EVビジネスに精通したBYD Auto Japan東福寺厚樹社長が語る「中国企業の進化」
Japan Innovation Review [聞き手] 井元 康一郎
2024年10月4日
BYD Auto Japan代表取締役社長の東福寺厚樹氏(撮影:内海裕之)
2023年に日本の乗用車市場に参入、2024年6月に中型セダン「シール」を発売し、参入時に発売を宣言した3モデルが揃った中国の電気自動車(EV)最大手、比亜迪(BYD)。だが、日本での販売台数は今年1~8月の累計で1591台、年換算で約2400台と軌道に乗るには程遠い状況だ。果たして今後どのように攻勢をかけるのか。BYDの日本での乗用車販売を手掛けるBYD Auto Japan代表取締役社長の東福寺厚樹氏に聞いた。
ゲームチェンジャー的な商品を出していくことの重要性
──2023年初頭にBYDが日本でEVの販売を開始してから1年半余りがたちました。順調なことやそうでないこと、いろいろあったと思います。
東福寺厚樹氏(以下敬称略) 発売開始から今年の8月までの顧客向け登録台数は約2900台です。日本へのブランド導入がゼロから始まったという難しさはありましたが、それを考慮してももう少し伸ばしたかったというのが正直なところです。
影響が大きかったのは、制度変更に伴う補助金の削減です。「ATTO3」(アットスリー、コンパクトSUV)は型式認証を取得して一時は補助金額85万円が認められていました。「ドルフィン」(コンパクトクロスオーバー)もPHP認証ながら65万円が認められていましたが、今年4月に両車ともに35万円になってしまいました。その結果、4~6月の販売台数は前年割れの水準に落ち込みました。
──昨年の同時期はATTO3だけでしたが、今年は低価格のドルフィンが加わっていたことを考えると、前年割れは厳しかったですね。
東福寺 販売現場の志気も少なからず落ち込んでいたことは否めません。ただ、今は少し元気を取り戻してきました。その原動力になっているのは6月に発売した「シール」(中型クラスのセダン)です。
昨年発売を予告したのを見てそれを待っていたというお客さまが少なからずいらっしゃいまして、来客、成約とも盛り返しているところです。今の良い空気を何とか維持して今年を締めくくり、来年の導入を予定している新商品で勢いを増せればと考えています。
──EV市場が非常に小さい日本市場の特性を考えるとかなり攻めの姿勢ですね。次に日本に導入するのはどのようなモデルですか。
東福寺 具体的な商品計画についてはまだお答えできませんが、先般リリースしたシールが高い評価をいただいたことで、ハイスペックで技術的に優れたものが手の届きやすい価格で手に入るという、本当の意味でのゲームチェンジャー的商品を出していくことが重要だと改めて感じています。
高性能、高品位な商品を提供するブランドだと認知されれば、小型低価格車を出した時にも「そういうブランドが出した商品なのだから優れた部分があるだろう」という見方をしていただけるようになります。
BYDはOTA(オーバー・ジ・エア/オンラインでクルマのソフトウエアをアップデートできるシステム)を各モデルに実装しているので、ソフトウエア制御で変えられる部分についてはシールで良いとされた点をATTO3やドルフィンなどにも適用することができます。そういうことを間断なく行うことも全体の底上げのために大切だと考えています。
ATTO3(アットスリー)
DOLPHIN(ドルフィン)
SEAL(シール)
本国の首脳陣がテレビCMの制作に難色を示したワケ
──本国のBYDとしては、早く日本でのビジネスを軌道に乗せたいという思惑はあるでしょう。中国の首脳陣は日本市場の事情についてどのくらい理解を示しているのでしょうか。
東福寺 日本でリテール向けの事業を行うまでは日本の乗用車販売における特有の事情を知らなかったので、すれ違いも少なからずありました。
例えば中国ではテレビ広告はまずやりません。商談のきっかけのほとんどはスマホのネット広告です。そのため日本でもテレビ広告など不要だろうとなるわけです。
そんな中、昨年のジャパンモビリティショーで来日したBYDグループの王伝福総帥以下、ボードメンバーがディーラー訪問を行いました。彼らは1つのモデルで皆が一斉に飛びついてくる市場でないということはすでに把握していましたし、現状の販売台数では販売店は採算面で非常に厳しいという認識も持っていました。そこでぜひ自分の目で現場を見たいと。
