日経BOOKPLUS (箱崎 みどり/ニッポン放送アナウンサー)
2024年2月8日
三国志マニア、研究者のニッポン放送アナウンサー・箱崎みどりさんが三国志の本をおすすめする連載第4回は、『最強の男 三国志を知るために』(竹内真彦著)と、箱崎さんの自著『愛と欲望の三国志』を取り上げる。『最強の男』は、三国志の中で最も強かったとされる呂布(りょふ)がテーマ。上質のミステリーのように読める。『愛と欲望の三国志』は、日本において三国志がどのように紹介され、読まれてきたかを探る。
「最強の男」呂布
三国志はゲームの世界でもおなじみです。ゲームで初めて三国志の世界を知ったという方も多いかもしれません。三国志の個性的な登場人物たちの能力がいくつかの数値で表され、プレーヤーは彼らを仲間に引き入れたり、敵に回したりして戦うというパターンが多いようです。その場合、「知力」が最も高いのは諸葛亮(諸葛孔明)、「武力」の頂点に立つのは呂布と相場が決まっています。
では、呂布は実際にどういう人物だったのでしょうか。案外知らない方も多いかもしれません。端的に言えば、三国志の序盤で物語を引っかき回す武将です。ざっくり三国志の序盤をご紹介すると、そもそも三国志は西暦2世紀末、当時の後漢王朝が衰退し、農民による反乱・黄巾(こうきん)の乱が起きたことから始まります。その鎮圧のために義勇軍を率いて登場したのが、曹操であり、孫堅であり、劉備です。彼らやその子孫が後にそれぞれ魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の国を打ち立てたことで、三国時代が始まるわけです。
「『知力』が最も高いのは諸葛亮、『武力』の頂点に立つのは呂布と相場が決まっています」と話す箱崎みどりさん
黄巾の乱の後、後漢王朝は体制を立て直すべく、地方の有力者を呼び集めます。その中にいたのが董卓(とうたく)と丁原(ていげん)。その丁原の部下だったのが呂布です。ところが、呂布は董卓の誘いに乗り、丁原を裏切って殺害。以後は悪逆非道の限りを尽くす董卓の養子となり、身辺警護を担います。
しかし、さすがに董卓は多くの恨みを買い、暗殺計画を立てられます。呂布はそれに加担し、董卓とその一族全員を殺害するというのが、史書『三国志』に書かれている話です。小説の『三国志演義』(以下、『演義』)では、暗殺に加担した動機として、呂布の妻になる予定の女性が董卓の妾(めかけ)にされ、呂布が逆上したことになっています。
その後、呂布は流浪の将となり、活躍の場を求めて各地を転々とします。先々で相応の武功を立てたようですが、裏切ったり裏切られたりの応酬でいずれも長続きせず、最後は曹操と劉備の連合軍に敗れ、両雄の前に連れ出され処刑されました。
こうして概観すると、呂布を悪役と捉える人も多いでしょう。ただ、素直というか、本人に悪気はないというか、あまり深く考えずに本能のまま行動している印象があります。その純粋さ、単純な強さが、魅力です。
作られた呂布像のミステリー
しかし、ちょっと不思議ではないでしょうか。呂布は、三国志の名前にもなっている、三国が誕生する前に、すでに退場しているわけです。その人物がなぜ全物語中で「最強」とされ、読者に強い印象を残したのか。
その謎を解き明かそうとしたのが、『 最強の男 三国志を知るために 』(竹内真彦著/春風社)です。『三国志演義』の専門家である竹内真彦先生が、広く三国志ファンの方に向けて書いた本です。
『最強の男 三国志を知るために』(竹内真彦著)
同書によれば、そもそも史書では呂布の武勇について何度か触れているものの、「最強」とまでは書かれていないとのこと。それが、『演義』が出来上がる過程で徐々に格上げされていったそうです。
では、その間に何があったのか。同書は、呂布の話を端緒として、史実から『演義』がいかに脚色されていったかを、微に入り細をうがち解き明かしていきます。
三国志の登場人物を扱った本といえば諸葛亮のものが大半で、その意味でも同書はユニークです。三国志に関するある程度の知識は必要かもしれませんが、上質なミステリーのような感覚で読めると思います。
明治政府に担がれた孔明
最後に拙著の紹介をさせてください。私は2019年に『 愛と欲望の三国志 』(講談社現代新書)を上梓(じょうし)しました。本書のテーマは「日本における三国志の歴史」です。きっかけは小学生のころ、NHKで放送していた『人形劇 三国志』を見て受けた衝撃です。こんなに面白い物語があるのかと思いました。登場人物がそれぞれ魅力的で、人間ドラマが凝縮されていて、悲劇的でもあり喜劇的でもある。それ以来、ずっとこの世界に魅了され続けてきました。
『愛と欲望の三国志』(箱崎みどり著)
