医療と薬の日記

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薬剤師による予防接種について、応援のお願い

2021-06-04 13:19:31 | 日記
新型コロナウイルスのワクチン接種が遅れている問題について、政府は当初、予防接種の新たな打ち手として歯科医師・薬剤師を候補に挙げ、検討していました。
この2職種が候補として挙がったのは、歯科医師(口内への注射経験があるから)、薬剤師(諸外国では薬局において薬剤師が予防接種業務に従事している)といった理由からです。

その後、様々な議論や提言がメディア・SNSを賑わせました。1日100万回の接種を実現するため、また7月末までに高齢者の接種を終えるためには何が必要か、どこがボトルネックになっているのか等の議論です。その中では、日本医師会や政府に対する強い批判や非難も多く見られました。
その後、打ち手問題に関しては、いち早く歯科医師の活用が決定するとともに、新たな打ち手候補として、臨床検査技師と救急救命士が浮上しました。

5月31日、厚生労働省においてこの問題に関する検討会が開催され、臨床検査技師・救急救命士によるワクチン接種を条件付きで容認する方針が示されました。薬剤師や診療放射線技師、臨床工学技士については容認を見送り、薬剤の充填や経過観察といった業務を担当することとされました。
今後、検討会で最終案が取りまとめられることになります。

以上が、話題となった「ワクチン接種打ち手問題」をめぐる顛末です。


アルマゲドンでもない限り、変わらない医師会と厚労省会議

薬剤師業界では当初から「今回、薬剤師による接種が実現することはないだろう」との予測が支配的でした。理由はシンプルで、
『日本医師会は許容せず、全力で策を講じてくる。一方、批判する側の世論・メディアは怒りの感情がメインで冷めやすい。医療問題は複雑なため、批判の方向性も一定にはなりづらく、結局は医師会の策に懐柔されるだろう』
といったものです。

たとえ特例であっても薬剤師による接種を許してしまえば、海外諸国の後を追うように、いずれ薬剤師が薬局で予防接種を行う動きにつながるかもしれません。日本医師会会長の中川氏がこれまで口癖のように繰り返してきた「蟻の一穴」という言葉は、こうした日本医師会の姿勢をよく表しています。
予防接種の打ち手となる職種の拡大には可能な限り反対する。仮に、それが無理な場合でも「どうしても打ち手が不足する場合に限って」「地元医師会が合意した場合に」「医師の監督下で」といった条件は譲らない。中でも、薬剤師が接種する方向性だけは阻止する。
利益団体としては、極めて明快で合理的な方針です。

検討会の方向性に対し、日本薬剤師会は「変異株の影響など、さらなる脅威が明らかになって準備しても対応が間に合わない。薬剤師による接種が必要になった場合に備え、研修やカリキュラムの準備を進める」との発言にとどまっています。

多くの方が知るように、日本医師会と自民党の関係性は非常に強固であり、(外部委員も含め)厚労省での議論の相場観もこれに沿った形で定着しています。日本薬剤師会が強く主張したところで不規則発言以上の効果は発揮せず、かえって今後の立場が悪くなるだけ…といった背景があります。

これまで、医療業界・厚労省・メディア関係者の間でも、こうした問題はもっぱら『職能間・団体間の利権の奪い合い』の文脈として語られてきました。「政治家への根回し、アピールが足りない」「会議委員へのレクが下手だ」「いや、医師会が相手では、これ以上の成果は不可能だ」といった様子です。

今回の件で、業界の多くの知人・友人とも話しました。
「日本でも、30年後くらいには薬剤師が予防接種できるようになるだろう。余計な主張をすれば世間から嫌われるし、上層部が積み重ねた努力も無駄になる。黙っているべきだ」
「薬剤師が薬剤を希釈し注射器に充填したことは、大いなる一歩だ。これがいつか…いつになるかはわからないが、実を結ぶ日があるだろう」
「今回、医師会が批判されたことで、30年後の実現を見込んでいた薬局での予防接種は、20年後くらいに近づいたはずだ」


本質的な議論を

ところで、私たちはいったい何について考え、何が気になっていたのでしょうか。

医療業界の裏事情? それとも、本格的に利権に踏み込むことなく、医師会を予防接種に積極的にさせるためのお灸の据え方? あるいは、これまでのコロナ医療対応への不信に加え、接種スピードが上がらないことに怒り心頭になった世論を鎮めるための、うまい着地点についてでしょうか。

実際に必要な議論は、次のようなものだろうと私は思います。

〇大規模接種会場はいつまで継続し、高齢者の接種終了以降、どの程度の接種スピードを想定しているか?
〇日本は、70%以上の接種が必要とされる集団免疫を目指すのか? 目指す場合、若年者を中心としたワクチン躊躇のため接種率の上昇が頭打ちになることが予想されるが、どのようなヘルスコミュニケーションを想定しているか? 接種機会・対話のチャンネルを増やすための薬局での接種は、必要はないか?
〇今後、変異株の感染拡大の恐れをどの程度と想定しているか? 従来のワクチンへの耐性を持つ変異株の場合、拡大する感染者への対応とワクチン接種を同時で進める必要があるかもしれない。その時が来たら考えるということか?
〇1億回を超えるワクチン接種にあたって必要とする追加費用はどの程度か?その額は諸外国と比較してどうだったか? 医師の権益を保護することでコスト削減しづらくなる点に関し、どう考えるか? 財源は、生活に困窮している人たちにこそ、振り向けるべきではないか?
〇今後、少なくとも当分の間は毎年の追加接種が想定されるが、その手間とコストは? 医師のマンパワーは温存できるか?


結局、変わるためには世論やメディアからの批判が不可欠

日本の医療問題の本質は、こうした部分にあるのだろうと思います。

利益誘導による医療・医療制度の歪みは、「コップの中の争い」にとどまるものではありません。国民の命や健康、尊厳といった問題に直結し、社会の他の分野の問題にも容易に波及します。
図らずも今回、コロナ禍に対する医療体制・日本医師会の対応に世論の批判が噴出しましたが、この件に限らずですが、いつまでも「日本の医療は世界一」といった単一のスローガンで誤魔化し続けられるものではありません。

そもそも、「海外諸国では薬局での予防接種サービスが拡大しており、地域住民に対し、より多くの接種機会の提供・医療費削減に寄与している。医師は、医師でなければ実施できない治療・診察に注力できる」といった状況は、新型コロナウイルスが流行するずっと以前から業界・厚労省では周知の事実です。日本では「医師会が容認する訳がないから」「政治的に実現不可能だから」といった理由で、議論の俎上に載る機会すらなかっただけです。

「不完全な医薬分業制度」「薬剤師を介さない市販薬販売制度」からも明らかなように、日本では薬剤師の評判は芳しくありません。より正確に表現するならば、「地域の生活者・患者と薬剤師」「抑圧的でない医師と薬剤師」といった小さな単位での信頼関係を除けば、薬剤師の職能・職域は一方で日本医師会から、他方で製薬企業や大手小売企業といったステークホルダーから、いいように蹂躙されていると説明する方が分かりやすいかもしれません。

結局、このような政府・行政の意思決定の文脈は、世論やメディアからの批判がよほど大きくならない限り、止まらないのでしょう。医療に限らず、様々な分野でみられる日本の行き詰まりと感じます。

それでも、こうした医療・薬事に関する意思決定の問題点を指摘し、社会からの理解・応援を仰ぐこと、そして問題が解決しない場合の未来を予言しておくことは、専門家としての責務であると思っています。

皆様のご理解と、ご協力をお願い致します。