chuo1976

心のたねを言の葉として

「男はつらいよ」 玉木研二

2012-03-04 02:18:44 | 映画
「男はつらいよ」 玉木研二   


2012年3月1日 毎日新聞




 原作者山田洋次監督と一代の名優・渥美清さんが造形したテキ屋稼業の寅さん。これほど親しまれたシリーズ映画と主人公は空前にして、おそらく絶後だ。書かれた解説や研究書、エッセー、茶の間や飲み屋の談議まで、本当に星の数ほどだろう。

 10代で父と大げんかして家を飛び出し、20年ぶりに帰郷した寅さん。母親違いの妹さくら(倍賞千恵子)を育ててくれた団子屋のおじちゃん、おばちゃん、帝釈天の御前様らが温かく迎えてくれる。

 テキ屋の口上は若き日に渥美さん自身が実地に学んだものという。

 「わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。不思議な縁持ちまして、たった一人の妹のため粉骨砕身、売(ばい)に励もうと思っております。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のお兄いさん、お姐(あね)えさんにご厄介かけがちなる若造でござんす。以後見苦しき面体お見知りおかれまして......」

 そのテンポ、粋な文句が聞く者の郷愁を誘う。間髪いれぬ切り返しの話芸も魅力だ。例えば、この第1作では、さくらに恋する青年印刷工に同じ人間のように言われて、たちまちこう言い返す。

 「俺とお前は別な人間なんだぞ。早い話がだ、俺がイモ食ってお前の尻からプッて屁(へ)が出るか。どうだ」




力も富も無いが、懸命に働き、生きる「小市民」のおかしみとかなしさ。ペーソスがこのシリーズの骨だと私は思う。何度見ても迫るものがあるこんなシーンがある。

第28作「寅次郎紙風船」(81年)。柴又に帰ってきた寅さんが小学校の同窓会に出る。皆彼を煙たがり、2次会にも誘わず散ってしまう。悪酔いした彼を送ってくれたのは昔からおとなしく、寅さんにいじめられたクリーニング店主の安夫(東八郎)だ。

仕事があるから、と帰ろうとする安夫に「飲め、飲め」と寅さん。「そんなケチな店の一軒や二軒つぶれたって、世間は痛くもかゆくも何ともないよ」と悪態をつく。

おとなしかった安夫が言い返す。それはキレるなどという軽薄なものではない。働く人間の、プライドをかけた叫びと聞くべきだ。

「そりゃな、俺の店は間口2間のケチな店だよ。大型チェーン店が出る度に売り上げが落ちて、何べんも店をたたもうと思ったんだよ。その度に女房や娘が、父ちゃん、頑張ろう、おやじから受け継いだこの店を何とか守っていこう、そんなふうに言ってくれてな、歯をくいしばって沈みかけた船を操るようにやってきたんだよ」

さらに安夫は言う。

「お前何て言った? 俺の店がつぶれても世間様は痛くもかゆくもねえだと? いいか、俺だってお得意はいるんだよ。俺の洗ったシーツじゃなくちゃ困る、俺がアイロンかけたワイシャツじゃなくちゃ嫌だ、そう言う人がね、何人もいるんだよ。商売って、そんなもんなんだ。その気持ちが、お前みたいなヤクザな男に分かってたまるか!」

寅さん、泥のように酔った様子ながら、錐(きり)が刺さるように安夫の言葉を聞いている。「何言ってやがる。頭悪いくせに理屈言いやがって」とくさしながら、上がりかまちにごろりと寝る。その背は心で泣いている風情。

翌朝、おばちゃんが起きた時、毛布がきれいにたたまれ、寅さんは旅立っていた。

おばちゃんは察する。「同窓会でみじめな思いをしたんだよ。かわいそうに......」

□ □

場面転じて九州、筑後の旅の空を仰ぎ、名調子の啖呵売(たんかばい)でテキ屋稼業に励む寅さん。

そして出会った女性に恋心抱き、すれ違いに終わってまた旅へ、という基本パターンに、なぜ私たちは見飽きることなく、泣き笑いするのだろう。漂泊のロマンと哀感。誰しもひそかにあこがれる、その見果てぬ夢を寅さんに仮託しているからだろう。

いや、寅さんがこっち向いて怒りそうだ。「何言ってやがる。頭悪いくせに理屈言いやがって」と。
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