LA CAFFETTERIA DI RETROSCENA舞台裏カフェ

テノール芹澤佳通の日常系ブログ (・∀・)

執念の撮り直し

2024年10月14日 | クラシック音楽

先日、立川サロンスタジオフィックスにて動画撮影をして来ました

 

実は先だって9月末に同スタジオで収録したのですがその出来に納得がいかず、もう一度収録することに。

演奏において「誰が聴いても完璧な仕上がり」というものは非常に実現困難なものですが、最低でも「自分が納得出来る演奏」をお届けしたいという思いから再収録を決断しました

全部で3曲収録し、完成次第公開していきます(`・ω・´)ゞ

 

まずは第一弾としてフランチェスコ・パオロ・トスティ作曲の「暁は光から」をお届けします

(この曲、昨年のリサイタルのアンコールで僕が弾き語りした曲です)

 

とあるテノールが「暁は光から」歌ってみた

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ピンカートンという名のクズ男、再び

2024年09月20日 | クラシック音楽
「地元(正確には隣の市だけど)でオペラに出演するのは初めてだな~」と思ったけどそもそも地元でオペラをやること自体が稀なのでそりゃそうか、と自己解決。
 
《蝶々夫人》は日本の長崎を舞台にプッチーニが作曲したオペラで、(プッチーニにからすれば)異国の地を舞台にする上で必要不可欠な日本の音楽を取り入れ、19世紀後半ヨーロッパで流行したジャポニズムに則り1904年2月17日にミラノスカラ座で初演され、大成k・・・ならず失敗に終わる。。。
 
みんな大好きWikipediaには『初演で蝶々夫人を演じたロジーナ・ストルキオ。拍手ひとつなく、舞台裏で泣き崩れた。プッチーニは同作の成功を誓い、自らの生存中はスカラ座での再演を禁じた。』との記載がある程度に失敗
 
ちなみにヴェルディは自身の作品『1日だけの王様』の公演が(リアルに)1日だけで打ち切りになったのことに不満を抱いていたようで、やがて自身の作品をスカラ座で初演することを避けました。
(8作目《アルツィーラ》から26作目《アイーダ》まで、初演はいずれもスカラ座以外の劇場)
 
さて、《蝶々夫人》の初演が失敗した理由はいくつかあったそうですが、まぁ内容が内容だけに「うん、そりゃそうなるよね」と納得してしまう点も多々あります。
その元凶はやはりピンカートンでしょう。
 
「オペラ界きってのクズ男」
「元祖ロマンス詐欺野郎」
「多様性礼賛の現代でも受け入れられない程度のクズ」
「ま、日本でも結婚するけどアメリカに本命ちゃんいるからあっちで本当の結婚するんだよ😘って大声で言っちゃうクソ野郎」
 
それが僕が地元で演じるピンカートン!!!(・・・あれ?なんでだろ、画面がボヤケてきたぞ😭
 
もしプッチーニが現代に生きてたら舞台は長崎じゃなくてトー横だろうし、多分ボエームもトー横界隈だろうし、ってことはトー横はもはやオペラ。
 
ということで、クズ男として地元に帰還する可哀想な芹澤が「ブーイングは称賛の裏返し」という心の最終防御壁を持って挑む《蝶々夫人》の公演情報はこちら
2024年12月15日 (日)
島田市民総合施設プラザおおるりホール
開場13:30 開演14:00 終演17:00(予定)
※上演時間は約3時間 予定 (休憩含む)
 
【チケット】
一般:3,500円 
学生:2,000円
(全席指定・税込)
 
【プレイガイド】
・プラザおおるり1階窓口
・カンフェティ
 
【出演】
蝶々夫人:廣木悠代
スズキ:櫻井陽香
ケート:伊藤咲葉
ピンカートン(クズ男):芹澤佳通
シャープレス:飯塚学
ゴロー:勝又康介
ボンゾ/ヤマドリ:鹿野由之
神官:水島正樹
ピアノ:鈴木啓太 久米涼子
 
