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中橋怜子の 言の葉ノート

自然、人、モノ、そして音楽…
かけがえのない、たおやかな風景を
言の葉に込めて

東京夜景に想う

2014-02-13 | 徒然なるままに

昨日、東京でのある研究会で建設業の方々とお話する機会をいただいた。

建設業界は、今、深刻な人材不足であるというお話の中で、私はある言葉を聞いて愕然とした。

「勉強しなければあんな仕事をしないといけなくなるのよ」

建築現場の横を通りかかった母子。これは母親が子どもに言った言葉である。

人材不足の原因は他にもたくさんあると思うが、その根源がこの言葉の中に集約されてるように思う。

子どもを育てる母親がこの考えでいる限り、この問題の解決は難しい、そんな気がする。

少子化が益々進む上に、自分の歩む道の選択を母親に委ねている子どもが多い。

このまま人手が減り続け、震災復興、景気回復、2020年のオリンピック、パラリンピックなどの需要に対応することができるのだろうか。

万が一今すぐ素晴らしい手が打たれたとしても、「10年でようやく一人前になれる」というような職人技のことを思うと、しばらくは不足の流れを止めることはできない。

昨夜は、銀座のホテルに宿泊した。22階の部屋の窓から東京の夜景を眺めながら、母親が子供に言った「あんな仕事」という言葉を思い出していた。

夜景を彩る美しいネオン、これらのビル、橋、鉄塔、道路、鉄道、遊園地…「あんな仕事」って、じゃあこれらは一体誰が作ったの?

新しいビル、オリンピックの競技場は一体誰が作るの?

なんとかならないのだろうか!いや、絶対なんとかしないと!

私たちにできることはなんだろう…、

私にできることはなんだろう…。


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「鬼」

2014-02-03 | 徒然なるままに

今日は節分、一年で一番「鬼」が可哀想な日です。

私たちは「鬼」は恐ろしいもの、悪者と決めかかっていますが、本当にそうでしょうか?

昔話の中に出てくる「鬼」を見ていると、どこかユーモラスであったり、正義感が強かったり、やさしかったり、親しみを感じるものが多いです。「泣いた赤鬼」(浜田廣介/作)などを読むと、私は未だに込み上げる涙を抑えることができません。

「鬼の目にも涙」「心を鬼にする」「鬼が笑う」「鬼の攪乱」…例えばこんな言葉の中の「鬼」たち、決して「恐ろしい」「悪い」といったキャラではありません。

私は、「鬼」とは、毅然とした決意を持って生きている人、ブレない人、などに与えられるとても名誉ある仇名であると思っています。

例えば「仕事熱心な人」と「仕事の鬼」、この二つを比べてみるとどうでしょう?

後者の「仕事の鬼」の方には、仕事に対するブレない強い意思、責任のようなものを感じます。

仕事量とか要領の良さとかいう〈ものさし〉ではなく、心構え、意思、決意の度合いというような〈ものさし〉で計ったときの最上級が「鬼」。

また「あの人、鬼みたいにやさしい」と表現することがありますが、この「鬼みたいに」を「とても」に置き換えてみるとどうでしょう?随分ニュアンスが変わってしまします。「鬼みたいにやさしい」には、もっと心の奥底からの、心根の部分からのやさしさを感じます。

中庸を無難とする傾向がある現代人、心の中にこんな強くてやさしい「鬼」を棲ませて欲しいものです。

  「鬼は~外!」

怠け鬼、だらしない鬼、不平不満ばかり言う鬼、すぐ切れる鬼…そんな鬼たちを心の中から追い出しましょう!

