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中橋怜子の 言の葉ノート

自然、人、モノ、そして音楽…
かけがえのない、たおやかな風景を
言の葉に込めて

初夢

2013-01-03 | 徒然なるままに
初夢とは1月2日の夜に見る夢、と聞いたことがあるような気がするのですが、実際には諸説あるようです。
元旦、2日、3日の中で見た一番いい夢を今年の初夢と思っておけばいいですね。

ところで、昨夜はどんな夢を見たか考えているのですが、どしても思い出せません。
今朝、起きた瞬間に『夢でよかった…』と思ったことだけは覚えているのですが…
あんまりいい夢ではなかったことは確かなようです。

「なかきよのとをのねぶりのみなめざめなみのりぶねのをとのよきかな」
暗号のようなこの奇妙な文字の並び、何だかわかりますか?
これは回文、つまり上から読んでも下から読んでも同じという文で、漢字で書くと、
「長き世のとをの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」
となります。漢字で書いても今ひとつよくわかりませんね。
とにかくこれを紙に書いて枕の下に敷いて寝るといい夢が見られるそうです。
また、悪い夢を食べてくれるという獏の絵や、獏という字を書いて、やはり枕の下に敷いて寝るといい夢が見られるそうですよ。
昔の人は本当にロマンチストです。

私はやっぱり、ロクシタンのリラックスハンドクリームをたっぷり塗って、ラベンダーの香りに包まれて眠ろうと思います。



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福袋

2013-01-01 | 徒然なるままに
福袋作りました!
スマホのフォルダの中に、福袋というフォルダを作りました。
幸せ度がドカーンとアップするメール、やる気が突き上げてくるメール、思わず笑っちゃうメール、こんなメールをもらうことがあります。
私を笑顔にしてくれるメール、私を元気にしてくれる詩や言葉、そんな言葉の宝物を入れておく福袋フォルダを作ったのです。

人間ですもの、クヨクヨ落ちこむ時もあるし、イライラする時も、カッカカッカ腹が立つ時も、グズグズいつまでも素直になれない時もあります。そんな時間も大切だと思うのですが、クヨクヨも、イライラも、カッカカッカも、グズグズも、引きずるととてつもない無駄なエネルギーを消耗してしまいます。いかに早く切り替えられるかが大切です。

ちょっと覗いたら元気になれる福袋を持っていたらどうでしょう?元気になる言葉がいっぱい詰まってる自分だけの福袋です。
しかも、その福袋がスマホの中にあるということは、福袋をいつも持ち歩いているということです。力強いですね。

福袋にどんどん言葉の宝物がたまっていくことを想像するだけで何だかワクワクしてきます。
みなさんも福袋作ってみませんか?

どうか笑顔がいっぱいの一年になりますように。

                                           2013年1月1日





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笑う

2012-12-31 | 徒然なるままに
笑ってはいけない…という番組を見ながら大晦日のブログを書いています。
「笑ってはいけない」ことがこれほどまでに辛いとは…ひょっとしたら、笑うことを禁止されることが一番辛いことかもわからないです。
もちろん、今私は笑いまくり、一年総仕上げの大爆笑、お腹の皮がよじれそうです。

昨日、何気なくテレビをつけると「家政婦の三田」再放送最終回の一シーンでした。主人公「三田さん」役の松嶋菜々子が、家族一人ずつの顔を見ながら優しく微笑みかけている、偶然にもこのドラマのクライマックスのシーンでした。
ずっと無表情、凍りついたよな怖い表情の三田さんが初めて家族に見せた笑顔、なんと美しいこと、人の笑顔の美しさに心底感動しました。
あんまり美しくて、あんまり優しくて、涙でボロボロになって見入っていました。

考えてみれば、笑うことが許されている動物は人間だけ、人が笑うということはきっととっても深意味があるに違いありません。
笑えるということは、私たちの宝物です。

まもなく始まる新しい年、難しい目標はさておいて、とにかくいっぱいの笑顔で過ごそう!そう決めました。

よいお年を!


