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中橋怜子の 言の葉ノート

自然、人、モノ、そして音楽…
かけがえのない、たおやかな風景を
言の葉に込めて

雨後

2015-03-19 | 言の葉
昨日、川釣りが趣味の友人からアマゴをいただいた。
奈良県下北山村出身のアマゴ。20匹ほど釣れた中の選りすぐりの5匹だとか。釣り人の想いと自然に深く感謝し、塩焼きにして美味しくいただいた。

山の幸で季節を感じるように私はいつも友人からいただく川魚で季節を感じる。
3月になって一斉にアマゴ釣りが解禁、いよいよ春がやって来たのだ。
鮎をいただくと梅雨近し…ということになる^ ^

ところでアマゴの語源を「雨後」とする説がある。雨が降り出すとよく釣れる魚という意味である。
なるほど!昨夕から降り出した雨が今もまだ降り続いている。

降り出すと長いこの時期の雨に昔の人は「菜種梅雨」という名前をつけた。この「菜種梅雨」、実はこんな風にも呼ばれている。「催花雨(さいかう)」、いろいろな花を催す(咲かせる)という意味である。
この雨が上がると南の方から桜の花便りが届きそうだ。

「雨後」「菜種梅雨」「催花雨」いずれも、昔の人がどれほど自然と向き合って暮らしていたかを感じる名前である。




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恋バナ …高瀬川の畔にて

2015-02-27 | 言の葉
先日の仕事の後の懇親会でのこと。

ちょっとお酒が入って心が緩んでいたせいか、気がついたら、いい大人三人で遠く懐かしい恋の思い出話に花が咲いた。今風に言うと恋バナというやつ。

三人がそれぞれ心の中から引っ張り出して来た恋バナは、大恋愛だったにも関わらずその人とは結婚しなかった恋の話。しかも、揃いも揃って、喧嘩したわけでもなく何となく別れてしまった恋人というから思い入れが半端ではない(笑)

若かりし頃の恋バナであり、三人とも今はその恋人のことなど何とも思っていないわけであるが、思い出を辿りながら話している顔が何とも和らいでいて心がときめいているのがよくわかる。
三人のときめきでその場が華やぎ、お酒やお料理に色が添えられて一層美味しいものになってくる。
そして何より、初対面の男性、仕事の話しかしたことがない男性、そして私、三人の心の距離がうんと近づいた気がした。

恋とはそんなものなのかもしれない。

恋は仕事や生きることの直接の目的になることはないが、仕事をするための、生きるための大切なエネルギーになっているのかもしれない。華やぎを添えるエネルギーになっているのかもしれない。
そのエネルギーはまた人間関係の貴重な潤滑油なのかもしれない。

ときめきとは、そのエネルギーが燃えるときの炎。
いつもときめいているということは、エネルギーの炎を消してしまわないということであり、生きていく上で実はとても大切なことなのかもしれない。

そんなことを思いながら高瀬川を渡ったちょっとロマンティックな京都木屋町の夜のお話。










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開也

2015-02-19 | 言の葉

「開也」

かいなり。
ひと月ほど前、スマホの中でばったり出会った書。
心が震えてどうしようもなくて…
一目惚れ。

「何でも受けとめてやる!さあ来い!」

その書は私にそう叫んだ。

ごっつい無骨な男と出会った気分。

今日、現物と対面した。
私が一目惚れしたスマホサイズの書は何とたたみ一畳ほどもある。

とてつもなくでっかい男がやって来た。





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からっぽにする ー謙虚ということー

2015-01-19 | 言の葉
日本人はとかく「謙虚」という言葉が好きである。「謙虚」を美徳と考える人も多いだろう。
しかし真に謙虚な態度を取れる人はどれほどいるだろうか。

「謙虚」とは「言葉や行動を慎み相手を敬い素直な態度で接するさま」とある。
さらに漢字を一字ずつ調べると「謙」は「へりくだる」、「虚」は「空っぽ、悪い心を持たない」とある。

つまり企みや下心があってわざとへりくだって接するのは本来の意味の「謙虚」ではない。

また「謙虚」の反対語は「横柄」とある。
年下、部下、生徒、弟子…目下に当たる人間が目上の人に横柄な態度を取らないからといって一概に「謙虚」とは言えない。そこには「礼儀」「マナー」というものがあるからだ。

