医療と薬の日記

医療ニュース、薬など

「かぜ薬を飲んでもかぜは治らない」 もう常識ですか?

2015-11-17 20:29:40 | 日記
先日、オンライン病気辞典「MEDLEY」でコラムを書きました。
インターネットや雑誌、新聞、TVなど、様々な情報が氾濫する中で、正しい健康・医療情報を選び取ることは簡単ではありません。MEDLEYでは、情報の信頼性を重視し、数百名の医師などが編集に関わることで「信頼できる情報インフラ」を目指している、とのことです。

下記に転載します。


『かぜ薬はかぜを治せないのに副作用のリスクが高い?』総合感冒薬の適正使用について

普段は健康に自信がある方でも、これからの季節、かぜをひいてしまうことは珍しくありません。今回は、身近な薬である「かぜ薬」についてのお話です。

◆かぜ薬は何に効いているの?

秋から冬にかけ、テレビでは数多くのかぜ薬のCMが流れます。これまでなんとなく聞いていて、気付いていない方もおられるかもしれませんが、「かぜ薬がかぜを治す」と言っているCMは一つもありません。

もしあなたが、かぜ薬によってかぜが治ると思い込んでいるのであれば、残念ながらそれは誤りです。今度耳にする際は一度、注意深く聞いてみてください。

まず、「かぜが治る」とはどういうことなのかについて、考えてみましょう。

かぜの多くはウイルスの感染によって引き起こされます。原因となるウイルスが人間の気道粘膜から侵入し、増殖します。これに伴ってかぜの諸症状が引き起こされますが、その後、人体の免疫反応によってウイルスがやっつけられると、かぜの症状も消失していきます。これが「かぜが治る」ということです。

かぜを治すためには、原因となるウイルスをやっつける薬を使えばよいのですが、そのような薬は現在のところ、存在しません。一般的なかぜ薬(総合感冒薬)の効能は「かぜの諸症状の緩和」です。かぜを治すのではないけれど、かぜに伴うせきやタン、痛み、発熱、鼻水といったつらい症状を緩和してくれるという訳です。

「実際にかぜ薬を服用して治った経験がある。」という方もいるかもしれませんが、かぜ薬を服用して症状を抑えている間に、人体の免疫反応によってかぜが治った、というのが正解のようです。

医療業界には、「かぜは治療すれば1週間で治る。治療しなければ治るまでに7日間もかかる」というジョークがあります。

※ただ、近年の研究成果によって、『かぜ薬は、かぜの治癒に悪影響を及ぼしているらしい』との見解もあります。

◆盛りだくさんの効果は危険の裏返し?

総合感冒薬にはさまざまな成分が配合されています。かぜの症状は多彩ですので、それを抑えるためには、かぜ薬にも多数の薬を配合する必要があります。「総合」というのはそういうことです。咳を抑えるために咳止め薬、タンにはタン切りの薬、鼻水には鼻水の薬、熱や痛みに解熱鎮痛薬といった複数の成分が配合されているからこそ、一つの総合感冒薬を服用するだけで多くの症状を抑えてくれるのです。

対して、かぜの症状で病院を受診した際に、複数の薬を処方された経験を持つ方は多いと思います。解熱剤に咳止め、鼻水の薬など、1~2種類の薬が処方されるだけの場合もあれば、4~5種類、あるいはそれ以上の薬が処方されることもあります。

実際には、医師が処方する医療用医薬品にも「総合感冒薬」は存在します。市販薬では総合感冒薬が一般的ですが、医師が処方する場合には、単一成分の薬を組み合わせることが多いのです。

この理由には「医師が医療の専門家であるから」という面があります。

かぜ薬の多くでみられる、「眠気」といった副作用は、多かれ少なかれ、要因となる成分を服用した場合には発生する副作用であり、服用する前から想定できるものです。眠気が出ると困る、仕事で自動車や機械の運転をしなければならない、という事情があれば、眠気が出ないタイプの薬にすればよいですし、眠くなったとしてもその薬を服用したいのであれば、それを受け入れればよいということになります。

ところが、皮疹や肝臓・腎臓障害、アナフィラキシーショックといった、発生率は低いものの重篤な副作用は、事前に予測できず、被害を回避するためには「なるべく服用しない」ということしかありません。