皆さん、芹澤はクズ男を演じるのであって、《芹澤≠クズ男》だということをご理解の上お越し頂ければと思いますm(_ _)m
カーテコンコールで生卵とか投げないでくださいね。。。
 
 
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最高な奴ら

2024年07月12日 | クラシック音楽
最近はもっぱら音楽家としてのことばかり書いている当ブログ
 
そもそも「テノール芹澤佳通の日常系ブログ」ということなので日常のことを久しぶりに書こうかと思う😎 
 
しかしサラリーマンの様に「仕事」と「休み」が明確でなく、曜日で行動が決まっているわけでもないので、どっからどこまでが日常なのか曖昧なのである😵 
 
「コンサート」や「オペラ公演」などは明確に仕事であるが、それらに関する「稽古」は仕事に入るのか否か・・・
 
そんなワタクシ、6月までは非常に忙しい日々を過ごしておりました
なんせ6月22日、23日が【クリストフォロス】(東京)、6月30日が【夕鶴】(長野)と、異なるオペラ2本の出演があったため、稽古は昼【夕鶴】、夜【クリストフォロス】といった感じで隙間なく詰まってました😖 
 
 
しかも当然両演目ともに楽譜を暗記(暗譜)しなければならないため、稽古までの移動中はそれぞれの楽譜とにらめっこ
電車の中では常に譜読みをしている状態で気分はさながら受験生(東大志望)
 
そんな怒涛のような6月が終わり、先日「久しぶりに大学の同期で会おう!」ということになり、会うことになりました😊 
 
 
 
集合は18時00分
 
 
 
そして模範的高等遊民芹澤は18時00分ジャストに入店・・・

 
 
まだ誰も来てない
 
 
ちなみに僕はどちらかと言うと時間に遅れるタイプの人間である(えっへん)
 
社会不適合者たる音楽家の鏡のような人間である(へへん)
 
 
そんな僕が一番乗りとか、どうかしてるぜ 
 
 
 
5分後くらいに2名が到着
 
そこで1人が体調を崩して来れないということを知り、「時間もったいないし、先に始めよう!」と注文をスタート。残り2名の到着を待つことに。
 
1時間後、グループLINEに1枚の画像が送られてきた
 
我々には圧倒的に情報が不足していた。
 
今どこにいるのか?
 
6%で足りるのか?
 
これは「頑張る」という意思表示なのかそれとも「もう無理」という諦めなのか?
 
 
 
 
 
多くの謎を残したまま、結局この後彼が来ることは無かった
 
 
席の時間が過ぎたので、場所を新宿の老舗居酒屋「どん底」に移してもう1人を待つことに
 
 
 
昭和の文化人たちに愛された名店は、一歩踏み入れば空気はたちまちThe昭和
 
土地柄もあってか、集まる人達も個性的
 
学校に勤務する友人は「保護者対応に時間をとられてしまった」とのことで急いでこちらに向かっているという😫 
 
 
しばらくして
 
送られてきたこの写真
 
 
どうやら急いで向かっている最中、走っていたらヒールが折れてしまったらしい
 
 
この投稿を最後に
 
 
 
この日彼女が合流することはなかった・・・
 
 
 
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忙しかった6月

2024年07月07日 | クラシック音楽
先月はオペラ【クリストフォロス】の1週間後にオペラ【夕鶴】というスケジュールを立ててしまった結果、非常に忙しい月となってしまいました(;・∀・)

昼間に【夕鶴】の稽古に出席し、終わり次第移動して夜は【クリストフォロス】の稽古という日が続き、最終的に【クリストフォロス】では同役キャストが降板したことを受け、オケ合わせ、場当たり、HP(ハウプトプローベ)、GP(ゲネラルプローベ)、本番×2回と、連日歌いっぱなしの1週間を過ごしました(笑)
なお、この公演は字幕付きで動画がYOUTUBEで公開されるそうです!
公開になりましたら改めてお伝えします(`・ω・´)ゞ

