5月19日のNHKクローズアップ現代では、「薬がのみきれない 知られざる残薬のリスク」として、大量処方による被害の実態と、改善に向け奮闘する医師や薬剤師の姿、問題を防ぐため「かかりつけ薬局」を持つことの重要性について、取り上げていました。
□ 「大量処方」の解消に向けて
大量処方(医療の場ではポリファーマシーと呼ばれます)による健康被害は、残念ながら実際の業務でも時折経験します。特に高齢の方では、複数の診療科に通うことが少なくない上、その時々に発生する症状も加わります。高血圧に3種類、糖尿病に2種類、腰痛に1種類と増えてゆき、10種類を超えるケースも珍しくありません。一方で高齢になれば、医薬品を代謝する肝臓・腎臓機能の低下、体重減少や水分量の低下など、薬効・副作用が強く出てしまう要素も重なります。薬剤併用による相互作用は、その多くが判明し添付文書にも記載されていますが、多剤の影響については十分検討されているとはいえず、発現した悪影響に対し事後的な対応に追われることも珍しくありません。
医療者の実感として思うのは、治療することのエビデンス(科学的根拠)は確固たる形で存在する一方、治療しないことの利益、あるいは薬剤を重ねることによる不利益の具体的な姿には、大規模な研究成果が少ないというモヤモヤ感です。薬剤数が増えることに抵抗感はあるものの、「薬を追加しない」ことに対する明確な根拠が少ない現状では、誠実であろうとすれば尚更、医師としても決定を下しづらい面はあるだろうと思います。
ただ近年では、こういった問題に改善の兆しもあります。
高血圧診療ガイドラインにも年齢別の管理基準が設定されるなど、研究成果が集積され医療の現場にも浸透しています。先日報道され、話題になった老年医学会による「高齢者が避けるべき医薬品リスト」といった動きもあります。
薬剤師による介入も、以前のような、複数診療科による医薬品の重複や処方量誤りといった単純なチェック機能から、「副作用の懸念があるため他薬の方が望ましいのではないか」「現在出ている症状は服用中の薬剤によるものではないか」といった、本質的なものに移行しつつあります。
今回の番組のようにメディアによる世論の喚起も加わり、医療者のみでなく患者側にも、より少ない薬で治療を行おうとする認識が広がれば、実際の医療も変わっていくと思います。
月並みな結論にはなりますが、良い医師、良い薬剤師をかかりつけとし(この際、病院に隣接する薬局を自動的に選択せず、知識と誠実さで選ぶべきです)、医療者とコミュニケーションを取り、患者さんも治療に参加して頂く、といった事が重要だと思います。番組でも、かかりつけ薬局を持つことの重要性を強調していました。
制度改正が上手くいけば、近い将来(2~6年)にはこれまで調剤を専門としていた薬局でも、200~300種類の市販薬を販売するようになり、多くの薬局が在宅医療に参入します。普段の健康相談から市販薬、処方箋調剤、在宅訪問に至るまで一貫して一つの薬局が関わるようになり、患者側も薬局を質で選択するようになれば、医療も良い方向へと変わっていく筈です。
今回の番組内容は主に高齢の方を中心とした話題でしたが、若い方の市販薬・健康食品の選び方についても、日本では大きな問題があり、適切な医療のためには解決が望まれます。
□ 「残薬問題」は宝の山か
国民医療費のうち、大きな部分を占める医薬品費(8.44兆円)を削減することは、保険医療の持続性を高める上で非常に重要です。番組では、在宅患者の残薬が475億円に上るとの日本薬剤師会の試算が紹介されていました。
日本ではこれまで、他の先進国に比べ医療費に占める医薬品費が高い状況が続いてきましたが、政治的には許容されてきました。グローバル市場で活躍する製薬企業を育成するといった側面もあっただろうと思います(その反面、「慎重に医薬品を使う」といった文化は育ちませんでしたが)。
ジェネリック医薬品の推進政策が本格的に実施されるようになったのは、皆さんが頻繁にテレビCMで目にされるようになった頃ですから、割と最近です。現在のジェネリック医薬品比率の目標は平成29年度に60%ですが、アメリカ90%、ドイツ82%、フランス70%といった状況と比べると、まだ低い水準に留まります。
現在、国の会議においては、更なるジェネリック推進策が焦点となっており、医薬品費削減の本命はここにあります。医師会や製薬企業の反対、国民の抵抗感がネックになるとみられ、厚労省は他の先進国並みの使用率を目指し、財務省は参照価格制度(ジェネリックの価格までは保険償還、差額は自己負担)の導入を主張しています。
残薬を考慮した処方量の調整は、これまでも調剤制度として実施されており、薬剤師が残薬数を確認して処方医に連絡、医師の同意を得て調整を行うといった手順で実施されています。次回(来年4月)以降の制度改正においても引き続き、残薬対策や在宅訪問の強化に力を入れることになるでしょうが、医療費の削減効果が大きいというよりは、薬物治療適正化の意味合いが強いものと思います。
□ 医療費削減はどうする?