こうして考えていくと真に「謙虚」であることは本当に難しい。

自分が年上で相手が年下であろうと、自分が上司で相手が部下であろうと、自分が指導者で相手が弟子・生徒であろうと、自分が客で相手が店員さんであろうと、相手より自分の方が経験が豊富であろうと、知識が豊富であろうと、常に相手を敬い素直な態度で接する、横柄、傲慢な態度にならず慎ましく接する。心を空っぽにして、頭を空っぽにして相手の話を聞く、相手に接する、そんな態度を「謙虚」というのだろう。

私もまだまだである。

今ふと頭に浮かんだ坂村真民さんの詩をここに綴りたいと思う。

「からっぽ」 坂村真民
頭を からっぽにする
胃を からっぽにする
心を からっぽにする
そうすると
はいってくるすべてのものが
新鮮で生き生きしている


今日2015年最初の授業を終え、今年の決意を新たにした。

『からっぽにする』

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スタバる

2014-09-29 | 言の葉

街角の気軽な入れるカフェで打ち合わせをすることが多くなった。
待ち合わせまでのちょっとした隙間時間、時にはわざわざ出向いて、こういうカフェで一人黙々と作業をすることもある。
人の出入り、雑談が入り混じったこのざわざわ感が妙に落ち着く。
外に向けてのカウンター席が空いていたら必ずそこに席を取る。珈琲の香りに包まれながら、ガラス越しに道を行き交う人々や、街路樹の枝で羽を休める小鳥を見たりしながらする作業は、静まり返った図書館での作業の何倍も心地よく効率がいい。
カフェは席を確保するのも難しいのに、図書館はいつもガラガラ、こうしているとそのわけが分かるような気がする。
「スタバる」なんて造語にも時代の流れを感じる。

先日、文化庁が発表した「国語に関する世論調査」の中の造語の使われ方の実態というのが非常に興味深い。

「事故る」「パニクる」「愚痴る」なども半数の人が使っている。「チンする」「サボる」などはもう立派な日本語である。

【使うことがある」と答えた人の割合(%)】
チンする 90.4
サボる 86.4
お茶する 66.4
事故る 52.6
パニクる 49.4
愚痴る 48.3
告る 22.3
きょどる 15.6(挙動不審な行動をする)
タクる 5.9(タクシーに乗る)
ディスる 5.5(バカにする、軽蔑する)

どのあたりまでわかりましたか?


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天地初粛 (てんちはじめてさむし)

2014-08-29 | 言の葉
 八月も残すところあと三日。暦の上では処暑(しょしょ)を過ぎました。処暑とは暑さも終わるという意味。確かに昼間はまだまだ暑いものの、朝夕の暑さは終わったように感じられます。

一年を春夏秋冬の4つに分けて四季。それをもう少し細かく24に分けて二十四節気(にじゅうしせっき)、処暑はこの中の一つ。立春、夏至、処暑、秋分などもこれにあたります。ここまでは何とか今でもでも耳にする言の葉。

昔の人はそれをもっと細かく72に季節を分けていました。七十二候(しちじゅうにこう)、365日を72に分けるのですから、つまり5日周期で季節の名前が変わって行くというわけです。

今日8月29日は七十二候では天地初粛(てんちはじめてさむし)という季節の中にあります。天地が初めて寒くなる頃という意味。

季節の名前を見るだけでも日本の言の葉はずいぶん減ってしまいました。美しい日本の言の葉が一つまた一つと忘れ去られていくことに淋しさを感じます。

寒さで目が覚めた今朝、もはや耳にすることのない日本の言の葉の一つ「天地初粛」(てんちはじめてさむし) という季節の名前に触れてみました。

 

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「どてかぼちゃ」と「おたんこなす」

2014-08-17 | 言の葉
「どてかぼちゃ」「おたんこなす」
何やらよろしくない言葉の中の野菜、気になりませんか?

「どてかぼちゃ」とはカボチャ畑ではなく土手に自生してしていたカボチャが、充分に陽も当たらず肥料も少ないので、小さく痩せていて食用に適さないというところから「役に立たない者」とか「半端者」といったような悪口として使われるようになりました。

「おたんこなす」の語源は「おたんちん」だと言われています。
「おたんちん」とは、江戸の新吉原(要は遊廓街)での言葉で、遊女達が嫌な客のことをこう呼んでいたと言います。「御短ちん」つまり「短ちん」の丁寧語です(笑)
それと小茄子をひっかけて「おたんこなす」という言葉が生まれたそうです。
今では「のろまな者」や「ぼんやりしている者」のことをこう言うようですが、もともとは男性に対して言う言葉だったんですね。