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丁寧断捨離

2012-08-19 | 徒然なるままに
今年に入って私は丁寧断捨離をしています。

私の心が通じている愛すべきものだけに囲まれたシンプルな心地よい生活を手に入れたいと始めた断捨離ですが、やり始めてすぐ私はあることに気づいたのです。

衣類にしても雑貨にしても、愛しているのかいないのかなんてなかなか一瞬では決められないということです。ただ忘れていただけでこれから愛せるかもわからないし、毎日のように使っているものでも特に愛していないものもあります。

例えばその人を愛しているかどうか、愛せるかどうか、一瞬で判断することはとても難しいと思います。生理的に受け付けない人だけが即決です!

というわけで、急がず焦らずゆっくり時間をかけて、丁寧断捨離を進めてきました。ゆっくりなんて効果ないんじゃないかと思われる方もおられるかもわかりませんが、それがどうして、現在で私の持ち物はやり始めた頃の半分以下に減りました。

書類は10分の1に整理され、本箱には隙間がいっぱい、洋服も季節の入れ替えが不要なぐらいに減りました。そのおかげで、仕事の能率も上がり、出かけるときにかかる時間もうんと短縮されました。

私流の丁寧断捨離、「愛しています、付き合ってください」「ごめんなさい」の箱のほかにもう一つ「ちょっと時間をください」の箱を用意します。

「ちょっと時間をください」の中身がどんどん増えていきます。ここに入ったものたちのほとんどは、友人のところに行ったり、バザーに出されたりするのですが、中には「愛しています、付き合ってください」の箱に戻ってくるものもあります。

急激にやった断捨離はまた家の中がリバウンドしてくるのではないかと察するわけですが、私流のゆっくり時間をかけての丁寧断捨離をやっていると、常に「モノ」のことを丁寧に考えるようになり、衝動買いなどの無駄な買い物が間違いなく減ります。

体の中のダイエットも家の中のダイエットもリバウンドしないことが大切です。
みなさんも丁寧断捨離、ぜひやってみてください。


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魔法使い

2012-08-18 | 徒然なるままに
今朝はどうしても5時50分に起きたかったので昨夜寝る前にアラームをいつもより10分早い5時50分に合わせ直しました。
いつもより10分早く起きるためにわざわざアラームを合わせ直すなんて大層な話なのですが、昨夜は寝床に入ったのが1時30分、さすがに不安で、たとえ10分といえどアラームを合わせ直したというわけです。
そして久しぶりに、私の中に棲んでいる魔法使いに『どうか5時50分に起こしてください』と一生懸命お願いして寝ました。

翌朝、『レイコサン!』遠くで私を呼ぶ声がして目が覚めました。一瞬義母の声に聞こえました。『具合でも悪いのかな…』1ヶ月ほど前、具合が悪くて朝起きることができなかった義母の様子が脳裏に浮かび、私は慌てて飛び起きました。

時計を見ると5時47分。

梅ちゃんの声…。私の中に棲む魔法使いの声だったのです(どうしてこの魔法使いの名前が「梅ちゃん」なのかは改めて説明させていただきます)

私たち人間の中には魔法使いが棲んでいるってご存知ですか?
一生懸命お願いすると、時にはすぐに、時にはゆっくり時間をかけてその願いを叶えてくれます。
みなさんも、旅行に行く朝、アラームより先に目覚めた経験はありませんか?会いたいなあ…と思っていた人にばったり出会ったり、願っていることが叶ったり、思っていることが実際に起こったりした経験、一つや二つはおもちではないかと思います。実際には気づいていないだけでもっともっとあるはずです。

心の中で思うこと、自分でも気づかずにいる潜在意識の中に持っているこの思いの力、この人体の不思議に科学がどこまで追いついてきたか、解明できてきたかはよくわかりませんが、そんなことを待っているより、この未知なるパワーをあっさり自分の中に棲んでいる魔法使いのなせる技と解釈してみたらどうでしょう?

一生懸命願ったら自分の中の魔法使いが願いを叶えてくれるなんて嬉しいじゃありませんか!