三国志の世界に魅せられたのは私だけではありません。江戸時代には、たくさんの日本人が三国志に親しんできました。また、時々の世相や風潮によっても、読まれ方が大きく変わりました。そうした経緯や理由を、私なりに探ってみようと思ったのが本書です。
前にも述べましたが、日本に『演義』が入ってきたのは江戸時代の初頭です。当時は劉備と義兄弟の契りを交わした勇猛な武将・関羽や張飛の人気が特に高かったのですが、多くの登場人物が親しみを持って愛されていました。それを象徴するのが、江戸の人々が詠んだ川柳。例えば以下のようなものがあります。
煤払(すすはらい)の孔明は子を抱いて居る
掃除の最中だというのに、孔明は子どもを抱いているだけ。つまり孔明は戦闘に参加せず、安全な場所から指示を出しているだけじゃないか、とツッコミを入れている川柳です。こういう作品が生まれるほど、『演義』は当時の人々に身近な存在でした。ここでは、孔明を例に挙げましたが、多くの登場人物やマイナーなエピソードも、川柳になっています。
明治時代以降は、特に孔明の人気が高まっていきます。孔明の伝記だけでも10冊以上が刊行されました。また学校の教科書に登場したことも、前にお話しした通りです(第1回「 『超人』ではなく『人間』孔明を描く、宮城谷昌光『諸葛亮』 」)。天皇を中心とした統治体制を定着させたい明治政府にとって、主君に忠義を尽くし孤軍奮闘する孔明の生きざまは、絶好の“教材”になり得ると考えたのでしょう。
ある教科書では、孔明の生涯を以下のような詩で紹介しています。
二代の帝に尽くす真心、
強敵ひしぎて世をしづめんと、
三軍進めし五丈原頭、
はかなく露と消えしかど、
其の名はくちせず、諸葛孔明(一部抜粋)
土井晩翠(ばんすい)の「星落秋風五丈原」の影響を受けていますが、先の江戸時代の川柳とはまったく対照的です。同じ人物でも、時代によって見方はこうも変わります。
三国志は今も転生中
さらに昭和に入って日中戦争の時代になると、吉川英治による『三国志』の新聞連載が始まります。
また同時期に、吉川英治以外の書き手によって、都合5作品ほどの『三国志』が書かれています。ラジオドラマも2シリーズありました。もちろんこれは、偶然ではありません。時局柄、“敵国”である中国をより深く知りたいという必要性や興味・関心が高まったためだと思います。
「小学生のころに見たNHKの人形劇が三国志にはまるきっかけとなりました」と話す箱崎みどりさん
三国志の人気は戦後も衰えません。吉川英治の『三国志』が定番の三国志小説であり続ける一方、気鋭の書き手による新解釈の『三国志』が次々と登場しました。
また小説や解説書・研究書のみならず、漫画やゲーム、テレビドラマ、映画など多くのエンタメ作品に転用されていることは周知の通りです。まるで「ヌエ」のように時と場合によって姿を変えながら、今日に至っています。その懐の深さ、おうようさも、三国志の魅力の一つだと思います。
拙著では小説に焦点を絞り、中でも有名な5作品(吉川英治『三国志』、柴田錬三郎『柴錬三国志』、陳舜臣『秘本三国志』、北方謙三『三国志』、宮城谷昌光『三国志』)について、冒頭の書き出しを挙げながら、それぞれの特徴や違いを紹介しています。またどういうニーズの方にどの作品がおすすめか、チャート図も作ってみました。
少々込み入った説明もありますが、長きにわたって日本で愛されてきた三国志の面白さを、より多くの方に味わっていただきたいという一心で書きました。この本を足がかりに、まだまだ無尽蔵に展開する三国志の世界に旅立っていただければ幸いです。
文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/木村輝
『 諸葛亮(上)(下) 』
宮城谷昌光著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)※上下巻とも
伝説化された“天才軍師”の実像に迫る
乱世に生きながら清新さ、誠実さを失わない、今まで見たことのない諸葛亮がここにいる。宮城谷版『三国志』完結から10年、ついに待望の作品が紡がれた。
箱崎 みどり
ニッポン放送アナウンサー。1986年、東京都生まれ。ニッポン放送(AM1242/FM93)アナウンサー。気象予報士。東京大学大学院総合文化研究科(超域文化科学専攻比較文学比較文化コース)修士課程修了。論文に、「日中戦争期における『三国志演義』再話の特色」(『比較文学・文化論集』29号、2012年)、「日中戦争期のラジオ番組と中国理解――ラジオドラマ『音楽劇 三國志』を中心として――」(『三國志研究』第16号、2021年)など。著書に『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書)。
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