 

 

 


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遣らずの雨

2014-01-30 | 徒然なるままに

久しぶりに今朝は雨音で目が覚めました。「目覚めの雨」とでも言いましょうか…。

古来、日本には無数の雨の呼び方があり、また雨にちなんだ表現もたくさんありました。

今は道路も舗装され長靴を履く必要も殆どなくなり、雨のシンボルでもある傘でさえ無くても何とか雨をしのげるようになりました。

雨との付き合い方一つをとっても、今の私たちの生活がいかに自然と遠ざかってしまったかがよくわかります。

人と自然との距離が遠ざかるほどに、私たちは「言葉」もいっしょに置いてきてしまったような気がしてなりません。

その昔、日本の結婚の形態は「妻問い婚」といわれるもので、夫は妻の家を訪れるだけで同居はしませんでした。また、夫には何人もの女性がいたので、一人の女性のもとに足繁く通うということはありませんでした。夫に新しい女性ができてそちらに情が移ってしまえば、ますます訪れて来る機会が減ったというわけです。

「嘆きつつ独り寝(ぬ)る夜の明くる間は いかにひさしきものとかは知る」[あなたがおいでにならないのを嘆きつつ一人で寝る夜の明けるまでがどんなに長いことか、決してあなたにはわかりますまい]

これは、『蜻蛉日記』の作者でもある右大将道綱の母が詠ったものです。

「君待つと我が恋居れば我がやどの すだれ動かし秋の風吹く」[あなたがおいでになるのをただ心苦しく待っていますと、風にすだれが揺れるのもあなたがおいでになった気配かと胸が思わず高鳴るのです]

これは、額田の王が詠ったもの。

どちらの歌からも、通い夫(づま)を待ちわびる女の切ない胸の内がひしひしと伝わってきます。

《遣らずの雨》とは、夫が帰ろうとしたときに降ってきた雨、「雨が降ってきましたからもう少しここにおられては…」そんな『帰らないで』という想いが込められた雨のこと、転じて、人を帰さないためであるかのように降ってくる雨のこと。

当時の女性たちは、いつ夫に来られてもいいように薄化粧をし、美しい着物を身にまとって待っていたのです。

すっぴん、スエット姿で待つ妻たちよ、少しは見習おうではありませんか!

 

 


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ひとりになる覚悟

2014-01-15 | 徒然なるままに

私は「ひとりの時間」「己の時間」を大切にしています。

もちろん友や仲間と語り合ったり、賑やかに過ごす時間も大好きです。それは、その人(その人たち)と会いたいから、語り合いたいから会うのであり、孤独や寂しさをごまかすために意味もなく会っているのではありません。

思う、感じる、考える、選ぶ、決める…人生の根っことなるこうしたことはひとりでしかできません。誰かに相談したところで、人はどう思っているか意見を聞いたところで、最終的に決断するのは自分ひとりです。

たとえ1対100でも、自分の思いをぶらさげて周りと対峙していける覚悟、「ひとりになる覚悟」をもたなければ、自分らしく生きていくことはできないと思っています。

これは「自分を大切にする」ということで、決して「自己中心」という意味ではありません。

    たとえ世界中が

    あなたの敵だって

    私だけはあなたの味方だわ

    大丈夫 信じて…

これは私が公演でよく歌う「大切な人へ」の歌詞の一部です。おそらく今まで歌ってきた歌の歌詞の中で一番大好きな言葉です。このフレーズを歌うと自然に涙がこみ上げてきます。(実際にステージで何度か壊れました^_^;)

「ひとり」ということは、たとえ世界中を敵に回しても大切な人を守るために「ひとりになる覚悟」があるということでもあります。たとえ大切な人が間違っているとしても、自分自身の意見と違っていたとしても、その人を守るために「ひとりになる覚悟」があるということです。

人は人から、人間関係から多くのことを学びます。生きていく上で「人と関わること」これは一番大切なことだと思います。

しかし、たくさん友だちがいる、いつもだれかと群れているという安心感だけで生きていくのは、せっかく一人の人間として生まれてきたのにとても残念なことです。

人の顔色やご機嫌をうかがいつつ生きているのでは自分らしい人生を歩むことはできませんし、本当の友や仲間を持つことはできません。

「自分」「己」を大切にできるからこそ「人」を大切にできるのだと思います。真の信頼関係が生まれるのだと思います。

             

