JBpress (近藤 大介)
2024年2月9日
2016年2月9日、東京・秋葉原電気街で旧正月の休暇中に買い物に歩き回る中国人観光客(写真:アフロ)
めでたさも中くらいなりおらが春
江戸時代の三大俳人の一人に数えられる小林一茶(1763年~1828年)が、正月に詠んだ一句である。華やかな正月を迎えたが、カネもなく、どこへ行けるわけでもないので、それほどめでたいわけではないという意味だ。「中くらいなり」という言い回しが、皮肉を込めた心情に響く。
それで、何が言いたいかといえば、いま多くの中国人も、この一茶のような心情ではないかと推察するのである。
今年の春節は2月10日から
2月10日土曜日、14億中国人が一年で最も待ち望んでいた春節(旧正月)を迎える。この日から17日まで、中国は8連休! あな羨まし。
思えば、コロナ禍の前までは、春節を祝わない日本人まで祝っていたものだ。それは、中国から「爆買い」の観光客が大挙して訪れてくれたからである。
私が初めて、「爆買い」の威力を思い知ったのは、いまから9年前の2015年の春節だった。東京で中国人観光客たちの「爆買いの聖地」と言われていたのが、銀座通りに面した7丁目の「ラオックス」。足を運んでみると、そこは本当に別世界だった。
2016年2月、中国人観光客が秋葉原や銀座で爆買いした商品を大型観光バスに積み込むスタッフたち。今となっては懐かしい光景とも言える(写真:アフロ)
日本人が見せつけられた「爆買い」のパワー
客から店員まで、私以外はほぼ全員、中国人。彼らは一様に、頬を紅潮させていた。「何があったんですか?」と、横に立つ中国人のオバサンに中国語で聞くと、彼女は顎(あご)をしゃくり上げて、前方を指し示した。
見ると、大きな雛壇の上に「春節福袋」が並べられていた。それぞれ値札が掛かっていたが、中央に「鎮座」する巨大な福袋には、「888万8888円」の札!
さらに驚いたのは、その右隣だった。「666万6666円」の札だけが掛かっていて、福袋が消えていたのだ。「もしかして、中国人観光客が買ったんですか?」。再度、横のオバサンに聞くと、今度は顎を上からゆるりと下げて、ポツリと言った。「剛才啊」(ガンツァイア=ついさっきよ)。
他にも、銀座のそこここで、驚愕の光景を目にした。4丁目の三越デパートでは、1階化粧品売り場で、女性店員の背後に多数立てかけてあった高級化粧水を、中国人女性が指さして「あれ下さい」。そう言いながら、1mくらい指を左から右に動かし、50本以上「爆買い」していた。
秋葉原では電気製品、銀座ではブランド品や高級化粧品が中国人観光客に人気だった(写真:アフロ)
銀座8丁目の寿司屋では、中国人カップルがカウンター席に案内されるや、眼前の板前に、「オ・オ・ト・ロ!」と言って、紙に「15」と書いて見せた。隣席の私がきょとんと見ていると、15貫並んだ壮大な「大トロ艦隊」の端の1貫を、彼氏がニッと歯を見せて私に分け与えてきた。
彼はその後、「ダサイ!」と言い放った。「何のこっちゃ?」という表情の板前さん。中国でもつとに知られた山口の銘酒「獺祭」(だっさい)を注文したかったのだ。結局、この中国人カップルは、50万円近い勘定を銀聯カードで平然と払った。
こんな思い出話、書き出したらキリがないのでもう止めるが、中国人観光客の「爆買い」たるや、げに恐るべし!
それが2024年の春節は、「爆買い」どころか、一気に「爆消え」と化した。すなわち東京各地に、中国人観光客自体が、ほとんど見当たらないのだ。
爆買いが「爆消え」
ちなみに、国家観光局の統計を確かめると、2023年の外国人訪日客は、コロナ禍前の2019年に比べて78.6%の延べ2506万6100人。つまり約8割まで回復し、今年はコロナ禍前を超えようというところだ。
中でも、伝統的に多かった韓国の+24.6%、アメリカの+18.7%などばかりか、シンガポール+20.1%、ベトナム+15.9%、メキシコ+32.0%、中東+15.2%など、これまで比較的観光客が少なかった地域からも、着実に増えている。これは、マンガやアニメなど、日本のコンテンツ文化の影響が大きいだろう。
そうした中で、中国だけが、2019年の959万4394人から、2023年の242万5000人へと、-74.7%! まさに「爆消え」の状態なのだ。
日本人が想像する以上の不景気ぶり
別に日本政府が、中国人の観光ビザに特別の規制をかけているわけではない。最大の理由は、やはり中国国内の不景気だ。コロナ前には何度も東京に遊びに来ていた中国の国有企業勤務の友人に聞くと、こう答えた。「給料3割カットで、春節に故郷へ帰るのも躊躇(ちゅうちょ)しているのに、日本旅行などできるものか!」
昨年12月11日と12日、北京で中央経済工作会議が開かれ、2024年の経済運営方針が示された。その中で習近平主席が強調したのが、「中国経済光明論」だった。簡単に言えば、「中国経済をもっと明るく表現せよ」ということだ。
爾来、ますますCCTV(中国中央広播電視総台)など官製メディアは「バラ色の中国経済」を喧伝するようになり、一部の(良心的な?)経済学者やアナリストらは、口を噤(つぐ)むようになった。
それでも、頭隠して尻隠さず。巨大化した中国経済には、覆い切れないものもある。例えば、株価だ。
上海総合指数は12月12日に、3003ポイントと、何とか3000ポイントの大台をキープしていた。だが、「中国経済光明論」が出されるや暴落を始め、12月20日には2902ポイントまで落ちた。その後、一時持ち直したが、今年2月5日には2702ポイントまで暴落した。
世界景気が悪いのではない。日本、アメリカ、韓国、台湾など、世界の株価は上昇している。中国の「一人負け」状態なのだ。2月7日には、中国の証券業務を統括する中国証券監督管理委員会(証監会)の易会満(えき・かいまん)主席が突如、クビになってしまった。後任には、呉清(ご・せい)上海市党委副書記が就くという。
売れ残り家屋の総床面積は東京23区以上
物価も同様だ。周知のように、日本のモノの価格は上がりっぱなしで、それはアメリカもヨーロッパも同様だ。だが中国だけは、今年1月の住民消費価格(CPI)が-0.8%。リーマンショック後以来、14年ぶりの下落率で、すでにデフレスパイラルが懸念され始めている。
不動産に至っては、惨憺たるものだ。昨年12月の70大中都市新築商品住宅販売価格は、前月比で下落したのが62都市に及んだ。中古住宅販売価格に至っては、70都市すべてが前月比で下落した。
不動産統計で「プラス成長」なのは、2023年末時点での商品家屋売れ残り面積くらいで、+19.0%の6億7295万m2。これは東京23区の面積(627.53km2=6億2753万m2)よりも広い!
こうした状況が2024年も続けば、来年の春節には、こんな一句になってしまうだろう。
めでたさも小くらいなりおらが春
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