2023年に開催されたジャパンモビリティショーで注目を浴びたBYDブース
2023年に開催されたジャパンモビリティショーで来日した中国BYDの首脳陣
そこでディーラー経営者が口をそろえたことのひとつが「ブランド認知度が低く来客が増えない。認知度を上げるにはテレビコマーシャルが必要」との意見でした。すると王は一転「状況は分かったので、やってみよう」とゴーサインを出しました。
──それで女優の長澤まさみさんを起用した「ありかも、BYD!」のCMを流すことになったのですね。
東福寺 はい。広告の目的はもちろんブランド認知度の向上ですが、どうすればBYDの目指すところが伝わる広告を打てるかとなると、意外に難しいものがありました。
上質で、上級で、環境にも良いといったふわっとしたクルマはヨーロッパからすでに大量に入ってきていますし、日本車メーカーのクルマを見てもデザイン性に優れたものが増えています。「カッコいいクルマという点に焦点を当てたイメージ広告では勝負にならない」という話になりました。
そこで、BYD車の目指している世界をイメージさせるタレントさんを起用しようということになったのです。候補の中で長澤まさみさんは飾らず、爽やかでいつも自然体の本当に素敵な方でした。CMの反響を見て、長澤さんに決めてよかったなと思いました。
BYDのCMに出演する長澤まさみさん
──ビジネスの初動が思わしくない場合、どうせ小さい市場だからほどほどにと考えるか、その状況を変えることに力を尽くすかの2パターンに分かれますが、BYDは後者ということですか。
東福寺 私はこれまで三菱自動車、フォルクスワーゲンと自動車業界をフィールドにしてきました。中国企業はもちろん初めてなのですが、実際に中に入って仕事をしてみると、中国企業というのは始めた以上は何としてでも成功させるという気概を持っていると思いました。
中国の自動車ビジネスといえば中核都市の旗艦店にセールスマンが40名以上在籍し、その店舗ひとつで年間4000台を売り上げるなど、アメリカの大規模販売に似ています。日本の自動車販売業界はずっと小規模で、そういうビジネスは成り立たない。しかし日本には日本に合ったやり方があるはずで、それをモノにして成功を手にしようという意気込みを端々から感じます。
BYD Auto 名古屋東
中国でしのぎを削るEVメーカーの先進性と日本で売ることの難しさ
──しかし、実際のビジネスとなると日本ではただでさえ難しいEV、しかも事あるごとにカントリーリスクも取り沙汰される中国ブランド。これからも幾多の難関が待っていると思いますが。
東福寺 ブランド認知度の向上は単なる入り口で、クルマ作りを得意とする国の市場に新興ブランドが切り込んでいくのが大変であることは言うまでもありません。ただ、成功への道は狭いながらも開かれているという信念があるのも確かです。
私自身もEVのポテンシャルを信じています。かつて三菱自動車が軽自動車のEV「i-MiEV(アイミーブ)」を発売した当時、私はオーストラリア三菱に駐在していました。その時、オーストラリアも日本と同様に右ハンドルということでオーストラリアでもアイミーブを売れないものかという話が持ち上がり、テスト用の車両が送られてきました。
それに初めて乗った時、形はエンジンタイプそのものなのに走りも乗り心地もまるで違う。ただ動力が電気になるだけではないのだと心底驚きました。その一方で、三菱自動車、フォルクスワーゲンとEVを模索するブランドを渡り歩く中でEVビジネスの難しさも思い知らされました。
──EVビジネスに精通している東福寺さんだけに、中国のEVメーカー系列への転職には迷いがあったのではありませんか。
東福寺 ある人材エージェントから「BYDが日本で乗用車の販売をしようとしている。日本法人の社長に関心はないか」と話を持ちかけられました。中国のEVということでもちろん最初は懐疑的でした。
ところがBYDジャパンの劉学亮社長の話や、EVバス、EVフォークリフトの実績などを知るにつれ、「自分のビジネスマンとしてのキャリアもそろそろ終幕に近づいている。中国メーカーのEVを日本で売るという難しいタスクにチャレンジするというのは自分の総決算として悪くない」という思いを抱きました。