「どてかぼちゃ」「おたんこなす」もしこの言葉を遣う機会があれば(笑)こんな話をちょっと思い出してみて下さい。

先日JAで見かけたカボチャ!
羨ましい~!
これぐらいくびれたいものです…

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春のうららの…

2013-03-28 | 言の葉
♪春の うららの 隅田川…

「うらら」とは「うらうら」が短縮されたもの、そして「うら」とは実は「心」のこと。
「春のうららの…」なんて、きっと春になって心がとっても気持ちいいことなんでしょうね。

今日、春のうららかな日に我が家にひとりの来客がありました。

いつもにも増してにこにこしている彼女から渡されたもの、なんと素敵なお花の刺繍をあしらったティーコゼー。
私がずっと欲しくて欲しくてたまらなかったティーコゼー。

刺繍のお花はミヤコワスレ、透明の花瓶の中の水は水色のオーガンジー、それぞれ表情の違うミヤコワスレが1本ずつ4本の花瓶に生けられています。

私が喜ぶ顔を思い浮かべながらひと針ひと針刺してくださっていた、そのお気持ちが何より嬉しい…。

何をしているかより、なぜそれをしているのか、
何を作っているかより、なぜそれを作っているのか、
大切なのはそこ。

「うらを読む」とは「裏を読む」ではなく「心を読む」なんですね。




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音連れ

2013-03-27 | 言の葉
仕事柄なのか、音に非常に敏感で、例えば換気扇の音があまりにも大きいと気になってお料理の味付けができない私です。
私の家の中にはいつもクラシック音楽が流れていると思ってくださる方も多いのですが、そんなものが流れていたら気になって仕事ができません。というわけで、今も家の中はシーンとしています。金魚の水槽の水の音だけが鳴り響いています。

今日は友人がお昼ご飯を招待してくれました。友人の家は、我が家から車で10分ほど走るだけなのに、そこは山の裾野に旧家がひっそり佇む私たちの住宅街とはまるで別世界。豊かな自然が広がっています。

昼食後に歩いた山道、道の脇の溝からは、ヒタヒタ、ヒタヒタ、というかすかな水の流れる音、春の訪れを告げる音が私を優しく出迎えてくれました。

「訪れ」の語源は「音連れ」でないかと言われています。
そういえば、何かがやってくるときは必ず音がします。人は足音や衣擦れの音、戸を叩く音や「こんにちは」という声を連れて、雨は雨音を、台風は風の音を連れてやってきます。

春もいろんな音を連れてやってきます。雪解け水の音、小鳥のさえずり…花が開くときだって音がしているのかもしれません。

感性を磨くとは、特別なことではなく、よく耳を澄ましてみたり、見たり、触ったり、におったり、味わったり、常に五感を丁寧に使うというとではないでしょうか。

みなさんも、耳を澄まして春の音連れを感じてください。




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うぬぼれ鏡

2013-03-24 | 言の葉
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのはだ~れ?」

その昔から、鏡と女性とは切っても切り離せないものです。

ところで、私は実家の玄関に掛かっている鏡が今まで出会った鏡の中で一番好きです。
鏡のデザインのことではありません。その鏡に映る自分が一番好きなのです。

光線の加減なのでしょうか、色白に映り、シワやシミは殆ど映りません。
気のせいか、少し細めに見えるような気がします。
『私、意外とイケてるんじゃない?』と自信が湧いてくる魔法の鏡なのです。
こういう鏡のことを「うぬぼれ鏡」と言うそうです。
自分に惚れ惚れする…自惚れ鏡。

逆にがっかりする自分を映し出す鏡があります。
「自信喪失鏡」とでも言いましょうか、そんな自分を見てしまったときは一日気分が悪いものです。

実際より綺麗に映る鏡を見て満足していても仕方ない…私は、そうは思いません。
まず『自分を好きになること』それが幸せに生きる基本だと思います。
欠点を見つけて直すことより、長所を見つけて自信をもつことの方が絶対幸せへの近道です。

みなさんも、長所だけを映し出してくれる「うぬぼれ鏡」を持ちませんか?
どうやって?簡単なことです。
鏡はここ!と決めつけないで、お部屋のあちこちに掛け替えてみてください。
どこもだめなら、お部屋を変えてみてください。必ず「きれい!」そう感じる場所があるはずです。

自分の全てを受け入れ、自分のことが好きになる、幸せへの一歩、
「うぬぼれ鏡」にちょっと手伝ってもらいませんか?

