昨日の「1100日目」の日記を書いた後、翌日の新聞でアフリカ東部での大旱魃が1100万人の生命を脅かしているという記事を読みました。
以下、ネット記事
「1100万人に生命の危険 アフリカ干ばつ、潘氏、緊急支援訴え」
単に大干ばつだけの影響で、1100万人もの命が危機に晒されているというわけではないようですが(それ以前の内戦や難民の問題があるため→参照:「アフリカ地域/ケニア(ソマリア難民、ケニア国内避難民))、いずれにせよ、これは由々しき事態です。
雨が降らず水がないということは、土が枯れて作物は育たず、家畜にも与える余裕もなく死んでいってしまう、ということ。炎天下の中をやっとの思いで難民キャンプまで歩いてきても、小さな子供達は飢餓と疲労で命が尽きてしまう・・・悲しすぎます。
そもそも、これだけの格差が世界に広がっていることが、根本的な問題だと思う。
気象条件が悪くても、それに対抗できる環境なり設備なり、あるいは支援体制(単に食料やお金を出すだけでなく、技術提供も含めて)を築ければ、こうした事態にはならずに済んだのではないか、――というのは現場を知らない人間の浅はかな考えなんだろうか?
前の記事で、ダカールの難民キャンプの女性を名乗る人からの詐欺メールを取り上げましたが、でっち上げた話を使ってまで金を手に入れようとしなければ、もはや生きていけないのかもしれない・・・
そう思うと、その人達が根本的に悪いわけではなく、この異常すぎる貧富の差を作り出している世界の構造そのものに転換を促さなければ意味が無いと思い至ります。
そういうこともあって、この間は「進歩を阻む「所有」意識と「お金」の話」の記事を書きました。ありがたいことに誰かが紹介してくれたのか、思いのほか読んでくれた人が多かったようで、これから少しずつでも意識の改革が進んでくれたら嬉しく思います。
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