JBpress (西村 金一:軍事・情報戦略研究所長 軍事アナリスト)
2024年8月30日
日本の領空を侵犯した中国軍の情報収集機「Y-9」(航空自衛隊撮影、防衛省のサイトより)
1.中国軍情報収集機の接近と領空侵犯
中国軍「Y-9」情報収集機が2024年8月26日、午前11時29分頃から11時31分頃にかけて、長崎県男女群島沖の領海上空を侵犯した。
これに対し、航空自衛隊西部航空方面隊は戦闘機を緊急発進(スクランブル)させ、通告および警告を実施する等の対応を実施した。
写真1 今回領空侵犯したY-9情報収集機
出典:統合幕僚監部(2024年8月26日)発表の写真に筆者が解説を加えたもの
この侵犯に対し、上川陽子外務大臣は「主権の重大な侵害であるだけでなく安全を脅かすもので、全く受け入れられない」と主張した。
そのとおりであるが、物足りない対応である。
中国軍は、「自衛隊機がスクランブルを行い接近しても、監視、通告、警告を出すだけで、接近を止めるための武力的な行為は何もしない」と判断していて、やりたいことをやって帰る。
中国機には明白な狙いがあって侵犯しているにもかかわらず、「中国政府はいかなる国の領空も侵犯する意図はない」と主張しているのである。
俗な言葉で言うと、人を殴っておきながら、殴る意図はないと言っているようなものだ。
外国では、軍用機が領空侵犯やその空域に接近した時には、撃墜した事例もある。日本の政府や自衛隊は、もっと厳しい対応をすべきだと考えるところである。
2.情報収集機は何を調べていたのか
防衛省の発表によると、「午前10時40分頃に旋回開始、11時29分から31分頃領空侵犯、その後も旋回継続、午後1時15分頃、大陸方面(中国)へ向け飛行した」という。
この間約1時間半、この情報収集機は何をしていたのか。
図 Y-9情報収集機の飛行経路
出典:統合幕僚監部(2024年8月26日)発表の写真に筆者が解説を加えたもの
この情報収集機Y-9のYとは輸送機を意味し、9は9型で8型の後継機ということである。
その機にシギント(電波情報)とエリント(通信電子情報)を収集できるアンテナと受信装置を付けたものある(写真1参照)。
シギントは、例えば、部隊と部隊、機と地上局などが交信する情報を収集するものである。
そのことにより、交信内容そのものや交信している部隊の種類・規模・名称が判明する。
エリントは、レーダーが放出する通信電子情報を収集するもので、レーダーの種類とそれを装備する兵器(軍艦の種類・軍用機の種類)が判明する。
3.なぜ日本の領空まで侵入・接近したのか
米国の研究者・作家であるマーク・A・ストークス氏が『Project 2049 institute』で発表した「The PLA General Staff Department Third Department Second Bureau」(2015年7月27日)によれば、中国には、黒竜江省、上海、香港、雲南に、「像の檻」とも呼ばれる大型の電波・電子情報収集アンテナとそれを運用する組織がある。
この種のアンテナが4か所あるということは、米軍や自衛隊から発せられる電波情報を収集しているとみてよい。
しかし、中国の電波情報機関の位置と日本・台湾・韓国との距離を考えると、長距離通信の電波だけしか取ることはできない。
そこで、中国の情報機関はレーダー波など、中国には届かない通信電子情報や短距離通信をとるために、日本に接近する必要があった。
図 中国の電波情報収集機関と情報収集イメージ
出典:「The PLA General Staff Department Third Department Second Bureau」などを参考に、イメージを筆者が作成したもの
4.収集の主な狙いは米軍艦の特定
では、中国軍情報収集機が接近した位置からは何の情報が取れるのか。
それは、九州に所在する自衛隊のレーダーサイトと軍艦および米軍艦のレーダー波の情報だと考えられる。
8月26日は、台風10号が接近しているところであった。日米の軍艦は、佐世保港に帰投中か停泊中である。