実家に行く私の楽しみの一つ、
「うぬぼれ鏡」の中の私に会えること。


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病葉

2012-08-30 | 言の葉
この夏、大活躍だった我が家のグリーンのカーテン、今もなお元気に茂るゴーヤの緑の葉っぱの中に、ちらほら黄色い葉っぱが目立つようになってきました。中には枯れて茶色に変色してしまっているものもあります。

ことのほか暑かったこの夏、強い日差しを遮って、我が家の廊下に涼しい影を作ってくれた葉っぱたちの早すぎる最期に胸を痛めながら、一枚一枚に「ご苦労さま」「ありがとう」と声をかけながら、変色した葉っぱを丁寧にハサミで切り取りました。

他の葉っぱよりも先に赤や黄色に変色してしまっている葉っぱのことを「病葉」と言うそうです。「わくらば」と読み、語源は諸説ありますが、いずれにしても健康ではない病気の葉っぱということです。

他の葉っぱがまだまだ青々と茂っているのに、しかも可愛い子たちがまだたくさんなっているのに、その子たちの成長を見届けることもできずに枯れてゆく病葉の気持ちはいかなるものだろうか…6年前に亡くなった親友のことをふと思い出しながら、切り取った葉っぱを元の木の根元に寄り添うようにおいてやりました。

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桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿

2012-08-18 | 言の葉
桜の枝は切るとそこから腐りやすいので剪定のハサミを入れない方がよく、梅は翌年良い花や実をつけるためにも無駄な枝はきちんと剪定したほうがよいという諺です。
伸びるに任せた桜はあるがままの美しい姿を保ちつつ華麗に花を咲かせ、剪定の手入れが行き届いた梅は翌年見事な花や実を結ぶというわけです。

以前友人に「自分を花に例えると何の花だと思う?」ときかれたことがあります。
思いがけない質問に私はしばらく考え込んでしまいました。薔薇だとかっこいいけれど違うなあ…、ひまわり?そんなにいつもニコニコ笑ってるわけではないし、チューリップほど陽気な感じでもない。スミレほど清楚でもないし、菊ほど落ち着いてもいない…あれこれ考えているうちに梅が頭に浮かびました。それも白い梅、白梅です。

「私、梅のような気がする、いや、梅でありたいと思うの…」と友人に語り始めました。
いらない枝をどんどん切り落としては花を咲かせ実をつける、そんな梅でありたいと私は思います。余計なことはせずあるがままの姿がもっとも美しい桜にも憧れますが、私は手入れを怠るとダメになってしまう梅でありたいと思うのです。

だから、私の花を咲かせ実を結ぶために魔法を使ってくれる私の中に棲んでいる魔法使いの名前は「梅ちゃん」、なぜ「梅ちゃん」という名前にしたのかのお話でした。

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篠突く雨

2012-08-15 | 言の葉
昨日のような雨を英語では何と表現するのでしょうか? heavy rain?
日本語は凄いですよ。たくさん降る雨も、その雨の状態によって様々な表現があります。

大雨(おおあめ)…短時間に多量に降る雨。
豪雨(ごうう)…一時に激しく多量に降る雨。勢いよく降る雨。
暴雨(ぼうう)…ひどく降る雨。
夕立(ゆうだち)…夏の夕方、急に激しく降る雨。
俄雨(にわかあめ)…急に激しく降りだし短時間でやむ雨。
通り雨(とおりあめ)…さっと(激しく)降ってすぐ晴れ上がる雨。
霖雨(りんう)…何日も降り続く雨。
秋霖(しゅうりん)…初秋ごろに降る長雨。
洪霖(こうりん)…大水になるほど長く降り続く雨。
苦雨(くう)…人を苦しませる長雨。
淫雨(いんう…作物に被害を与えるような長雨。
地雨(じあめ)…ある決まった強さで本式に長く降り続く雨。
荒梅雨(あらつゆ)…梅雨前線の活動が強まることによって生じる集中豪雨。
篠突く雨(しのつくあめ)…篠竹を束ねて突きおろすように大粒で強く激しく降る雨。
卯の花腐し(うのはなくさし)…咲いている卯の花を腐らせるほどに降り続く雨。

調べればその土地特有の表現など、もっともっとあるような気がします。
たくさん雨が降れば、なんやらの一つ覚えのように「大雨」と言ってしまっていないでしょうか?
雨とのお付き合いの多い私たち日本人に用意された素晴らしい言葉たち、ちゃんと遣いこなしたいものです。