したがって、副作用のリスクを低く抑えるためには、多くの成分を含む総合感冒薬ではなく、症状にあわせて最低限の成分だけを使うのが合理的ということになります。熱も痛みもないかぜで総合感冒薬を服用して、その中に含まれる解熱鎮痛薬のため重篤な副作用被害に遭うというのは、避けたいことです。

多くの方には、ご自身又は家族、知人にそういった重篤な副作用が出たという経験はないかもしれませんが、これは確率の問題です。医療者の多くが、実際にそういった症例を経験しています。

◆終わりに

今回はかぜ薬、特に総合感冒薬について、副作用被害の観点から取り上げました。実際に、市販薬について報告される副作用被害の中で、総合感冒薬の占める割合は大きなものです。

市販薬は、医療者の感覚からするとベストな処方とは言いにくいものも少なくありません。かかりつけの薬剤師と相談しながら購入することで、より安全に・効果的に薬を服用することができると思います。


コラムの内容は以上です。
(MEDLEYのページはこちらhttp://medley.life/news/item/562854a94c09557a5e58adab)

以前、日本の市販薬販売制度は、安全性よりも、消費者の利便性・企業利益を重視しているという記事を書いたことがありました。

「日本における大衆薬の危険性と実現不可能な解決策」http://blogos.com/article/109141/

かぜ薬の主流が「総合感冒薬」である国は、実際には少数派であると指摘されます。
今回の記事の内容は、医師と同様、薬剤師にとっても常識です。市販薬を購入する際、薬剤師の介入を重視する国では、どの薬を飲むべきかという薬剤師の助言が反映しやすいため、総合感冒薬が主流になりにくい。購入者が自由に薬を選択する国では、企業は直接購入者にアピールすることになりますので、リスクは軽視され総合感冒薬が売れ筋になる、という仕組みです。

今回ご紹介した、「かぜ薬でかぜが治る訳ではない」といった内容は、一般のメディアでもよく見かけますので、もう常識なのかなとも思います。一体どのくらいの方がこの内容を知らないのかは、私には分かりません。
「抗生物質は、かぜに効果がない」というのもご存じでしょうか?(今週は抗菌薬啓発週間〈World Antibiotic Awareness Week〉です。この他にも多くの情報がありますので、ご覧下さい。例えばこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=rS83Psfcsc4&feature=youtu.be)

ニュース等で報じられているように、厚労省は、利用する薬局や薬剤師を決めておく「かかりつけ薬局」を推奨しています。複数の医療機関から処方される薬の飲み合わせ、重複を防ぎ、飲み残しを減らすことで医療費を削減する、ということです。

私は、そうではないと思っています。「かかりつけの薬局・薬剤師」との良好な関係があれば、普段の健康管理において、正しい情報の入手に役立ちますし、健康食品や市販薬においては、企業利益のためではない、適切な助言を得ることができます。処方箋の調剤でも、医師の味方ではなく、患者のために専門性を発揮してくれます。
もしあなたの家族や親しい友人に薬剤師がいれば、きっとそういった手助けをしてくれることでしょう。それが「かかりつけの薬剤師」を持つ意義だと思います。

では、そういった薬剤師を(家族や友人以外で)どう探すかといえば、そう簡単ではないだろうなと感じます。
勤務する店舗では、販売を推奨されている商品(市販薬・健康食品)があるでしょうし、近隣の医師に気兼ねすることなく、自由に発言する薬剤師もそう多くはないでしょう。良くも悪くも、日本の薬剤師は、今の日本の医薬品・薬局業界の要請に沿った働き方をしているように思います。またそれは日本の制度が誘導したものです。

「どのように薬局・薬剤師を利用するかは自由です」と国は言いますが、現実はそう簡単ではないようです。

財務省案から見えてきた 薬局の方向性と危険性

2015-11-09 14:06:32 | 日記
財務省の財政制度等審議会が、来年度以降の医療費について見解を示しました。

診療報酬のマイナス改定必要、調剤も抜本見直し=財務省(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/business/reuters/CRBKCN0SO0AZ.html
財務省資料
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia271030.html

