次第、順次、このブログとサイト(CIの保管庫)にUPしていきます。

 

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