今回の特集では、残薬・大量処方の問題が取り上げられましたが、医療費の削減を考慮する際、どこにウエイトを置くべきかは大きな問題です。
これについて、『OECD(経済協力開発機構)対日審査報告書2015』が重要な示唆を与えてくれます。医師会や薬剤師会などの職能団体、製薬企業、関係省庁といった「しがらみ」がなく、本質的な指摘だと思います。
以下に抜粋します。
(医療費の)増加要因は、高齢化と一人当たり費用の増加の影響がほぼ半分半分である。医療の類型から見ると、薬への支出と入院医療費により高められている。薬への支出を抑制するためには、処方箋枚数を減らすことと、他国に遅れているジェネリック医薬品の使用を拡大する必要がある。
最優先事項は、現在、OECD平均のほぼ4倍の 31.2日である平均在院日数を短くすることである。入院期間の長さは、長期療養と関係している。急性期の患者の平均在院日数は17.5 日とずいぶん短くなる。医療従事者や設備が必要なことにより、急性期ケアのコストのほうが高いことを考えると、急性期ケアが必要ない人を、在宅ケアや介護施設に移すことで、コストは大きく減らすことができるだろう。高齢者人口に対し、OECD 平均の半分しかない介護施設の病床への転換を図ることにより、十分な介護を保証することにも役立つだろう。2000-12 年の間、介護を受ける人は年8%増えており、今後もさらに増えると見込まれる。
最後に、急性期治療を受けている患者の在院日数も、OECD 諸国で最長となっており、診療ごとの個別払いから包括払いに移行するとともに、高齢者の自己負担を高めることにより、在院日数を減らす必要がある。これは、OECD平均の2倍となっている外来診療の受診数を減らすことにも役立つだろう。
(括弧、下線は筆者による)
医療費の削減には、正しく向き合う必要があります。
薬局問題、調剤報酬制度に関しては、昨今のメディアによるバッシング報道もあって、報酬減額のコンセンサスが得られつつありますが、私は反対です。過度な薄利多売へと誘導されてしまえば、患者とのコミュニケーションは取りづらくなり、モノとしての医薬品は供給できたとしても、適切な薬物治療のための注意喚起、介入といった機能は毀損されることになります。日本の薬局に最も必要なのは、そういった文化(適切な健康管理・薬物治療のためのパートナーとしての薬剤師)の醸成であり、患者側がそれを認識し、活用できるよう医療制度・報酬制度によって誘導することです。
無論、減額・調整すべき箇所はあるでしょうが(処方内容によって高額になり過ぎ、偏りが生じている等)、報酬減額の根幹部分は、OECDも指摘するように、処方箋枚数を減らすことで行うべきです。医師会と厚労省の調整がうまくいかず、矛先を変えるため調剤を批判する。その結果として、薬局が悪い方向へ誘導されるといったことは、避けていただきたいところです。
この点については、指摘しておきたいと思います。
□ 「大量処方」の解消に向けて
大量処方(医療の場ではポリファーマシーと呼ばれます)による健康被害は、残念ながら実際の業務でも時折経験します。特に高齢の方では、複数の診療科に通うことが少なくない上、その時々に発生する症状も加わります。高血圧に3種類、糖尿病に2種類、腰痛に1種類と増えてゆき、10種類を超えるケースも珍しくありません。一方で高齢になれば、医薬品を代謝する肝臓・腎臓機能の低下、体重減少や水分量の低下など、薬効・副作用が強く出てしまう要素も重なります。薬剤併用による相互作用は、その多くが判明し添付文書にも記載されていますが、多剤の影響については十分検討されているとはいえず、発現した悪影響に対し事後的な対応に追われることも珍しくありません。
