医療と薬の日記

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医療用医薬品の添付文書(医療者向け説明書)を読んでみたいと思ったら

2015-09-03 16:01:41 | 日記
皆さんが病院にかかった後、薬局で受け取る薬(医療用医薬品)には、説明書が添付されていることと思います。
これを、私たち薬剤師は「薬剤情報提供文書」と呼んでいます。内容は割と簡単なもので、主な効能・効果の他、服薬上の注意点や副作用が記載されています。以前は患者の不安を煽ることのないよう、副作用については記載しないといった施設もありましたが、近年はそういった記載のバラつきも少なくなり、どの施設でも概ね共通した内容になっているように思います。

医療用医薬品の説明書には、これとは別に「添付文書」というものがあります。
添付文書は、医薬品を処方する医師や、薬物治療の適正化を担う薬剤師など、医療者を対象とした説明書です。詳細な情報が記載されている一方で、専門用語も多く、適切に理解し活用するためには、一定の知識や経験といった土台が必要であるとされています。

最近では、患者さんから添付文書の記載内容についての質問を受けることが多くなりました。インターネット経由で入手される方が多いようです。



■ 患者が添付文書を読むことについての賛否

医療者の間では、患者が添付文書を読むことについて、また患者側が希望する場合に添付文書を交付することの是非について、意見が交わされることがあります。

賛成派の意見は、以下のようなものです。
『添付文書は確かに医療者向けの内容であり、難解な部分も少なくないが、患者に交付する薬剤情報提供文書では情報に乏しく、必要な内容が網羅されているとはいえない。患者自身が服用する医薬品について、情報を入手することを妨げるべきではなく、患者が希望するのであれば交付すべきだ。医療者が拒否したところで、インターネットを使って入手することは可能だ。』

これに対し、反対派の意見はこうです。
『添付文書は医療者向けに記載されており、それを患者側が正確に理解し活用することは困難。服薬中に発生した症状があったとして、そもそも、それが副作用なのかどうか、また複数の薬剤を服用していれば、どの薬剤に起因するかといった判断は患者にはできない。実際に、多くの情報に触れることで、自己判断で服薬を調節・中断する患者は少なくない。希望に応じて添付文書を交付することが、医療者として誠実であるとはいえない。』

時折、「添付文書の交付を断る医者・薬剤師はけしからん」との意見を耳にしますが、賛成・反対それぞれの意見は、必ずしもどちらかが誤りであるとはいえません。



■ 「くすりのしおり」という、一つの解決策

薬剤情報提供文書では内容に乏しく、かといって添付文書を医療者の解説なしに読んでもらうことにも不安があります。これは、薬剤師や医師の間では長らく語られてきたテーマですが、一つの解決策として、「くすりのしおり」という説明書の様式があります。(http://rad-ar.or.jp/siori/index.html)
「くすりのしおり」では、薬剤情報提供文書に比べ多くの内容が記載されている他、副作用について初期症状で説明されていたり、通常の副作用と、使用を中止し医師の診察を受ける必要がある副作用を区別して記載するといった工夫がみられます。
インターネット上で簡単に入手できますので、薬剤情報提供文書では物足りないと思われる方は、利用されるとよいかもしれません。注意を要する医薬品に関しての追加情報として、私もよく患者さんに渡しています。



■ 患者と医療者の関係性をどう考えるか

添付文書は難解であり誤解を生じる可能性もあるとはいえ、「くすりのしおり」のサイト上でも添付文書情報へのアクセス方法は紹介されています。問題はその後の方向性だと、私は考えています。

医療制度や医療裁判の判例を眺めれば、それらは医療者­患者間の「情報の非対称性」を前提としていることが分かります。すなわち、患者の決定や希望は、必ずしもその判断を下すために必要な知識を伴ったものであるとは限らず、医療者側はその事を十分に踏まえた上で、必要な説明(あるいは説得)を行うよう求められています。これは私たち薬剤師の日常的な感覚とも一致します。私たちは日々、多くの患者の誤解を見つけては、修正を繰り返しています。

これに対し、近年の市場化社会で主張されている考え方は方向性が違います。購入すべき商品やサービスについて、消費者が様々な情報を自身で勘案した上で、自由に判断することを重視しています。
現代の人々は多くの情報を取捨選択する能力が向上していますので、これは一面では正しいはずです。ただその一方で、この考え方が企業収益の増加、あるいは経済の活性化のために利用されがちであることについても、注意が必要だと感じます。
例えば今年スタートした機能性表示食品制度は、健康食品の機能表示規制を緩和する一方で、効果の根拠とする論文データをネット上で公開するものですが、情報を公開すれば消費者は自由に検討できるとするものの、市場の拡大がそもそもの前提となっています。

私は、皆さんが見聞きした多くの医療情報が、喧伝される『自由な(裏を返せば自己責任の)社会』という価値観の下で誤解や迷走を生むのではなく、医療者とのパートナーシップの中で正しい知識として醸成されることを願っています。
住んでいる地域において、よい医師や薬剤師を探して「かかりつけ」とする、またそういった医療者とコミュニケーションをとることは、現代のネット社会、あるいは市場化する社会の感覚からすれば面倒な行為かもしれません。それでも、予約を必要としない開業医が生活圏に多く存在し、身近な薬局のドアを開ければいつもの薬剤師がいる日本は、決して悪い社会ではありません。

専門的な、あるいは詳しい情報に触れるとき、その上で医療者とどのように付き合っていくべきかについても、併せて考慮して頂きたいと願います。