DIAMOND online (玉井芳野:伊藤忠総研 主任研究員)
2024年8月29日
Photo:Lintao Zhang/gettyimages
異例の約1年遅れで開催された三中全会
7月15~18日、中国共産党の重要会議、三中全会(中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議)が開催された。
5年に一度の党大会で選出された、中国共産党のトップ約370人(約200人の中央委員、約170人の中央候補委員)による中央委員会の全体会議が年1回以上開催される決まりで、慣例として1期5年のうち7回開催されており、その第3回目が三中全会と呼ばれる(中央委員会全体会議は、開催回数を頭につけて「○中全会」と一般に呼ばれる)。
三中全会は、中国指導部が中長期的な経済改革方針などを議論・決定する場であり、内外の注目度の高い政治イベントである。過去には、第11期三中全会(1978年)における改革開放路線の導入決定など、中国経済の行方を左右する重要な決断が下されてきた。
第20期三中全会は、慣例のスケジュールに従うと2023年秋に開催されるとみられていたが、明確な理由が示されることなく、異例の約1年遅れの開催となった。党内人事(2023年に解任となった前外相の秦剛氏、前国防相の李尚福氏の処遇など)や、長期化する不動産不況への対処など経済政策をめぐり、党内の意見がまとまらなかったとの見方がある。
ただし、三中全会が「異例」となったのは今回だけではない。習近平政権2期目の第19期中央委員会全体会議に関しても、本来であれば国家主席や首相など政府人事を決定する二中全会(2018年1月)で、憲法改正が討議・決定されたため、三中全会(2018年2月)が政府人事を決める場となってしまった。
その後の四中全会(2019年10月)も、主題は「国家統治システムおよび統治能力の近代化」であり、経済分野への言及はあるものの、従来の三中全会のような詳細な経済改革プランは示されなかった。
これらを考慮すると、習近平政権のもとで、三中全会の持つ意味合いやその重要性が変容しつつあると推察される。
米国との対立長期化を意識 科学技術向上や国家安全を強調
今回の三中全会では、「改革をいっそう全面的に深化させ、中国式現代化を推進することに関する中共中央の決定」(以下、「決定」)が採択された。
「決定」全文は15章(総論+14章、下記表参照)・60項目から成り、経済を中心に、社会・環境・文化・軍事などさまざまな分野に関し、300以上の改革構想を打ち出した。これらの改革を「2029年までに達成する」という野心的な目標も掲げた。
前回、経済改革プランが示されたのは、習近平政権1期目に実施された第18期三中全会(2013年)であるが、その内容と今回の「決定」を比較すると、大きな変化として、米国など西側諸国との対立長期化への意識がある。
まず、第18期三中全会の「決定」のタイトルは「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」であったが、今回は「中国式現代化の推進」という文言が加わった。
「中国式現代化」とは、2022年の党大会で示された概念で、巨大な人口規模など「中国の国情に基づいた」現代化と定義されている。中国が、西側諸国とは異なる発展モデルを目指していることが示唆される。
さらに、米国をはじめとする西側諸国に対抗する上で、中国指導部が特に重視しているとみられるのが、科学技術の向上である。
「決定」は、2023年9月に習総書記が初めて言及して以来重視されている「新質生産力」(高レベルの技術・効率・質を特徴する生産力)というキーワードを盛り込み、AIや新エネルギー、量子技術など戦略的産業の発展を推進するとした。
また、「自主制御可能な産業チェーン・サプライチェーンの構築を急ぐ」として、半導体などの重要分野におけるサプライチェーンの強靭化も掲げた。貿易・投資規制を通じて、中国による先端技術へのアクセスを制限している西側諸国の動きへの対応であることは明らかである。
今回の「決定」では、第18期三中全会にはなかったイノベーションに関する新たな章を設け(第4章、表参照)、科学技術の向上のための人材育成など、国家主導でイノベーション体制を構築する方針も掲げた。
こうした科学技術強化の動きに加え、国家安全の重視も西側諸国との対立への意識から生じた変化であろう。今回の「決定」は、国家安全に関する新たな章を設け(第13章、表参照)、外国制裁や内政干渉に対抗する仕組みを整備するとした。習総書記による説明でも、「決定稿では、国家安全の維持をより重要な位置づけとした」とある。
中国経済に明るい展望を描けない3つの理由
このように、中国指導部が米国に対抗できる「強国」を目指していることは明らかである。しかし、今回の三中全会で示された改革案は、主に以下3つの理由により、中国経済に対して明るい展望を描けるような内容とは言い難い。