急速に進む日本社会の高齢化を考慮すれば、医療費の削減は避けられません。

今回の財務省案では、特に薬価(医薬品の公定価格)などの医薬品分野と、調剤報酬の削減に重点を置いています。これは昨今の調剤バッシング報道に同意するか否かという単純な論点に留まらず、薬価・医薬品制度が技術料に比較して制度全般への影響が少なく、金額的にも大きい上、将来的には患者の受療行動のコントロールにも繋がること。また調剤報酬にあっては、その発足当初より、減額の必要性が生じた場合には確実に実施できるよう工夫された制度設計であることが影響しています。
財政状況を考慮すれば、こうした「手を付けやすく、確実に医療費削減に繋がる」政策を着実に実行することは重要です。後述しますが、他の部分のコスト削減にはもっと時間がかかります。

今回の財務省試案から、幾つかピックアップします。


◆薬価・医薬品に関する改革案

この分野では、薬価の減額、ジェネリック医薬品の使用拡大、医薬品への公的支出削減案などを挙げています。この中で、患者側の支払い等に直接影響する項目を挙げます。

『後発医薬品の額を超える部分については患者の追加負担(保険給付しない)』
現在の制度では先発医薬品と後発医薬品のいずれを選択しても保険でカバーされるため、患者負担額の差が小さく、後発医薬品を選択する十分なインセンティブが働きません。差額について保険給付しなければ負担額の差が大きくなるとともに、そもそも患者希望による差額を公的医療費で賄う必要がなくなる、という案です。
現在、薬剤師が患者側に後発医薬品の使用を勧め、使用率が高い薬局で調剤基本料を増額するという施策が採用されています。この方法については患者・薬剤師双方の批判も根強い上、近い将来、削減額は頭打ちになりますので、個人的には賛成です。

『市販薬類似品について、保険償還率を引き下げる、または保険給付外とする』
資料では、950円で市販されている湿布が受診して医師に処方してもらうと自己負担金20円、1296円の漢方薬の場合、受診すれば自己負担金80円(共に3割負担の場合)といった実例が挙げられ、日本では諸外国と比較してセルフメディケーションが十分に進んでいないと指摘しています。この制度を導入すると、医師に処方してもらうと安いので受診する、大量に処方してもらい家族や知人に配るといったモラルハザードの防止に繋がる一方、負担金増額による受診抑制も予想されます。


◆調剤報酬(薬局が得る報酬)の減額

調剤報酬の具体的な方向性について、案では

『調剤報酬水準全体の適正化を図りつつ、「立地から機能へ」「対物業務から対人業務へ」「バラバラから1つへ(かかりつけ薬局による服薬情報の一元化)」の実現を進める観点から、現行の調剤報酬については、診療報酬本体とは別に、ゼロベースでの抜本的かつ構造的な見直しが必要』

とし、具体的には、投与日数や剤数に応じて点数が高くなる仕組みの抜本的な見直し、員数規定(一日処方箋40枚につき薬剤師1名)の緩和もしくは撤廃、「真にかかりつけ薬局」として求められる機能を発揮している薬局を評価するための要件の設定などを挙げています。

もちろん、政策誘導によって「もっとよい薬局ができるはず」と考える姿勢は大切です。ただ、お薬手帳の無料化と有料化を繰り返して患者の不信感や医療現場の混乱を招き、「かかりつけ薬局が重要」としながら「同一薬局利用なら患者負担金減額」といった患者誘導策を実施しない等、これまでの政策が現在の薬局問題に大きな影響を及ぼしていることも確かです。

「真のかかりつけ薬局」といった薬局の利用の仕方は、患者の比率としては、少なくとも今後10年は少数派に留まるでしょう。全体的には質の低下が続くことになりますので、ご注意ください。元々薬局の分野では、どこで薬を購入しても、また誰から購入しても安心・安全という制度になっていません(購入者・患者が適切に選択できるとしています)が、その傾向は今後、より強くなります。
現実的には、ほとんどの薬局が「より安く、あっさりとした対応」へと舵を切ります。かかりつけの薬剤師とのコミュニケーションも、薬を受け取る際には短時間になるでしょうから、その他の手段(窓口が空いている時、別の日、電話など)で穴埋めすることになると思います。ご理解、ご協力をお願いします。


◆日本の薬局のこれから

日本の薬局・医薬品販売制度の特徴は、
   
・市販薬は大きく規制緩和し、市場に委ねている(利便性が高い、価格が安い、薬剤師による介入は少ないか全くない)
・「市販薬を販売する薬局(ドラッグストア型)」と「調剤を主体とする薬局」に二分されている
・調剤を主体とする薬局の多くが病院・医院とマンツーマンの形態をとっており小規模な薬局が多い、医師からの独立性に問題がある
・不完全な医薬分業制度(処方箋を発行せず、事務員等が投薬を行う医療機関が少なくない)

