医療と薬の日記

医療ニュース、薬など

被災地でのエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)について

2016-04-19 17:23:28 | 日記
この度の地震によって被災された皆さまに、謹んでお見舞いを申し上げます。

震災直後の、食料品や生活用品の確保に伴い、普段服用中の医薬品についても迅速に手配が進んでいることと思います。
避難生活の中で、エコノミークラス症候群が発生することが知られており、現在様々なメディアで情報が提供されています。

震災時のエコノミークラス症候群を考える

水分摂取の際には、アルコールやカフェインを含まないものが勧められます。緑茶・ウーロン茶・コーヒー・紅茶などはカフェインを含むことが多く、麦茶はカフェインを含みません。

医薬品では、利尿薬やテオフィリン製剤(テオドールなど)、SGLT2阻害薬と呼ばれる糖尿病治療薬などに注意が必要です。


血栓塞栓症の危険因子

脱水・肥満・ホルモン補充療法・下肢静脈瘤・長期臥床・不動状態・喫煙者・妊娠および分娩後・過去3か月以内の手術歴

といった危険因子があります。該当する方は特に注意して下さい。


■発症時の初期症状

 ・突然の足の痛み、腫れ
 ・手足の脱力・まひ
 ・突然の息切れ、押しつぶされるような胸の痛み
 ・激しい頭痛、舌のもつれ、しゃべりにくさ
 ・突然の視力障害(視野が狭くなる、見えにくい箇所ができる)  など

特に「足の痛みや腫れ」は筋肉痛と勘違いしやすく、見過ごされがちです。思い当たる理由のない筋肉痛のような症状がある際には、医師の診察を受けて下さい。


■ホルモン補充療法・骨粗しょう症治療薬服用中の方

服用されている薬剤により血栓塞栓症のリスク因子となる場合がありますが、対応は一様ではありません。

女性ホルモン補充療法の中断は、体調不良・気分不良などマイナス面の方が大きくなるかもしれません。自己判断は禁物です。

高齢で、骨粗しょう症の予防のために服薬されている方では、しばらく休薬し、生活の改善を待って、再開を検討する必要があるかもしれません。薬剤の種類や状況により、判断は異なります。
(例 ビビアント錠20mg・エビスタ錠60mg・ラロキシフェン塩酸塩錠60mg「サワイ」 
担当の医療者と相談のうえ、指示に従ってください。

■被災地の医療スタッフの皆様へ

避難所などでの血栓塞栓症リスクマネジメントを考慮される際、高齢者の上記薬剤(SERM:選択的エストロゲン受容体モジュレーター)休薬の要否につき、ご検討をお願い致します。
利尿薬、SGLT2阻害薬、テオフィリン薬などに比べ、目が届きにくい傾向にあるようです。

女性セブン記事「かかりつけ薬剤師って何?」について

2016-04-14 15:41:34 | 日記
今週号の週刊誌「女性セブン」に、
「かかりつけ薬剤師制度 あなたのギモンに答えます」
との記事が掲載されました。

記事では、2年に一度の医療制度改定に伴って「お薬手帳」の料金設定が変わったこと、そして「かかりつけ薬剤師制度」の新設について紹介され、その概要や料金について説明しています。
その上で、長寿県である長野県での事例、欧州における患者と薬剤師の関係性などのエピソードを交えつつ、制度をどう理解するか、オトクに活用するためのコツなどが書かれています。

今回、この女性セブン特集記事の作成にあたって、ライターの方から連絡を頂き、取材を受けました。

私が文章を作成する訳ではありませんし、当然のことながら、ライターの方や編集部の持論や意向もあります。それはさておき、記事の作成にあたり、少なくとも情報や知識が不足することのないよう、拙いながら説明させて頂き、関連資料などをご案内しました。

結果、患者側の視点から、積極的に、また節度をもって薬剤師や制度を利用しようという趣旨の記事を作成して頂きました。一人の薬剤師として、とても有難く、また嬉しく思います。

記事を執筆されたライターの方、またBLOGOSの拙文をご覧頂き、声を掛けて頂くきっかけとなった編集部の方に御礼申し上げます。併せて、BLOGOS編集部の皆様に感謝いたします。


■日本人のヘルスリテラシー
いまさら言及するまでもなく、新聞やテレビ、雑誌といった大手メディアの特集は、視聴者・読者に大きな影響を与えます。しかしながら、そういった特集では正しい情報、患者に適切な行動を促す情報は思いのほか少なく、多くの医療者がその対応に苦慮し、困惑しています。

国民のヘルスリテラシーは、普段接するメディア等の情報に触れることで、また受療行動の中で医師や看護師、薬剤師といった医療者と会話することによって培われます。
(ヘルスリテラシー:様々な医療・健康情報から正しいものを選び取り、行動に役立てる能力のこと)

これまでの拙文でも触れているように、日本では制度上、市販薬を「利便性の高い商品」として扱っており、「医療の入り口」という認識で購入者と薬剤師が会話することはほとんどありません。(欧州では「ファーストジャッジメント」として薬局の機能と理解されています)
また医師への受診段階においても、多くの場合、医師は一人ひとりの患者に十分な時間をかけることができません。これも日本の医療制度の特徴です。
医療へのフリーアクセス、つまり病院にかかりやすいよう制度を工夫すれば、一度の受診にかけられる時間は短くなります。医師から時間をかけて生活指導を受けることは簡単ではありませんし、「サプリメントをどう考えるべきか」といった時間を要するコミュニケーションは、事実上困難です。

