医療と薬の日記

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機能性表示食品とスラップ訴訟の時代

2015-07-13 14:33:34 | 日記
今年の4月から、「機能性表示食品制度」がスタートしました。新聞やネットなど多くのメディアで取り上げられましたので、ご存知の方も多いと思います。6月以降、この制度の適用を受けた商品が次々と発売されています。

「機能性表示食品とは何か」という点に関しては、これまで多くの説明がありますので割愛します。簡単に説明すれば、

『健康食品は、医薬品のような効能効果を表示することはできない。特定保健用食品(トクホ)は国の審査を受けたうえで、一定の効能表示を許可する制度だが、企業にとって審査にかかる時間的・金銭的な負担が大きかった。機能性表示食品制度は、届出制とすることで審査を省き、商品化のハードルを下げたもの。安全性・機能性については事業者自身が責任を負う。』

といったところです。
この制度に対する評価は、企業・研究者・医療者・消費者団体といった立場の違いによっても様々です。代表的な賛否それぞれの意見を以下に挙げます。


《賛同する意見》
『実際には効果がある健康食品でも、トクホ制度は中小企業にはハードルが高く、表示することができなかった。「制度の解禁」によって消費者に利益をもたらす。』

《反対する意見》
『機能性表示食品ではそもそも効果があるかどうかすら保障されない。消費者は表示された効能の根拠となる論文の内容を精査できるとは限らず、過大な期待をしたり、医療機関を受診する機会を喪失するおそれがある。』

個人的には、『この分野の事業を拡大することで経済を活性化し、輸出産業化を図る』とする規制改革会議の説明が、制度の目的を端的に表現していて、気に入っています。

消費者保護の観点から、いずれの先進国においても、健康食品の効能表示は制限され、表示する場合には公的機関の審査を受けなければなりません。唯一の例外が「自由と自己責任」を標榜する米国であり、「届出型」を採用しています。
機能性表示食品制度が、「米国と同等、あるいは米国を超える制度を」との掛け声で始まったものであることは知っておいてよいと思います。
(参考:諸外国の機能性表示制度 http://www.caa.go.jp/foods/pdf/140502_sanko_3_3.pdf)

日本はかつてのような、「安心・安全の国」ではありません。言葉巧みに表現された表示のロジックを見破るとともに、自ら論文を読み解き、評価する力がなければ、適切に健康食品を利用することはできません。
「有名な会社が販売しているのだからきっと効果があるはずだ」
「よく売れている成分だから効くのだろう」
といった認識は、もはや保護すべき対象として想定されておらず、変容した社会に適応する必要があります。(医師や薬剤師といった専門家の助言を得ることも方法の一つです。ただ、この場合には専門家の正しさを判断する必要があります。)



■ 「機能性表示食品の効果」についての議論

特定保健用食品(トクホ)の場合、効果を審査する新開発食品評価調査会の議事録は非公開(要旨は公開)である上、効果の根拠となる論文のうち、社内資料については入手することが困難でした。
これに対し機能性表示食品では、効能表示の根拠となる論文を消費者庁ホームページから閲覧することができます。

制度自体への批判的な意見も手伝って、ネット上には個々の論文に対する問題の指摘、効果や安全性への論評が数多くみられます。
制度の性格上、こうした議論が生じることは望ましいことです。多くの方が目にする形で活発な議論が行われることで消費者の動向が変わり、後追い研究によって、結果の精度や再現性が磨かれる。国が効果を審査しない以上、このような経過を辿ることで初めて、残るべき商品は残り、淘汰されるべき商品が淘汰されることになります。

先日、消費者庁に対して、複数の機能性表示食品についての批判的な申し入れを行った消費者団体FOOCOMに対し、販売元の一つである株式会社東洋新薬から、申し入れの撤回、ホームページからの削除と謝罪を求める文書が配達証明付きで送付されるという出来事がありました。
FOOCOMはこれに対し、弁護士を代理人として内容証明郵便で反論を行い、東洋新薬はこれを受けホームページ上にコメントを掲載しています。
http://www.foocom.net/latest-topics/
http://www.toyoshinyaku.co.jp/1014/

科学の分野では、こうした論争が行われることは健全な動きといえます。
配達証明や内容証明といった手段の是非はさておき、大いに議論して頂きたいところです。



■ 社会の変容とスラップ訴訟

ただ、もしこうした議論の応酬が、個人と悪意のある企業の間で行われた場合に、またその目的が科学的な確かさではなく、金銭的な利益であった場合には、いわゆる『スラップ訴訟』、あるいはそれに類する威圧的行為が行われる可能性は否定できません。
(スラップ訴訟:大企業等が、権力を持たない個人や市民に対して、発言や行動を封じることを目的として提起する威圧、恫喝的訴訟のこと)
もしそういった事例が散見されるようになれば、個人で活動する専門家や消費者は批判の声を挙げられず、制度が想定する事後的な監視の実現は困難になります。

スラップ訴訟の抑止には、法的な規制のほか、企業イメージの低下につながる、メディアからの反社会的行為との指摘、世論による批判が重要といわれています。
ただ、健康食品の販売元には中小企業も多く、メディアの効果は限定的であるかもしれません。近年、新聞など多くのメディアに健康食品販売会社が広告を掲載している関係上、追及の手が緩むのではといった懸念もあります。
こうした条件から、この分野では今後、スラップ訴訟が提起されやすいのではないかと私は考えています。

そもそも前項で指摘した「社会の変容」とは、端的にいえば「べき論」よりも経済合理性を優先する社会への転換であり、スラップ行為が行われやすい社会への変容ともいえます。そうした社会が健全に運営されていくためには、迅速な罰則規定の整備とともに、その都度、的確に世論や消費行動が反応することが重要です。

機能性表示食品制度はスタートしたばかりですので少し気が早い気もしますが、制度のご紹介がてら、この点について指摘しておきたいと思います。