 

 

 

 

 

 

 


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新しい自分の始まり  ―成人の日に寄せて―

2014-01-13 | 徒然なるままに

私は仕事で若い演奏家たちと行動を共にすることが多く、お陰で、親子の関係では知り得なかっただろう彼らの心の奥の話を聴くことがよくあります。その殆どが悩み事、それも彼氏彼女のことなど圧倒的に恋愛の悩みです。

去年の秋ごろのこと、久しぶりに出会った女の子が激痩せしているのに私は驚きました。

「どうしたの?何かあった?」と尋ねると、「彼に振られました」とポツリ。その彼と随分長い間付き合っていたことも、結婚の約束をしていたことも私は知っていました。彼女はまだ彼のことが大好きなのに…つまり大失恋!この世の終わりとでも言うほどの落ち込みように、さすがの私も何と声をかけたらよいものか言葉を探すのに苦労しました。

その彼女と12月に一緒に仕事をしました。彼女にはいつもの健康的な笑顔が戻っていて、ステージでも何か初々しく輝いているように思いました。

帰りの車の中で「先生、私、新しい彼氏ができそうなんです」と彼女。「うそー?ほんとー?おめでとう!」私は思わず大声で叫んでしまいました。「クリスマスもお正月も一緒に過ごそうって約束してるんです」「彼氏ができそうって、そんなんもう彼氏やん!彼氏ができたんや!よかったねえー!」帰りの車の中の賑やかだったこと!

私は常々「失敗」と「成功」は一枚のカードの裏表であると思っています。「失敗」しても、ポンと裏返せばそこには「成功」があるのです。「別れ」は「出会い」と裏表。「失うこと」は「手に入れること」と裏表。「知らないこと」は「知ること」と裏表。「躓き」は「出発」と裏表……。

つまり「別れ」は「新しい出会い」の始まり、「失うこと」は「新しく手に入れること」の始まり、「知らないこと」は「新しく知ること」の始まり、「躓き」は「新しい出発の始まり」なのです。一見「失敗」に見えることは、すべて「新しい自分の始まり」なのです。

私の思う「失敗」とは、失敗したそのもののことではなく、カードをポンと裏返すことができなかったこと。ようは、カードをポンと裏返す力さえあれば、人生に失敗なんてないに等しいのです。

どんな力でも鍛えれば強くなるように、ポンと裏返す力も鍛えれば強くなるのです。つまり、失敗は、この「カードをポンと裏返す力」を鍛える絶好のチャンスなのです。私もこれまで随分この力を鍛えさせられました。お陰で何をしても失敗する気がしません!(笑)

今日は成人の日。私は若い人ひとりひとりに手紙を書きたいです。

失敗を怖がらないで様々なことに挑戦してください。

勇気を持って新しいことにどんどん挑戦してください。

 

 

 

 

 


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人の記号

2014-01-06 | 徒然なるままに

朝、家の前を掃いているときの人とのコミュニケーションが私は好きです。

どこに住んでいる人なのか、何をしている人なのか全く知らない方であっても、とにかく朝なんですから、目の前を通られる方に「おはようございます」「寒いですね」「いってらっしゃい」などと明るく声をかけるようにしています。そうすると決まって向こうからも明るいお返事が返ってきます。

この、人の記号、つまりその人の身分や肩書きや立場の見えないコミュニケーションが本当のコミュニケーションのあるべき姿だと思うのです。この人はこういう肩書きの人だから、つきあう、つき合わない、そういう視点で人間関係を築いていくほど悲しいことはありません。肩書きなんて組織の中を系統だてるための記号に過ぎません。会社を辞めたら突然誰も声をかけてくれなくなった、友達がいなくなったという話をよく聞きますが、そうなるのは、その人はみんなから「○○会社の○○さん」と捉えられていたからであり、人としての関係がちゃんとできていなかったからではないでしょうか。記号でつながっていた関係はその記号がなくなった途端切れてしまいます。