医療者の実感として思うのは、治療することのエビデンス(科学的根拠)は確固たる形で存在する一方、治療しないことの利益、あるいは薬剤を重ねることによる不利益の具体的な姿には、大規模な研究成果が少ないというモヤモヤ感です。薬剤数が増えることに抵抗感はあるものの、「薬を追加しない」ことに対する明確な根拠が少ない現状では、誠実であろうとすれば尚更、医師としても決定を下しづらい面はあるだろうと思います。
ただ近年では、こういった問題に改善の兆しもあります。
高血圧診療ガイドラインにも年齢別の管理基準が設定されるなど、研究成果が集積され医療の現場にも浸透しています。先日報道され、話題になった老年医学会による「高齢者が避けるべき医薬品リスト」といった動きもあります。
薬剤師による介入も、以前のような、複数診療科による医薬品の重複や処方量誤りといった単純なチェック機能から、「副作用の懸念があるため他薬の方が望ましいのではないか」「現在出ている症状は服用中の薬剤によるものではないか」といった、本質的なものに移行しつつあります。
今回の番組のようにメディアによる世論の喚起も加わり、医療者のみでなく患者側にも、より少ない薬で治療を行おうとする認識が広がれば、実際の医療も変わっていくと思います。
月並みな結論にはなりますが、良い医師、良い薬剤師をかかりつけとし(この際、病院に隣接する薬局を自動的に選択せず、知識と誠実さで選ぶべきです)、医療者とコミュニケーションを取り、患者さんも治療に参加して頂く、といった事が重要だと思います。番組でも、かかりつけ薬局を持つことの重要性を強調していました。
制度改正が上手くいけば、近い将来(2~6年)にはこれまで調剤を専門としていた薬局でも、200~300種類の市販薬を販売するようになり、多くの薬局が在宅医療に参入します。普段の健康相談から市販薬、処方箋調剤、在宅訪問に至るまで一貫して一つの薬局が関わるようになり、患者側も薬局を質で選択するようになれば、医療も良い方向へと変わっていく筈です。
今回の番組内容は主に高齢の方を中心とした話題でしたが、若い方の市販薬・健康食品の選び方についても、日本では大きな問題があり、適切な医療のためには解決が望まれます。
□ 「残薬問題」は宝の山か
国民医療費のうち、大きな部分を占める医薬品費(8.44兆円)を削減することは、保険医療の持続性を高める上で非常に重要です。番組では、在宅患者の残薬が475億円に上るとの日本薬剤師会の試算が紹介されていました。
日本ではこれまで、他の先進国に比べ医療費に占める医薬品費が高い状況が続いてきましたが、政治的には許容されてきました。グローバル市場で活躍する製薬企業を育成するといった側面もあっただろうと思います(その反面、「慎重に医薬品を使う」といった文化は育ちませんでしたが)。
ジェネリック医薬品の推進政策が本格的に実施されるようになったのは、皆さんが頻繁にテレビCMで目にされるようになった頃ですから、割と最近です。現在のジェネリック医薬品比率の目標は平成29年度に60%ですが、アメリカ90%、ドイツ82%、フランス70%といった状況と比べると、まだ低い水準に留まります。
現在、国の会議においては、更なるジェネリック推進策が焦点となっており、医薬品費削減の本命はここにあります。医師会や製薬企業の反対、国民の抵抗感がネックになるとみられ、厚労省は他の先進国並みの使用率を目指し、財務省は参照価格制度(ジェネリックの価格までは保険償還、差額は自己負担)の導入を主張しています。
残薬を考慮した処方量の調整は、これまでも調剤制度として実施されており、薬剤師が残薬数を確認して処方医に連絡、医師の同意を得て調整を行うといった手順で実施されています。次回(来年4月)以降の制度改正においても引き続き、残薬対策や在宅訪問の強化に力を入れることになるでしょうが、医療費の削減効果が大きいというよりは、薬物治療適正化の意味合いが強いものと思います。
□ 医療費削減はどうする?