また、中国の最新鋭工場の生産ラインの動画などを見せてもらったところ、「安かろう悪かろう」と思っていた昔の中国車の面影はどこにもなく、高性能でデザインもしっかりしている。日本でのブランド力や信頼感はまだ低いとはいえ、モノ自体は高い資質を持っていると確信しました。
これが私がBYD Auto Japanの社長を引き受けた動機でした。何しろ先例がないのでこれからも試行錯誤が続くでしょうが、私自身は“やれる”と思っています。
──2010年ごろの中国車は性能、品質、デザインとも先進国メーカーとは大きな隔たりがありました。今では差をぐっと縮め、先端技術領域では追い越している分野も少なくありません。商品開発のスピードも驚異的です。
東福寺 確かに進化のペースは非常に速いですが、その原動力となっているのは中国企業同士の熾烈な生存競争です。
中国がクルマの電動化を標榜したとき、零細企業まで含めると中国各地で1000社くらいEVメーカーができました。今はそれらが淘汰される段階なのですが、特に有力な企業は中国市場で覇を唱えるために研究開発や生産コストでライバルに絶対負けないための戦いを繰り広げています。
BYDは先ごろPHEV(プラグインハイブリッドカー)のエンジンの熱効率について「量産車世界トップの46.06%を達成」と発表しましたが、直後に吉利自動車が「市販はまだだがウチはすでにもっと上の数値を達成し、認証を得ている」と噛みついてきました。BYDはすでにそれに勝つための開発をやっている。向こうもまた同じです。中国企業が世界市場を狙っているとよく報じられますが、実は中国国内の戦いが最も厳しく、そこで負けないことが最優先の目標なんです。
──仮にそうやって生み出されたモノが良くても、それを顧客に理解してもらい、さらに受け入れてもらうのは非常に難しいことです。その難しいタスクを成功させるカギとなるのは何だと思いますか。
東福寺 ゼロからのブランディング、マーケティングにおいて大切なのは、PRから販売まで、全てにおいて事実ベースを貫くということです。絶対に嘘はつかない、そして自分たちが優位点としてアピールしたいことは実証する。
例えばBYDのEVに使われているブレードバッテリーはリン酸鉄リチウムというタイプで、充放電4500回分の耐久性があり、火災リスクも極少とうたっています。EV用バッテリーの主流となっている三元系(ニッケル、マンガン、コバルトの3元素を配合した電極材料を使用したタイプ)の10倍近い高品質を誇ります。
しかし、顧客がそれを信用するかどうかは全く別の問題です。時間はかかるでしょうが、「彼らが言っていることは本当だった」と思っていただけるよう、あらゆる機会を捉えてそれを実証し、事実ベースで伝えていけば難しい道も必ずや開ける。それをぜひやり遂げたいと思っています。
東福寺 厚樹
BYD Auto Japan代表取締役社長。1958年生まれ。1981年早稲田大学商学部卒業後、三菱自動車工業入社。京都製作所、東京中央三菱自動車販売を経て、1990年三菱自動車工業北米部勤務。その後、1996年 Mitsubishi Mortar Manufacturing of America駐在、2000年三菱自動車工業DC/MMC Alliance Promotion、2005年三菱オートクレジットリース社長、2007年Mitsubishi Motors Australia駐在、2009年三菱自動車工業中東アフリカ部を経て、2011年Volkswagen Group Japanネットワークマネジメント部入社。2016年Volkswagen Japan Sales社長、2020年MSX International BMW Retail Performance Teamを歴任した後、2021年BYD Japan乗用車事業本部本部長、2022年BYD Auto Japan代表取締役社長に就任し現在に至る。
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座右の銘:得意淡然 失意泰然
尊敬する経営者:盛田昭夫(ソニー創業者)
変革リーダーにお薦めの書籍:『MADE IN JAPAN』(盛田昭夫著)、『THE JAPANESE』(エドゥインO.ライシャワー著)、『THE RECKONING(覇者の驕り)』(デイビッド・ハルバースタム著)
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