ある組織の中では重要な肩書きも、その組織を外れると無意味、かえって邪魔になることがあります。たとえ大企業の社長であっても、通い始めた男の料理教室では一生徒、僕は社長だからなんて通用することは何もないのです。

「釣りバカ日誌」の浜ちゃんとすーさんの関係をみているとよくわかります。会社の中では、普段、顔も拝めないような社長と、ぺーぺーの平社員が、釣りとなれば立場は逆転、つまり肩書きや立場なんてその時その時で変わるもの、いつかなくなってしまうかもしれない非常にあてにならないものなのです。それに比べて、その人の人間性はそう簡単に変わるものではありません。

私たちが心の底から「信頼できる」「尊敬している」という人は、実は肩書きではなく人間性の部分でなのです。逆に言えば、人間性の部分でなければ、その信頼や尊敬は決して長続きするものではないのです。

私は「人の心をとらえる話し方」の講座の中で、よく「相手を信頼して話す」「相手を尊敬して話す」と言いますが、そのためには、人を見るときにはできるだけその人の人間性に目を向ける必要があり、もっと言えば、短時間の間にその人の「信頼できるところ」「尊敬できるところ」を見つけ出す力を養うことが必要があるということです。

ここで本田技研工業の創業者である本田宗一郎さんの素敵な言葉を引用します。

『社長なんて偉くも何ともない。部長、課長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない』

私は、人を見るときは、その人が誰なのか(身分、肩書き、立場など)ではなく、その人が何をしている人なのか、どんな人なのかという視点で見るように心がけています。

大事なのはその人の肩書きではなく、その人が人間的に尊敬できるかどうか、信頼できるかどうかなのですから。

 


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幸せな朝

2013-04-06 | 徒然なるままに
自分の周りには、気づかないだけで小さな幸せがいっぱいあります。
なんでもない幸せ、些細な幸せも全部数えてみよう、書き出してみよう、こんな内容の記事や本も最近よく目にします。

休日の朝のまどろみ、朝の一杯のおいしいコーヒー、友達からの贈り物が届いたこと、…今、私も朝からの幸せを数えてみましたが、すでに10個はとうに越えています。これを夜やると100個は軽く行くんでしょうね。

さて、そうやって数えた幸せの中に、どれだけ「人(他人)の幸せ」が入っているでしょうか?

「人の不幸は蜜の味」なんて言いますが、では「人の幸せは??」

私は、人の幸せは心から祝福し、そしてその幸せを共感させていただきたい、できることならその幸せのお裾わけを頂きたい、おこぼれを頂戴したい、そう思うのです。

「人の幸せを心から祝福」…なかなか難しいことです。何しろ人間の心には煩悩がいっぱい。

しかし不思議なもので、そんなことを繰り返していると心も少しずつ変わってきます。
食べ物や環境で体質が徐々に変わっていくように、行動や考え方で心の性質、心質?が少しずつ変わっていくような気がします。
幸せそうなお顔や情景を見たり想像したりするとこちらまで幸せにな気分になってくるものです。


昨年まで心も体も病んでしまうほど辛いことの連続だった友人にこの春、いっぱいいっぱい幸せが訪れました。
その彼女から今朝「ANA3月4月機内限定販売、スターバックス桜柄の水筒」のプレゼントが届きました。
小さな飛行機、見えますか?

お花は、先日、仕事でお世話になっている女性の会社の設立一周年記念パーティーで頂いたもの。
彼女も「どん底から…」と自身が言われるように、幾多の困難を乗り越えて大きな幸せを手にされた、大好きな仕事仲間です。

花瓶は、私が心から信頼している大好きな仕事の相棒、友人、そして妹分からもらったもの。彼女の笑顔もお花も全部が私の幸せのもと。

そして見えないのが残念。大好きな仕事仲間、友人、妹分の選んでくれた幸せな香りがここに漂っています。


「幸せな朝」




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二足のわらじだっていいじゃない!