私は昨日の雨を「篠突く雨」と表現したいと思います。
テレビから何度も何度も聞こえてきた「宇治市」という言葉。
奈良に住み移る前に長年住んでいた私の故郷です。
心が痛みます。

被害を受けられた方々に心からお見舞い申し上げます。

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元気玉

2012-08-07 | 言の葉
昔ながらの手作り製法で作られているというビー玉のようなラムネ玉をいただきました。白色の玉の中に淡い桃色、黄色、水色の玉がのぞいていて、見ているだけで何だか心がウキウキしてきます。ビニール袋から可愛い瓶に入れ替え、口の中に入れた時のシュワっとなる感じを想像しながら、まだ見ているだけで楽しんでいます。

このラムネ玉、カロリーはあっても恐らく栄養的に価値あるものではないと思います。成分チェックの厳しい方々からは合成着色料が白砂糖が…などというチェックが入るかもわかりません。しかし、作られている方々の心意気、私が喜ぶだろうと思ってくださった方のお気持ち、そういった目に見えないものが私の心を元気にしてくれています。元気の素…元気玉です。

元気玉と言ってもなにも丸いものばかりではありません。オリンピックでの日本の選手たちの姿に私は毎日毎日大きな大きな元気玉をもらっています。今朝はテレビをつけた途端「なでしこフランスに勝利!オリンピック日本史上初めてのメダル確定!」というニュースが飛び込んできました。朝一番に心に大きな元気玉が転がり込んできました。

暑い暑いなんて言いながらクーラーの効いた部屋でダラダラしてはいられません。熱中症も気をつけなければなりませんが、太陽の大きなエネルギーを受け止めて、汗を流しながら自分のエネルギーも発信しないと…。

というわけで、私はこの夏めちゃくちゃ元気です。まじないのように飲んでいたサプリメントを飲むこともすっかり忘れて、いつもにも増して走り回っています。カラダもココロも。





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蘖…ひこばえ

2012-08-03 | 言の葉
古い切り株の根元から新たに出てきた新芽のことを蘖(ひこばえ)と呼ぶそうです。「ひこ」とはひ孫のこと、おじいさんの木の根元に生えてきた可愛らしい赤ちゃんのような芽をひ孫に見立ててこう呼んだのでしょうね。

今日、公民館での女性合唱団の指導のあと館長さんに用事で事務所に行くと、小指の先ほどの大きさの黒い何かの種が湿らせた脱脂綿の上に置かれていました。その見慣れない黒い種の正体はオリーブの種でした。

館長さんが見せてくださったのは昭和50年10月発行と11月発行の「市民だより」。それによると、スペインの古都トレド市のアンヘル・ビバール・ゴメス市長ら一行45人の親善大使が、昭和50年10月26日から4日間、奈良市とトレド市が姉妹提携してから初めて奈良を訪問していて、その際に我らが?公民館の横にある「トレドの森」にオリーブとトウカエデの苗木各20本を記念植樹したということでした。

奈良市の外れにあるこんなちっぽけな林に「トレドの森」とはまたご大層な名前をつけたものだ…と内心ちょっと馬鹿にしていた私でしたが、そんな凄い歴史が隠されていたとは…『ごめんなさ~い!』と思わず叫びそうになりました。
その時に植樹された大切なオリーブの木がもう何年も前に全て根元から伐採されてしまっていたと言いますから、私だけではなく、この大切なお話が誰にもちゃんと伝わっていないことがうかがえます。

ところが今年、その古い切り株の根元から突然小さな芽が出てきたというのです。蘖です!折しも今年は奈良市とトレド市が姉妹提携されてからちょうど40年目の年、何という奇跡でしょうか。

公民館周辺の木々やトレドの森の木々は毎年ある時期が来ると剪定されるのですが、今年はかなり思い切って切り落とされたらしく、館長さんらが「ちょっと短く切りすぎ違いますか」とおっしゃっていたそうです。ところが、その思い切って切ったことがよかったらしく、長年枯れていたかのように見えていたオリーブの切り株の根元から突然が新芽が出てきたのです。めでたくひ孫誕生!というわけです。

思い切って切り落としたことで新芽が…

私たちも、ただただ守り続けるのではなく、案外思い切って切ることによって新しいチャンスに恵まれるのかもわかりませんね。


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