【クリストフォロス公演の様子と舞台裏】
第1幕リーザとアンゼルムの長大なシーン


第2幕キャバレーに身を隠しているアンゼルム(劇中で指揮をしている)


第2幕 コスプレ撮影会・・・ではない


演出の舘さん(中央)とA組クリストフ石﨑さん


同じく演出の舘さんとB組クリストフ高橋くん


エルフ族・・・


白アンゼルムと手乗り黒クリストフと学生達(第1幕開始直前に撮影)



そして【クリストフォロス】終演後、二日挟んで6月26日から7月1日まで【夕鶴】公演のために長野県伊那市に滞在、先週までドイツ語歌ってのに日本語歌唱にシフトチェンジ!
まずは名物「ソースかつ丼」!「たけだ」さんにて


引きのアングルでもう一枚!めちゃくちゃジューシーで美味しかったです!


夕鶴の舞台セット


非常に奥行きのある舞台

上から雪(紙吹雪)も降ってきます!


舞台さんによる心遣い!我々は支えられてようやく舞台に立てるのです。


両公演ともに多くの方にご来場頂きました。心より感謝を申し上げますm(_ _)m

7月は特に本番はなく、さながらヨーロッパのバカンスの様な感じですが(レッスンだけはしてる)8月はこちらの演奏会に出演します!

2024年8月6日(火)
《プッチーニ没後100年記念コンサート》
18時30分開場 19時00分開演
中目黒GTプラザホール

プッチーニのオペラ全12作より、有名アリアを7人の歌手が披露します!
こういったコンサートに出るのは久しぶりの様な・・・
オペラと違って、1曲1曲有名なアリアが聴けるいわゆる【ガラ・コンサート】は、オペラの世界に触れるきっかけとして、敷居も低く、カジュアルなコンサートだと思います😊

僕が歌うのは
《星は光りぬ》(トスカ)
《フィレンツェは花咲く木のように》(ジャンニ・スキッキ)
の2曲と・・・・アンコール(言ってしまうスタイル)


チケットは3種類あり、
1stプレミア席6000円(最前列10席限定)
2ndプレミア席5500円(2列目10席限定)
自由席4500円

となっております。

自由席チケットは僕の方でも取り扱っておりますので、芹澤公式LINEからお申し込みいただくか、yoshimichi.serizawa@gmail.comまでご連絡ください😊 
各プレミア席に関しましては【オペラサロントナカイ】へ直接お申し込みください😌 
皆様のお越しを心よりお待ちしております!

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公式LINE

公式LINEではいち早く演奏会情報をお届けしております!
ご返信いただくだけで、チケットの手配が可能です😁 
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オペラ【クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」】解説③

2024年06月08日 | クラシック音楽
【あらすじ】
プロローグ(弦楽四重奏かオペラかクリストフォロス伝説の作曲)
舞台は作曲教師ヨハンの音楽室。
伝統的価値観を持つヨハンは学生たちに、聖クリストフォロス伝説を題材にした弦楽四重奏曲を書くという課題を与える。しかしシュレーカーの思想を代弁する気鋭の新進作曲家アンゼルムは、伝統的で純粋な音楽形式としての弦楽四重奏を拒み、同じ素材に拠るオペラを企てる。それは彼自身がオペラを書いているという筋立てである。この劇中劇にはアンゼルムとは対照的な、因習に捉われた作曲技法に甘んじる、凡庸な才能の同僚学生クリストフが登場する。


第1幕1場(アンゼルムとクリストフ - リーザの選択):劇中劇
師ヨハンの娘でファムファタール的な性質をもつリーザは、作曲を断念して妻子への愛情に生きると宣言したクリストフと結婚する。