2013-04-03 | 徒然なるままに
先日、大学の恩師であるピアノの先生のリサイタルに行ってきました。
御年80歳、驚くのはここではありません。なんと、ピアノではなく歌のリサイタル、80歳にしてソプラノ歌手デビューなのです。
優しいビロードのような声に言い知れぬ感動を覚え、途中何度も溢れ出そうになる涙をこらえながら聴かせていただきました。

私はこうであると決めつけない生き方、努力と結果が輝いている「為せば成る」という生き方、内から滲み出る若さというものは、意識してつくるものではなく、その人の行動に無意識に伴ってくるものであるということ…語り尽くせぬ多くのことを学ばせていただきました。

自分はこうだ!と決めつけず、いつで新しいものを受け入れられる、いつでも変われる、幾つになってもそんな準備のある、好奇心旺盛な自分でありたいと思うのです。

我が家から実家への道に、こんな楽しい花を咲かせる木があります。
一本の木に二色の花、「それがどうかしました?」と言わんばかりに堂々と見事に花を咲かせています。
この時期「二足のわらじだっていいじゃない!」と私を励ましてくれる木です。


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これが私

2013-03-29 | 徒然なるままに

  私だって負けないわよ
  私のほうがきれいでしょ

自然の中で、一心に咲いている花からは、そんなことは微塵も感じません。

満開の桜が人々の目や心を奪っているとき、時期を同じくして静かに咲いているお花たちを見るといつもこのことを思います。
奢ることもなく、他を羨望することもなく、自分の季節に自分を一心に咲いているお花たち。

お花たちを見ていると、
書く文章も、音楽の表現の仕方も、それにおしゃれだって、
人を真似たり、羨んだり、変な意地張ったりしないで、

「これが私」

とガツンといきたいと思うのです。

満開の桜の木の足元に咲くユキノシタ。



http://cotonohacobaco.com

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財布の日

2013-03-12 | 徒然なるままに
3月12日、今日は「さいふ」の日だそうです。
毎日お世話になっているお財布、今日は感謝の気持ちを込めて丁寧にお手入れしてみませんか?

中にいらないものが入っていませんか?レシート、めったに使わないカードや診察券、絆創膏やメモ用紙…
私は必ず夜(できなかったときは次の朝、出かける前に)鞄と財布のお掃除をします。

レシートなどが溜まってくると整理せざるを得ないように、無駄に大きくないスマートな長財布を使うようにしています。
まず、溜まったいらないものを全部出して、最後に明日の行動を考えてお金を補給します。もちろんお金は同じ向きにきちんと揃えます。

とここまで書くと、私はいかにも家計簿でもきちんとつけていそうな感じがしますが、それは全く苦手な分野です。
昔、私の母が言った「お金は必要なもの、必要なときのには必ず出て行くのだから、無駄遣いさえしなければ家計簿などつける必要ない」という言葉が鮮明に頭に焼きついているのですが、今思うと、やはり母も家計簿をつけることが苦手な人間だったのだと思います。

その母の言葉をくんで、以下が私のお金の使い方のルールです。

①無駄遣いはしない。(何を無駄とするか。ここにもルールがあります。これはまたいつか…)
②賭け事はしない。宝くじは買わない。
③どうせいるものは早く気持ちよく支払う。
④お金はいつも先行投資の気分で使う。(例)食品への投資は先々の健康のため。おしゃれや身だしなみ投資は仕事運などの先行投資、など。
⑤貯金を「楽しみ」「趣味」としない。

さて、今夜は、お財布の外側も少し磨いてみようと思います。



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自分との関係

2013-02-28 | 徒然なるままに
今朝、鏡の前で何気なく髪をかきあげたら、生え際に数本の白髪が…『いやだ~』あれこれ思う前にすぐにヘアマニュキアしました。
シャンプーも終わって乾かしたらつやつやの栗色の髪。私の髪、きれい!
毎年、特にお手入れもせずガサガサひび割れで悩む足の裏に、今年は朝晩丁寧にクリームを塗っています。顔よりキレイなんじゃない?というようなつるつるの足の裏。足の裏までつるつるの私。素敵!
今朝は雑巾片手に丁寧にトイレのお掃除。えら~い!
買い物でふと目に付いたお洋服、お義母さんに買ってあげよう!私ってなんて優しいのかしら!

