医療と薬の日記

医療ニュース、薬など

消費者庁の発表「市販薬で15人死亡」をどう読むか

2015-04-10 13:21:24 | 日記
4月8日、消費者庁は、市販薬によって5年間に副作用被害が1225件発生し、うち15人が死亡していたとして、注意喚起を行いました。
このニュースを、「多数の服用者の中で非常に低い確率だ。安心した。」と捉える方もいれば、「安全だからこそ市販薬である筈なのに、死亡や重大な副作用が発生するなんて」という方、「どのように防げばよいのだろうか」と考える方、様々だと思います。
どのように考えればよいでしょうか。

この件について、薬剤師として私が考えている幾つかのポイントをお伝えしたいと思います。
皆さんがこのニュースを考慮するにあたり、その一助となれば幸いです。


□ 発表された被害者の数は実際とは異なる
まず初めにお伝えしたい事は、「今回発表された副作用の被害者数は実際より少ない」ということです。
今回の発表の根拠となったのは厚労省の副作用集計ですが、そもそも厚労省が症例を把握するためには副作用の報告を受ける必要があります。副作用被害の発生を知った医療者は、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に報告するという制度になっているのですが、それを知らない医療者もいます。そして(全く不適切なことですが)制度は知っているが報告はしていないという医療者も、少なからず存在しています。
厚労省は平成24年より、試験的に患者本人(または家族)からも副作用報告を受け付けるよう、制度変更も行っています。副作用症例をしっかりと把握する事は実際には難しいうえ、こういった調査は日本の医療が苦手とする分野の一つといえます。
また、体調の悪化が副作用によるものかどうかの判断がついていないケースもあります。例えば、市販薬の中には脳出血の可能性を高めるとされるものがありますが、ある患者が脳出血によって救急搬送された際、薬の使用が患者(または家族)から申告されるとは限りませんし、医師が脳出血を副作用と認識しないかもしれません。
もし正確な副作用被害を把握しようとするならば、一つの市区町村単位で期間を定めて調査し、それを全国に当てはめる、といった方法が考えられます。その際には、病院を受診した患者が使用する市販薬を漏れなく集計し、体調の悪化が副作用によるものかどうかについても、担当した医師だけでなく薬剤師など複数の医療者が関与する必要があります。また住民に調査の意義を説明し、服用中の悪化があったが医療機関を受診しなかったケースを調査する必要もあります。
こういった大掛かりな調査を実施することができ、なおかつ実施するメリットがある立場は(つまり最も適任なのは)、日本薬剤師会だと私は考えています。「購入者側が危険性を知らなければ、より多くの市販薬を購入することになり、販売する薬剤師の利益に結びつく」といった価値観は、既に終わりを迎えている筈です。国民の信任を得るべき医療職能団体として、行動を期待します。
『副作用は、暗数としてのみ存在する。』という言葉があります。この点について、まず押さえておく必要があります。


□ 日本の市販薬区分は危険性で分類されていない
次に、市販薬は要指導医薬品、第一類~第三類医薬品と区分が設定されていますが、これは副作用の危険性を必ずしも反映していないという点です。
日本の市販薬の区分設定は、安全性より利便性(裏を返せば販売のしやすさ)を重視しており、他の先進国とはかなり異なります。唯一、米国の販売制度に近いのですが、日米で共通するのは「自由と自己責任」を重視するという価値観です。
第三類医薬品には確かに副作用の危険性が低いものが分類されているのですが、第一類と第二類はそもそも副作用の危険性で区分されている訳ではありません。これはよく誤解されることですし、購入者側の誤解を狙ったという見方もできるでしょう。品目数が多いこともあり、実際の副作用被害の多くが、第二類医薬品で発生しています。
つまり、「薬剤師から購入する必要のない医薬品(要指導・第一類医薬品は薬剤師から購入する必要あり)だから安全だろう」といった認識は誤りだということです。もし副作用リスクを考慮するならば、第三類医薬品以外では区分による判断ではなく、個別の成分について検討する必要があります。


□ 市販薬の危険性は副作用だけではない
最後にお伝えしたいのは(これが、私が最も伝えたいことなのですが)、医薬品を危険物とみなすのであれば、今回の副作用報告を頼りにすればよいのですが、もしも市販薬を利用するという行為が、「健康を維持し、寿命を延ばす」という目的の中に存在するのだとすれば、その際の市販薬の利用の仕方は、今回の発表とは全く独立して考慮すべきだということです。
確かに、どの医薬品にも稀に重大な副作用が生じる可能性があり、適切な用法で服用していたとしても、失明等の重大な被害や生命の危険に繋がる危険性があります。この危険性について認識しておくことは重要です。
ですが、こういった危険性とは別に「医薬品をどのように選択するか」という大きな問題があります。

例として、片頭痛の際の市販薬利用を考えてみます。
頭痛に対し、市販薬がよく効くケースはあります。場合によっては、病院にかかって処方された薬よりも効果を実感できることすらあります。こういった場合、市販薬で事足りますので、病院を受診しない事例は珍しくありません。頭痛薬の多くは第二類医薬品であり、薬剤師による介入も必須ではありません。登録販売者や薬剤師と言葉を交わす事なく、購入し続けることが可能です。
では医療の場においては、この方に対してどのような対応を行うでしょうか。
現在の医療水準では、片頭痛は動脈硬化の重要な危険因子であると理解されています。このため、通常は頭痛そのものの治療だけでなく、血圧やコレステロール、血糖値といった他の危険因子の検査が実施されます。頭痛薬の頻繁な服用がさらなる頭痛を引き起こしている場合(薬物乱用頭痛)もあり、他の薬剤の使用も考慮されます。また過去の頻繁な頭痛薬服用により腎機能が低下(不可逆性の場合も)していないかについても注意深く観察されることになります。

このような、誤った選択による健康寿命の毀損は、薬剤師として働いていれば日常的に目にするものですが、今回の報道のような市販薬の副作用報告にはカウントされていません。
もし皆さんの家族や知り合いに薬剤師がいれば、聞きたいのは

「私の場合は、この症状にどの薬を使えばいいか?それとも、薬は不要か?」
「市販薬ではなく、病院にいった方がいいのか?」
「この薬を服用する上で注意することは?」
「薬を飲んで〇〇の症状が出たが、どうすればいい?」

といったことではないかと思います。これは、海外においては薬剤師の職能として重視されていますが、日本で考慮されることはほとんどありません。米国にも見られない、日本特有の危険性です。
この点についても、注意して頂きたいと思います。医療水準は日進月歩ですが、標準的な治療から外れた薬が販売中止になる訳ではありません。その選択が変化するということであり、購入者の選択によって、(現代では全く不適切とされる)30年以上前の治療水準ということは珍しくありません。これは、日本人の健康寿命を考慮する上でも、大きな問題だと私は考えています。


現代の日本では、多くの魅力的な選択肢が用意されている反面、その選択が導く結果は自身が責任を負うことになります。それぞれの選択肢が提示するメリットとデメリットについて、的確に判断することが必要です。
違法な長時間労働が常態化する日本の異常さは、他の国と比較することでより鮮明になります。市販薬の選択にあたっても、海外の販売制度や区分の特徴、その薬が海外でどのように扱われているかについて、知っておく必要があるかもしれません。