第一の理由は、「市場」の存在感の低下である。
第18 期三中全会では、「市場が資源配分において決定的な役割を果たし、政府の役割をより良く発揮させるようにする」として、市場の果たす役割をこれまでの「基本的」から「決定的」という表現に格上げ、市場経済化の推進を掲げた。
一方、今回の「決定」全文には「資源配分において市場に決定的な役割を十分に担わせ、政府の役割をよりよく発揮させる」という一文はあるものの、「決定」の要旨であるコミュニケや習総書記の説明には「市場の決定的な役割」について言及がなかった。
また、「『緩和の柔軟性』を保ちながら『管理の徹底』をはかり、しっかりと市場の秩序を維持して市場の失敗を補完する」という文言からも、市場経済化の一段の推進より政府による市場の管理を重視していることが示唆される。
「決定」では、「民営経済促進法」の制定による民間企業の活動支援なども盛り込まれた。しかし、企業の自由な活動を原動力とする市場経済の役割が重視されているように見えない以上、低迷している民間企業のマインドが大きく好転するとはいえないだろう。
第二の理由は、内需拡大より供給サイドの政策に重点が置かれていることである。
過剰投資問題を抱える中国では、投資効率低下など弊害が生じており、対応として、消費主導型経済への構造転換が求められている。実際、GDPに占める消費の割合を、現在の中国と同様の所得水準だった時のアジアの他国・地域と比較すると、低水準にとどまっている(図表)。
しかし、今回の「決定」では、「消費拡大につながる長期的かつ効果的な仕組みを整備する」という一文はあったものの具体策が示されず、消費喚起のために必要な社会保障の充実についても新味に欠ける内容だった。新興産業育成など供給側の改革を重視する習近平体制下では、消費主導型経済への転換が進みにくいとみられる。
第三の理由は、現在中国経済が直面する最大の課題である不動産について、根本的な対応策が示されなかったことである。
2020年夏以降のデベロッパーに対する資金調達規制などバブル抑制策を受け、不動産市場の調整が長期化している。政府は、住宅購入制限の緩和やデベロッパーに対する資金繰り支援、住宅在庫の買い取り策など対応策を打ち出しているものの、不動産販売の大幅減が続いている。
しかし、今回の三中全会では、全60項目の主要改革分野において、不動産に関する独立した項目が設けられず、社会保障に関する項目で部分的に言及するにとどまった。
その内容をみると、「不動産開発の融資方式と分譲住宅の前売り制度を改革する」として、建設中住宅の予約販売を中心とする従来の販売モデルの変革を打ち出していることは評価できる。住宅購入から引き渡しまで約2年かかる予約販売システムのもと、消費者はデベロッパーの経営悪化による住宅建設・引き渡しの遅れへの不安に直面、購入を控えているからだ。
ただし、その他は既存の政策の確認にとどまり、多額の債務を抱えるデベロッパーをどのように再編していくかなど、重要な指針は示されなかった。
改革の進展度合いに加え ビジネス環境の改善に注目
このように、大枠では期待外れに終わった三中全会の「決定」だが、持続的な成長のために必要な改革も数多く含まれている。
例えば、地方財政難への対応として、現在中央政府の税収となっている消費税の段階的な地方税への切り替えなど、地方政府の財政資金や税源の拡大に関する具体的な政策が盛りこまれた。
深刻な人口減少問題に関しても、出産・子育て・教育費用の引き下げなど少子化対策、定年年齢(現在、男性60歳、女性50歳または55歳)の引き上げなどが示された。
今後、これらの改革案が有効な具体策となって実行に移されるかどうかが重要となる。その進捗が停滞すれば、中国の潜在成長率がさらに低下、世界経済を下押しすることになるからだ。
日本企業をはじめ外資企業にとって、こうした改革の進展に加え、中国におけるビジネス環境の改善も注目が必要な点である。
中国日本商会による在中国日本企業へのアンケート調査(※)では、当局による急な規制変更、安全・環境に関する立ち入り検査の多さ、補助金・優遇措置の面での中国企業との差などが、事業環境の課題として挙げられている。
(※)中国日本商会「会員企業景気・事業環境認識アンケート結果 第2回」(2024年1月15日)、「会員企業景気・事業環境認識アンケート結果 第3回」(2024年5月14日)。
今回の「決定」には、外資企業に関して、「市場化・法治化・国際化した世界トップクラスのビジネス環境を整備し、法に基づく外商投資の権利・利益を保護する」とある。日本企業としては、中国側の対応を待つだけでなく、この意欲的な文言を材料に、事業環境の改善を求めていくことも可能であろう。
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