おかしいですか?

「自分が好き」と言うとなんかナルシストみたいで嫌という人があるかもわかりませんが、自分が嫌いでは何ごともうまくいかないような気がします。幸せなんてやってこないような気がします。
私も自分の嫌なところ、自分が嫌になること、たくさんあるのですが、ごちゃごちゃ余計なこと考えていないで、さっさと自分が好きになれる自分を演出するようにしています。

自分を躾たり、自分を褒めてあげたり、自分を愛したり、自分との関係がうまくいって初めて人との関係がうまくいくような気がするのです。
お友達ができない、人とうまく付き合えない…という人は、ひょっとしたら自分との関係が悪いのかもわかりません。

さて、2月も今日で終わります。
28日だったり、ときには29日だったり、この特別な月を私は他の月と少し違う特別な気分で過ごすことにしています。

明日から、新しい私…。



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心の掃除

2013-02-27 | 徒然なるままに
「何か後悔していることはありますか?」と聞かれた喜劇俳優ジミー・デュランテは、
「ありますよ、山ほど。でもラッキーなことに、どれ一つとして覚えていないんです」
こう答えたと言います。

「やっぱりB型ね」という友人たちの声が聞こえてきそうですが、私もこのジミーととってもよく似ています。
どれ一つ、とまではいかなくても、嫌なことは殆ど覚えていません。忙しいからいちいち覚えていられないんだと思っていましたが、このジミーの言葉を知って、これは性格、ものの考え方捉え方の癖みたいなものであることに気づきました。
私は、自分の失敗、嫌なことを「あれがあったお陰で…」とすぐにプラスにひっくりがえして考える癖があるので、嫌な記憶が嫌な形のまま残っていないのだと思います。

しかし、殆ど覚えていないということは、私にもいつまでもこだわっているいくつかの嫌な記憶があるわけで、この際、嫌なこと後悔していることを、明日2月28日を限りに、み~んな捨ててしまうことにしました。心の大掃除です。

 実は閏年であった去年、4年に一度しかやってこない2月29日を無駄にする手はない、何か記念になることをしよう!そう決めて実行したのが「Xday」。2012年2月29日をXdayに定め、その日を家中ピカピカで迎える、いらないものは全部処分して、この日私は生まれ変わる!そう決め、そして完全実行しました。

ところが、ガラクタがあまりにも多すぎて、家中があまりにも汚れすぎていて、実は、去年はここまでは掃除ができなかった、というところがあります。《心の掃除》です。

予定通りピカピカでXdayを迎えた私の1年は、それまでとは何か違う「新しいこと」との出会いが多い年でした。確かに、生まれ変わった感がしないでもない年でしたが、何かすっきりしない…それはきっとこの心の掃除をやり残していたからに違いありません。

許したり捨てたり、さあ、心の大掃除もいよいよ仕上げ段階。

3月1日、私はピカピカの心で、生まれ変わります!






 

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幸せの穴

2013-02-19 | 徒然なるままに
スマホが便利とかいっても、手帳だけはやっぱり私はコツコツと書き込みたい派です。
予定だけではなく、心に飛び込んできた素敵な言葉、美味しいお店の情報、気になった本のタイトルなど、何でも書き込んでしまいます。

少し前までは、何も予定がない日、つまり手帳に何も予定のない真っ白な穴があいていると何だか不安になり、逆に、びっしり予定が詰まってくると安心したものでしたが、今年に入ってそこの考えを改めることにしたのです。
ギチギチで身動きの取れない手帳、そんなところにどうやって幸せが入ってくるのでしょう!


