医療と薬の日記

医療ニュース、薬など

「花粉症の薬を保険適用外に」健保連の提言をどう読むか

2019-08-30 16:29:03 | 日記

健康保険組合連合会(健保連)が22日に発表した政策提言の中で、「花粉症治療薬を保険適用から除外すべき」としたニュースが話題を呼んでいます。

どのような提言だったのでしょうか。

 

健保連の提言は、主に次のようなものでした。

 

 

・日本の薬剤費は、高齢化による薬剤使用量の増加、高額な新薬の登場によって医療費の伸び率を上回るペースで増加している。国民皆保険制度を維持するためには、保険適用範囲の見直しが不可欠

・給付範囲は、個人が負担しきれないリスクへ重点化すべきであり、OTC類似薬(市販薬として販売されている薬)では、除外を含めた保険適用範囲の見直しを実施し、セルフメディケーションへの転換を図るべき

・花粉症の治療薬(第二世代抗ヒスタミン薬)は、すでに市販薬として広く流通しており、医療機関で処方された場合の自己負担金より1日につき332円安い場合がある

・花粉症のOTC類似薬全てを保険適用範囲から除外すれば、年間約600億円が削減できる

(提言)

OTC類似薬全般について、保険適用からの除外や自己負担率の引き上げを進めるべき

〇まずは花粉症を主病とする患者に対して、1処方につきOTC類似薬を1分類のみ投薬する場合に原則、保険適用から除外すべき(適用状況の推移を検証し、診療行動に変動が見られる場合、OTC類似薬を複数分類投薬する場合への対応も検討する)

 

 

実際のところ、花粉症に関する健保連の提言が、近いうち(12年)に皆さんの負担金にダイレクトに反映する可能性は、そう高くはありません。

提言が実行されるためには、まず厚生労働省などで開催される会議で承認される必要があり、そこでは日本医師会による反発があります(但し、日本医師会は大枠でこの案を受け入れていると思われます)。また提言の中で言及されているように、仮に承認された場合でも、処方する医師側が診療行動を変動させ、健保連の狙いに抵抗することが予想されるからです。

 

具体的には、花粉症の薬を処方する際に市販薬として販売されていない新しいタイプの治療薬を処方する、2分類の医薬品を組み合わせて処方する、異なる病名を記載して保険請求するといった診療行動の変化が起こるでしょう。

 

しかしその一方で、「医師に処方してもらえば安くOTC類似薬が手に入る」という現在の状況自体が、花粉症に限らず、ある程度は変わっていくことになると思われます。

日本の保険医療制度において、これは非常に大きな変化ですが、35年後には状況は確定しているかもしれません。その頃には、処方する医師が診療行動を変化させて対応することは容易ではないはずです。詰将棋のようなもので、その段階では「花粉症診療で多くの医師が回避行動を取っており、自己負担率の引き上げなどOTC類似薬全体へのハードル設定が不可避」とされている可能性があるからです。

 

つまり、今回大きく報道された「花粉症の治療薬」の話題の影で着々と進む、市販薬類似品「全体」についての保険適用除外(あるいは自己負担率引き上げ)が、今回の狙いの『本丸』です。

 

健保連の資料では、「参考」として

 

市販薬が存在する医療用医薬品の外来における薬剤費は、粗く推計して8410億円、市販薬によるセルフメディケーションに誘導可能と考えられる部分は2126億円であった

 

とあります。セルフメディケーションに誘導した場合に削減できる診療費などを含めれば、外来だけで最大1兆円規模の削減を見込むことになるのでしょう。

 

もちろん、今回の報道を目にして「花粉症で病院にかかる費用がずいぶん高くなるらしい。病院にかかると損をする」と誤解してくれる人が多ければ、さらに医療費を節約できることになります。大切なのは、“ずいぶん高くなるようだ“といった漠然としたイメージではなく、どの程度高くなり、治療内容がどう変わるかを把握することです。

 

 

【実際の影響、問題点は】

35年後に上記のシナリオが実行された場合、負担金はどのように変わるでしょうか。健保連の資料を基にして、「薬剤料(薬の原価)→保険給付なし、その他の医療費(技術料など)→保険給付」と想定して試算します。

医療機関受診とスイッチOTC医薬品を比較 (健保連資料を基に作成したもの 3割負担)

商品名(日数)