今回の特集では、残薬・大量処方の問題が取り上げられましたが、医療費の削減を考慮する際、どこにウエイトを置くべきかは大きな問題です。
これについて、『OECD(経済協力開発機構)対日審査報告書2015』が重要な示唆を与えてくれます。医師会や薬剤師会などの職能団体、製薬企業、関係省庁といった「しがらみ」がなく、本質的な指摘だと思います。
以下に抜粋します。
(医療費の)増加要因は、高齢化と一人当たり費用の増加の影響がほぼ半分半分である。医療の類型から見ると、薬への支出と入院医療費により高められている。薬への支出を抑制するためには、処方箋枚数を減らすことと、他国に遅れているジェネリック医薬品の使用を拡大する必要がある。
最優先事項は、現在、OECD平均のほぼ4倍の 31.2日である平均在院日数を短くすることである。入院期間の長さは、長期療養と関係している。急性期の患者の平均在院日数は17.5 日とずいぶん短くなる。医療従事者や設備が必要なことにより、急性期ケアのコストのほうが高いことを考えると、急性期ケアが必要ない人を、在宅ケアや介護施設に移すことで、コストは大きく減らすことができるだろう。高齢者人口に対し、OECD 平均の半分しかない介護施設の病床への転換を図ることにより、十分な介護を保証することにも役立つだろう。2000-12 年の間、介護を受ける人は年8%増えており、今後もさらに増えると見込まれる。
最後に、急性期治療を受けている患者の在院日数も、OECD 諸国で最長となっており、診療ごとの個別払いから包括払いに移行するとともに、高齢者の自己負担を高めることにより、在院日数を減らす必要がある。これは、OECD平均の2倍となっている外来診療の受診数を減らすことにも役立つだろう。
(括弧、下線は筆者による)
医療費の削減には、正しく向き合う必要があります。
薬局問題、調剤報酬制度に関しては、昨今のメディアによるバッシング報道もあって、報酬減額のコンセンサスが得られつつありますが、私は反対です。過度な薄利多売へと誘導されてしまえば、患者とのコミュニケーションは取りづらくなり、モノとしての医薬品は供給できたとしても、適切な薬物治療のための注意喚起、介入といった機能は毀損されることになります。日本の薬局に最も必要なのは、そういった文化(適切な健康管理・薬物治療のためのパートナーとしての薬剤師)の醸成であり、患者側がそれを認識し、活用できるよう医療制度・報酬制度によって誘導することです。
無論、減額・調整すべき箇所はあるでしょうが(処方内容によって高額になり過ぎ、偏りが生じている等)、報酬減額の根幹部分は、OECDも指摘するように、処方箋枚数を減らすことで行うべきです。医師会と厚労省の調整がうまくいかず、矛先を変えるため調剤を批判する。その結果として、薬局が悪い方向へ誘導されるといったことは、避けていただきたいところです。
この点については、指摘しておきたいと思います。