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「ひとり」ということ

2012-08-10 | 徒然なるままに
今朝、レスリングの試合を見て「ひとり」ということを感じました。
自分の周りには家族、コーチ、支えてくれるたくさんの人がいるかもわかりませんが、戦うのは自分ひとりです。

人は人と関わり合って生きていきます。一人では生きていけません。しかし、夫婦、恋人、家族、親友‥どんなに親しい間柄の人であってもすべてが同じわけではありません。どこへ行くのも一緒という人がいたとしても、考えることまで100%一緒なんてことはありえません。

考えること、感じること、そして選ぶこと、決断すること‥人間が生きていく上で一番大切なことは全てひとりの作業なのです。

迷ったから人に訊いた、しかし最終的に決めるのは自分です。寂しいから誰かを誘ってみた、しかしそうして寂しさをごまかしてみてもまたひとりにならねばなりません。誰かと並んで寝ていても、眠りにつくのも目覚めるのもひとり、結局私たちは「ひとり」ということが基本なのです。

私たちはまず「ひとり」であることをきちんと受けとめなければならないと思います。そして、人との軋轢や世間の波風を恐れたりすることなく、自分の考えをもち、意見することも、判断することも、行動することも「ひとり」でできるようになる、それが「一人前」ということではないでしょうか。

「一人前」つまり「一人で前にでる」それができるようになって初めて社会の一員としてのコミュニケーションができるようになる、本当の仲間、本当の友ができる、そして本当の勝負ができる、そんな気がします。

   
世界中の人々の前で一人で戦い、今日、世界の頂点に立った女勇士に万歳!

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女の底力

2012-08-09 | 徒然なるままに
「金メダル2個獲得!」このニュースで一日が始まりました。獲ったのは二つとも女性です。

男に力があるなら、日本の女には底力があるように思います。日本にはその昔、男尊女卑、女人禁制などという考え方があったこと、そして今もどこかにこの考え方が残っていること、「女の底力」の陰にはそんなものが潜んでいるように思います。

女のくせに‥‥誰もそんなことは言っていないのに、私自身、男性より出すぎないようにしているところが少なからずあるような気がします。

それにしても女のパワー恐るべきです。男を抜かしたとか抜かさないとかそんなモノサシの話ではなく、今回のオリンピックでも感じるように、日本の女性の力が世界に通用する、世界に肩を並べるほどのレベルに達したということです。

今や文化の担い手も女性です。演奏会、展覧会、歌舞伎‥文化的な場所に集まる人々の顔ぶれを見るとそのほとんどが女性です。美味しい!食材がいい!という評判のレストランに集まるのもほとんどが女性です。旅行にでかけても、満員の観光バスの中で男性が一人小さくなっておられたりします。

女性は暇だから?確かに男性よりは平均的に時間があるかもわからないですが、私はそれだけではないような気がします。

とにかく女性は自分を磨くことに貪欲です。体の中から外から「美しくなりたい」「若々しくありたい」「意識・知識を高めたい」と願っています。それは「男性よりも」とか「夫よりも」なんてチンケな願いではありません。目標はあくまで自分を磨くこと、とにかく女性は向上心が旺盛です。

30歳であろうと60歳であろうと80歳であろうとその気持ちに変わりはありません。むしろ年を重ねるごとにその願望は強くなるのではないでしょうか。そして、そこが男と女の大きな違いだと思います。

神様は男より女の方が精神力が強いから、男には女より強い力(腕力)を与えられたと言います。
しかし、精神力に加え腕力までも女が強くなってきたら‥‥日本を、世界を女性が引張ていく時代が到来するのもそう遠くないかもわかりません。

いや、やはり女は底力を秘めつつ、男を立てているようなふりをしているほうが世の中うまくいくような気がします。
そのためにも、オリンピックで男女が入り混じって戦うことだけは、どんなことがあっても避けなければなりません‥‥。




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ならまち

2012-03-27 | 徒然なるままに
お彼岸を過ぎても真冬のような寒さ、また雨や曇りの日が多かったせか、今日の日差しにはじっとしていられず、素早く用事を済ませ、車を飛ばして奈良へ。