医療機関を受診した場合

OTCを購入

現在の自己負担額

健保連の提言

アレグラ (14日分)

2003円

3128円

1554~2036円

アレジオン(24日分)

2210円

3714円

2138~3866円

エバステル(12日分)

1725円

2255円

1404~2160円

確かに、「市販薬よりも病院を受診して保険適用される方が安く済むため、モラルハザードが発生している」という指摘には説得力があります。

現在は、アレグラと同じ成分でより安い価格のOTC医薬品も販売されています。インターネットで探せば最安値の店舗を見つけることも可能ですから、比較的短い期間の治療と考えるならば、健保連の提言が実現したとしても大きな問題は生じないといえるかもしれません。

 

 

しかし、「医師の診察・医学的管理、そして薬剤師による処方監査・薬学的管理へのアクセス」について考えると、別の側面が見えてきます。

 

そもそも、OTC類似薬の多くは薬剤料が低くなっており、ジェネリック医薬品ではさらに低い価格(薬価)が設定されています。普段から病院に通っていて何らかの薬を服薬している方が、追加でOTC類似薬を処方してもらう際には、健保連の提言が実現した後も、比較的小さな負担で済みます。例えばアレグラのジェネリック14日分では、普段の支払いとの差額は650839円です。

一方、普段は通院していない方が新規に受診する際には、アレグラを処方してもらうのに上記の表のとおりで3128円、ジェネリック医薬品を利用した場合でも2171円かかります。

 

つまり、すでに病院に通っている方にとっては、医師・薬剤師による管理・助言の下でOTC類似薬を利用する際の金銭的負担は今後も比較的軽く済む一方で、これから病院にかかろうとする方にとっての受診へのハードルは、相対的に高く設定されることになります。

若い方、健康な方を中心に、これまで日本が堅持してきた「医療へのフリーアクセス」からの方針転換が図られることになります。

 

【日本のOTC医薬品業界の特徴】

では今後、保険医療へのアクセスに対する制限が導入されるとして、その受け皿はどうなるのでしょうか。

 

諸外国と比較した日本の薬局・ドラッグストアの大きな特徴として、「規制緩和・市場化」が挙げられます。大多数の市販薬は、すでにスーパーやドラッグストアで他の一般商品と同様にセルフ販売され、今や薬剤師が勤務していない店舗も少なくありません。

 

こうした規制緩和が日本で実現した背景として、「薬剤師の職能団体よりも企業・市場関係者の政治的な影響力が大きい」といった要素が指摘されますが、実際にはそれだけではありません。

これまでの日本の医療制度では「医療(医師の診察)へのフリーアクセス」が守られてきたため、市販薬がさほど重要な分野ではなかったという側面があります。(もっとも、長時間の業務に従事する労働者にとっては、医療機関へのアクセスはこれまでも困難ではあった訳ですが…)

 

日本を除いた多くの国々では、公的な医療財源と医療従事者のマンパワーが有限であることを前提として、国民が享受すべき医療水準を確保するため、医療政策と同様に薬局・ドラッグストアにおけるセルフメディケーション支援を重要視してきました。多くの国では、病院へのアクセスには元々制限が設けられており、薬局・ドラッグストアが医療のファーストアクセスの場であるからです。薬剤師にも、購入者の症状を踏まえた適切な医薬品選択に関する助言、必要な際の適切な受診勧奨が求められています。

 

先日、カナダ・アメリカで活動する薬剤師の方から、

 

当地でも日本と同じくアシスタントが働いているが、彼らが購入者の症状や医薬品選択に関するアドバイスを行うことはない。薬剤師が担当している。

 

と伺いました。

 

日本では、市販薬が手に入るかどうか、安いかどうかは重視されるものの、現代的な水準に見合う医療サービスが提供されるか、どういった責任が販売側に生じるかについて、あまり関心が払わることはありません。購入する側にとっても、どういったコミュニケーションを取り、質問をするのか、どんな場合に誰の責任を問えるのかといった点を意識することは難しいだろうと思います。それは今後も、簡単には変わるものではありません。

 

テレビCMのイメージで市販薬の売れ筋が決まり、商品名にアルファベットなどを冠した新商品に購入者が魅力を感じている状況なども踏まえると、諸外国でのセルフメディケーション事情とは大きな隔たりを感じます。

 

 