日本では、こうした様々な要素から、ヘルスリテラシーを培う機会が少ないと感じます。

欧州の複数の大学と聖路加大学などが行った調査では、「ヘルスリテラシーが不足している、あるいは問題がある」とされた日本人は85.4%であり、欧州の47.6%を大きく上回る結果となりました。
非常にまずい状況です。


■日本の医療は今後どうなるか
日本の医療制度の最大の焦点が「膨張する医療費の削減」であることについて、多くの方が同意されることと思います。医療政策に魔法の杖はなく、今後入院の日数、医療機関への受診回数は減少し、軽微な症状については市販薬で対応するよう、誘導されることになります。
この観点からは、薬局・薬剤師は機能の強化が望まれます。患者・購入者への適切な介入を行い、医療機関の受診を要するケースでは、漏れなく受診へと導く必要があります。

ただ、諸外国で着実に導入が進む、こうした医療資源の振り分けは、日本では同意されている訳ではありません。大手メディアの関心も薄く、少ない利害関係者の駆け引きで進む日本の医療制度改革では、近年これだけ薬局の問題が指摘されながらも、
「薬局で対応されてしまうと、受診が減ってしまう」
「薬剤師の権限拡大は、自分たちの権限・フィーの縮小に繋がる」
「医療用医薬品を市販薬に転用するなら、薬剤師のいない店舗でも自由に販売したい」
といった別の論理が働き、いまだ「薬局の適切な方向性」にすら歪みが生じ、コンセンサスは得られていないのです。

最近、日本でも「抗生物質の過剰な処方を控えよう」といった動きがあるように、「医療費適正化」の余地はまだあります(英国では10年も前から薬剤師会主導で実施されている施策です)。しかしながら、業界関係者が同意する削減策が、財政上必要とされる規模・額であるかといえば、私はそうではないと考えています。

近い将来、医療業界が同意する内輪の削減策は、財務省などによる外圧で吹き飛ばされることになり、他の先進国に近い内容の削減策が矢継ぎ早に導入されることになるでしょう。

表向きの利便性を重視する日本では、受療行動のコントロールに「患者の自己負担金」が使われ、それを受け入れるドラッグストア・薬局では「病院に行く必要がない」という甘言が用いられます。

医療制度を語る際に、よくアメリカの制度が引き合いに出されますが、諸外国の中でアメリカの医療制度は特異な存在です。欧州・オーストラリアといった標準的な医療制度を比較すれば、日本は自己負担金が高い国であることについて、あまり言及されることもありません。

自己負担金の増額によって保険医療から遠ざけられ、薬局では適正な介入がなされない。

裕福ではない人ほど、そしてヘルスリテラシーの低い人ほど、健康に関する危機に直面することになります。これは社会保障の趣旨に反することです。
現状でも、その危険性の断片を窺い知ることができます。糖尿病や骨粗しょう症をサプリメントで解決しようと試みる際、その殆どは失敗に終わります。医療の常識とあまりにかけ離れた対策ですが、購入者はそれについて助言を受ける機会がありません。こうした危険性は、周知されることもなく、今後拡大していくことになります。


経済政策として緊縮策が採用され、社会保障費が削減されると、健康指標が悪化することが広く知られています。
ただ通常、政策担当者はそれを失策によるものと認めることはありません。これも歴史が証明しています。

「日本の皆保険制度は素晴らしい」「世界最高水準の寿命」と多くの識者が語ります。これはある意味で正しい。献身的で、自己犠牲を厭わない多くの医療者によって、その医療は維持されていますが、そういった医療者の待遇を適正化すればどういった状況を招くかについて、あまり語られることはありません。

また日本人は極めて肥満率の低い国民(3.7%)ですが、(肥満が寿命の短縮に影響するとすれば)肥満率28.3%のオーストラリアの平均寿命と僅か1.2歳の差でしかないことについて話題になることもありません。
オーストラリアの医療政策では、患者の振り分けが重視されつつ、市販薬への利便性のニーズにも対応しています。少量包装の解熱鎮痛薬はスーパーでも販売される一方、大包装(つまりは継続的な服用が想定される)は薬剤師から購入する必要があります。つまりは介入が必要だということです。
タバコの価格(日本の4倍以上)などを考えても、医療・健康政策は企業やステークホルダーにおもねることなく、また甘言を弄することなく、実利を重視していることが分かります。
日本が誇る「世界トップクラスの寿命」とは、どの程度までの失策を覆い隠してくれるのか、私はそう思っています。

日本の医療制度が今後、ハードランディング(緊縮策)を迫られるとすれば、低いヘルスリテラシーとアンバランスな医療制度は、危機的な状況を拡大します。
可能な限り、医療(費)の適正化とヘルスリテラシーの向上によってソフトランディングを図り、その上で緊縮策を採用すべきかについては、政治や経済学者の見識に委ねたい。それが私の希望です。


現状、日本のジャーナリズムが、医療制度策定について本質的な批判を行うことは稀です。最近では、雑誌「選択」が診療報酬制度の利権について批判記事を掲載した程度しか思い浮かびません。
視聴者のヘルスリテラシー向上に寄与する内容も、今のところあまり多くはありません。

メディアの方々が今後、医療・健康問題に一層の関心を持って頂きますよう、また適切な医療文化の醸成、リテラシー向上についてご協力くださいますよう、お願い致します。