大好きな「ならまち」へは我が家から車で20分。今日は江戸川さんの隣のパーキングに車を止め、下御門通りからもちいどの通り、猿沢の池、猿田彦神社、元興寺…と歩きました。

「ならまち」をご存じでない方に簡単に説明しますと、奈良公園、興福寺、東大寺、春日大社と言った有名な観光地が並ぶその脇に、江戸時代、明治時代の面影を残す町屋が軒を連ねる一角が広がっています。

訪れる者の好奇心をかきたてる何本もの細い路地が枝分かれするその小さな町は、ちょうど猿沢の池の南側に広がっています。
「ならまち」は、もともと元興寺の旧境内から発展したまちで、平安時代までは現在の奈良市街の南東部のほとんどを占めるほど大きかったそうですが、今は僧坊の一角が現存しているだけです。

「ならまち」の中で一番大きなお寺であるこの元興寺の散策も楽しみの一つですが、この「ならまち」の何よりの魅力は、江戸時代の町屋を改造したカフェ、アトリエ、ギャラリー、雑貨屋、レトロな古本屋や土産物屋などどこか懐かしい佇まいの小さなお店が軒を連ねていることです。

小さなと言っても、町屋を改造したお店はみな間口は小さいのですが、どのお店も中に入ってみると意外と奥が深いことに驚いてしまいます。
間口が狭く作られている理由は、少しでも表通りに面したいと言う当時の庶民の想いの表れであるという説と、昔の税金は間口の広さによって決められたのであえて間口を小さくしたという説の二つがあるそうです。

私は京都育ちなので、奈良に住んでからも実はずっと《京都びいき》だったのですが、今、奈良の魅力にとっぷりとはまってしまっています。

なんかパッとしない、古い服をいつまでも大切に着てるちょっと時代遅れな人のような、何とも言えないその不器用さ、ゆるさ?がとても心地よく高感が持てるのです。大好きです!(年取ったせいでしょうか…)

さっさと歩けば30分で回れてしまうようなこの小さな町、好奇心に任せて歩き回ると一日かけても回りきれません。今日は散策に許された時間はたったの2時間でした。楽しみを次に残して帰ってきたわけですが、次はいつ行くか、既にカレンダーとにらめっこしています。

これから本格的な観光シーズンを迎える奈良、休日は観光客で、新学期が始まると平日も遠足や修学旅行の学生で溢れかえります。

やっぱり雨の日の平日が狙い目でしょうか…。

雨の日の奈良、これがまたいいんですよ。次は写真もアップしますね。



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菜種梅雨

2010-03-24 | 徒然なるままに
 3月下旬から4月上旬にかけて降り続く雨のことを「菜種梅雨」と言います。春から夏にかけての雨に植物の名前がついていることからも、この時期の雨がいかに植物の成長にとって大切な恵みの雨であるかがうかがわれます。
 「菜種梅雨」が終わると次に訪れるのは5月初旬の「筍梅雨」、5月中旬に降る雨は「卯の花くたし」、そしてそれが終わるといよいよやって来るのが、梅の実が熟すころの本格的な雨の季節「梅雨」と言うわけです。そうやって思うと、雨も風情があり、とても愛おしいものです。
 昨夜は雨音を子守唄に眠りにつき、今朝は雨音で目が覚めました。庭木たちがのびをしている声が聞こえてきそうな朝でした。
 雨の日の朝は、香り高い紅茶やハーブティーを入れて、たとえ短くても優雅な時間を過ごすようにしています。今朝は那須高原で買ってきた桃の香りの紅茶を入れました。
 雨の日のおしゃれもまた楽しみです。今日はジャケットの下に、普段は着ることのない襟元にフリフリのついた明るい黄緑色のシャツを着て、奮発して買ったお気に入りの傘で出かけました。草花たちと一緒に、雨の日を楽しんでいます。