といった点にあります。

日本の調剤報酬が高コストであることはよく指摘されます。平成25年の報酬単価は平均約2100円+薬価差益(薬局の購買力によって異なる)ですが、例えばドイツでの処方箋調剤は一件につき8.35ユーロ(1100円)+薬価の3%です。
これは多くの先進国において、薬局が市販薬販売と調剤の両方で利益を得られることも、理由の一つです。近年では、この部分のフィーを抑制すると共に、薬局での予防接種や安定した高血圧・糖尿病患者の管理指導といった、新たな業務を導入する国が増えつつあります。日本ほどではありませんが、多くの国で高齢化や医療費の膨張といった問題に直面しており、医療の質を保ちつつ、コストをコントロールするためには有効な政策と考えられています。

日本では医薬品販売制度の規制緩和を選択しましたので、市販薬での利潤は小さくなり(購入者側にとっては低価格)、ドラッグストアにおいても収益の多くは日用品や化粧品、健康食品が占めています。集客の手段としたいコンビニ業界にとって市販薬販売は魅力的でしょうが、調剤を主体とする薬局が今後、利益の減少を市販薬でカバーできるということはないでしょう。現状では諸外国のような薬剤師の職能拡大の可能性もありませんので、多くの薬局では人員の削減によって対応することになります。

市販薬の分野では今後も規制緩和が中心となり、スーパーやコンビニ等で購入できるようになる可能性は高いと思います。


◆次の医療費削減の焦点と今後の医療

日本では医療に占める医薬品費の割合が高い上、ジェネリック医薬品への置き換え率や薬価などの課題もあり、当分は焦点であり続けると思います。一方で調剤技術料は医療費全体の5%余りに過ぎません(だからといって放置すべき問題だとはいえませんが)。


上記 財務省資料より


次の医療費削減のための方策が進みつつあります。
大手メディアの報道を見ると、3年後・5年後の改定を見据え、世論の形成を図っているように感じます。

病院の受診回数、日本は先進国平均の2倍(日経新聞)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS04H3P_U5A101C1EE8000/

今後の世論誘導は、「日本の医師は頻繁に患者を受診させることで、高い収入を得ている」というものだと私は考えています。
日本の医療における頻回受診の問題として代表的なものは、

・医療へのアクセス性(かかりやすさ)を重視することで、軽度の症状にも公的医療費が使われる
・気軽に医師にかかることの裏返しとして、医師は多くの患者を診なければならず、一人ひとりに十分な診察時間がとれない
・診療報酬には医師の報酬のみでなく、検査費や薬剤費が付随するため、余剰の医療費がかかる

といったものです。医師の報酬は薄利多売になるだけで、報酬総額(医師の収入)とは直接の関係がありません。
実際に、糖尿病の管理といった項目では日本医療の問題点が指摘されています。結局のところ医師の診察を受けていても、互いの意見をやり取りしたり、療養についての助言を受け話し合うといった、時間を要する場面では困難があります。これほどの医療体制と公的医療費をつぎ込みながら、医療への信頼感が低く、誤った健康法に惑わされる人々が多い現状には、こうした医療制度・医薬品販売制度の影響があると私は考えています。

「軽い症状でも医師に診てもらいたい。市販薬は安全であるはずだし、どこでも購入できて安いほうがいい。」

といった顕在的な認識やニーズを重視する日本では今後、表面的な利便性は保ったまま、『「医療施設としての薬局」という受け皿を持たない、病院を受診しづらい医療』へと変容します。
これは超高齢化という要素を除いたとしても、諸外国より危険な制度だと私は思います。
厚労省等の制度設計担当者、また制度を議論する立場の方々には、「患者側の利便性と自由な選択、お買い得感、満足感」といった甘言に傾斜することなく、誠実な議論をお願いしたいところです。

また制度の受益者である皆さんには、こうした医療制度や今後の状況を知った上で危険を回避できるよう、受療行動を工夫して頂きたいと願います。今後実際に医療の問題に直面したとき、「日本の医療制度や医師、薬剤師が悪いのだから仕方ない」として諦めるのはもったいないことです。