【どのように対策するか】

これまでの日本の医療制度に問題がなかったと言えば語弊はありますが、どんな症状でもまず医師に相談すれば適切に対処してくれ、高い費用も掛からない日本の保険医療制度は、これまで国民に大きな利益をもたらしてきただろうと思います。現在、その方針の修正が迫られています。

一方で、受け皿となるべき市販薬の販売制度や文化は、これまでの手厚い日本の医療制度を前提として、すでに規制緩和を“済ませて”しまっています。非常にチグハグな状況と指摘せざるを得ません。

 

健保連や、制度設計を所管する厚生労働省に対して「なぜ、保険医療へのアクセスを制限しようとするのか」と問えば、「どの国でもそうしている。市販薬は安全であり、効果も見込めるからだ」と答えるでしょう。しかし、「ではなぜ、諸外国では日本のような薬局・ドラッグストア制度の規制緩和を実施しなかったのか。外国では市販薬は安全ではないのか」という問いに答えることはできません。今となっては、不都合な事実です。

 

 

健保連や厚労省の方針に関わらず、「費用が多少高くなってもこれまで通り、医師への受診を第一に考える」のも一案です。

試算で示したように、健保連の提言が実行されたとしても、ジェネリックを利用するなどして、大きな金銭的な負担を避けつつ保険医療制度を利用することは可能です。通院が継続するなら、また処方日数が増えるほど、費用がかさむ傾向は弱くなります。

症状に対してどの市販薬を選択すべきか、改善しない場合にはどうするか、またどういった症状であれば受診する方がよいかについて、その都度的確に自己判断することは容易ではありません。

 

もしも健保連の提言に合意して、「軽い症状・短期的な症状では市販薬を積極的に利用する。金銭的な負担を重視し、また症状やリスクも考慮したうえで市販薬と病院を使い分ける」のであれば、相談に乗ってくれる薬剤師を、生活圏であらかじめ確保しておくことをお勧めします。

誠実な薬剤師を見つけておき、健康相談や市販薬の購入、処方箋調剤を通じて関係性を深めておいてください。ドラッグストア、小規模な薬局、調剤メインの薬局のいずれでも構いません。その時々の、的確な選択の手助けをしてくれるでしょう。医療用医薬品を処方箋なしで購入するなどの対応も薬局によっては可能です。

このような込み入った相談は、親しくもない薬剤師や医師に持ち掛けたところで、聞き流されるなど、適切なコメントを得ることは難しいと思います。

 

医療財政が逼迫するにつれ、制度は変わっていきます。仕組みや情勢を正しく理解し、また味方になってくれる医療者を確保しながら、適切な健康管理に努めて頂ければと願います。

 

現在、下記のキャンペーンを実施し、賛同を募っています。 ご協力をお願いいたします。

緊急避妊薬(アフターピル)の分類を『処方箋医薬品以外の医薬品』に変更し、薬剤師が提供できるようにしてください

 


『ドラッグストア医薬品不正販売』 薬局報道は、どのような未来を描くか

2019-08-06 15:18:26 | 日記
大手ドラッグストアチェーン2社が、不正に医薬品を販売していたと朝日新聞が報じています。
『処方箋なしで医薬品を不正販売 ドラッグストア大手2社』

ツルハドラッグ小樽店については、同じ建物内にあるクリニックが休診の際、薬局を訪れた患者に対して、処方箋が必要である脳梗塞や糖尿病などの医薬品を販売していたとのことです。
不正は2004年から2014年まで続いていたとされ、朝日新聞は薬局内で共有されていた不正販売のマニュアルを入手したとして写真付きで報じています。

親会社のツルハホールディングスは、この報道を受けてコメントを発表し、

マニュアルの存在は確認できていないが、医療機関が長期間休診する際に事前に医師から指示を受け、休診明けに患者が医師から処方箋をもらうことを条件として販売したもの

と説明しています。
『2019 年7 月26日付朝日新聞社による報道について』


マニュアル文書の写真からは、薬局側がクリニックの医師とあらかじめ取り決めをしたうえ、医薬品を「先出し」していた様子が窺われます。

これは、薬局側から持ち掛けたのでしょうか、それとも医師が主導し、力関係のために断ることができない薬局側が、“しぶしぶ”応じていたのでしょうか。

『朝日新聞が入手した、ツルハドラッグ小樽店のマニュアル文書』

SNSでは、多くの薬剤師がこの件について議論しています。

「朝日新聞は、いつもこのタイミング(厚労省で報酬改定の議論が始まる時期)で薬局不祥事を報道する」
「薬局主導でこのようなハイリスクな行為をする理由がない」
「糾弾するのは簡単だが、患者が服薬を中断するのは危険。薬剤師による処方継続・リフィル処方箋(複数回利用できる処方箋)などの対応策を検討すべき」