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小米花

2010-03-23 | 徒然なるままに
 雪柳の別称で、白いたくさんの小花をお米に見立てた愛嬌のある名前です。花言葉も「愛嬌」。小さな花はよく見ればきれいな五弁花でバラ科に属しています。
 バラ?米粒のような小さくて地味な花がバラ科なんて、バラが「ふんっ」なんてやってる姿が目に浮かびそうですが、群生するとその美しさは大輪のバラもかなわぬほどです。
 近くを流れる富雄川の川岸は、毎年秋にはコスモスの群生が延々と続き通る人の目を楽しませてくれるのですが、今日は川岸に群生する小米花こと雪柳の美しさに思わず目を奪われてしまいました。そのあたり一体にはまだ雪が残っているかのような風景…。
 雪柳の開花は3月中旬ごろ、つまり桜より一足先に満開を迎えるというわけです。いつだったか、人々が上ばかり見上げて歩いて行く桜並木の足元で、静かに咲き誇る真っ白い雪柳のあまりの美しさに感動したことがありました。
 今年は、大スターの存在のおかげで影を潜めてしまう花たちにも、目を、そして心を向けてあげてみてはいかがでしょうか?

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寄り道

2010-03-19 | 徒然なるままに
 京都の帰り、いつもは京奈和自動車道を飛ばして帰るのですが、春ののどかな夕日に誘われて今日は国道をのんびり走って帰ってきました。のんびりついでに京田辺の「一休寺」に寄り道。到着したのは17時10分前、駐車場には1台も車がなく境内は静まり返って…と言いたいところなのですが、残念ながら修復工事の音が境内に鳴り響いていました。春のシーズンを目前に、こんなに日が暮れるまで大急ぎの工事といった感じでした。
 石畳を登り、ビニールシートのかけられた本堂を参拝してから、一休寺の境内の散歩はあきらめて、少し西に行ったところにある薪神社という小さなお寺に足をのばしました。金春禅師が一休禅師のために猿楽を演じたと伝えられるところで、「薪能」という名称はここで野外能を演じたことから起こったという説もあるそうです。こんな小さなお寺から生まれた名前だなんて驚きです。
 ほんの少し心をのんびりさせてこんな寄り道をしてきても、今、こうしていつもと変わらない夜を迎えています。少しぐらい寄り道したって同じように夜がやってきて、また新しい朝がやってくるのです。もっと心にゆとりをもって、お得に生きていきたいと思います。

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お香

2010-03-18 | 徒然なるままに
 しーんと静まり返った会議室、どこから美味しそうなにおいが…『ああ、どうかお腹よ、鳴らないで!』祈りも虚しく「グ~~」、こんな経験ありませんか?どんなに理性で抑えようとしても香りで反応する体、これは自律神経の仕業。そしてこの自律神経の反応を利用したのがアロマテラピーです。鼻粘膜のにおいを感じる神経細胞は、香りをキャッチすると、ご主人様の断りもなしに、その刺激を直接、脳の辺縁系に伝達してしまいます。この辺縁系こそ自律神経の司令塔なのです。
 店頭の面白い写真ラックが目に留まり立ち止まったファンシーグッズのお店、中から漂ってくるにおいに誘われて奥へ奥へと歩いていくと、たどり着いたのは「お香」のコーナー。もともと香りが好きで、気が向いたときにはアロマやお香をたくのですが、そういえば最近は忙しくて香りのこともすっかり忘れていました。
 カラフルな色に思わせぶりな名前、きれいにディスプレイされたお香立てなどのグッズ、多種多様の香りが渦巻いていてまるで別世界に迷い込んだしまったような気分です。
 人気№1!とレッテルが貼られていたのはやはり《GONESHインセンス№8》。「№1なのに№8!」というお店の人のコメントにニタリとしながらも、私が選んだのはインド香の《THE MOON》。いかにも深い眠りを誘いそうな夜の香り。それもそのはず時計を見れば21時を過ぎ、マンネリの睡眠不足の私の体が欲しているのは何よりも「睡眠」のようです。
 お香はもともと伽羅や白檀などの香木の樹皮、葉、根などを粉末にしたものや、芳香のある樹脂などを練りこんで作られる天然のものでとても高価、若者たちに人気のお店に立ち並ぶリーズナブルなお香たちには化学物質の混入は容易に想像できるところなのですが、体が気に入った香りなので「善し」として購入。
 さっそく昨夜はTHE MOONの香りに包まれて眠りにつきました。今朝は6時起床。すっかり家事を済ませて仕事開始!