第1幕2場(モダニズムオペラの再現 心象風景の中のアンゼルムとリーザ)
リーザはアンゼルムへの恋心を鎮めることができず、劇中劇のアリアを官能的な舞踊と共に歌う。二人の距離が縮まり音楽が盛り上がったところをクリストフに見とがめられ、リーザは射殺される。


第2幕(クリストフの覚醒と救済アヘン窟で瓦解したオペラ構想)
アンゼルムはクリストフの逃走を幇助し、二人はキャバレーに身を沈める。
クリストフは、霊媒の口寄せでリーザの声を聴くうちに覚醒して、劇中劇の構想を超越し、象徴的な死という救済に邁進する。長い間奏曲に続いてエピローグ(老子が説く素朴と純音楽―アンゼルムの回帰するところ)。「男の力を知りつつ女の弱さに留まる者」たるべしと諭す老子の『道徳経』の一節が歌われたのちヨハンの音楽室が現れる。劇中劇が破綻して、劇中の人物ではなくプロローグの作曲学生に戻ったアンゼルムは、自身の妄想の中のクリストフと話して劇の破綻を痛感し、オペラを諦めて弦楽四重奏を作ると師のヨハンに伝える。幕

【道徳経28章】其の雄を知り、其の雌を守れば、天下の谿(たに)と為る。天下の谿と為れば、恒徳離れず。恒徳離れざれば、嬰児に復帰す。其の白を知り、其の辱をまもれば天下の模範となる。天下の模範となれば恒徳離れず無極に復帰する[…]。⇒すべてのものには二面性があり、柔軟に対応するべきという中庸、素朴への回帰。



屈折した劇中劇(芸術家の自己意識としてのひとつの形)→劇中劇中劇

「劇」という虚構に複層的な構造が与えられている。しかし各虚構間の境界線は曖昧で、明解な設計図は提示されない。




劇中劇という入れ子(Mise en abyme)の形をとっているが、その劇中劇もまた、作曲家アンゼルムが登場してオペラを書くという内容である。前者をアンゼルム①、後者をアンゼルム②と整理する。
虚構1は舞台上の現実といえる水準だが、劇中劇の水準である虚構2は単純に第1・2幕の全てではなく、虚構1から移行したと明確に判断できる箇所と、断言し難い箇所がある。さらに虚構2と虚構3の往来は、アンゼルムの妄想ないしは潜在意識の度合いから感じ取れる不明瞭なものである。
虚構1のアンゼルム①は虚構2の劇中劇の展開を次第に制御できなくなり、虚構3であるアンゼルム②のオペラは結局瓦解する。そのことは虚構2と3両方のオペラが崩壊したことを意味し、虚構1に戻ったエピローグへ繋がる。

「登場人物が作曲するオペラ」がマトリョーシカ人形か合わせ鏡のように重なり、台本を読むと果てしなく次元が深化する錯覚にとらわれる。
虚構のレベルが深まるにつれて、舞台上で演じられていることはオペラの中の現実(虚構1)を離れ、主人公の妄想へと転換してゆく。すなわちアンゼルム②の作品と推測できる箇所は、オペラの場面という設定をとりながらも、むしろアンゼルム①の心象風景の露呈ということができる。しかし展開がよどみないために、可視化された妄想を聴衆は、妄想ではなく虚構2で起こる現実と受け止めることになるだろう。あるいはアンゼルム②を想定せず、通常のオペラの次元として単純に虚構1だけが矛盾なく認識されることも少なくないと思われる。

→アンゼルムはウィーン時代の門下生で前衛的なエルンスト・クルシェネク(1900-1991)、アロイス・ハーバ(1893-1973)等がモデル。

→古典にこだわる老師ヨハン、因習的で平凡な作曲家クリストフ等とアンゼルムを並列させている。

→作曲家が3人登場し、自己言及的(自伝的)作品ながら、シュレーカー自身の役をあいまいにすることで自身の苦悩を表現する。3人すべてにシュレーカーが投影されている。
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