といった意見がみられました。


【処方箋医薬品を処方箋なしで交付できるのは「大規模災害時」のみだが…】

医師が処方する『医療用医薬品』には、

処方箋医薬品 : 医師による処方を必須とする
処方箋医薬品以外の医薬品 : 医師の処方が原則だが、必要な場合には薬剤師が販売可能

の二つの分類があります。「処方箋医薬品」に分類される医薬品は、医師の診察を受け、処方箋によらなければ、薬剤師は患者に交付することができません(脳梗塞、糖尿病用薬は処方箋医薬品)。処方箋なしで患者に交付できるのは、大規模災害などで医師から処方を受けることが困難な場合に限ると規定されています。

「普段から服用している薬がなくなりそうだが、通院しているクリニックが休診している。薬だけもらうことはできないか」

と相談された際の、薬剤師側の模範解答は

『(休暇中の医師に連絡を取り、診察を依頼する訳にもいかず)休日診療所・救急医療を実施している医療機関を紹介し、受診して処方箋をもらってくるよう促す』

といったところです。


【朝日新聞のジャーナリズムは、どのような未来を描こうとしているのか】

ツルハドラッグの行為は、確かに違法です。
朝日新聞からの指摘を受けてツルハは保健所に連絡し、立ち入り検査を受けています。今後、業務停止等の処分を受ける可能性があるのでしょう。

さて、朝日新聞の報道は今後、どのように展開することになるでしょうか。またこのニュースから、私たちはどのような教訓を学ぶべきでしょうか。

来年の報酬改定に向けて、厚労省での議論は今後、活発化します。
その議論の中で、「朝日新聞が報道したように、薬局の不祥事が止まらない。調剤報酬は減額すべきではないか」との意見が提起され、薬剤師委員を除く全ての委員が同調する展開につながるのでしょうか(近年では、これは恒例の展開です)。

あるいは、朝日新聞はこの件についての調査を続け、医師がどのように関与していたか明らかにした上で、「医師は薬剤師に指示を与え、監督する立場にあった。医師の責任は重かった」と報じることになるのでしょうか。それとも「そんな続報を打つ訳がないだろう。報道した“意味”がないじゃないか」と考えるでしょうか。
今回の事案については、法律で禁止されている「無診察処方」に関する事案でもあるだろうと思います。報道記事では、言及はありませんでしたが。


担当する患者から、「手持ちの薬がなくなってしまったが、通っている病院が休診中だ。何とかしてもらえないか」と相談されることは珍しくありません。その度に私は、次のようにコメントしています。

『申し訳ない。私は薬剤師なので、〇〇さんが普段服用している薬を中断すべきではないことはよく分かっています。このような時、せめて数日分だけでも薬を提供すべきだし、それが可能になるよう速やかに制度を整えるべきだと思っています(現に、カナダの多くの州ではそれが可能です)。残念ながら、日本ではそういった方向に進む気配もなく、メディア報道も迷走しています。嘆かわしい状況だと思っています。→上記模範解答に続く』

実際のところ、服薬の継続を諦める方は少なくありません。


HPVワクチンの事例を挙げるまでもなく、メディア報道は事象をどのように切り取るか、またどのように論じるかで、世論や政策決定に大きな影響を及ぼしています。

朝日新聞に対し、何らかの働きかけ・圧力はあるのか?
何らかの忖度を伴って記事が作成されてはいないか?

などと詮索する気はありません。大手報道機関に相応しい報道をすべき、などと改めて批判されるものでもないでしょう。

今回、朝日新聞が報じた2件の不正のうち、このブログで触れた1件は2014年までの出来事、もう1件については、2年も前にすでに他メディアが報じた内容です。そのような事案を、あえて今回のような切り取り方で報じるのですから、担当記者のみならず、組織としても明確な意図・ビジョンを伴っているものと思います。

朝日新聞には、日本の主要な報道機関に相応しいジャーナリズムを提示して頂きたいと考えています。
今後の展開を注視しています。