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ふきのとう

2010-03-15 | 徒然なるままに
 雪解けを待たずに地上に顔を出す「ふきのとう」。まるでつまみ細工のような蕾は、幾重にも緑の衣を重ね着し寒さをしのいでいるかのようです。子どものころよく見かけたその愛らしい姿も、最近はめっきりお目にかかっていませんでした。
 今日、友人たちと訪ねた京都美山のお蕎麦屋さんで懐かしい「ふきのとう」のお惣菜が出てきました。しかも白馬から戻ってきたばかりの友人が、長野県の白馬あたりでは「ふきのとう」のことを「ちゃんめろ」と呼ぶと教えてくれて感動が倍増!なんと愛らしい名前でしょう。寒い雪国にいち早く春を告げにやって来る可愛らしい春の使者を愛しく思う地元の人々の気持ちがにじみ出ている愛称です。
 しかし、お味の方はその愛らしい名前には似つかわしくなく、ほろ苦く独特の風味があります。「春の皿には苦味を盛れ」と言います。苦味は冬の間に溜まった余分な脂肪を流してくれるのだそうです。そういえば、春の山菜は苦味のあるものが多いですね。
 我が家の庭一面に「ふきのとう」が顔を出してくれたら、いろんな意味で、嬉しいのですが…。

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弥生

2010-03-14 | 徒然なるままに
 「弥生」と聞いて3月のこととすぐに分かる人もだんだん少なくなってきたように思います。「3月」という立派な通称があるわけで「弥生」などという別名まで知らなくても日常生活に支障をきたすわけではありませんが、草木が芽吹く春のやわらかな風景が目に浮かぶようなこの「弥生」という呼び方を大切に守りたいものです。
 「弥」は「ますます」とか「いよいよ」とかいう意味、昔の人は「いよいよ草木が生い茂る月」という意味でこの月を「弥生」と名づけたんですね。
 今日は、地域の公民館の行事「音楽の玉手箱」でart cubeが演奏しました。そこで司会の私はお客様にこんな質問をしてみました。
「♪さくら~さくら~これはみなさんもよくご存知の『さくら』の歌の冒頭ですが、さて、この続きの歌詞はわかりますか?」返ってきた歌詞は「♪弥生の空は~見渡す限り~」予想通り!この歌は今も小学校の教科書に載っているのですが、実は歌詞が改正されています。
        《さくら さくら 野山も里も 見渡す限り…》
そうなんです。「弥生」という言葉が抹消されてしまっているのです。子どもたちにも充分理解できる歌詞に、ということでこのように書き換えられてしまったのです。私がこのことをみなさんにお話しすると、あちこちからため息が漏れていました。
 一体どこまでこの魔の手が伸びてくるのでしょうか。多くの子どもたちが『うさぎはおいしいのか』と思ってしまうあの「ふるさと」が危ない!

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2010-03-11 | 徒然なるままに
 今夜は、来月、沖縄の読谷村で公演する《言葉小箱》「いのちの絆」の企画会議でした。
この「いのちの絆」は、昨年9月、沖縄の与那原町で初演して以来、各地で公演していますが、回を重ねるごとに、私自身、ようやく「絆」の意味が分かってきたような気がします。
 「絆」とはもともと馬や犬を木に結びつける綱のことで「木綱」と言う字を書いていたそうですが、それがいつの間にか今の「絆」という字になったそうです。
 頑丈な綱でしっかり木に結び付けられている馬と、綱で結び付けられているわけでもないのに側から離れない馬がいるとしたら、飼い主と馬の絆はどちらの方が強いでしょう?絆は、目に見えるものにしようとすればするほど弱くなっていくのかもわかりません。
 親子の絆、夫婦の絆、家族の絆、恋人同士の絆、そして「いのちの絆」、何かでつなごうとしなくてもつながっているもの、それが「絆」なんですね。

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