健康保険組合連合会(健保連)が22日に発表した政策提言の中で、「花粉症治療薬を保険適用から除外すべき」としたニュースが話題を呼んでいます。
どのような提言だったのでしょうか。
健保連の提言は、主に次のようなものでした。
・日本の薬剤費は、高齢化による薬剤使用量の増加、高額な新薬の登場によって医療費の伸び率を上回るペースで増加している。国民皆保険制度を維持するためには、保険適用範囲の見直しが不可欠
・給付範囲は、個人が負担しきれないリスクへ重点化すべきであり、OTC類似薬(市販薬として販売されている薬)では、除外を含めた保険適用範囲の見直しを実施し、セルフメディケーションへの転換を図るべき
・花粉症の治療薬(第二世代抗ヒスタミン薬)は、すでに市販薬として広く流通しており、医療機関で処方された場合の自己負担金より1日につき3~32円安い場合がある
・花粉症のOTC類似薬全てを保険適用範囲から除外すれば、年間約600億円が削減できる
(提言)
〇OTC類似薬全般について、保険適用からの除外や自己負担率の引き上げを進めるべき
〇まずは花粉症を主病とする患者に対して、1処方につきOTC類似薬を1分類のみ投薬する場合に原則、保険適用から除外すべき(適用状況の推移を検証し、診療行動に変動が見られる場合、OTC類似薬を複数分類投薬する場合への対応も検討する)
実際のところ、花粉症に関する健保連の提言が、近いうち(1~2年)に皆さんの負担金にダイレクトに反映する可能性は、そう高くはありません。
提言が実行されるためには、まず厚生労働省などで開催される会議で承認される必要があり、そこでは日本医師会による反発があります(但し、日本医師会は大枠でこの案を受け入れていると思われます)。また提言の中で言及されているように、仮に承認された場合でも、処方する医師側が診療行動を変動させ、健保連の狙いに抵抗することが予想されるからです。
具体的には、花粉症の薬を処方する際に市販薬として販売されていない新しいタイプの治療薬を処方する、2分類の医薬品を組み合わせて処方する、異なる病名を記載して保険請求するといった診療行動の変化が起こるでしょう。
しかしその一方で、「医師に処方してもらえば安くOTC類似薬が手に入る」という現在の状況自体が、花粉症に限らず、ある程度は変わっていくことになると思われます。
日本の保険医療制度において、これは非常に大きな変化ですが、3~5年後には状況は確定しているかもしれません。その頃には、処方する医師が診療行動を変化させて対応することは容易ではないはずです。詰将棋のようなもので、その段階では「花粉症診療で多くの医師が回避行動を取っており、自己負担率の引き上げなどOTC類似薬全体へのハードル設定が不可避」とされている可能性があるからです。
つまり、今回大きく報道された「花粉症の治療薬」の話題の影で着々と進む、市販薬類似品「全体」についての保険適用除外(あるいは自己負担率引き上げ)が、今回の狙いの『本丸』です。
健保連の資料では、「参考」として
市販薬が存在する医療用医薬品の外来における薬剤費は、粗く推計して8410億円、市販薬によるセルフメディケーションに誘導可能と考えられる部分は2126億円であった
とあります。セルフメディケーションに誘導した場合に削減できる診療費などを含めれば、外来だけで最大1兆円規模の削減を見込むことになるのでしょう。
もちろん、今回の報道を目にして「花粉症で病院にかかる費用がずいぶん高くなるらしい。病院にかかると損をする」と誤解してくれる人が多ければ、さらに医療費を節約できることになります。大切なのは、“ずいぶん高くなるようだ“といった漠然としたイメージではなく、どの程度高くなり、治療内容がどう変わるかを把握することです。
【実際の影響、問題点は】
3~5年後に上記のシナリオが実行された場合、負担金はどのように変わるでしょうか。健保連の資料を基にして、「薬剤料(薬の原価)→保険給付なし、その他の医療費(技術料など)→保険給付」と想定して試算します。
医療機関受診とスイッチOTC医薬品を比較 (健保連資料を基に作成したもの 3割負担)
商品名(日数) |
医療機関を受診した場合 |
OTCを購入 |
|
現在の自己負担額 |
健保連の提言 |
||
アレグラ (14日分) |
2003円 |
3128円 |
1554~2036円 |
アレジオン(24日分) |
2210円 |
3714円 |
2138~3866円 |
エバステル(12日分) |
1725円 |
2255円 |
1404~2160円 |
確かに、「市販薬よりも病院を受診して保険適用される方が安く済むため、モラルハザードが発生している」という指摘には説得力があります。
現在は、アレグラと同じ成分でより安い価格のOTC医薬品も販売されています。インターネットで探せば最安値の店舗を見つけることも可能ですから、比較的短い期間の治療と考えるならば、健保連の提言が実現したとしても大きな問題は生じないといえるかもしれません。
しかし、「医師の診察・医学的管理、そして薬剤師による処方監査・薬学的管理へのアクセス」について考えると、別の側面が見えてきます。
そもそも、OTC類似薬の多くは薬剤料が低くなっており、ジェネリック医薬品ではさらに低い価格(薬価)が設定されています。普段から病院に通っていて何らかの薬を服薬している方が、追加でOTC類似薬を処方してもらう際には、健保連の提言が実現した後も、比較的小さな負担で済みます。例えばアレグラのジェネリック14日分では、普段の支払いとの差額は650~839円です。
一方、普段は通院していない方が新規に受診する際には、アレグラを処方してもらうのに上記の表のとおりで3128円、ジェネリック医薬品を利用した場合でも2171円かかります。
つまり、すでに病院に通っている方にとっては、医師・薬剤師による管理・助言の下でOTC類似薬を利用する際の金銭的負担は今後も比較的軽く済む一方で、これから病院にかかろうとする方にとっての受診へのハードルは、相対的に高く設定されることになります。
若い方、健康な方を中心に、これまで日本が堅持してきた「医療へのフリーアクセス」からの方針転換が図られることになります。
【日本のOTC医薬品業界の特徴】
では今後、保険医療へのアクセスに対する制限が導入されるとして、その受け皿はどうなるのでしょうか。
諸外国と比較した日本の薬局・ドラッグストアの大きな特徴として、「規制緩和・市場化」が挙げられます。大多数の市販薬は、すでにスーパーやドラッグストアで他の一般商品と同様にセルフ販売され、今や薬剤師が勤務していない店舗も少なくありません。
こうした規制緩和が日本で実現した背景として、「薬剤師の職能団体よりも企業・市場関係者の政治的な影響力が大きい」といった要素が指摘されますが、実際にはそれだけではありません。
これまでの日本の医療制度では「医療(医師の診察)へのフリーアクセス」が守られてきたため、市販薬がさほど重要な分野ではなかったという側面があります。(もっとも、長時間の業務に従事する労働者にとっては、医療機関へのアクセスはこれまでも困難ではあった訳ですが…)
日本を除いた多くの国々では、公的な医療財源と医療従事者のマンパワーが有限であることを前提として、国民が享受すべき医療水準を確保するため、医療政策と同様に薬局・ドラッグストアにおけるセルフメディケーション支援を重要視してきました。多くの国では、病院へのアクセスには元々制限が設けられており、薬局・ドラッグストアが医療のファーストアクセスの場であるからです。薬剤師にも、購入者の症状を踏まえた適切な医薬品選択に関する助言、必要な際の適切な受診勧奨が求められています。
先日、カナダ・アメリカで活動する薬剤師の方から、
当地でも日本と同じくアシスタントが働いているが、彼らが購入者の症状や医薬品選択に関するアドバイスを行うことはない。薬剤師が担当している。
と伺いました。
日本では、市販薬が手に入るかどうか、安いかどうかは重視されるものの、現代的な水準に見合う医療サービスが提供されるか、どういった責任が販売側に生じるかについて、あまり関心が払わることはありません。購入する側にとっても、どういったコミュニケーションを取り、質問をするのか、どんな場合に誰の責任を問えるのかといった点を意識することは難しいだろうと思います。それは今後も、簡単には変わるものではありません。
テレビCMのイメージで市販薬の売れ筋が決まり、商品名にアルファベットなどを冠した新商品に購入者が魅力を感じている状況なども踏まえると、諸外国でのセルフメディケーション事情とは大きな隔たりを感じます。
【どのように対策するか】
これまでの日本の医療制度に問題がなかったと言えば語弊はありますが、どんな症状でもまず医師に相談すれば適切に対処してくれ、高い費用も掛からない日本の保険医療制度は、これまで国民に大きな利益をもたらしてきただろうと思います。現在、その方針の修正が迫られています。
一方で、受け皿となるべき市販薬の販売制度や文化は、これまでの手厚い日本の医療制度を前提として、すでに規制緩和を“済ませて”しまっています。非常にチグハグな状況と指摘せざるを得ません。
健保連や、制度設計を所管する厚生労働省に対して「なぜ、保険医療へのアクセスを制限しようとするのか」と問えば、「どの国でもそうしている。市販薬は安全であり、効果も見込めるからだ」と答えるでしょう。しかし、「ではなぜ、諸外国では日本のような薬局・ドラッグストア制度の規制緩和を実施しなかったのか。外国では市販薬は安全ではないのか」という問いに答えることはできません。今となっては、不都合な事実です。
健保連や厚労省の方針に関わらず、「費用が多少高くなってもこれまで通り、医師への受診を第一に考える」のも一案です。
試算で示したように、健保連の提言が実行されたとしても、ジェネリックを利用するなどして、大きな金銭的な負担を避けつつ保険医療制度を利用することは可能です。通院が継続するなら、また処方日数が増えるほど、費用がかさむ傾向は弱くなります。
症状に対してどの市販薬を選択すべきか、改善しない場合にはどうするか、またどういった症状であれば受診する方がよいかについて、その都度的確に自己判断することは容易ではありません。
もしも健保連の提言に合意して、「軽い症状・短期的な症状では市販薬を積極的に利用する。金銭的な負担を重視し、また症状やリスクも考慮したうえで市販薬と病院を使い分ける」のであれば、相談に乗ってくれる薬剤師を、生活圏であらかじめ確保しておくことをお勧めします。
誠実な薬剤師を見つけておき、健康相談や市販薬の購入、処方箋調剤を通じて関係性を深めておいてください。ドラッグストア、小規模な薬局、調剤メインの薬局のいずれでも構いません。その時々の、的確な選択の手助けをしてくれるでしょう。医療用医薬品を処方箋なしで購入するなどの対応も薬局によっては可能です。
このような込み入った相談は、親しくもない薬剤師や医師に持ち掛けたところで、聞き流されるなど、適切なコメントを得ることは難しいと思います。
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