台風などで、関係部署と頻繁に連絡している時期である。
中国は、この時期には重要な情報が取れると判断した。そして、今回の位置まで接近し、領空侵犯してでも情報を入手したかったのだろう。
5.特に欲しいのは米空母の電子情報
中国軍は、米軍の艦艇、特に空母の位置情報を必要としている。
なぜなら、その空母に対艦弾道ミサイルを撃ち込みたいからである。だが、そのためには刻々と動く米空母の位置情報を入手しなければならない。
米空母の位置を特定するためには、空母が放出するレーダー情報が必要である。特に、空母の名前を特定したい。
中国は現在、海洋監視システム、特に高高度・中高度・低高度のエリント衛星を多数打ち上げて、米海軍軍艦のエリント情報を収集している。
中国がこれまで入手しているエリント情報では、米海軍軍艦の種類までは特定できていない。
したがって、衛星からのエリント情報と情報収集機のエリント情報を照合して分析を行い、艦を特定できるようにしたいのだろう。
米艦の種類・名称とその位置がリアルタイムで判明できれば、対艦弾道ミサイルや対レーダーミサイルを撃ち込むことができるようになる。
中国情報収集機の接近飛行を、やりたい放題にやらせておけば、米艦(当然、自衛艦を含む)を守れない事態になっていく。
5.発言だけで何もできない日本でいいのか
もしも、中国機が行ったように、日本の自衛隊機が中国の領空、例えば、上海舟山海域上空、渤海湾内の大連、山東半島の青島に接近すれば、中国軍はどのような対応をするだろうか。
①撃墜、②政府の指示によるデモ(官製デモ)を起こし、中国に進出している日本企業の建物が壊される事態になるだろう。
日本の対応は、次のようである。
内倉浩昭航空幕僚長は、次のように発言した。
「領空は国際法上、排他的な主権を持つものであり、他国は尊重する必要がある。領空侵犯は主権の重大な侵害であるだけでなく安全を脅かすものであり、全く受け入れることができない」
木原稔防衛大臣は「防衛省・自衛隊による警戒・監視を含め、対応に万全を期していく」と発言。
林芳正官房長官は「主権の重大な侵害であるだけでなく安全を脅かすもので、全く受け入れられない。極めて厳重に抗議するとともに、再発防止を強く求めた」と発言。
自民党の渡海紀三朗政調会長は「政府には引き続き毅然とした対応と国民の安全確保に万全を期すことを求めたい」と発言。
自民党の藤井比早之外交部会長は「極めてゆゆしき事態で、断じて許されず、政府には毅然と対応してもらいたい」と発言。
関係する責任者が、このように述べたが、結局は発言で終わるのが日本なのである。
中国が、日本に何をしても結局、「全く受け入れることができない」と言うだけで終わりなのだ。
この状態が続くと、日本の防衛は骨抜きにされてしまう。これで、日本の安全は守れるのだろうか。到底守れないだろう。
西村 金一(にしむら・きんいち)
1952年生まれ。法政大学卒業、第1空挺団、幹部学校指揮幕僚課程(CGS)修了、防衛省・統合幕僚監部・情報本部等の情報分析官、防衛研究所研究員、第12師団第2部長、幹部学校戦略教官室副室長等として勤務した。定年後、三菱総合研究所専門研究員、2012年から軍事・情報戦略研究所長(軍事アナリスト)として独立。
執筆活動(週刊エコノミスト、月間HANADA、月刊正論、日経新聞創論)、テレビ出演(新報道2001、橋下×羽鳥番組、ほんまでっかTV、TBSひるおび、バイキング、テレビタックル、日本の過去問、日テレスッキリ、特ダネ、目覚ましテレビ、BS深層ニュース、BS朝日世界はいま、言論テレビ)などで活動中。
著書に、『こんな自衛隊では日本を守れない』(ビジネス社2022年8月)、『北朝鮮軍事力のすべて』(ビジネス社2022年6月)、『自衛隊はISのテロとどう戦うのか』(祥伝社2016年)、『自衛隊は尖閣紛争をどう戦うか』(祥伝社2014年)、『詳解 北朝鮮の実態』(原書房2012年)などがある。
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