With the I Ching

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山雷頤の爻の解釈、書きました。

2011-07-28 17:04:47 | 易の解釈

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山雷頤は、明治憲法制定時における日本の命卦に当たる可能性があります。
もし1889年の2月11日辰時であるならば、山雷頤六二になるからです。

ただし、爻の解釈においては可能性で書くことはなるべく避けたいので、六二=日本という図式を当てはめてはいません。他の実例や構造から考えた内容を書いています。

まあ、仮に辰時じゃなかったとしても、この山雷頤という卦は、例えば輸入に多くを依存している日本の現状をよく表していると思うので、少なくともこの卦を抜きにしてはこれまでの日本を易学的に語ることはできないんじゃないかと僕は考えています。

 

ところで、前回の山天大畜を書いてから、すぐに山雷頤に取り掛かったのですが、ボチボチと四爻変まで書いたところで夏風邪を引いてしまい、中断。12~13日頃だったと思います。

何日かは熱が38度程度あって、それが収まった後も10日間ほど37度以上が続き、それプラス、咳と痰と頭痛と喉の痛みに苦しみました。当然、それまで続けていたウォーキングもできなくなりました。(だけど、38度以上あっても「なんか頭が働かないな~」とか思いながらもブログ書いたり、ミクシーやってたりしてた。咳が出てなかっただけ良かったんだと思う)

22日頃になって、ようやく熱が平常に戻りましたが、どうも肺に負荷をかけ過ぎてしまったようで、炎症気味。夜中もゴホゴホ。「肺炎の手前じゃないの?」と家族から心配される始末。

それからは咳と痰を止める薬をしばらく飲み続け、一昨日になって、ようやく少し散歩ができるまでに回復しました。昨日は2キロくらいをゆっくりですが、歩けました。まだ、少し咳は出ます。

だいぶ、体力が落ちてしまっていた上に栄養不足な感じが続いたので、未だに機敏さは戻ってませんが、なんとか手や頭を動かすことはできるぞ、ということで、今日は残りの爻(五・上)を書きました。

一ヶ月くらいのブランクの影響から、それまでの爻で書いてきた内容に合わせるのは骨が折れると思い、六五と上九に関しては別の視点というか即興でばっーと書きました。全体からすると浮いてしまっているかもしれませんが、ご了承願いたいと思います。



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