「来週どこか空いてませんか?」
「来週……木曜日はいかがですか?」
「ああ、よかった。木曜日なら僕も午後空いてます。では15時に…」

今日、電話でこんな会話をしました。
お仕事でお世話になっている方なのですが、どんな内容の話にせよ、久しぶりにお目にかかってお話できること自体がとても楽しみです。
昨日もお仕事の関係で同じようなやりとりがあり、お目にかかる約束をしました。

今月は、友人と映画を2本も観に行きました。友人の舞台(芝居)にもオペラにも足が運べました。
家で好きな音楽を聴きながらゆったりと過ごしたり、引き出しや本箱の整理をしたり、
どれもこれも「幸せ」を感じる時間でした。

手帳の穴は「幸せの穴」。








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薄めたラム酒

2013-01-04 | 徒然なるままに
お正月、挨拶にやってきた姪に「いいものを飲ませてやる」
主人がとっておきのラム酒を水割りで飲ませました。
沖縄の飲み屋で初めて飲ませてもらって以来、すっかり取りつかれているラム酒です。
「あま!甘すぎて無理!」
と姪は言いながら、お水で薄めてもう一度トライ。
「薄めたら飲めるわ」
「あかんあかん、そんな薄めたらそのラム酒のうまさがわからへん」

人間も個性を薄めたら誰とでも馴染みやすくなるのか…

側で二人の会話を聞きながらこんなことを考えていました。
誰とでも馴染める代わりに、誰からも特に好かれることも嫌われることもない、
個性を薄めると世渡りは楽になるけれど、果たしてそれで自分がこの世で生きていることになるのか…
自分は自分、自分というブランドをしっかり持って、自分らしく生きたほうがいいじゃないか…

ラム酒ごときでそこまで考えるか?って感じですが、
これは念頭に素晴らしい体験をさせてもらったとラム酒に感謝!

薄めるぐらいならカレーライス(前出)の彼氏のように裏返してチェンジした方がまっしです。
裏返しても、そこにはっちゃんとあるわけですから。



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テルマエ・ロマエ

2013-01-03 | 徒然なるままに
来客続きのお正月、本日の来客を夕方に見送って、ようやく我が家にもゆったりとしたお正月がやってきました。
というわけで、夕食後DVDでテルマエ・ロマエを鑑賞。

テルマエ・ロマエとはラテン語でローマの浴場という意味。何の予備知識もなくこれを見た私は可笑しいやら、感心するやら、予想外のストーリーに新年早々脳に抜群によい刺激を与えることができました。

古代ローマ時代の浴場と現代の日本のお風呂をテーマとしたコミック映画で、主人公が浴場を使ってタイムトラベルをするというお話。
主人公らが溺れるように浴場に吸い込まれ古代ローマ時代と現代の日本を行き来するので、映画の中には当然ながら、浴場、水、といった場面が何度も出てくるわけですが、その水面が揺れてキラキラ輝いている光景…実は私、一足先に昨夜の夢の中で全く同じ光景を見たのです。

私は大な温水プールをスイスイと泳いでいました。しかも、私にはできないクロールでまるでお魚のようにスイスイスイスイ、疲れを感じることもなく気持ちよさそうにスイスイスイスイ、プールサイドに上がると、2000mとか3000mとか言っていたような気がします。
プールサイドから、しばらくキラキラ光る水面をじっと見ているのですが、また水に飛び込んで泳ぎだします。スイスイスイスイ、見事なクロールで。

あんまり気持ちのいい初夢だったので、仕事仲間に縁起の良いこの初夢をメールで報告しました。
そして、今夜のテルマエ・ロマエです。

お湯、お風呂、温泉、そしてプール…水?今年、幸運の鍵は水?美人水開発?温泉を掘り当てる?
とりあえず、お風呂、トイレ、洗面所、キッチンの水回り、金魚の水槽…我が家の水のあるところを徹底的にピッカピカにすることにします!







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