昨日から今日の日が切り替わる頃、英語圏のサイトを潜っていたら、「Into Eternity」(2010年製作)というドキュメンタリー映画を見つけました。
この映画は、原発における核廃棄物(nuclear waste)をどう処理するか、という問題に焦点を当てたドキュメントということで、Youtubeなどの動画サイトでも英語版でなら見られるとのことで探して見てみました。(こことか。)
既に日本でも4月から限定的に公開されてきた映画らしいのですが、なんと今月18日に被災地の福島でも公開が始まったとのことでした。凄いタイミング。それに、17日からは各劇場でパンフレットも買えるようになったとも(パンフはAmazonでも購入できるようです)。
内容に付いては、邦題「100,000年後の安全」の日本語公式サイトに詳しいので、そちらを御覧頂きたいと思います。
で、まあ日本語字幕も何もないので、専門用語とかフィンランド語(?)で分からない部分もあったんですが、それでも内容としては十分に把握できました。日頃のスクリーンプレイがいい訓練になっていることを実感。
この映画の舞台はフィンランドなわけですが、かの国が保有する原子炉は4基。日本の54基を思うと、“わずか4基”とも言えるのかも知れません。
しかし、それにもかかわらず、その4基から出た放射性廃棄物を処理するために「オンカロ」と呼ばれる地下500メートルにある巨大な埋葬場を作ったのです。では一体、日本はアメリカはフランスは、どれだけの規模と数の「オンカロ」を必要とするのか・・・
(新語時事用語辞典「オンカロ」)
原子力を新たなる文明の利器として使い始めた頃、人類はそれを正しく制御することができないままに目先の利を追い求めてしまった――最終的な処理をどうするのか解決できていなかったにもかかわらず。そしてそれは、今も変わっていないことは周知の通りです。
無味無臭で目にも見えない。人間の五感では感じ取れない放射性物質。
忍び寄る危険に気が付くことすらできずに体内に取り込んでしまい、人間だけでなく、生命あるもの全ての遺伝子を変異させていく恐ろしいもの。
特に、小さな子供や赤ちゃんは、成長と共に顕著な悪影響が出てきてしまいますし、さらに酷いことに、数え切れないほどの世代に渡り、負の資産が受け継がれていってしまいます。
また、半減期でさえ恐ろしく長いウランやプルトニウムに対する“最終処理”が現行の科学技術ではできないために、結果として埋めるしかない。その具体例が、あの「オンカロ」。無害化する術さえ手にしていなかったのに、原子力のメリットだけに目を向けたその結果が、チェルノブイリであり、スリーマイル島であり、フクシマになってしまった。
このドキュメンタリー映像は、核のもたらす「負の遺産」の危険性を、いかにして未来に伝え続けていくか、そして何万年後か分からない子孫に理解してもらうか、というテーマについても問うものになっています。
どれほど現代人が物質的豊かさの追求に心を奪われて、地球や自然、そして遠い未来の子孫のことを考えずに刹那的に生きてきたか。そのことを、この映画を観ていて改めて思い知らされました。
補記:
新たに今、アメリカ・ネブラスカ州の「フォート・キャルフーン原発」がミズーリ川の氾濫で水没して危険視されています。まだ情報が乏しく正確なところはわかりませんが、福島原発での教訓を是非とも生かして頂きたいものです。
(参考:「『アメリカ、ネブラスカ原子力発電所、水没。レベル4』とのニュースが配信されています」「Togetter - 「「米ネブラスカ州の原発でレベル4」という《噂》について」」)
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