chuo1976

心のたねを言の葉として

「街」   中江俊夫

2012-07-31 04:22:23 | 文学
「街」   中江俊夫



ここに街がある
だが わかっているものはなにもない
私はふり返って見なければならない
人がたっているかもしれないから
私はときどき目をつぶる
すると そのまま夜になってしまって
突然 ひろい海岸に出たりする


そこでは星もなく
水もなく 魚もいない 死んでしまって
そして私自身 ひょっとしたら
いないかもしれない
誰かが 私たち人間のことを
おしえたようだ
(君らなんか ずっとさきに)


ここに家並みがある
私が歩いてゆくのだ
私はなにを求めているのか いま
私はなにを失ったのか いつ――
(私の内に 街がある
 独りの
 別の 街がある)

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「雀のかあさん」    金子みすゞ

2012-07-30 05:22:31 | 文学
「雀のかあさん」    金子みすゞ




子供が
子雀
つかまへた。
その子の
かあさん
笑つてた。
雀の
かあさん
それみてた。
お屋根で
鳴かずに
それ見てた。
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「帰途」   田村隆一

2012-07-28 05:18:30 | 文学
「帰途」   田村隆一




言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか


あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ


あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう


あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか


言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる
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 「表札」 石垣りん

2012-07-27 08:24:27 | 文学
  「表札」 石垣りん



  自分の住むところには
  自分で表札を出すにかぎる。

  自分の寝泊りする場所に
  他人がかけてくれる表札は
  いつもろくなことはない。

  病院へ入院したら
  病室の名札には石垣りん様と
  様が付いた。

  旅館に泊つても
  部屋の外に名前は出ないが
  やがて焼き場の鑵にはいると
  とじた扉の上に
  石垣りんと札が下がるだろう
  そのとき私がこばめるか?

  様も
  殿も
  付いてはいけない、

  自分の住む所には
  自分の手で表札をかけるに限る。

  精神の在り場所も
  ハタから表札をかけられてはならない
  石垣りん
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「かなしみ」   谷川俊太郎

2012-07-26 06:29:24 | 文学
「かなしみ」   谷川俊太郎



あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい
透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった
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「雨」   八木重吉

2012-07-24 05:03:29 | 文学
「雨」   八木重吉



雨のおとがきこえる

雨がふっていたのだ



あのおとのようにそっと世のためにはたらいていよう

雨があがるようにしづかに死んでゆこう
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「素朴な琴」    八木重吉

2012-07-23 03:56:49 | 文学
「素朴な琴」    八木重吉




この明るさのなかへ

ひとつの素朴な琴をおけば

秋の美くしさに耐えかね

琴はしずかに鳴りいだすだろう
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「おとうさん」   やなぎ ますみ

2012-07-22 04:51:18 | 文学
「おとうさん」   やなぎ ますみ



おとうさんのかえりがおそかったので
おかあさんはおこって
いえじゅうのかぎをぜんぶしめてしまいました
それやのにあさになったら
おとうさんはねていました
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「I was born」   吉野弘

2012-07-21 06:07:37 | 文学
「I was born」   吉野弘



確か 英語を習い始めて間もない頃だ。




或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青
い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやっ
てくる。物憂げに ゆっくりと。



 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女
の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟
なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世
に生まれ出ることの不思議に打たれていた。



 女はゆき過ぎた。



 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれ
る>ということが まさしく<受身>である訳を ふと
諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。



----やっぱり I was born なんだね----
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返し
た。
---- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は
生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね----
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。
僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。そ
れを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとっ
てこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだか
ら。



 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
----蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬん
だそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくる
のかと そんな事がひどく気になった頃があってね----
 僕は父を見た。父は続けた。
----友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だと
いって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く
退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入
っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。と
ころが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっ
そりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目ま
ぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとま
で こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの
粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>という
と 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことが
あってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお
前を生み落としてすぐに死なれたのは----。



 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひ
とつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものが
あった。
----ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいで
いた白い僕の肉体----
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「奈々子に」    吉野弘

2012-07-20 04:05:04 | 文学
「奈々子に」    吉野弘



赤い林檎の頬をして
眠っている奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そくっり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。



お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。


ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。


自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。


自分があるとき
他人があり
世界がある


お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた


苦労は
今は
お前にあげられない。


お前にあげたいものは。
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。
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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf