医療と薬の日記

医療ニュース、薬など

緊急避妊薬報道に欠けている視点

2020-10-22 15:06:29 | 日記
2017年、厚生労働省において医療用から市販薬への転用が議論され(「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」 以下「転用会議」と記述します)、一旦は否決された緊急避妊薬ですが、内閣府の方針を受け、再び検討が始まる見通しとなりました。
その一方で、複数の議員や医師の団体などは、これを伝えた共同通信の報道について「先走った記事だった」旨のコメントを発しています。今後の方向性には多少不透明な部分があります。

この問題では、緊急避妊薬を薬局で購入できるよう求める署名が10万筆を超え、多数のメディア、インフルエンサーも繰り返し言及するなど、国民的な議論を呼んでいます。今後、厚労省での議論がどのように進むのか、さらには結論である「どの医薬品分類にするか」「販売方法にどのような規制を加えるか、あるいはガイドラインにとどめるか」といった部分についても、今後の世論からの批判、そしてメディアやインフルエンサーが提示する論点・議論の内容次第…といった面があるのだろうと感じています。

日本チェーンドラッグ協会は、緊急避妊薬の医薬品分類について
として、立場を明らかにしています。
この他、転用会議ではにわかに「医師が介入したスイッチOTCの促進策」という案まで出ています。この案について解説するには、別途ある程度の文字数を要するところですが、簡単に指摘してしまうとすれば、以下にお示しするツイートのようなものです。

この案が示すように、これまでの長い期間、日本における医療・薬事に関する制度設計の議論は歪んできました。
その影響で、勤務医はスーパーブラックな労働環境に喘ぎ、患者はせっかく医師に診て貰っても3分診療でガマンしなければならない、といった状況が導かれています。海外メディアが驚愕した「医学部入試の女性差別問題」も、同様の文脈が波及したものです。
「無理が通れば道理が引っ込む」と言われます。この国の医療・薬事はどこまで無理を通し続けるのか、国民やジャーナリズムがどこまでそれを許すのか、気になるところではあります。


ともあれ、仮に「緊急避妊薬を処方箋なしに薬局で購入できるようにする」との方針がこのまま維持されるのであれば、転用会議における今後の議論は、

〇非処方箋医薬品(処方箋医薬品以外の医薬品)
〇要指導医薬品
〇医師が介入するOTC医薬品

のいずれが相応しいか、との論点を軸に進んでいくことになるのでしょう。


【メディアや有識者は、国民に対し真摯に議論の提示を】

10万筆以上の署名、インフルエンサーや多くの批判記事が示す民意は、「緊急避妊薬の販売規制は緩和すべきであり、それを拒んだ厚労省や医師の団体の判断は間違っている」といったものだと思います。
では、規制緩和を求めるメディアやインフルエンサー、それらに同調する人々は、しっかりとこの問題を受け止め、理解したうえで規制緩和を求めているのでしょうか。

私がこれまでに読んだ、典型的なメディア記事や主張の内容は、以下の様なものです。
1、海外では、すでに90カ国以上で薬局販売されている
2、海外研究では、緊急避妊薬を薬局販売することでリスク行動は増加しなかった
3、日本での性教育が不十分だとしても、性教育と緊急避妊薬アクセスの拡大は同時進行でよい
4、何より、望まぬ妊娠を防ぐためには緊急避妊薬の薬局販売を解禁すべき

こうした内容は、繰り返し人々の目に触れ、世論にも定着しているように感じられます。
その一方、転用会議において市販化が難しいとされた理由、あるいは緊急避妊薬アクセスに関する他のネガティブな論点についてメディア記事が取り上げる様子を、ほとんど見かけることはありません。
薬剤師の立場から言うなら、そもそも日本における医薬品利用・販売授与制度への考え方と、諸外国における認識はかなり異なります。メディア記事が「海外では売っている。日本でも売ればいい」とデフォルメされた主張を繰り返すほど、『緊急避妊薬を薬局で販売しづらい理由は、国民の認識だ』という反対派の懸念を証明してしまっているようにも感じられます。

薬局で販売するとしても、それぞれの販売区分(医薬品カテゴリー)は、異なる購入者の行動・理解を誘導することになります。世論が適切に問題を理解し、また転用会議で話し合われる内容をしっかり批判できるよう、メディアや有識者が真摯に議論・論点を提起して下さることを期待します。


以下、個人的に気になっている点、転用会議などで挙げられた論点を上げておきます。

A、海外でのアクセス状況について、OTC医薬品として購入できるのは19カ国だけで、76カ国はBPC医薬品として提供されている。日本には実質的に、BPC医薬品にあたる医薬品は存在しない。
B、米国の高校で実施されたコンドーム配布プログラムでは、妊娠件数は増加した。利用者側の性に関する知識、配布時の介入方法などが影響する可能性がある。
C、薬局販売で先行した諸外国の状況を検討した結果、統計学上の「意図しない妊娠の減少」という結果は得られていない。普及の程度、販売時の介入内容が要素として指摘されている。
D、欧米では確かにOTC化されているようです。欧米では20代の90%以上の方が経口避妊薬を使用している状況にあり、避妊薬に慣れているのです。ある程度避妊に失敗することもあるだろうということも体感しています(転用会議での発言)
E、(ヨーロッパやアメリカ)実際現場を見に行った先生方の話を聞くと、変な話ですが、ピルを飲むことがむしろ当たり前の感覚で教育をされているのが現状で、日本がまだまだそこまで行っているとは言えない(同上)
F、医療機関であればこの薬の交付時に適切な性教育を行うこともできますが、OTCになってしまいますと、その患者教育の機会を奪うことになります(同上)
G、この薬が将来的にどうかということで、欧米ではこれがOTC化されている。ただ欧米と日本と比べた場合、性教育の問題を含めて、大きな文化の問題の違いもあるのだろうと感じました(同上)
H、私は、ここがアメリカであればOKだと思います。緊急避妊ピルを常時使用している環境に皆さんがおられますので、これをOTC化しても全く問題はありません。日本では青少年に対してある程度の性教育が行われているにもかかわらず、経口避妊薬を日本人はなかなか使用しないのです。日本はそのような文化・環境にあり、しかも実際に緊急避妊薬を必要とされる方は、経口避妊薬を常用されていないのです(同上)
I、わが国の女性の人工妊娠中絶経験者は14.7%、そのうち反復中絶者は36.3%で反復中絶者がさらに増加(同上)
J、「最初の人工妊娠中絶を受けるときの気持ち」を女性に聞くと、「胎児に対して申し訳ない気持ち」「自分を責める気持ち」「人生において必要な選択である」と続くものの、中絶をリプロダクティブ・ライツ(性と生殖の権利)と捉える気持ちがまだまだ薄いことがわかります(同上)



緊急避妊薬の規制緩和について(全国の薬剤師の先生方、そして市民の皆さまへ)

2020-10-12 12:21:39 | 日記
私たちは現在、緊急避妊薬(アフターピル)の医薬品分類を現在の「処方箋医薬品」から「処方箋医薬品以外の医薬品」に変更するよう求める署名活動を行っています。

薬剤師以外の方々にとっては多少ややこしい話だと思いますので、簡単にご説明します。
通常、医師・歯科医師から処方される医薬品(医療用医薬品)には二種類あり、「処方箋医薬品」の場合は医師・歯科医師による診察、処方が必須ですが、「処方箋医薬品以外の医薬品」では必須ではなく、必要な場合には、処方箋なしで薬剤師が患者さんに販売・交付することが可能です。
市販用パッケージの箱が付くわけではない、ネット販売ができない、製薬企業が薬品名を紹介するCMを流せない、などの制約はありますが、緊急避妊薬を薬局で販売する際に諸外国の多くが分類するBPC医薬品(behind the pharmacy counter 購入時に薬剤師のコンサルティングを行う医薬品)に、最も近いカテゴリーだと私たちは考えています。現在、海外では76カ国でBPC医薬品、19カ国でOTC医薬品として、薬局で販売されています。
※CMの制約とは、商品名を紹介し「医師にかからず、自分で対応できる」といった内容で制作できないだけで、啓発する形の「緊急避妊が必要となったとき、薬で対応できます。医師または薬局の薬剤師に相談してください」といった内容は可能です。

この度、神奈川県の薬剤師の先生方に向け、緊急避妊薬の規制緩和について情報提供させて頂く機会を得ました。その文章を、この場でもご紹介いたします。快く転載について許可して下さいました関係者の皆さまに、御礼申し上げます。
私自身は、医療従事者の間で行われる議論が、閉じたものであってはならないと思っています。医療や医療制度は、社会の全ての方々に繋がっています。
神奈川県以外の地域で活動されている先生方、また社会の多くの方々にもご覧いただき、緊急避妊薬をどのような形で必要とする方々に届けるべきか、一緒に考えて頂ければと願っております。

緊急避妊薬に関する現在の状況ですが、政府の方針として「緊急避妊薬を医師の処方箋なしに薬局で購入できるよう検討する」と改めて示され、
①緊急避妊薬に関する専門の研修を受けた薬剤師
②対面で服用させる
といった条件の下、厚生労働省で再び議論がスタートすることになりました。
私見ですが、①②のいずれも、大きな問題があると思っています。

(以下、神奈川県薬剤師会会誌「薬壺2020年9.10月号」より転載)

緊急避妊薬の分類を「処方箋医薬品以外の医薬品」へ!  
あおば調剤薬局 高橋秀和

この度、神奈川県の薬剤師の先生方に対し、緊急避妊薬について情報提供する寄稿の機会を頂戴しました。ご厚意に感謝いたします。
私たちは、インターネット署名サイトChange.orgにおいて、緊急避妊薬(ノルレボ錠、レボノルゲストレル錠)の医薬品分類を「処方箋医薬品以外の医薬品」カテゴリーに変更するよう求める署名活動を行っています。

緊急避妊薬はアフターピルとも呼ばれ、避妊の失敗あるいは性被害の事後に服用し、意図せぬ妊娠を防ぐ薬剤です。行為から72時間以内のできるだけ早いタイミングでの服用が推奨され、妊娠阻止率は81.0%です。(国内第Ⅲ相臨床試験 72時間以内服用時)
海外では、すでに多くの国・地域においてOTCあるいはBPC医薬品として提供されています。日本では平成29 年に要指導・一般用医薬品への転用が議論されたものの、「悪用が懸念される」「若い女性は知識がない」「市販薬のネット販売を認める日本の現状では、薬剤師が管理できない」などの理由から転用が見送られました。
その後、インターネット診療での緊急避妊薬処方の要件が緩和され、研修を受けた薬剤師が医師から郵送された処方箋に基づき調剤・交付できるようになっています。

OTC / BPC化で先行する諸外国の状況の検討では、規制緩和後に緊急避妊薬の使用量は大きく増加したものの、残念ながら意図しない妊娠が減少した統計学的な結果は出ておらず、理由として「未だ緊急避妊薬の利用が不足している」「利用者に対し、継続的・効果的な避妊方法を選択するよう勧める介入が不十分」といった可能性が指摘されています。

先進国の趨勢として、緊急避妊薬を含む避妊方法へのアクセス保障(価格的、地理・時間的)は、「女性の権利」あるいは「性と生殖の権利」の観点から重要な問題と認識されています。
一方、日本の医療・医薬品販売制度に目を転じると、「医師以外の医療従事者(コメディカル)」の主体的な業務の不足(→医師の多忙化、医療の高コスト化)、市場主義に傾斜した市販薬販売制度(→購入者と薬剤師との関係性の希薄化、自己責任化)といった特徴があり、緊急避妊薬のような医療介入を伴う薬剤の規制緩和がしづらい状況にあります。


男女の格差を国別で比較した 「ジェンダーギャップ指数」では、 日本は121位(調査対象153か国、 2019年)と低迷しています。
フェミニズム理論では、「女性の抑圧」を当然視する思考を『家父長制(パターナリズム)に由来する考え方』として説明しますが、 この「上位者は下位者を保護するために干渉し、自由や権利に制限を加えるのも仕方がない」とする思考様式は、「権威主義」あるいは「ヒエラルキー(ピラミッド型 の組織構造)」といった価値観と親和性が高く、この国の「医療制度」あるいは「医師と薬剤師の関係性」に関しても、同様の文脈を読み取ることができます。

女性が男性から抑圧される社会では、多くの関係性が 同様に「抑圧」と「被抑圧」、「支配」と「被支配」をベースとして構築されます。
薬の専門家であるはずの私たち薬剤師が、残薬の調整すら医師にお伺いを立て、報告しなければ実施できないのは、日本の社会・医療業界が、強固なパターナリズムを手放すことができないからです。

こうした日本の医療・薬事制度、医療文化の形成には、医療や医薬品に関わる各職能団体・市場関係者の政治力も多分に影響していますが、結果として国民や患者の健康・権利をないがしろにしている面があります。
政治力を背景とした制度設計に粛々と従うことは、私たち薬剤師が不自由な思いをするのにとどまらず、患者や利用者といった立場の方々を間接的に抑圧することになります。


この数十年で、世界中の国々において患者の権利が尊重されるようになり、患者と医療従事者、あるいは各医療専門職の関係性も、上下関係ではなく、対等なものとして理解されるようになりました。
制度設計担当者や団体トップのみならず、地域医療に従事する私たち現場薬剤師も、緊急避妊薬を取り巻く現状を重く受け止め、行動に表すべきと考えています。